1-7 智奈とにぃに

———— Tina



 智奈、ナゴ、霧亜、アズは、とある船の前に立っていた。

 次の四神に向けて、船に乗る手立てをしてくれるという、サダンに紹介された人物の元へ来たのだ。


 次は、常夏の島ガンと言うところに向かうらしい。

 そこへ行くには、霧亜も行ったことがないため、瞬間移動はできず、船に乗るしかない。

 サダンの知り合いが、ガンへ行くための客船の船長であるということで、紹介してもらった。



 紹介のあった場所についた智奈たちは、港町の一角にぽつんと置き去りにされたような小さな船の前に立っていた。


 波に揺られるその船は、紹介では客船を操縦する船長と聞いていたが、それにしてはオンボロで小さなクルーザーだった。人が二人乗ったら満員になりそうだ。

 潮臭く、人のいない港の周りは、錆びた金物が多く打ち捨てられている。


「すいませーん!」

 霧亜が声を上げても、船の中から反応はない。

「いないんじゃない?」

 智奈はクルーザーの窓から人が見えないか首を伸ばす。

「でも匂いはするわよ」

 ナゴは船の端に降り立った。


 バシャン!

 海から、突然大量の水が智奈たちに向けて発射された。

 突然のことに一同は唖然と、びしゃびしゃの自分たちを見回す。


「水もしたたるいい男になっちまうっす」

 濡羽色になったアズが、霧亜の肩で羽を広げる。


「誰だおまえら!」

 海から声がした。

 船に手をかけ、海から上がってきたのは、褐色の活発そうな少年だった。

 服のまま海の中にいたのか、濡れただぼだぼの長ズボンとぶかぶかのタンクトップを絞っている。

 その間にも、こちらを、きっと睨みつけていた。


 霧亜は、ぽたぽたと水の垂れる前髪を邪魔そうにかきあげる。

「サダンの紹介で来たんだけど」

「誰だよそれ! 新しい金貸しか? 払わねえって言ってるだろ」

 いまいち霧亜と少年の会話が成り立たない。


 すると、船のドアが開いた。

 中から、エプロンをつけた小柄な女性が顔を出す。

「ラオくん! その人たち、にぃにの紹介だからダメよ、乱暴しちゃ」

 と、女性はこちらに慌てて近付くと、二人と二匹の前に手をかざす。

 ふわりと暖かい風が通り抜けたかと思うと、智奈たちの濡れた髪や洋服は全て元通り乾いていた。



「ごめんなさいね、ラオくんが乱暴しちゃって。寒くない?」


 女性に招かれ、智奈一行は小さなクルーザーの中に足を踏み入れた。

 中は、あのオンボロのクルーザーからは想像のつかないしっかりとした一般住宅があった。魔術で、中の空間を広げているらしい。

 ラオという少年と、この母親、そして父親の三人で住んでいるという。


「私の名前は満瑠みちるね。あっちがラオくん。それにしてもびっくりしたわ~、突然にぃにから連絡来て。5年ぶりくらいよ! ほとんど連絡とってなかったから」

 エプロン姿の満瑠は、智奈と霧亜をテーブルに着かせると、テキパキと料理の準備をし始める。


 水を浴びせてきたラオは、機嫌が悪そうに智奈と霧亜の後ろにあるソファにどっかりと座り、威嚇の目を向けてきている。


「にぃに……」

 霧亜は笑いを堪えられないようで、満瑠が「にぃに」という度に、肩を震わせている。


「それで、なんの連絡かと思ったら、自慢の子供たちを送り出してくれ、って言われるんだもの。なんのことかと思って待ってたらあなた達が来たの!」


「ほんとにサダンの紹介なのか? 証拠見せろ、証拠!」

 言うと、ラオは立ち上がって近付き、霧亜の前にどんと手をついた。

「あ? オレたちが借金取りに見えるってのかよ」

 ラオの喧嘩腰に霧亜も応戦する。

「俺くらいの借金取りだって来たんだ! 騙されねえぞ」

 ラオは霧亜とこれでもかというくらいに顔を近付け、睨みを利かせる。

 ほんとに喧嘩が始まりそうだ。


「ラオくん、めっ」

 満瑠が指をついと振った。

 瞬間、ラオは大きな風に吹き飛ばされ、家の窓を割って外に投げ出された。

 バシャリと、海に人が一人分落ちる音がする。


 智奈も霧亜も固まった。


「ごめんなさいね、ちょっと乱暴な子で」

 自らの子供を窓を割って、海に投げ落とした女性は、変わらずにこにこと笑顔を向け、指を振って割れた窓を一瞬で直した。


「え、死んでね?」

 霧亜はラオが投げ飛ばされた方へ顔を向ける。


 二人の心配を他所に、どこにも傷はなく、しょぼくれた顔をして帰ってきたラオは、ぷるぷると犬のように身体を振る。洋服も髪も、一瞬で乾いていた。


「ごめんなさいね、借金とりに追われてるのは事実なの。それで、ガンに行きたいの?」

 満瑠の言葉に霧亜はうなずいた。

「オレと智奈と、こいつらで」

 霧亜は智奈と、それぞれの獣化動物を指す。


 満瑠はにこりと微笑んだ。

「にぃにの頼みだもの。もちろん連れて行ってあげる」



「にぃに……サダンに、妹がいるなんて初めて知りました」

 霧亜はまだ少し肩を震わせ、声を上ずらせながら言う。


「私が、家族の反対を押し切ってパパと結婚しっちゃったからね。ナギザイ家に勘当されてるのよ」

 満瑠は困ったように、しかし幸せそうな顔をして頬に手を当てる。


 ナギザイとは、サダンと満瑠の一族の名らしい。


「私が、ガンに行くための船長さんなの。ガンに行く明日の朝の便があるから、それに乗りこむといいわ。お金なんていらないからね。荷物に紛れさせてあげる」

 満瑠はウインクをして、智奈と霧亜の前に三段重ねのパンケーキを置いてくれた。

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