2-6 霧亜とヤクザの魔術師

 オレは車を止めようと手を伸ばして爆破の呪文を起こそうとしたが、思いとどまった。中に智奈がいるんだ、車を事故らせられない。

 バンは右折して姿が見えなくなった。


「壮介!」

 康太が壮介に走りよる。

 オレはうずくまる壮介を助けおこし、話が出来る程度まで回復させた。魔法陣が光って見えないように壮介の背中に手を隠して、目に見えて魔術を使ってるようには見えないように。


 壮介は呼吸が落ち着き、ふらりと立ち上がった。

「八木だ。あいつら八木組だった」

 栗木とよく騒動を起こすとかいうもう一つのヤクザの組か。


「智奈ちゃんが、殺されちゃう」

 混乱した康太は壮介に肩を貸しながらオレに縋るように言う。

「どうしよう、追いかけよう。でも、壮介走れる?」

 康太は、オレと壮介と走り去った車で目を回しそうになってる。


 こいつらを一緒に連れて行くわけにはいかない。

 オレは立ち上がった壮介の尻ポケットをまさぐり、智奈の使っていた赤色の人生ゲームの駒を取り出した。

 さっきまで智奈の名をつけて智奈の駒として使ってたものだ。元は壮介のゲームだとしても、まだ壮介に完全に譲渡されていないと信じて、智奈の所有物としていけるはずだ。

「帰って洋子さんに看てもらえ。オレが探す」

 康太の背中を軽く押し、オレは車が右折したところまで走った。


 康太が、壮介を連れてちゃんと家まで戻るかどうかはわからないが、あの様子ならオレの言うことに従ってくれるだろ。


 オレは前に康太を探し出したのと同じように、智奈の持ってた人生ゲームの車の駒を地面に置き、指先で地面に押し付ける。駒の周りに魔法陣が現れ、その図形と文字が空間に浮かび上がって、駒に吸い込まれた。

 駒が浮き上がり、持ち主の方へ進んでいく。車の去った方向に進んでそうだから、所有者は智奈のままのようだ。

 こんなふわふわじゃ追いつくもんも追い付かない。

「おら、早く行け」

 駒にデコピンをくらわすと、駒は弾かれたように目的地まで急発進した。

 もう駒は遥か彼方見えない。そんな早く行くなんて聞いてない。


 オレは慌てて住宅街の塀に飛び乗り、飛び上がって屋根の上に失敬し、屋根と屋根を駆け出した。

 速さはきっと、陸上部ハードル選手や幅跳び選手がオレを見たら自信喪失するレベルだ。速さのせいで突然目の前に現れる木々や電信柱を避けながら、最スピードパルクール全開で駒を追った。

 なんとか駒は見えてきた。今人様に見られたら、現代に蘇った忍者だと思ってもらえれば嬉しい。


 追っている最中に、オレは肩に一匹カラスを召喚した。

 肩に召喚されたはいいものの、オレの速さに肩に捕まっていた足がもたついて結局並行して飛んでいる。

「うわあ、やべえ旦那ここ第一の世界ですよね! 初めて来たー!」

「うるさい黙ってろ。こっちじゃカラスは喋らないんだから」

 ちなみに今話してるのは向こうの言葉だ。日本語じゃない。公園に来ていた見廻りも、向こうの言葉を話してた。


 オレはカラスの頭に指をつけ、栗木家のイメージを送った。

「ここに行って、綺麗な着物の女の人に今から言う言葉を一字一句間違えずに伝えろ。いいな」

 カラスは頷いた。

「智奈が八木組に、誘拐された。智奈はオレが助ける。その後はなんとかしてくれ。オレが組潰す前に」

「物騒っすね」

「復唱」

「智奈が八木組に、誘拐された。智奈はオレが助けるから、その後はなんとかしてくれ。オレが組潰す前に」

 オレの声まで完璧に模倣される。

 こういった鳥が、向こうで言う手紙のようなやり取りに使われるんだ。


「そのまま、栗木の人をオレのところに案内しろ」

「わかりやした」

「よし、行ってこい」

「合点承知!」

 カラスは一声鳴くと、一周旋回して栗木家に飛び立って行った。


 そして丁度、智奈をさらったバンはあるビルの駐車場に入っていったところに、オレは追い着いた。壮介が言っていたように、町を一つ越えたくらいの場所だ。

 オレは近場の木の上から獲物を狙うフクロウのようにそれを観察する。

 ビルは十階建てとまあまあ高めのビルだ。外からだと、地下に行ったのか、エレベーターを使って上の階に来るのかわからない。


 数分待つと、電気が既についている八階辺りにもぞもぞと人が動いている影が見える。

 あそこだ。

 手足に力をこめ、一気に蹴り出して木からビルの五階辺りに飛びついた。そこから窓枠と排水管を飛び越え、八階の窓枠に手をかけた。


 カーテンの向こうから、中のどす汚い男たちの声がここなら聞こえてくる。

「弟連れてこいっていっただろ!」

「一緒にいる一番小さい奴だったんで」

「もっと小さい小学生だ、馬鹿たれ」

「じゃなくても知り合いだろ。おびき出す材料にはなる」

「親類じゃなかったら本当にあいつらが動くかわからねえぞ」


 聞いてられない。この部屋に智奈がいるのかと思うと胸がざわついた。

 ただ、アクション映画のように窓をぶち割って入ったら、智奈に怪我させるかもしれない。


 オレはジャケットのポケットから魔法陣の彫られた小瓶を取り出した。

 蓋を開けると、小さな水滴が出てくる。水を糸のように細く変形させ、窓の鍵部分に滑り込ませた。鍵を開け、窓を開けて部屋に飛び込む。

 目に入ったのは、腕を掴まれ、顔を涙でぐしゃぐしゃにした智奈と、八人くらいのチンピラのような男たち。全員、こっちの世界の一般人だ。

 いける。


「誰だてめえ!」

 拳とナイフと拳銃が奴らの武器だ。拳銃がある辺り、ちゃんとした組の人間なんだろう。

「そいつのお兄様だ」


 オレは床を思いっきり両手で叩いた。周りに水滴が大量に浮遊する。

 目の前のテーブルに置いてあったウィスキーの瓶をテーブルで割り、周りに浮遊する水にウィスキーを染み込ませ、男たちの目に向けて飛ばした。

 汚い悲鳴がビルにこだまする。


 智奈の腕を掴んでいる男にもヒットし、智奈の腕から手が離れた。オレは唖然とする智奈の手を取って窓から出ようとした。

 後ろに妙な気配を感じ、またウィスキー弾を発射させる。が、部屋にいつの間にか蔓延していた、砂に吸収され、弾はボタボタと床に落ちた。


「お前だけが魔術師だと思うな、クソガキ」

 また砂が一つに集まり、それがスーツの男を作り出した。ウィスキー弾に倒れた男たちと明らかに違う、オレと同じような長い杖を手に持っている。

 ヤクザが、第二の世界と繋がっていることは本当だったんだ。

 

 八木組の男が杖を床に叩きつける。男の周りの床がぐにゃりと曲がると、まだ固まっていないコンクリートへと変化し、無数の腕となってオレと智奈を捕まえようと手を伸ばしてくる。


 魔術師がいるなんて想定外すぎる。

 火の相克が水であるように、水の相克は土。つまり八木組の魔術師とオレは、オレが不利な関係で相性最悪だ。

 オレは智奈を両手で抱き抱えると、窓から飛び出した。

 高いとこが苦手なのか、智奈はひっと小さな声で悲鳴をあげてオレにしがみつく。

 が、ビルの外にも拳銃を構える八木組の人間の姿が見えた。

 オレは慌てて、足元の空気に水と風の力を組み合わせ、氷の板を作りそれを踏み込んで屋上に飛び上がった。

 風を使った瞬間めちゃくちゃ疲れる。苦手なんだ、木の系統の風を使うの。


 視線の先の上空に、旋回するカラスが見えた。


 屋上に上がると、それを想定していたのか床には砂が大量に撒かれていた。まるで屋上にビーチでもできたみたいだ。ここにパラソルでも立てて日光浴でもできればいいのにな。

 やられた。ああ、もう面倒だ。『第二の世界の人間であると、悟られるなかれ』なんてくそくらえ。

 オレは智奈を一度下ろして、左手に杖を出現させ、砂の溢れる地面に杖の細くなっている方を立てた。神経を集中させる。

 オレを中心に屋上一面に大きな魔法陣が浮かび上がり、光り出す。杖の先から、大量の水が噴き出した。砂の量を軽く超える水量が屋上を満たして、ビルの十階から滝のような水が砂を飲み込んで流れ落ちた。下に待機してたのか、八木組の一般人たちの悲鳴が聞こえる。一部大洪水みたいなもんだ。


「量で土を圧倒するか。なかなかやるじゃないか」

 後ろから、八木の魔術師の声がする。


 智奈の腕を引っ張ろうとしたが、智奈は動かなかった。

 いつの間にか、智奈の身体に床から這い上がるコンクリートで動けなくなっている。オレの水のせいで、残った砂の粘土が上がったんだ。


「水ばかり扱うんじゃない。木を使えるようになれ、軟弱者」

 声が聞こえ、台風並みの突風が屋上に吹き荒れた。

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