3-8 智奈と黒い塔

 次の日。

 朝方まで賑わっていたサバノ亭が、やっと店を閉めた頃、智奈は目を覚ました。

 もそもそとベッドを出て、ソファーでまだ眠る霧亜を置いて、扉を開けて居酒屋の方へ顔を出してみる。テーブルを拭いている曄が智奈に気付いた。

「おはよう智奈、早いわね。ごめんね、ついさっきお店が終わって、片付け終わったら芙炸さんと私寝ちゃうから。みんなの朝食作ってあげてちょうだい」

「うん、わかった」

 智奈が頷くと、曄はにこりと笑って、空き瓶を数本抱え、キッチンへと入っていく。


 片付けの手伝いをして、芙炸と曄は部屋へと入っていく。

 リビングのソファーに一息ついた時、能利が部屋から出てきた。

「おはよう」

「おはよう」

 能利はサバノ亭の夫妻が就寝に入ったことを理解すると、勝手にリビングで水を沸かした。

「飲むか?」

 能利は、コーヒーを淹れてリビングの椅子に座った。


 能利が飲んでいるのはブラックだ。流石に、智奈はブラックは飲めない。

「カフェオレなら」

 言って智奈は能利の淹れたコーヒーの余りをもらおうとすると、能利はすっと立ち上がって牛乳を温め、カフェオレを作って智奈の前にマグカップを置いた。

 霧亜より、何でもやってくれるお兄ちゃんだ。

「ありがとう」


 クズネもまだ部屋にいるのか、本当の二人きりで特に会話もなく、能利の淹れてくれたカフェオレを飲んでいると、ラオが起きてきた。部屋に誰もいなくなったからか、ロクリュもラオを追ってすぐに起きてきた。


 みんなの朝食を作るため智奈がキッチンに立つと、匂いにつられて霧亜が起きてくる。

 全員分のパンを焼き、ベーコンらしき肉と共に目玉焼きを作る。誰がなんのソースが好きなのかわからないため、冷蔵庫にある合いそうなものを全てテーブルに置いた。


「智奈の朝ごはんだ!」

 喜んで食べてくれるラオは目玉焼きをパンに乗せて食べ始める。

「それ、結局目玉焼きを先に食べる羽目になって手もベチャベチャになるぞ。オレ、パズーに憧れてやった」

「誰それ」

 霧亜の言葉にうるさそうに反応するラオは、既に目玉焼きを乗せたパンを食べ終え、次のパンに手を出していた。

「あの名作を知らねえのか、このガキ」

 文句を言いながら、霧亜は目玉焼きにマヨネーズをかけた。智奈は、霧亜と目玉焼きについては分かり合えないと察する。能利は醤油派だった。


「今日、どうする? またあてもない旅を続けるのか?」

 能利が、目玉焼きの黄身だけを食べ終えて言う。かなり半熟な目玉焼きを作ったのに、どんな食べ方をするとここまで黄身をこぼさずに食べれるのか、不思議だった。

「どうって言われてもなあ」

 霧亜はふうとため息をつく。


「地面がダメなら、空を飛べばいいじゃない」

 有名なヨーロッパ貴族のような言葉を発したロクリュの口の周りは、黄身の汚れでいっぱいだった。


 ロクリュの言葉に、一同は唖然と皆の顔を見回す。

 確かに、今のところそれしか案は出ない。霧亜以外の人間が塔を見ながら目指しても、昨日の結果は変わらなかったのだ。


 朝食を食べ終え、智奈たちは再び中庭に獣化動物たちを集めた。空を飛ぶとなると、手伝ってもらうのはザンリとアズだ。


「長時間は無理だぞ」

 鯉の姿で、でっぷりと中庭の木に腰掛けているザンリが言う。

「そもそも、なんで姿が違んすか? 獣化動物なのに」

 アズが、ザンリの傍らで首を傾げる。

 ザンリは、厚そうなヒレを小さなアズの頭にぺとりと置いた。

「悪いことをしてしまって、神様に怒られたんだ」

 言われたアズは、さらに首を傾げる。

「可哀想な子なのねえ」

 能利の手を握って隣に立つロクリュは、ほうとため息をついた。


 ロクリュの案に乗り、アズに霧亜と智奈、ザンリに能利とラオとロクリュが乗って、再び霧亜の見える黒い塔を目指した。

 アズの心もとない足に乗るのは非常に怖かったため、首に乗せてもらう。


 すると、一つ雲を抜けた先に、智奈の目にも真っ黒で巨大な塔が現れたのだった。霧亜が、視界ジャックとやらをした時に、小さく見えた塔と同じだ。

 真っ黒で真っ直ぐにそびえる塔。雲の上を飛んでいるはずの智奈たちでさえ、まだ一番上は見えない。


「マジか、子供の言うこと聞いてみるもんだな」

 智奈にも、肉眼で塔が見えたと聞いた霧亜は、感嘆の声を上げた。


 近付いてみるとその塔は、真っ黒で光沢のある何本もの柱が、周りに巡らされて、どこからでも入れそうな脆いものだった。今、智奈たちが目の前にしているのが、一体何階に相当するのか、見当もつかない。

 ザンリとアズは、柱を抜けて塔の内部へと降り立った。


「遂に到着っすー!」

 アズは小さくなって霧亜の肩へ乗った。


「幸運をいのる、必要な時はまた呼べ、子供たち」

 能利とロクリュを下ろし、疲れたように息を吐き出したザンリは、龍の姿のままずるりと塔から落ちた。

「ザンリ!」

 慌てて姿を追う智奈の肩を、能利が掴んだむ。

「あいつは飛べる。死んだわけじゃない、大丈夫だ。鯉の姿で休まないと、あいつまた龍の姿にはなれないから」

「何も無いなら、いいんだけど」

 契約者である能利を信じる他ない。

 

 塔は、ガランとしている。柱のみで開放的な塔の壁には、一部だけ上へとあがる階段が用意されていた。

 柱から身を乗り出して下を見ると、雲で下界は見えない。まるで、神にでもなった気分だ。


 智奈たちは、とりあえず更に上に登ることにした。何も無く、同じような作りを五階分ほど上がる。


 また、何かしないと白虎の元へ辿り着かないのか。そう思った時だった。


「なんか嫌な感じ」

 ナゴが、時折威嚇の声を上げる。智奈の首に巻き付いて手前に垂れている尻尾が、ぴくぴくと痙攣しているようだった。

「近づいてるのかもね」

「青龍さんの所と同じっす」

 アズは、霧亜の顔が埋もれそうなほどピッタリと霧亜に張り付いて震えている。

「あたし森では大丈夫だったのに。睨まれてる感じで嫌ね、これ」

 能利のフードの中にいるクズネが呟く。

「青龍に見られてなかったんだろ、俺らは」


 皆が首を傾げる中、5階分上がった広間に辿り着くと、突然、ナゴ、アズ、クズネが次々と獣化した。


 驚きで、皆一瞬硬直する。


 ナゴは威嚇の声を出し、アズはカラス特有の甲高い声を上げる。クズネは、天井に蜘蛛の巣を瞬時に作り上げると上へと登っていく。

 まるで、三匹の獣の餌として、認識されているかのようだった。

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