3-4 智奈と猫又のナゴ
「せっかくだしナゴに乗ってってみろ」
霧亜に言われ、ナゴはやったあと窓から飛び出した。
智奈は自分の白いワンピースを上から眺めた。
いつもはもっとラフな格好をしているから、正直着替えたさはあるが、この家に智奈の洋服があるとも思えない。
「ああ、着替えたいよな。オレも血だらけだし。ちょっと待って」
霧亜は両の手を握って拳を目の高さにまで上げ、右手を平行に右に動かした。右手と左手の間には、細い木が握られている。まるでテレビの中のマジックショーを見ているような光景だった。
その木は、先端が細く、逆は太く丸くなっていて、丸い木の部分には六芒星が彫り込まれ、内側から彫り込みが光っているようだった。長さは、霧亜の身長ほどはある。まるでアニメやゲームの中で仙人やおじいさんの魔法使いが持っていそうな印象だ。
「何、それ」
「杖。杖じゃないと、大きな魔術は使えないんだ。熟練した魔術師は、杖を使わないででかい魔術が使える。ほら、八木の魔術師は杖使って屋上の柵を変化させてたけど、親父は杖出さずにあの柵溶かしてただろ。あれ実は親父の方がめちゃくちゃ難しい魔術使ってるんだ」
言いながら、部屋の端の床に、杖を立てた。あり得ないバランスで、杖は自立している。自立する杖に手をかざし、じっと杖を見据えた。
ぼんやりと周りが光だし、かすかな風を感じたと思うと、杖の先から、光る魔法陣が現れる。霧亜はその魔法陣に腕を突っ込むと、何かをぐいと引き出した。
それは、霧亜の身体では、到底持ち上げられる大きさではない、智奈の部屋にあったクローゼットだった。
「いつか、帰ってくることになった時のために、用意してたんだ」
霧亜はコツンとクローゼットの端についている紙切れを叩いた。そこにも、小さな魔法陣が描かれている。一瞬しか見ていないが、先程杖から現れた魔法陣と似ていた。
中には、元の世界で使っていた智奈の洋服が入っている。
「ベッドとかも、向こうから取って、空いてる部屋に入れとくから」
「ありがとう」
「こんな感じで、人も簡単に行き来できればいいのにな」
霧亜は、悔しそうにぽつりと呟いた。
智奈はニーハイソックスにショートパンツ、上は季節によって変わる。これが基本の学校スタイルだ。毎日考えるのが面倒で、洋服の形はこれに落ち着いた。
霧亜は、柄や形は多少違えどジーンズに黒いパーカーが基本スタイルらしい。そこに洒落っ気でも出しているのか、必ず六芒星のペンダントを首からぶら下げている。そういえば、杖にもその模様があった。
家の外に出ると、周りは一面野原と木々で覆われていた。大型犬が走り回れる程度の大きさの丘だ。
小高い丘に、ぽつんと家が建っている。
逆に霧亜の部屋のある方は、断崖絶壁のような作りになっている。下には商店街らしき街並みが見える。
外は、夕陽がもう遠くの山に隠れようとしていた。断崖絶壁から見える遠くの山の手前は、海だった。それに気付いてから、少し潮臭さを感じる。
「夕飯提供者の家は、あの下の商店街の店の一つなんだ。ナゴに乗れば数分で着くよ」
「智奈さん、ご無事でなによりっす」
後ろから声がして振り向くと、ずんぐりむっくりなカラスが後ろで羽ばたいている。
「アズ、ロウの家行くぞ」
「合点承知!」
そう言うと、カラスは一瞬の速さで空高く舞い上がった。
小さくなったカラスの影は太陽の近くの黒い点となっている。それが、勢いよく急降下してきた。凄まじい地鳴りを轟かせ、カラスは大型車並の大きさになって地上にどっしりと降り立った。
「久々羽伸ばせた気持ちいー」
背中をくちばしでかいていたカラスは大きく羽を広げる。
周りに建物はないため、カラスは悠々と大きな羽を広げている。胴体だけで大型車ほどで、羽を広げるとその三倍は大きく見える。カラスの足が三本に増え、爪も、人を刺し殺せそうなほど鋭くなっている。
「獣化ってのがこういう感じだ」
アズの首元をかいて、霧亜はふさふさの胸元に顔を埋める。
霧亜の言葉に、ナゴは智奈の足下でキラキラとした目を智奈に向けてくる。
「ナゴを、おっきくするのってどうするの?」
「おっきくなれーって念じてみ」
智奈は霧亜にそんな簡単に物を言うな、と
が、瞼で隠された暗闇の向こう側は、特に何かが進展したようには感じなかった。片目を開けてみると、まだキラキラした瞳が足下で智奈を見上げている。
「やってみたけど」
霧亜は頭をかいた。
「まあ、突然言って魔術使えるようになるわけないか」
「これも魔術なの?」
そんなわけのわからない技をこちらの世界に来て一時間の一般人にさせようとしてきたのか、この兄様は。
「今はオレが魔力とコントロールはやってやるから、もう一回おっきくなれーって念じてみ」
と、霧亜は智奈の肩に手を置いた。
霧亜を睨み、抗議の目を向けたが相手にされず、智奈はもう一度心の中で叫ぶ。
おっきくなれ!
唸り声が聞こえ、足下のナゴが勢いよく飛び上がったかと思うと、ナゴは真っ赤な炎に包まれた。その炎は小さな体を包み込み、やがて竜巻のように高い火柱があがる。火柱の威力が弱まると、炎の中から現れたのは、赤黒く艶やかな毛並みを持つ猫だった。
目は先程の契約中に見た獲物を捉えるような険しく炎の揺らめくような赤い瞳。同じ瞳が額の真ん中にももう一つある。三つの目を持っていた。牙も伸び、尻尾が二本生えている。動物園で見たライオンよりも大きい。
学校の図書館にあった妖怪辞典で見たことある、猫又のようだ。
獣化したナゴは牙を剥き出しにして笑った。
「気持ちいいー! ほら乗って! ロウの家に行くんでしょ」
「じゃあナゴ、ロウさんちに競走だ」
言うと、アズは大きな羽を広げて舞い上がる。
舞い上がったアズの三つの足の一本に、霧亜は片足を引っ掛けて乗っていた。乗るというから首に乗るイメージだったが、そこも乗る位置の一つなのか。
「じゃ、ナゴの運転荒いから気を付けて」
霧亜が手を上げると、アズは崖の下に急降下し、姿を消した。
「抜け駆け禁止ー! 智奈、早く乗って!」
とりあえずナゴには背中に乗るのが正解だろうか。智奈は慌ててナゴの背中に跨った。
小さい頃、両親に牧場に連れてきてもらった時に乗った馬を思い出す。飼育員さんにも、乗るの上手いと褒められたことがある。それよりも、ナゴの乗り心地は良い。
そう思っていたのが間違いだった。
木々の中を走ってアズと霧亜を追い掛けると思っていたが、ナゴは何を思ったか崖の方に体を向け、発進できるよう四足の足に力を込めた。
「ナゴ、そっち崖」
嫌な予感がして智奈はナゴの首周りの皮をギュッと握った。
「こっちの方が速いわ」
そう言ったか言わぬか、ナゴの足の力は瞬発的に解放され、猫又の身体は宙に晒された。
「あたしこういうアトラクション嫌いなのー!」
崖から落ちている間、智奈は恐怖の悲鳴をあげ続け、思い出すのは真人と彩香に無理矢理乗せられた遊園地のフリーフォールだった。
地面に着地する瞬間、ナゴは一回転までしてしゃなりとさすが猫らしく音もなく着地する。そのまま猛スピードでナゴは広い街中を疾走した。街を観察したかったものの、全ての景色が、混ざりあった無作為な色の横書きの線状にしか見えなかった。
走っている時間は数分もなかったが、やっと止まったナゴの背中に、智奈は毛に埋もれて息を整えることしかできなかった。
その間、ナゴは喜んでマシンガントークを続けていたのでおそらくアズ達との勝負には勝ったのだろう。
「おい、生きてるか」
背中をぽんぽんとたたかれる。
「負けたー!」
顔をあげると、霧亜の肩にとまったアズが悔しそうに羽で顔を隠している。
けらけらと霧亜は笑うと、子鹿のように震える足を地面に着ける智奈の手を支えた。
大きく外の息を吸い込み、周りを見渡す。
周りは、人通りも多いが、第一の世界の都会のイメージとは違った。まずビルというものがなく、高い建物はあまりない。
石造りや木造りの建物ばかりで、地面も石が敷き詰められているか土のままだ。商店が多く立ち並び、たくさんの人が物の売買を行っている。
そこに大きい猫又姿のナゴに乗ったまま友人の家だという店の前に陣取っているが、智奈とナゴが目立っている様子はない。他にも、獣化動物に乗った人間や、馬車を引く人などがいて、車や自転車、電車はない。
空を見上げてみても、飛行機らしき乗り物は見当たらない。周りの人々は、霧亜や智奈と変わらない服装だ。ただ、マントを羽織っている人間や、見まごうことなき旅人のような人も入り乱れている。
「ごめんね、智奈。テンション上がっちゃって。でも久々気持ちよかったー」
ナゴはこんなに体は伸びるのかと思うほど長く伸びをする。
智奈は落ちそうになり、足の震えもおさまってきて地面に立った。
ナゴは飛び上がってくるりと回ると、小さな黒猫の姿に戻った。智奈によじ登り、再び首の周りに巻きついた。
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