1-9 霧亜と混血だった子

———— Kiria



「ラオって、道場行ってるんですよね」


 家の外で、オレは満瑠さんとオンボロクルーザーを更にオンボロに見せるような幻覚魔術をかける作業を手伝っていた。

 このクルーザーは、近くの住宅地にある一軒家を、クルーザーの入り口と繋げているらしい。


 とある罪で、政府に収監されている父親の残した借金のせいで、借金取りに追われる毎日だという。客船を操縦する船長でも返せないほどなのか、返す気がないのか。


「あんまり熱心には行ってないけどね〜」

 クルーザーを挟んで向かいにいる満瑠さんは、長時間かかる幻覚魔術の作成を続けている。


「満瑠さんが魔術師ってことは、ラオは混血ですよね」

 あの身体の丈夫さ。背中から窓を割って海に落ちてもすぐに家に帰って来たり。あいつが魔術師だとは思わなかった。

 そして、見ての通り満瑠さんは魔術を使っている。

「そうよ〜。ラオくんは魔力を抜いたの」


 魔術師と体術師の結婚は少なくない。が、子供が生まれてすぐに、どちらかの力を抜かれるのが当たり前だ。だから、ラオのような人は、よくいる。


「体術師のパパと結婚するって言って、ナギザイに勘当されたけれど、まさかそういうのに厳しかったにぃにが君たちみたいな子を紹介してくれるなんて思わなかったわ。妹心に嬉しくなっちゃった」

 うふふ、と満瑠さんは口に手を添える。


 掴みどころのない父親のような存在だったサダンが、こんなこと言われているのはなんだかむず痒い。

 自慢の子供たち、なんて言ってたことを、ベタ甘の妹に暴露されていることも、口元がにやける。


「霧亜くんと智奈ちゃんは、抜かれてないんでしょう?」

 オレは頷いた。

「それが、両親の望みだったって」


 満瑠さんを見ていなくてもわかる、同意の間。

 生まれた子は自然のまま生きるべきだと、当たり前の主張が通らないこの世界の、ごく小さな反抗で、オレはその沈黙の中で感謝の言葉を並べることしか出来なかった。


「この街は、他の所と違って治安が悪いわ。政府も、あまり良い人達がいるとはいえない。特にライルなんかに比べたらね。変な政府に見つかる前に、明日早めに船に乗り込みましょう」



 この世界の政府の人間の中には、人を売りさばく悪党がいる。政府の人間は、それで一儲けして、自分ご自慢の豪邸でのんびり優雅な暮らしを送る。

 特に狙われるのが、オレたちのような隠れている混血人種。希少価値から、奴隷として富豪たちに売る。

 それが、政府の一部で横行してる。だから、オレたちは隠れなきゃいけないんだ。


 だが、反対派のやつら。つまり、正統派もちゃんといる。その正統派のおかげで、この世界は滅びずにいる。そのまま悪党を野放しにしといたら、すぐ滅びる。


 そんな政府だけど、一回だけ悪党たちが大暴れして、世界が終わりを迎えようとしたときがある。百年くらい前の話だけど、歴史としては最近だ。

 それを救ったのが、そのときの政府の正統派の中で一番のお偉いさん。

 ナギザイ鋭牙えいが。サダンの血族だ。


 鋭牙は、自分の命と引き換えに、悪党たちの暴走したやつらを、封印された力を使って、この世界を救った。よくあるパターンだ。自分が死ぬ代わりになにかを助ける。よくそんな勇気があるもんだ。


 その政府の大暴走のせいで、世界を立て直すのに十年以上かかったらしい。

 やっとのことで今を取り戻したから、この世界の魔術や体術を持ってしても、第一の世界より文明は遅れている。

 そもそも、電子機器とかはオレたちにはあまり必要ないんだけど。



「いつか、混血が堂々と歩ける世界になるといいんだけどね」

 ぽつりと、満瑠さんは後悔を匂わせる言葉を呟いた。


「そろそろ帰ってくると思ってたけど、もしかしたら智奈ちゃん、ラオくんに色んなとこ連れ回されてるじゃないかしら」


 あらかた作業が終わり、満瑠さんと紅茶を頂いていた。

 船長の仕事がいくら儲かるのか知らないけど、さっきのパンケーキといい、この人カフェ開いた方が儲かんじゃねえかな。


「母ちゃん! 霧亜!」

 遠くから小さな声が段々大きくなってくる。

 切羽詰まったラオの声に、オレと満瑠さんは顔を見合わせて慌てて外に出た。


 家の前に走り込んできたのは、手足が擦り傷で血だらけになっているラオだった。

 顔が汗と涙でぐしゃぐしゃになっている。


「どうしたのラオくん」

 ただならぬ息子の様子に、満瑠さんは慌ててラオの傷を治す。

「智奈が! 智奈が政府のやつらに」

 ラオは母親のエプロンを握りしめて悔しそうな声を出す。


 オレはその言葉を聞いた瞬間、アズをショーロの街に飛ばした。

「智奈の場所見つけろ」

「合点承知!」

 アズは空高く舞い上がった。


「ラオ、智奈たちのとこに案内しろ」

 オレは傷を治したラオを、満瑠さんから引き剥がして肩を揺さぶる。

 ラオは、母親に甘えた顔から、はっと男の顔に戻った。

「こっち!」

 と、ラオは走り出す。


 オレは満瑠さんに来なくても大丈夫だという意思の目配せをして、ラオを追った。



「すげえな霧亜、俺について来れんのか」

 ショーロの雑踏を、多少人さまに迷惑をかけつつ、ラオと一緒に疾走する。

 店の屋根から屋根を飛び越え、壁を蹴り、人混みをかき分ける。

「舐めんな」


「智奈が、混血ってバレるかも」

 ラオが、走りながら言った。

 ああ、話したのか、智奈。自分が混血だって。

 初めて口にしたのが、こいつでよかった。混血だった子だし、そんな大っぴらに世間に言うようなやつでもないだろう。もし言いふらすようなやつだったら、一度締めてたんだが、その必要はなさそうだ。


「あいつら、きっと智奈を連れて行っちゃう。早くいかないと」

 ラオの足が一段と早くなった。


「旦那あ!」

 アズが空から声をあげた。見つけたんだ。

「まだ同じとこにいる!」

 アズの場所を見て、ラオは跳び上がって店を一つ飛び越えた。


 待て、さすがにあんなに魔術なしで跳べねえ。オレは体術師の女と戦った時と同じように足に魔法陣をつけて、ラオを追った。

 これが、道場に通ってるか通ってないかの違いか。


「いた!」

 屋根から顔を出したラオは、十メートルほど先を指差す。

 狭い路地裏に、スーツ姿の男が二人。一人は表の通りを警戒しているようだった。手には、力のないナゴがぶら下がっている。

 何かに覆い被さるもう一人のスーツの男。

 その下にいるのが智奈だとわかった瞬間、オレは屋根を蹴り出して、智奈に跨る男に向かって、空からかかと落としを脳天にお見舞いする。

 やけに男が動かないのが気になるが。


 バキリと鈍い音が響いた。

 男のうめき声が聞こえるが、お構い無しに、オレは男の胸ぐらを掴んで投げ飛ばし、通りを警戒しているもう一人の男にぶつけた。

 手を放されて空を舞ったナゴは、地面に落ちる間一髪でラオが滑り込んでキャッチする。


 智奈を起こし、全身を見る。髪と服が乱れている。

「何もされてないな?」

 智奈は首を縦に振った。

「ちんちん蹴ってやった」

 ふんと智奈は鼻を鳴らす。

「よし……女の子がちんちん言っちゃいけません」

 智奈に触れた時に、少し智奈の記憶を読んだが、気持ちの悪い男が、智奈に覆いかぶさってはあはあ息を荒らげているだけの動画が流れてくる。掴んでいるのは手だけだ。そして最終的には、オレでも股間が縮み上がる光景。だから、オレが頭にかかと落とすとき既に固まってたのか。


 ナゴの獣化を抑制する首輪を解いてやり、ラオに抱いといてもらう。


 通りに転げ出た二人は、声も出ないのか低い呻き声をあげる。

 周りの視線が、ざわっとオレたちに集まった。


「ド変態政府がオレの妹に何の用だよ」

 顔から血を流す男と、それを慌てて治療する男を睨む。

 智奈はぎゅっとオレのパーカーの袖を掴んだ。


「なんだ、お前」

 頭を治療された男はふらふらとこっちを睨んできた。

「聞こえてなかったのかよ。こいつの兄貴だって」


 いつの間にか、人集りがオレたちを囲むように壁が築き上げられている。

 周りは、オレたちの動向に興味津々といったところだ。


 ここでバトルを繰り広げてもいいんだけど、目立ちすぎたら明日の船に支障が出るのも良くない。混血ってバレたくないし。


「お前らの好きにはさせねえぞ!」

 ラオが吠えた。

 やめろ、ラオ。場内熱くしないでくれ。


「おい、兄ってことは」

 ナゴを掴んでた政府の男はこそりと頭が割れた男に耳打ちする。

 耳打ちされた男はにやりと笑うと、周りの観衆に声をかけた。

「この混血の兄妹を捕まえたやつには報酬をやるぞ」

 あ、バレてた。


 周りは、競技会場のようになってきていた。どっちが勝つかを賭けているやつもいる。

 いや待って、バトルする気ねえし、政府のブラックリスト入ったらお終いだ。


「オレら二人は高くつくぜ」

 心とは裏腹に、口は確実に政府を挑発にかかる。

「希少価値の混血だぞ」

 待って、やめて、オレの口。止まって。


 オレの言葉で、会場は最高潮に盛り上がる。力自慢らしい、賞金に目の眩んだ輩も五人ほど前に出てきた。

 もー、オレのバカ。


 すると、変態男がじっとオレを見てきた。待って、怖い。見境無さすぎやしないかお前。

「お前ら、暁乃とこみえの子供か」

 髪と眼を見られて、一族を検討つけることはできる。特にこみえは。でも、こんなに確信した顔で言うものか? 暁乃まですぐに名前が出て来るなんて。


 オレの反応に、変態男は満足そうに智奈とオレを見比べ、汚い笑みを見せた。

「なるほどな。嬢ちゃんだけじゃ気づかなかった。手配犯の子供で、最強の一族同士の混血。こりゃいい値がつく」

 男は再び観衆に呼びかけた。

「いい品だ、いい値をつけよう!」


 観衆がまた一段と沸いた。


 親父が、手配犯?

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