3-11 霧亜と神に成る前の獣
自分がどんな状況なのか理解してなさそうな顔のロクリュの姿が、下に落ちて見えなくなる。
オレの足下の床もヒビが進んできて割れ、崩れ落ちた。
アズに乗って空を飛んでこの塔に辿り着いて、十数階登ったところから落ちてるんだ。親方あ、空から女の子があ! 状態だ。いや、これはラストシーンか。
「旦那あ!」
智奈を乗せたアズが、オレを拾いに来ようと急旋回する。
「オレはいいから、ロクリュを追え!」
「合点承知!」
アズは、下へと落ちていくロクリュを追って下へ急降下して行った。
智奈の悲鳴が、小さくなっていく。そういや、ナゴに初めて乗った時も大悲鳴あげてたっけか。
数百メートル下に、メネソンの街が小さく見える。うん、これぞ、人がゴミのようだ。
下からの強風に煽られつつ、どうやって地面に着地しようか考える。もう少し下まで行ったら、その辺から水をかき集めて、また水の柱でも作って着地点を作るか。それとも、足のみで着地して、どこまでオレが身体を使えるか試してみるか。完全に能利が近くにいるからやろうと思えることだけど。
「霧亜!」
上を見上げると、ナゴに乗ったラオが、こっちに手を伸ばしている。後ろの能利に服を掴まれて支えられてる。能利が手を離したらラオも落ちそうだ。
ラオの手を掴もうと手を伸ばした時。あと十数秒は落ち続けてると思ってたのが、突然背中に地面を感じた。
決して痛くはない。草の匂いが鼻に入りこんでくる。
真上にいたナゴが、オレが地面に着いた次の瞬間にオレを四肢で跨ぐようにドスンと降りてくる。
「こっわ」
「踏み潰さないでよかった」
心からホッとしたナゴの声。
ナゴがオレの上から退くと、オレは上半身を起こす。
オレたちが落ちたのは、とある草原だった。ナゴとアズに乗って、黒い塔を求めて歩き回った時に通ったことのあった草原だった。突然地面にたどり着いたから、どこかに時空間魔術で飛ばされたかと思ったが、まだメネソンにいることは間違いなさそうだ。
一面草原のはずだが、オレたちのいる少し先が、焼け野原になっている。戦闘があった跡のようで、ついさっきまで火がつけられていたのか、煙が上がっている。
右には能利とラオを乗せてたナゴ。左には、無事ロクリュを嘴でキャッチしていた、智奈を乗せたアズがいる。
アズの急行直下に足腰が立たない智奈が、アズから降りてふらふらとオレの隣に崩れ落ちる。
「怖かった」
「お疲れ」
オレは智奈の背中を軽く叩いてやる。
「あの塔も、何もない所に見えてたみたいだな」
ナゴから降りた能利が、上を見上げて言う。
オレも上を見上げるが、崩れたはずの、オレたちが落ちたはずの黒い塔はどこにもない。
アズが、ロクリュを地面に降した。
ロクリュの腕には、まだしっかりと白い光が抱えられている。ロクリュの腕でいっぱいっぱいってほどの大きさだ。白虎に会ったってとこは、なかったことにはされてないらしい。
「これねえ、すごくあたたかいの」
ロクリュは、ぎゅっと白い光をぬいぐるみをプレゼントされたように抱きしめる。
「この子を、玄武の所へ連れて行けば、儀式は終了。調停者のお仕事は終わりよ」
オレの肩に、いつの間にか獣化前のアズのサイズになった朱雀が、降り立った。
「この子?」
「白虎と成る稚児だ」
智奈の頭の上にも、いつの間にか蜷局を巻いている青龍が言う。
朱雀と青龍の言葉に反応するかのように、ロクリュの抱える光が、柔らかく心臓のように点滅を始める。
一度大きく光ったかと思うと、段々とそれはロクリュでも抱えられるほどの大きさの、小さな赤ん坊の白い虎になった。
青龍や朱雀のような、サイズ感だけ縮めたわけじゃなく、完全に生まれて数ヶ月と思える小ささ。
白虎の赤ちゃん、てことか。
「可愛い」
まだ立ち上がれないのか、智奈はロクリュに四つん這いで近付く。
「ふわふわだよ!」
ロクリュは、智奈に白虎の子供を渡す。
智奈に抱かれる白虎は、目が覚めたのかゆっくりと眩しそうに目を開ける。青龍、朱雀と同じく、黄金の目が智奈を見つめた。パチパチと瞬きをして、辺りをもぞもぞと見回す。
「あれが、白虎の世代交代?」
オレが朱雀に聞くと、朱雀は自分の背中辺りの毛繕いを見せてくる。
「そうよ。あれは、まだ四神の力があるわけじゃないの。最後の玄武の所に行って、あたし達三匹の力で、あの子を神にする。その儀式を手伝うってのが、調停者の最後のお仕事。世代交代の赤ちゃん神様の、運び役ってことよ」
「なるほどな」
結局、近道はなかったってわけだ。
例え一番初めに行った青龍が交代の神だったとしても、四神全員に会いに行く必要があった。
で、世代交代の四神と、他二匹の四神を連れて最後の四神のところへ行き、儀式とやらを行うんだ。
目を覚ました白虎は、ビチビチと魚のように智奈の腕で跳ね、智奈は白虎を地面に下ろす。
第一の世界にいる間に、動物園に行ってみたかったんだよなあ。こっちの世界には動物を金払って鑑賞するなんて考えがない。でも、一度に色んな動物を見れるのも面白そうだと思ってたんだ。
動物番組も多いよな。こっちじゃ、博識な獣化動物がコメンテーターとしてテレビに映ってるってのに。
白虎はよたよたと草を踏みしめて、また智奈の膝にぽすんと転んだ。顔を上げ、智奈を見上げる。
「マーマ!」
と、支える智奈の手に吸い付いた。
「あ……え、か、かわ……かわ……」
智奈は、懐かれた白虎にメロメロで喜びを言語化できていない。
「おめでとう、齢十一にして母になったか」
ふざけると、智奈のしっかりした拳骨が肩に飛んでくる。
「一応、オレが調停者ってことになってるんですよ、白虎さん」
オレが智奈に抱かれる白虎に手を伸ばすと、立派な小さい牙を剥き出しにして、威嚇をしてくる。
朱雀が声を上げて笑った。
「保護者として認識されなかった調停者は初めて見たわー!」
オレは諦めて白虎から手を引っ込めた。
「これ、何か儀式で支障あったりするのか?」
「別に、妹ちゃんと常に一緒に行動してるんだし、大丈夫よ」
「まず、こんなに頭数揃えて調停者を遂行する者は見たことがない」
智奈の頭にいる青龍の吐き出した鼻息が、パリパリと音を出す。
「次の玄武に行くには、どこに行けばいいのか教えてもらえるのか?」
能利が言った。
ラオとロクリュは、順番にそーっと白虎に触れようとしている。
ラオには威嚇をするが、ロクリュにはわざわざ近付いてゴロゴロと喉を鳴らす。こいつ、絶対オスだ。
「玄武はルルソよ。それで最後」
朱雀が、あっさりと教えてくれる。
「そんな簡単に教えてくれるってことは、玄武もなんだか変な試練みたいなのがあるんだろ」
オレが言うと、朱雀は含み笑いを見せ、わざと邪魔になるように羽を広げて毛繕いをする。
「三匹クリアしたんだもの。大丈夫よ」
白虎に夢中のお子様たちを他所に、オレと能利は目を合わせる。
正直、本当に能利がいてよかった。オレ一人で、こいつら護って回ることなんてできなそうだった。
「頑張ろうなー」
白虎のせいで置いてけぼりのナゴを、拾い上げてもみくちゃに、撫でる。
「やめてよ、もう」
しっかりと噛み付かれた。
ルルソ。
芙炸と曄が行っていた。オレと智奈が行っては行けない土地。こみえ一族に、見つかっては行けない土地だ。
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