3-9 智奈と豹変した相棒たち
「どうしたんだ!」
ラオが、声を上げた。
「勝手に獣化するなんて」
信じられないと能利は大きくなっているクズネを見つめる。
酒にフラフラしていた時、あなたの獣化動物手に噛み付いて獣化してましたよ。とは言えない。それに、智奈も霧亜も能利も、今噛み付かれた様子は一切なかった。
霧亜が、アズの胸毛に触れようとした。その手を、アズは嘴で啄こうとする。
「あっぶねえな」
「あぶないよ、みんな」
ロクリュが、能利のマントを握りしめて、隠れて言う。
智奈は目の前で獣化したナゴを見つめた。様子がおかしい
初めて会った時の、初めて彼女と契約を交わした時。あの人を今にも襲いそうな爪とき牙そして炎のように燃える三つの瞳が、こちらを睨みつけている。
アズも、大きな羽を広げ、嘴をこれでもかというほど大きく開き、体勢を低くしている。
クズネは、前足を広げて牙をカチカチと鳴らしている。
「白虎の力か? 獣化が戻せない」
能利がロクリュを庇いながら、じりと智奈たちに近づいていった。
「青龍のとこでも、ナゴたち勝手に獣化してたから有り得るな」
人と、獣化動物との緊張の糸がピンと張っている。どちらかが動き出したら、それは始まりそうだった。その弓のように張った糸を切り、戦闘開始のゴングを鳴らしたのはナゴだった。
ナゴの鋭い爪が、智奈たちに襲いかかる。それぞれ皆が横に跳んでそれを避け、ナゴの瞳を見上げる。
ナゴの爪で抉られた地面に、五本の大きな爪痕が残っている。
「智奈大丈夫か!」
霧亜の声に、大丈夫、と答える。
ナゴの目は、いつもの優しい目じゃない。あの爪で、智奈たちの回避が遅ければ、全員八つ裂きにされていた。
「ナゴ、どうしたの?」
声をかけるが、ナゴは唸り声をあげて智奈を睨み付け、顔を低くして二本の尻尾をぶんぶんと振っている。犬では嬉しい合図のあの動きも、猫は真逆だ。
智奈が、戦闘相手に選ばれている。
「智奈、逃げて……」
ぽつりと、ナゴからそう聞こえた気がした。
ナゴが、まるで、ライオンのような咆哮を上げると、瞬時に智奈の目の前に現れた。視界が、ナゴの口の中でいっぱいになる。慌てて後ろに飛び退くと、智奈とナゴの間に霧亜が滑り込んできた。
「ナゴ、悪い」
霧亜が両手を合わせると、その手の間から水が溢れてくる。その水を、ナゴに向かって投げた。
水は、向かってくるナゴの目に当たる。ナゴは悲鳴をあげてのたうち回った。
その間に、智奈は霧亜に抱き抱えられラオとロクリュのいる塔の端に運ばれる。
「智奈、こっち!」
ラオがロクリュの盾になるようにそこにいた。
「ナゴが!」
智奈が霧亜に訴えると、霧亜は顔をくしゃっと歪めた。
「ごめん。あいつ火の属性の獣化動物だから、水はきっと辛い。けどどうしようもねえ」
広場に目を向ける。のたうち回るナゴが立ち上がる姿と、アズがこちらに低く滑空してくる姿。
能利は、クズネの糸と吐き出す液体を避けている。クズネの吐いた液が地面に着くと、煙をあげて溶けだしていった。
「ラオ、今度こそだぞ」
霧亜がラオの頭をくしゃりと撫でた。
ラオは大きく頷く。
アズが、鋭い三本の鉤爪をこちらに向けて、獲物を捕えるように向かってきた。
霧亜は、それを睨みつけると、地面を蹴ってアズの胸元に飛び込み、胸毛を掴んで地面に張り倒す。
どしんと大きな音が広場に響く。
「アズ、何があったんだよ!」
霧亜の言葉が聞こえないのか、アズはバタバタと押さえつけられる霧亜を振り払おうとする。
その隙に、ナゴが覆いかぶさって霧亜に襲いかかった。
能利の触手のように伸びた数本の炎が、ナゴを巻き込むと天井に飛ばす。どかん! と音がして、ナゴは地面に落ちた。
「何かをすれば止まるはずだ!」
「んな事言われても」
霧亜はアズから振り落とされる。
霧亜も能利も、攻撃をすれば容易くことは終わる。
が、今彼らが対峙してるのは、彼らの獣化動物だ。本気の攻撃なんて、できるわけがない。
「ぎゅってしてあげなきゃ可哀想だよお! 猫さんたち泣いてるよ!」
ラオに飛び出すことを妨げられているロクリュが、泣きそうな顔で必死に叫ぶ。
ロクリュの言うことは、塔を見つけた時も的を得ていた。ロクリュの言うとおり、ぎゅってしてあげたら——ぎゅってしてあげればいいんだ。
もう、助けられてばかりじゃいたくない。
アズと格闘する霧亜、クズネの相手をする能利。その隙をついて、再びナゴの敵意は、智奈へと向いていた。こちらへ、走ってくる。
恐ろしいナゴの真っ赤な瞳は、真っ直ぐに智奈を捕らえている。
もう、ナゴにだって、助けられてばかりはいたくない。ナゴは、じぶんが助けなくちゃ。
智奈は爪を立てて突進してくるナゴへ走り込んだ。
ロクリュを押さえるので精一杯だったようで、智奈を掴もうとする腕は空を切った。
「ダメだよ智奈!」
ラオの声が、背中に聞こえる。
「智奈やめろ!」
霧亜の声も、どこか遠くから聞こえる。
智奈は、前足を大きく振りかぶったナゴの首元にダイブした。
突然飛びついてきて驚いたのか、ぶんぶんと振り回される。が、ナゴの柔らかい皮をしっかり掴んで、振り落とされないように抱きしめ、言葉を繰り返す。
「大丈夫、ナゴ、大丈夫だよ。怖くないよ。ナゴはいつも一緒にいてくれたでしょ。あたしもそばに居るよ」
心の中でも、言葉にしても、ナゴに届くように。この暴れる猫又の中にいる、ナゴに届くように繰り返した。
暴れる身体が大人しくなっていく。ふと見てみると、濁っていたようなナゴの真っ赤な三つの瞳に光が刺し、しっかりと智奈を見つめ返してきた。
「あれえ、好きな匂いだあ」
ナゴはそう言って智奈の顔に擦り寄ると、するすると小さな黒猫の姿に戻り、智奈の腕の中ですやりと眠りについた。
智奈は、ナゴを腕に抱いて、その場にへたり込んだ。
ナゴの心臓の音も、寝息も聞こえる。
元に戻ったんだ。
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