3-6 智奈と見えない塔

「お腹空いたでしょう。もう夜ご飯の時間よ。今日は店も閉めましょう。私の腕の見せ所ね!」

 曄は立ち上がり、鼻歌を歌いながら巨大な身体をキッチンへ移動させた。


 そうじゃな! せっかくの客人だ。と、芙炸は居酒屋の方へ向かうと、玄関の鍵を閉め、窓のカーテンを閉じた。


 全てが大盛りすぎる料理が、五皿ほどテーブルに並び、様々な料理のいい匂いが智奈たちのいる空間に漂う。

 テレビの中でしか見たことの無い大きな海老や、知らない名前の動物の肉詰めピーマン。更にはローストビーフの知らない葉っぱ添えなどなど、第一の世界で知る一般的な材料から、知らないものまで数多くの料理が並んだ。

 ナゴもアズもクズネも、テーブルの上で同じ料理を、それぞれの器から食べている。

 獣化動物は、第一の世界のペットのように決められた餌がない。餌というと、彼らには失礼に値する。獣化動物は、契約者である者に仕えている形にはなるが、ほぼ対等な立場なのだ。


「こっちの世界でも、牛豚鳥は食べるんだね」

「種類違うだろうけどな。向こうの世界にあるものは基本なんでもあるよ」

 智奈が曄の料理に舌鼓を打ちながら、小声で言うと、霧亜が答えてくれた。

 芙炸と曄には、第一の世界に智奈がいたことは伝えていない。


「まだあるから、食べれるなら言ってね」

 曄は嬉しそうに言った。

「まだいけます」

 霧亜の即答に、能利は眉を顰めて霧亜を見た。

「そんな食うのか、お前」

「孤児院の料理、おかわりできなかったじゃん。めっちゃ我慢してたんだ」

 言いながら、霧亜の口へと掃除機のように料理が吸い込まれていく。


 曄の美味しい手料理を頂き、霧亜の大食いを見て曄は次々と嬉しそうに腕を振るう。

 芙炸と能利は、体術についての論議を酒を交わしつつ口を回す。

 智奈は、満腹になってからは、曄と一緒にキッチンに立ち、霧亜に吸い込まれていく料理の作り方を教わった。


「嬉しいわ、子供が一気に増えたみたい。まだメネソンにいるつもりなら、是非泊まってちょうだい」

 曄が、たくさんの料理レシピをマスターした智奈を抱きしめる。曄の胸や腹に埋もれるのではというほど、きつく抱きしめられた。


 寝室は、空き部屋が二つあるということで智奈と霧亜は同じ部屋へ。能利は別の部屋を借りた。

 かなり飲んだのか、能利は、少し足取りがフラフラとして、眠そうな目をしている。

「飲みすぎだぜ、お兄ちゃん」

 霧亜が能利の頭をはたいても、能利は、んー、としか反応をしない。

「あたしが責任をもってこの部屋に閉じ込めるから! 二人は安心して寝てね!」

 能利に噛み付いて獣化をしたクズネは、大きな足で能利を部屋へ押し込め、フルフルと手を振ると扉を閉めた。


「クズネには、あんまり獣化してほしくないな。禁じられた森であいつらよく頑張ったな」

「その物語、魔法のやつでしょ? ちょうどそこから怖くて読んでない」

「お前、それはないわ。名作中の名作シリーズだぞ。最後とか、マジ結婚しよってなるぞ」

「聞こえてるわよ、第一オタク!」

 壁の向こうから、クズネの怒鳴り声が聞こえる。


 ごめんなさーい。と智奈と霧亜は言いつつ、与えられたベッドの就寝準備を始める。そこにはベッドとソファーがあり、智奈とナゴはベッド、霧亜はソファーで寝ることが決まった。


「霧亜って、すごいあっちの世界の文化詳しいよね」

 智奈の知っている作品から、全く知らない作品まで。壮介たちといち早く仲良くなれたのも、第一の世界の漫画、映画、ゲーム、小説を霧亜が知っていたからだ。

「お前があっちにいるって知ったから、色々調べてたら面白くて好きになった。こっちでも、第一の世界の文化は一応伝わってるぜ」

 なるほど。智奈のせいで霧亜は第一オタクになったわけだ。


 明日は、無事にラオが帰ってきますように。

 ナゴを抱いて、智奈は眠りについた。



 次の日、智奈は曄に、デザートに作れるパイの焼き方を教わっていた。昨日、能利の飲んでいた赤黒い酒の原材料である果実で作るパイらしい。

 男たちはというと、サバノ亭の裏にある中庭で、リンゴがいかに早く多く潰せるかの対決をしている。

 この世界では、体術師はリンゴを潰すことは子供でも当たり前のようだ。


「おい能利! お前智奈の力でリンゴ潰すんじゃねえ! 自力でやれよ!」

「勝手に力強くなるんだからしょうがないだろ!」

 キッチンにいる智奈と曄にまで、兄たちの声と、芙炸のそれよりも大きな笑い声が聞こえてくる。


「元気ねえ」

 にこにこと、曄は両手に持つトゲのある果実を潰す。

「痛くないんですか」

 曄の手は、血が出ているようには見えない。

「私、皮膚が厚いのよ。大丈夫大丈夫」

 智奈は、包丁を使って果実の皮を剥いていく。


「うわ、俺もやる! 俺が一番強いからな!」

 外から声がする。

 智奈は慌てて霧亜たちのいる中庭に向かうと、赤い龍に乗ったラオがそこにいた。


「お前、結局ザンリに乗ってきたのかよ」

 呆れたように霧亜は言う。

「ちゃんと山脈超えたよ! 霧亜たちが何処にいるのかわかんなかったからザンリに乗せてもらったんだ」

 ラオがザンリから降りて言った。

「こいつ、煩くて敵わん」

 と、龍はするすると小さくなって、自動販売機ほどの大きさの赤い鯉の姿へ変わり、地面にぺたりと落ち着いた。

「泳ぐのも空飛ぶのも、すごい楽しかった! ありがとな」

 ラオは鯉の姿へと変わったザンリを抱き締める。

「ふむ、礼を言うのは能利坊より感心だ」

 ザンリはラオの頭を分厚いヒレで撫でる。


「白虎のとこのヒントはあったのか?」

 ラオのきらきらした目に言われて、智奈ははっと霧亜を見る。

 こみえ一族の話と、曄の手作り料理を教わることで、一瞬忘れかけていた。

 霧亜も能利も、はっとした表情でラオを見ていた。

「え、探してないのかよ。俺がいない間何してたの?」

 訝しげな顔でラオは智奈たちを見据える。純粋なラオの指摘に、智奈たちは何も言えなかった。


「怪しいなってのは見つけたさ」

 霧亜が食い下がった。

「え、何かあった?」

 智奈は、何も見つけた覚えはない。


 青龍の背中から、メネソン一帯を見ても、特にマンダにあった、青龍の森のような、これというものはなかった。朱雀がいたガンも、地下がマグマであり、青龍のヒントで下にいる。と言われて下を探したのだ。今は、青龍も朱雀もいない。

 強いていえば、メネソンの周りを囲む山脈か。しかしそこだとしたら、広すぎてどこを探せばいいのかわからない。


「ほら、あの塔。ここであそこまで高い塔ないだろ。芙炸さん、あれ何の塔ですか」

 霧亜は、空を指さした。

「塔って、何の塔ですかな」

 芙炸は首を傾げつつ、霧亜の指さす上空を見上げる。


「え、何のって、あの雲より高い塔。上から見ても、一番上が見えなくて、すげえと思ったんだ」


「何それ、見えないよ」

「高い建物なんて、ないぞ」

「メネソンに、山脈より高いとこなかったよ、霧亜」

 智奈、能利、ラオは口々に霧亜に異論を立てる。


 霧亜は、三人に否定されてぱちくりと青い目を瞬かせた。

「え、あれが見えないのか、お前ら」

 すると、霧亜は手を伸ばし、智奈の頭を鷲掴む。

「視界ジャックさせてやろう。こんなん見たら、どうあがいても絶望だ」


 今見えている視界が、じわりと歪んだ。見えていたはずの霧亜の顔から、自分自身の姿に変わる。自分の肩からは腕が伸び、目の前の智奈の頭を鷲掴んでいる。二十センチ近く、視線が高い。

 今見えているのは、霧亜の視界だ。

 智奈は身動きひとつしていないのに、視界が勝手に移動する。霧亜が顔を左に向けたのだ。


 そこには、一直線に天から地へと貫かれた、真っ黒な塔があった。地面の方は末広がりのように大きく、上に行くに従って細くなっている。が、塔の一番上は、雲の上にあって全く見えそうにない。


「オレにだけ見えるってことは、あれじゃね?」

 霧亜の声が、自分の口辺りから聞こえてくる。


 きっと、そうだ。あれが、白虎の塔だ。

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