2-3 霧亜とヤクザの子
次の日、学校に行くと、菅野はいなかった。
学校からは、急に転校したことが告げられた。
実際は、昨日起こった事件の通り。両親は逮捕され、菅野も両親と一緒に第二の世界に強制送還された。
周りに都合のいいように説明や処理をするのが、見廻の仕事だ。
壮介の周りに広まっていた悪い噂も、菅野の仕業だったんだろう。そう考えれば辻褄が合う。
異常すぎる壮介の悪い噂は、小さい頃からずっと、菅野が壮介のことが好きすぎるあまり、壮介に執着して、壮介に近付くものを片っ端から排除していたようだった。
少しでも壮介に近づく奴がいれば、時には魔術を行使して邪魔をしていた。
康太は幼馴染だからまだしも、最近仲良くなったオレや、ましてや女子の智奈なんか邪魔で邪魔でしょうがなかったんだろう。
階段でオレを押したのも、バッドを壮介の手からオレに向けて飛ばしたのも魔術の力を持った菅野だ。
昨日は、オレたちが遊びにいくと聞きつけ、ピアノの習い事そっちのけに、ずっと尾行していたかもしれない。オレたちに妬み嫉みが高ぶった結果、亡者になってしまった。
亡者は、魔術師が成り得る現象で、負の思いが人を飲み込んで、人としてのリミッター以上の魔力で破壊衝動にかられる奴のこと。
それを『亡者』ってよぶ。
魔術師の血を持つ人間は、魔力の量が多いから、この現象が起こることがある。体術師は亡者になることはない。
もう、壮介の噂は風化していくだろう。菅野がいなくなったのだから。
そう、安心していた次の日に出回ったのは、どっかの大人が壮介に病院送りにされたっていう噂だった。
菅野はもういないんだ。壮介を孤立させようと噂を流して危害を加えるやつはいなくなったはずだ。
その日の放課後、また駄菓子メンバーを連れ出して公園に集まった。
オレはこの公園に多少なりとも抵抗があるけど、こいつらには記憶がないから、自然と足が向かうのはここだ。目の前で弾ける炎と、ごろごろと転がる動かない魔術師たち、クラスメイトだったはずの黒い靄に包まれた人間。
思い出さなければいい。オレが思い出さなければいいんだ。
もう、この公園は元の平和な公園に戻ってる。あの時は周りの木々がほぼ全て燃え上がっていた。あの惨劇があったなんて微塵も思わせない回復っぷりだ。
菅野が突然転校したと聞いてから、壮介は意気消沈し、全く会話にならなかった。康太も、明るく話してるが、どことなく上の空だ。
真相を伝えられない歯痒さを感じつつ、オレは新たな疑問をぶつける。
「お前大人ボコッたのか?」
もう面倒だ。直接聞いた方が早い。
もちろん、みんな駄菓子屋で諸々購入済みだ。
康太は買っていたソーダを吹き出しそうになった。
オレは智奈に頭を叩かれる。
壮介は驚いた顔をしてふるふると首を横に振った。
「じゃあなんで噂流れてんだよ」
「それはいつもの事だよ」
康太が言った。
お前も大概な事言ってるの気付け。
この中で、壮介の悪い噂の根源が菅野だったっていう事実はオレしか知らない。だから、康太の反応も、噂が広まることに疑問を抱くのがオレだけなのも間違いはない。
でも、もう流れるはずはないんだ。新しい噂は。作っていた本人はもうこの世界にはいないんだから。
「あー、でも最近壮介んち危なそうじゃない?」
康太がふと思い出したように壮介に問う。
壮介は頷いた。
「昨日は、本当に八木と乱闘があったみたい。噂の発端はそれだ」
オレと智奈は顔を見合わせ、お互いの
「八木って?」
智奈は昨日から気に入ったのか、小さいカップ麺をすすって隣の壮介に目を上げる。
「親父の組と仲悪い組」
「クミ?」
「栗木組は、隣の街の八木組と仲悪いんだ。昔は兄弟の組だったんだけど、俺の爺さんの代から仲悪くなっちゃって」
隣の街の八木組?
一気にオレの頭の中は、怖いスーツ、パンチパーマ、グラサン腹に包帯巻いたドスを持ち歩く怖いおじさんのイメージにすり変わる。
「ちょちょちょちょちょ、え、組ってあれ? 桜吹雪散らす系の組?」
「桜吹雪は遠山の金さん。じゃなくて背中に龍とか鯉とかどどーんって入ってる方」
珍しく壮介がよく喋る。
「ゲームでしかみたことねえよ」
「あのゲームかっこいいよな。のりさん背中に龍入ってるから見に来る?」
壮介の顔が少し明るくなった。
のりさんって誰だよ。
「待って、家がヤクザのお家って噂本当なの?」
今まで耐えてきた智奈は我慢ならなくなったようで、頭を抱えて信じられないという顔をしている。
「言ってなかったっけ」
康太も、さも当然のような顔をしてオレらを見てくる。
「聞いてねえよ」
壮介に話を聞くと、つまりは、物騒な壮介の噂は、組の連中が喧嘩を起こすためにたつ噂だったってことだ。先生たちも、組がバックにあるから本当に怖がっていた。
壮介が学校で仲良くする友達を作らないのも、組に何かがあった時に危険にさらしてしまうから。幼馴染の康太と菅野は、家族ぐるみで付き合いがあったから外では一緒にいれた。もし康太や菅野に何かあっても、栗木組が全力で守ってくれるからだ、という。
菅野が壮介の噂の全ての根源だと思ってたけど、実はこの変えようのない家柄のせいでこいつは終わらない噂につきまとわれてるんだ。
「なんか、すごい家だね」
智奈がオレのスナック菓子を奪いながら言う。
オレは智奈のカステラをつまんだ。手をつままれ、強奪を阻害される。
壮介はオレと智奈の菓子争奪戦に、くくっと笑う。
「壮介の家すごいよ、今度遊びに行こうよ。霧亜と智奈ちゃんなら、たぶん陽子さんも大歓迎だと思うよ」
智奈とオレはまた顔を見合わせた。
多分、お互い頭の中に浮かんでるのは黒いスーツに身を包んだグラサンのスキンヘッドとか、着物姿のドスを持った姐さんとか、顔に傷のある怖い叔父貴だ。
壮介は、ゴールデンレトリバーのような目の輝きようだ。
「日曜なら大丈夫だと思う」
もう日程決まりそう。
オレは智奈を見た。
「何か予定ある?」
智奈は首を横に振った。
「決まり」
康太は満面の笑みで手を叩いた。
ビーフジャーキーをもらえたゴールデンレトリバーは今度はフリスビーを探し出す。
「のりさんに伝えておく。何か用意してくれると思う」
「お構いなく……」
今日は金曜日。
つまり、明後日、早速オレたちは栗木組にカチコミに行く算段が決まった。生きて帰れるんだろうか。
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