1-8 智奈と政府の人間
「お前、魔術学校行ってないのか?」
ショーロの街を歩いていると、ついて来たラオが訊いてきた。
明日の船の出航を待つ間、満瑠の手伝いをするということで、智奈は今日の夜ご飯の食材の調達、霧亜は船の修繕や力仕事を任されていた。
「うん、あたし魔術も体術もできないよ」
「何でだ! 霧亜の妹なんだろ? あいつは魔術師なんじゃないのか」
興味津々のキラキラした顔でラオは質問をぶつけて来た。
ラオは、子犬のようにぴょこぴょこと智奈についてくる。智奈より一、二歳年下のように見える。
智奈は、自分が第一の世界から来た人間であることを伝えていいものか迷った。サダンも知っている、霧亜はロウにも話していたから、大丈夫だろうか。
「あたし、第一の世界で育ったの。最近こっちに来たから、こっちの世界のこと全然知らないんだ」
智奈の言葉に、ラオは顔をしかめた。
「第一の世界? 霧亜もか?」
智奈は、霧亜やサダンから伝え聞いた話を、ラオに伝える。二歳のときに父親に第一の世界へ連れて行かれたこと、霧亜が迎えに来て、こっちの世界に戻ってきたことをラオに話した。
ラオはじっとこちらを見た。
「お前、混血人種なんだな。しかも抜かれてないのか」
はっと智奈はラオの真剣な眼を見る。
サダンの言葉を思い出した。
——混血の存在は疎まれもするし、称賛もされる。
彼の目は、一体どちらの意味を持っているのか。
すると、ラオは目尻をすっと下げた。
「魔術も体術もできないんじゃ、ほんとに向こうの人間と変わらないな。安心しろ、この街の知らないことはないから、俺が守ってやるよ」
いひひ、と笑い、ラオは智奈の先導をきった。
「調子のいいガキね」
呆れたように首元のナゴはふうと息をつく。
ラオは体術師として、道場に通っているらしい。
背の高く狭い路地などは壁を移り渡ったり、高い塀は智奈をお姫様抱っこで飛び越えたりと、足腰の訓練をしながら進んでいく。
そんな恥ずかしいことできないと、拒否をしたが、この細い腕の少年の力に見合わない怪力で、為す術がなかった。
これが、体術師というものなのか。
「体術師にも色々いるよ。足速いやつもいるし、ナイフが得意なやつとか、いろんな武器持ってるやつとか。俺は、ちょっと力強くて、泳ぐのが得意なんだ」
得意げに話すラオ。
確かに、突然海からあがってきたのは驚いた。
ある程度の買い物を終え、オンボロクルーザーのある港に帰ろうとした時だった。
相変わらず、ラオは狭い垂直の壁を忍者のやうに走ったり、向こうの世界のゲームにいる、配管工のように壁ジャンプを披露している。
「おい、ラオじゃねえか」
声をかけられ、ラオは智奈の隣に降り立った。
声をかけてきたのは、スーツをぴっしりと着こなした男二人だった。髪の毛もジェルで固め、嫌味ったらしい、にやにやとした笑顔をラオに向けている。
「なんだ、その子。ガールフレンドか?」
「うるせえ」
ラオは男たちを睨みつけ、智奈の手を取る。
「こいつら政府のやつらだよ。ショーロの政府はふざけた奴が多いんだ。早く行こう」
こそっとラオが智奈に耳打ちをし、手を引かれる。
よく見ると、男たちの胸元には、ひし形を重ねたような、同じピンバッジが付けられている。
「お前の父親はまだこっちでこき使われてるが、元気そうだぞ、ラオ。たまには顔見せてやったらどうだ」
去ろうとするラオの足を止める、政府の男たちの言葉。
振り返ったラオの顔は、眉間にシワがより、今にも政府の男に殴りかかりそうな顔をしていた。
「俺はもう魔力は抜かれてる! 父ちゃんはちゃんと申し出たはずだ! お前らが間違ってるだけじゃねえか!」
「すまねえなあ、俺がミスしちまって」
ラオの言葉に、政府の二人はがははと笑い、小さな智奈たちの顔を覗き込むように腰をかがめる。
「悪いなあ、ここでは俺らが正義だ」
怒りを抑えられないラオは、腰をかがめた男に殴りかかった。素早い動きで、政府の男は見切れずに顔に喰らい、横の壁に叩きつけられた。
「クソガキ」
もう一人が、杖を出して壁を弾く。
ラオも壁に吹き飛ばされたかと思うと、壁がぐにゃりと変形して、ラオの手足を壁に埋め込ませた。
「ふざけんなくそ政府!」
じたばたとラオはもがくが、壁はびくりともしない。
「そこのお嬢ちゃん、お名前は?」
ラオを吹き飛ばした政府の男は、杖を智奈に向けてにこりと笑った。
智奈は恐怖で何も答えられない。
首元のナゴが威嚇の声を出す。
「猫又じゃねえか。いいな。くれよ」
ラオに、壁に叩きつけられた男がこちらに近付いてくる。
智奈は咄嗟にナゴの前に手を差し出した。ナゴは小さくその手を噛み、獣化しようとする。
が、政府の男の一人が何かをこちらに投げた。
それがナゴの首に当たると、首輪のようにぐるりとナゴに巻き付き、ナゴは獣化を止め、苦しそうに地に落ちる。
「猫又を獣化させたら手に負えないからな」
ナゴを欲しいと言った男の方に、ナゴを蹴り飛ばす。
足元に転がったナゴの首根っこを荷物のように掴んだ。だらりと、ナゴの手足は動けなくなっている。
「さて、君もラオと同じ道場の体術師かな? ラオは汚れた混血だって知ってるか? 一度でも混ざりあったら、その血は汚ねえんだ。君は純潔? それとも手遅れ?」
男は智奈の手を掴み上げ、智奈に顔を近付けた。
「ん? おかしいな」
智奈を持ち上げる男の反応に、ナゴを持つ男はこちらに近付いてくる。
「どうした」
「こいつ、力の反応がない」
ナゴを持つ男はにやりと笑った。
「精密検査が必要だな。もしかしたら、逃げ延びてる混血かもしれない」
智奈を持つ男も、汚らしく笑った。
「本当にそうだったら、俺たち昇進あるかもなあ」
その時、壁に手足を埋め込まれたラオが雄叫びをあげた。
凄まじい叫声で、空間がビリビリと響く。
それと共に、ラオを拘束していた壁が割れ、ラオは自由の身になった。
「怪力バカが」
政府の男は再び杖を出す。
が、ラオはこちらをちらりと見ると、歯を食いしばって一目散にその場から走り去った。
「ありゃ、ボーイフレンド逃げちまったな」
「逃げ足は早いやつだ。どっかに応援呼ばれる前にずらかるぞ」
言われても、智奈を掴む男は動かない。
「ガキでも楽しめることはあるよなあ」
ナゴを持つ男は呆れたため息をつく。
「変態も大概にしろよ」
智奈を掴む男は、智奈を頭の上から顔、身体、足先まで舐めるように見ると、鼻の穴を膨らませた。
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