2-2 霧亜と混血の末路

 オレは遠くで伸びる康太を近くに空間移動させ、智奈と壮介の三人が燃えないように自分と共に水の膜に包む。

 目の前は、凄惨な光景が広がっていた。こいつらが気絶してて本当によかった。


 菅野の母親は大量の炎で渦を巻き、見廻を蹴散らす。見廻が炎の渦に気を取られている隙に、おそらく木の性質を持つ父親が素早く近付いてどこからか取り出したナイフで確実に首を落とすか急所をついて見廻を殺していく。木は、火を大きくする。相性のいい夫婦。

 やっぱり、あの二人は魔術師と体術師だ。菅野は、混血人種だったんだ。


 初めて、人が簡単に死んでいく光景を目の当たりにした。

 俺の足元に、一番最初に声をかけてきてくれた若い見廻の首が転がってきた。

 殺されるとは思っていなかったであろう、普段と変わらないような顔が、水のバリアの向こう側で揺らめいている。


 急に胃の中が逆流してきて、オレは草むらに先ほどの駄菓子を吐き出した。

 目の前で、炎に焼けただれた火達磨が駆け回り、大量出血の傷にのたうち回ったり、首をかき切られて目を見開いて死んでいく大人を見ていて、一気に自分の体調までおかしくなってきた。


 あの両親は、体術師と魔術師の夫婦だ。

 第二の世界では、混血の人間は差別を受ける。例え法に則って体力と魔力のどちらかを抜いていたとしてもだ。そのせいで、隠してはいたがオレも噂が流れ、孤児院でいじめられた。


 本来は、混血の子供が生まれた場合、役所に提出してどちらかの力を完全に抜くのが一般的だ。オレと智奈は、それを隠されて育った。

 生まれたままの力を抜くことに異を唱える、混血の差別をなくそうとする運動団体が、第一の世界に亡命してくることがある。

 入世許可書なしに、第一の世界に移動するのは、パスポートなしに海外に渡航するのと同じ。

 それが見廻にバレた結果が、これだ。


 母親と父親の抵抗も虚しく、大量の見廻が応援に駆け付け、二人は見えない腕に押さえつけられた。二人は必死にもがくが、さすがに数人の見廻に押さえつけられると何も出来なくなっている。


「差別のない環境で、ただ暮らしたかっただけなの! お願いです。あの子は、記憶を消してもいいからこっちの世界で生きて欲しい。あんなところで育てたくはない」

 母親の、悲痛な叫びにオレは全身に鳥肌が立った。


 叫びに耳を貸さない見廻は、変わり果てた家族三人を連れて、この世界から姿を消した。


 数人、まだここに残っている見廻は、仲間の死体を次々と燃やして弔っていた。

 骨も残らず全て塵になり、風に飛んでいく。


 入世書を見せた見廻のおじさんが近付いてきた。オレの水に手を触れ、目の前がぐわりと波紋が広がった。

「大丈夫か、もう安全だ」

 オレはバリアを保っていた力を抜く。大量の水がばしゃりと地に落ちた。

 見廻はオレのもとに気絶している三人を値踏みするように見回す。

「友達は、これだけか?」

 今は亡き若い見廻の得た情報は共有されているらしい。

 オレはうなずいた。


「亡者と戦えるなんて、すごいな、坊主」

 頭に手を置かれる。

「悪いが、君の名前だけ教えてくれ」

「暁乃霧亜」

 見廻は目を見開いた。

「暁乃一族か。どうりで」


 見廻の反応は、向こうの世界ではよくされる反応だ。

 暁乃一族は、魔術で非常に強い一族として第二の世界では名を轟かせている。親が混血のオレらを生んだせいで一族から隠れて育てられたから、暁乃一族のご親戚一同に会ったことはない。


「にしては珍しい髪色してるな、坊主」

 オレははっとして地面に残る水たまりに自分を写した。

 白に近い金髪と、深めの青い目。日本に合わせて外見を変えてたが、元に戻ってた。

 暁乃一族は、智奈のような、栗色のような淡い茶色が一般的だ。この白に近い金髪は、母親譲り。魔力使いすぎて外見が戻っちまってた。

「母さん、こみえだから」

 オレが言うと、見廻は改めて目を見開く。

「こみえ一族なんて、初めてお目にかかったな」


 こみえってのは、母さんの一族だ。

 白銀のこみえ。

 っていう通り名があるくらい、有名なのがこの銀髪のような髪色。戦闘狂の一族として有名で、バカ強い。

 オレは魔術と体術両方に秀でた血を持つサラブレッドってわけだ。このおじさんにとっては、魔術を使ってたオレは、体術を抜いたと思ってるんだろうけど。


 見廻はがしがしとオレの頭を撫でる。

「ご両親を誇れよ、少年」

 と、手を離した。


 見廻は懐から小さな手のひらほどのメモ用紙を取り出す。智奈の頭にそれを押し当てる。メモにじんわりと赤いインクの魔法陣が浮かび上がった。同じ作業を、康太と壮介にも施す。

「この記憶は、亡命事件の捜査のために預からせてもらうぞ」


 もう、この三人にはあの恐ろしい記憶はない。アスレチックの山の上で駄菓子パーティーをしていた途中までで記憶が終わっているはずだ。


 康太はまだ衝撃波で吹っ飛んで伸びていたみたいだからまあいい。壮介に関しては大怪我を負い、オレの回復魔術や水を操って戦う姿、一番は暴走した菅野の姿を見ちまった。

 昔からの幼馴染が、人を襲う姿なんて忘れた方がいい。菅野は、本当はここにいてはいけない人間だったんだから。


 智奈に関しては、魔術と体術の世界に恐怖を持って欲しくなかった。これから、自分の踏み入れる世界が、あんな物騒な世界なのだと思わないでほしい。あの場で、記憶を消さないわけにもいかなかった。



 何事も無かったかのように寝息をたてる小さな妹を見る。


 オレは、母親の言う“あんなところ”に、智奈を連れて帰ろうとしている。

 第二の世界の人間なのだから、向こうに帰るのが当たり前だと思ってた。


 それが、オレ達にとっては普通だから。オレは、イレギュラーから抜けて、周りの兄妹と同じように暮らしたかった。

 だけど、こっちで人生のほとんどを暮らした智奈にとって、オレの存在がイレギュラーで、向こうに帰るということが非現実的なんだ。

 しかも、向こうでオレ達は差別される側の人間となる。見つけられた瞬間殺されるなんてことはないが、昔の差別は数十年たった今でも、根付いたものはなかなか抜けない。


 オレが、智奈を迎えに来たことは正解なのか?



「家、帰れるか?」

 見廻は、まだ姿を消さずにアフターフォローをしてくる。この見廻、いかつい顔に似合わず世話好きのようだ。

 オレがうなずくと、見廻はもう手持ちの話題と質問が出てこなかったのか、大きく息を吸い、吐いた。

「また、何かあったら、すぐ来るから、笛を吹くんだぞ」

 見廻はそう言ってもう一度オレの頭をガシガシと撫でると、姿を消した。


 オレは地面に横たわる三人を見る。安心が体中を駆け巡り、数分間何もできなかった。安堵と疲労感と、罪悪感がじんわりとあたたかい蒸気のように足元から這い上がってくる。


 空を見上げると、もうだいぶ暗かった。


 帰らなきゃな。




 多少魔力が回復して、オレは頭と目の色を元に戻した。


 その数分後に目覚めた智奈たちは、本当に何も覚えていなかった。なぜ自分たちが寝ていたのか不思議そうにしてたが、缶蹴りをしていて疲れて寝たことにしてどうにか信じ込ませた。


 公園を挟んで反対方向に家がある康太と別れ、壮介と三人で帰り道を歩いた。


 こんな遅くまで遊んだことがなかったようで、智奈は本当に楽しそうに、壮介と話して帰路を歩いている。親に怒らるかもしれないスリリングな感覚を、初めて味わったようだ。

 オレ達は、誰にも怒られないわけだけど。


 オレたちの家の向こうに壮介の家がある。壮介と、オレたちの家の前で別れた。

 また遊ぼうね。

 智奈は壮介にそう言った。壮介のポジティブキャンペーンには成功したようだった。


 家に帰り、今日の楽しかったことを風呂の準備をしながら智奈はまだ口が止まらない。本当に楽しそうにしてる。


 向こうの世界にこいつを連れて行って、この笑顔を変わらずに残してやれるだろうか。

 混血と差別される世界で。

 元の世界に戻りたいと、泣かれたらどうしよう。

 第一の世界と、第二の世界を行き来することは、容易じゃない。オレには戻してやれる術はない。

 成人すれば、保護者なしでの渡航の許可が降りる。向こうの世界の成人は十五歳だ。オレもまだ無理。


 未成年のオレが保護者なしでこっちに来れたのは、最も有名な魔術学校の校長をする、オレの育て親が、色々な大人を説得し、オレが魔術学校を主席で卒業するという課題をクリアしたからだ。


 あの母親の必死な表情が、今まで意気込んで、帰ろうと智奈を説得しにきたオレの覚悟を鈍らせる。


 母さんの、親父がいなくなってから憔悴していった姿が頭をよぎる。


 オレたちの母さんは、本当は自殺だった。

 親父が智奈を連れていなくなっても、母さんは元気な姿をオレに見せていた。でもやっぱり、限界だったんだろう。母さんは、何かしらの毒を飲んで、家の中で倒れていた。

 今でも、あの姿は脳裏に焼きついて離れない。信じられないけれど、オレは母さんの死んだ姿を発見した第一発見者だ。さすがに、智奈にそれを伝えられなかった。


 もう、もう家族を失いたくはない。

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