3-10 霧亜と瀕死の神獣
———— Kiria
ナゴが、元に戻った。でもどうしてだ? 何が要因になった?
解決する間もなく、アズの嘴と鋭い爪が襲いかかってくる。
「霧亜、ナゴが最後、好きな匂いって言った!」
小さな黒猫に戻ったナゴを抱え、オレと能利の戦闘の邪魔にならないように、ラオの元へ走る智奈が、叫んだ。
匂い? ナゴの好きな匂い? アズの好きな匂いってなんだ。
これが、白虎からの試練なんだとしたら。
朱雀の時はお前がマグマに突っ込んで、マグマじゃないことがわかった。青龍の時は、あの青い森。森がまず、おかしかった。全部青くて、視界がおかしくなりそうだった。そして、突然智奈が見えなくなる。そう、見えてたものが見えなくなった。
「視覚が、おかしかったってことか」
「五行思想の
オレの閃きに、能利が即座に反応してくる。
能利は、クズネの発射する毒液をひたすら避けている。クズネに、能利の火をぶつけたりしたら、クズネはすぐに力尽きる。だからといって、土蜘蛛の獣化動物であるクズネは毒をもってる。体術戦も有効じゃない。
五行思想において、火、水、木、土、金にそれぞれ四神が当てられる。五塵っていうのも、人の煩悩が五つ当てられていて、智奈が見えなくなったりした青龍の森は視覚、触らなきゃマグマじゃないってわかった朱雀は触覚だった。それを割り当てた、神に会うための試練とやらがあるのかもしれない。
こっちが儀式しに来てやってんのに、試練与えるとか何様だ? 神様か……。
「白虎の金の五塵……嗅覚?」
だから、ナゴは匂いに反応したのか? 契約者である智奈の匂いに。
オレはアズの攻撃に合わせて身体を捻ると、嘴を掴み取って、鼻の穴部分に手を近付ける。
「目ぇ覚ませバカガラス!」
オレを振り落とそうと一通り暴れたアズは、段々と落ち着いていく。
智奈のいうナゴの好きな匂い。獣化動物は契約者に依存する。契約者の匂いを嗅がせるのが正解だ。
落ち着いて、小さく獣化を解いたアズを床に寝かせる。ラオに、智奈とロクリュのいる安全なところに運んでもらった。
あとは能利のクズネだ。そもそも、蜘蛛に嗅覚ってあるのか?
「能利! 契約者の匂いだ!」
毒液を避けている能利は、オレの声を聞くと、急に動きを止めた。棒立ちになる能利に、クズネが上から糸にぶら下がって能利に覆い被さる。
何やってんだ! と叫ぶ間も無く、能利はクズネの足に絡め取られて持ち上げられ、クズネの鎌のような牙が、グサリと能利の腹に刺さる。
「能利!」
智奈とラオ、ロクリュの声が、重なった。
覆いかぶさった時に匂いを吸ったのか、クズネは獣化が解け、能利はクズネの張った糸に引っかかる。能利の手足に、力は全く入っていない。
慌てて駆け寄ると、能利は、クズネの毒に侵されてるのか目を見開いてビクビクと痙攣している。
「能利! おい、能利!」
能利を糸から引き剥がして、床に寝かせる。腹の出血を抑えることはできても、毒は解毒薬がないとダメだ。全く知らないクズネの毒を解毒なんてできるわけない。
「うるさいわね、なんか疲れちゃったんだけど」
小さくなったクズネが、能利の横で項垂れて言った。
突然、クズネにナゴが覆いかぶさる。智奈たちも、こっちに走ってきてる。
「目覚ましなさい! 早くしないとあんたのご主人死ぬわよ!」
ナゴの言葉に、クズネがはっと目を覚ます。一瞬で、八つの目で状況を理解したのか、能利の腹の傷の前にカサカサと移動した。
「やだもう! この子本当にバカなんじゃないの!」
クズネは、小さいままに再び能利の腕に噛み付いた。小さな二つの咬み傷が腕につく。
「お腹の傷は霧亜が治してくれたのね。ありがとう。もう、大丈夫よ」
クズネは、能利の胸元で手足を伸ばしてため息をついた。
能利の痙攣が、治まってきた。
「ビックリした。死んじゃうかと思った」
ラオが、ペタリと床に座り込んだ。
「能利! 能利!」
ロクリュは、ぼろぼろ涙を流しながら、能利の肩を揺すっている。
「蜘蛛は、脚に感覚毛があるから。襲われないと嗅いでもらえなかったからな」
ゆっくり目を開けた能利は、ロクリュの頭に手を置いて言った。
「能利が生き返ったー!」
ロクリュは泣きながら能利に突っ伏した。
「死んでない」
能利はゆっくりと半身を起こす。
「良かった」
ナゴを抱き抱える智奈も、ほっと胸を撫で下ろした。
ロクリュは、能利から離れると智奈にも抱きつく。
「あきのちなもお手柄よ。きりあにヒントを伝えていたもん! ラオも、守ってくれてありがとう! きりあもかっこよかったよ!」
一人一人に抱きつくロクリュ。緊迫していたオレたちも、ロクリュのおかげでだいぶほぐれる。不思議な子供を拾ったもんだ。
「上に行ってみよう!」
ロクリュは、ピョンピョン飛び跳ねて、さらに上の階段を指差す。
クズネの解毒が効いたのか、能利は立ち上がった。
階段を登ると、今までのような広場じゃなかった。
今までの広場の数倍は大きな空間。外に放り出されそうな柱だけの広間だったのが、壁のしっかりある場所だった。まるで、広い教会だ。
天井が、ステンドグラスを敷き詰めたかのように色とりどりに光り、空間のあちこちを照らしている。
オレたちが階段を登り切った先の最奥に、それはいた。大きな横長の祭壇の上に、真っ白な獣が横たわっている。黒い縞模様。白い毛先一本一本が光に照らされてちらちらと輝いている。
白虎だ。
その左右に、白虎よりは小さな姿で青龍と朱雀が浮かぶように並んでいる。
まるで、最初のゲーム画面の選択キャラのような状況だ。
「あー、きたきた。よく来れたわねー」
朱雀が翼を拍手でもするようにパチパチと羽ばたかせる。
朱雀の声に、白い獣はむくりと顔をあげた。
「遅かったな」
しわがれた老人のような声。青龍よりも低く、ずっしりしてるが、どこか弱々しい。
オレからアズが離れて、床に降り立った。ナゴも、クズネもアズに並び、ナゴたちは勝手に獣化する。
もう襲いかかってくることはない。青龍の時と同じだ。
本来の姿になって、目上の者に挨拶をするんだ。
「天の四霊に栄光あれ」
三匹が
白虎は、ゆっくりと頷いた。
「よく、三匹もの獣たちを元に戻したな」
青龍が言った。
白虎の、重鎮としての威厳を見せられると、まだ青龍が若く見える。
「みんながね、すごかったのよ」
決して近付けそうな存在ではない、と感じるはずの白虎の元へ、恐怖も何も無いロクリュが向かっていく。
「白虎さんも、とても頑張ったのね。お疲れ様ね。もう、休んでいいのよ」
ロクリュは、自分の身体より大きな白虎の顔に、身体を埋める。
「ああ、悔いなく次に託せそうだ」
ロクリュの埋もれる白虎が、嬉しそうに髭をひくつかせた。
前足にだけぐっと力を入れて立ち上がる。
「私の、代替わりを連れて、玄武のところに行ってくれ」
そう言うと、白虎は大きく息を吸って塔のてっぺんに向かって咆哮をあげた。
響き渡る、神の咆哮。
キラキラと、白虎の身体は薄く消えていく。
オレたちの身体が、ビリビリと震える。足元も、地震のようにグラグラと揺れた。
その揺れが、本当の揺れだと気付くのは、かなり遅かった。
白虎の咆哮と共に、塔が崩れているんだと知ったのは、壁にヒビが入って、外の明かりが漏れ出てきたのが、オレの目に入った時だった。
気付いた瞬間には、壁はどんどん剥がれ落ち、天井も大きく割れて、眩しい太陽が見えてくる。
オレと智奈、能利とラオの間にビシビシとヒビが入り、大陸移動のように離れていく。
いち早くナゴが駆けつけ、能利とラオの二人を背に乗せる。
オレは智奈をアズに捕まらせる。
目を向けると、ロクリュの周りが、いち早く崩れ落ちている。白虎の姿はもうない。代わりに、ロクリュは白虎だったような大きな白い光を、身体いっぱいに抱えている。
オレが走って手を伸ばしたのと、ロクリュの足下が崩れて、落下するのが、同時だった。
「ロクリュ!」
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