1-10 霧亜と親父の隠し事
「親父が?」
「犯罪者の子供は、自分の父親の罪なんて知らないもんな」
男は杖を出した。
「知らずに売られておけ」
オレの背後で、ラオが、応戦のために地を蹴ったのがわかった。横をラオが抜けようとした時、オレはラオを肩を掴む。
急に減速を余儀なくされたラオは尻餅をついた。
「なにすんだよ!」
「手出すな」
ラオに智奈を預ける。
きっと、この状況もあいつはどっかでオレたちを見てる。
突発的じゃない、妙なふつふつとした怒りが込み上げて来る。
面倒な数が襲いかかって来る前に、オレは杖を出して地面に立てた。杖の先から魔法陣が広がり、観衆のちょうど足先まで伸びる。
政府の奴ら、智奈とラオ、そして出てきていた五人の輩。それ以外は、結界の中に入ってこれないようにする。
まあ、観衆の声は聞こえるようにしておこう。勝った時気分良さそうだ。
それを合図かのように、輩が向かって来た。
体術師が二人に、魔術師が三人。
走って来る男に、地面を叩き割って持ち上げる男、火の性質の男、水の性質の男、金の性質の男。
面倒だからさっさと結界の外に放り出そう。
オレは地面に立たせた杖に魔力を注ぎ、天候悪化の準備をしておく。
男に叩き割られた地面がこっちに投げられた。
オレは地面に手をついて、土の壁を作る。土中の鉱物を押し固めて鋼の壁にすると、投げられた地面が壁にぶつかって散乱した。
その隙に、投げられた地面に隠れてたのか、走ってきていた体術師が壁の上から降ってきた。
渾身のパンチを避けると、勢いで体術師は轟音をあげて地面にクレーターを作った。地面を投げた男も目の前の男もどちらもパワー系だから、当たらなければどうということはない。
新たな男のパンチを受け流して顔と喉に一発ずつ拳を入れ、怯んだ瞬間に腕を掴んで近づいて来るもう一人の体術師に向かって投げ飛ばした。が、簡単に受け止められてる。
投げられた体術師は、魔術師と近距離戦に持ち込んだら勝ちと思ってたんだろう。オレが体術で応戦するのに苛立ちを見せ、何かポケットから取り出して飲み込んだ。
突然、目の前に薬を飲んだ体術師が現れる。一気に体術師の動きが加速し、パワーが格段に上がっている。
こいつが飲んだのは薬だ。体術師にとっては麻薬のような薬。素早さもパワーも上がるが、心も身体も自分じゃなくなる。魔術師には効果のない薬だ。
もう一人も加わり、二対一の喧嘩が始まる。さすがに薬を飲んだ体術師と
試しに、クイに狙われた、体術師二人の丹田を突いてみる。
が、二人には効いていないみたいだ。やっぱ、経穴はちゃんと勉強しないとな。
一旦引こうと後ろにバク宙をするが、途中で薬を飲んだパワー系に足を掴まれた。
しまった。
足を掴まれた腕を振り下ろされて、地面に叩きつけられる。が、地面から水を吹き出させて間一髪で地面への激突を防いだ。
足を一向に離してくれなさそうな男の顔を蹴りつけて地面に降り立つ。
顔を上げて、二人の足元を見据えた。男二人の足元がもこりと盛り上がると、地面から間欠泉のように水が吹き上がり、男二人は空へ吹き飛ばされた。
バイバイキンだ。
やっと、空が頭上だけ雷雲が生成されてきた。
天候を左右する魔術は、木の魔術だ。親父に言われて、ちまちま練習してたんだ。青龍のところで、雷がどう落ちるのかとか、じっくり観察できたから、イメージはバッチリだ。
さて、次は魔術師かな。体術師と魔術師の溝は深い。例え先に獲物を取られる場合でも、赤の他人が共闘してくることはない。
火の魔術師は、オレが水系だとわかると慌てて体術師の砕き割った地面を粉々にして、砂嵐を生成する。
その砂嵐から、針のようなものが無数に飛んできた。金の魔術師の針かな。
水でバリアを作ってもいいけど、せっかくだし、能利がやってた体術での避け方を練習させてもらおう。
針と針の間に身体を滑り込ませ、避けきれないものはマントで防ぐ。ロウのマントは簡単なナイフなんて通さない。この辺の土から生成した金物なんて通すわけない。
三人の魔術師の間で、やったか? と、最もやっちゃいけない雰囲気を醸し出している。
砂嵐が止み、オレの影が見えたのか、今まで動いていなかった水系の魔術師が、オレの吹き出させた水に杖を当てた。再利用しようって魂胆か。そんなケチなことしたらダメだぞ。
オレはは湧き出しを止めて、天高い水の柱にする。
さっきラオについていくため、足につけた魔法陣を使って、一気に金系と火系魔術師の背後に回り込み、足元を払って背中を蹴り飛ばし、水柱にダイブさせた。
しっかりと水系の男の杖がまだオレの水についていることを確認する。
「ケチは嫌われるぜ」
オレは飛び退きつつ、地面に立てて準備をしていた杖を拾い上げ、上から下に振った。
辺りが一瞬白く光る。
凄まじい轟音と共に、空から一陣の白い光。
水に落とした電撃が、地面に通り抜けないように水に細工をかけ、雷に打たれて身体が動かなくなった魔術師たちを球体状に変形させた水に飲み込ませる。
バチバチと綺麗な雷の映える、スノードーム魔術師盛りが完成した。
今までの戦闘の総復習は及第点かな。
大きく息を吸って、吐いた。やっぱ、木は苦手だ。かなり疲れた。水なら湯水のように溢れ出させても平気なのに。
ま、いっちょ上がり。
つい最近、アホほど強い体術師と金髪の混血と戦ったんだ。こいつらの動きはスローに見える。いい練習になった。
「よっしゃあ!」
周りの観衆と同じように、ラオが嬉しそうに飛び跳ねてガッツポーズを見せ、智奈の手をとって舞っている。
子犬のようなやつだ。
「親父のこと教えろ。あとオレらのことは見逃さないとお前らもあの球体ぶち込むぞ」
逃げられないようにもしていた結界の隅で、縮こまっていた政府の二人に脅しをかける。二人は観念したようにため息をついた。
「暁乃霈念は、こみえの——」
政府の男が言い終わる前に、結界が何者かに割られた。
辺りを見回しても、それらしき人物は見つからない。政府のやつらでもないし、オレに向かってきた五人の輩でもない。ラオなわけもない。
何かがオレの横を通り過ぎた。鼻を突く香水の匂い。
「家族のことでも、知ってはいけないこともあるのよ、可愛い魔術師くん」
ふわりと肩に腕を置かれ、耳元で女の声がする。頭に布を巻いた裸足の女、青い森で接敵した女、クイがそこに居た。
オレは百八十度身体を捻って女へ殴りを入れるが、もちろんそれはクイに当たらない。
もう、姿さえもそこになかった。
政府の男達を見ると、どしゃっと折り重なるように倒れている。喉を掻き切られ、ビクビクと痙攣している。
周りの観衆は、オレが二人をただ倒したと見えているのか、歓声がまだまだ上がっていた。
ふとした瞬間、瞬き一回した瞬間に、辺りから音が消えた。お祭り騒ぎのように喚いていた観衆が、ピタリと動きを止めている。
何事かと全方位見渡しても、空の鳥も、オレの雷スノードームも、智奈とラオも、全く動きはない。
全員固まっている。
「結界を解いて、すぐ逃げろ」
声がした。
聞き慣れてきた、声。
結局またお前かよ。
「この政府の人間は、なんて言おうとしたんだ」
オレの言葉に、声は答えない。
「なあ親父!」
「オレが、悪かった」
「答えになってねえんだよ!」
声は返ってこない。
このまま黙って、動かないでいてやろうか。
時空間魔術の中でも最も難しい、使える魔術師はこの世でも数人だろう、時を止める魔術だ。さすがの親父でも、一分が限界だと思う。
「霧亜」
懇願と警告の親父の声。
大人って、身勝手だ。
覚えている限り、数回しか、親父の口から呼ばれたことがない名前。
オレは結界を解いた。ラオがしっかりとナゴを掴んでいることを確認して、智奈とラオを抱えて、オレは時の止まるショーロの街を走った。
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