2-1 霧亜の奮闘

———— Kiria



 菅野の、あの影のような触手の攻撃は避けれる。

 魔術の相性も、こっちが圧倒的有利。向こうは火しか使ってこない。オレが得意なのは水だ。


 でも圧倒的に違うことが一つあった。

 人間か、非人間か。


 菅野は、になった。

 菅野はもう、人としての感情もなく、魔力が暴走している状態だ。オレには体力と魔力に限界がある。亡者は、もうリミッターが外れている状態だから身体が壊れてでも動き続けるし、魔力の底が尽きるまで暴れ続ける。


 菅野が魔術の力を持っているのは、帰りに智奈が怖くて猛ダッシュした日に気付いていた。あんな魔力のざわめきは、第一の世界の人間じゃできるもんじゃない。

 菅野は、第二の世界の人間だ。


 人間の魔力がゼロになった時、人は死ぬ。

 亡者に人としての理性はもうない。菅野をこのまま戦わせたら、本当に死んじまう。


 亡者を止めるための、魔力の垂れ流しを抑止する結界は、ある団体しか施すことができない。

 智奈は笛を吹いてくれただろうか。智奈に託したのは、その団体を呼ぶための笛だった。


 智奈を守った時に腕に受けた火傷が延々と痛む。

 一瞬繋げた第二の世界のオレの部屋から取った薬草を食べたところで、完治はさすがにしなかった。治療に魔力使ってたら、たぶん菅野との長期戦にはついていけない。


 オレはとりあえず菅野から火を出させないように、智奈の家で披露したのと同じような人一人分の水球を作り上げると、菅野に近付いた。

 靄で作られた数本の触手の攻撃を除け、菅野の腕を掴むと遠心力をつけて水球に向かって投げ飛ばした。

 入った瞬間に水球に結界を張って出れなくしようと試みるが、菅野はすぐに水から逃げ出した。


 炎を纏った触手が、オレに向かってくる。身体を水でガードしておきつつ、触手に乗ったり引きちぎったりして、菅野自身の体術戦へ持ちこんだ。

 一か八か、菅野の丹田たんでんへその下に水の魔力を大量に流し込めば、暴走した菅野を止めることくらいはできるかもしれない。

 が、流石にその隙は見つけられない。


 菅野自身の隙探しをしていて、炎の触手が智奈の方へ伸びていたのに気付かなかった。

 オレは慌てて触手の方へ駆ける。

 その時、真横に菅野の放った炎があった。熱さで気付いて、横に顔を向ける。目の前がオレンジ色に明るかった。


 ああ、やばい、死ぬ。


 熱風がオレを襲った。

 たぶん、前髪と鼻先は燃えたが、菅野の炎は消え去った。

 目の前の炎に死を覚悟したオレは、炎のなくなった空間を凝視して硬直していた。オレの中では、数分間はそこで固まっていた。


 いつの間にか止まっていた息を大量に吐き出し、腰が抜けてその場にケツからどっかりと落ちた。アドレナリンの生成が一瞬にして終わったのか、キツくなかった息が切れてくる。汗が、頭から顔からどっと吹き出してくる。

 いくら犬のように息を吸って吐いてを繰り返しても、落ち着けなかった。地面にへたり込むオレは、一つの戸惑いで頭がいっぱいだった。


 戦闘の疲労とともに感じる高揚感。


 今までしてきた喧嘩や戦闘訓練で感じなかった、謎の高揚感がオレの中を渦巻いている。意外と気分はいい。


「君、大丈夫か?」

 しゃがみこんで肩に手を置いてくれた若い見廻みまわりは、オレの手に持つ杖を見て目を見開いた。

「第二の世界の子か」

 言うと、若い見廻は別の見廻にオレの存在を報告しに行った。


 間に合った。智奈が、見廻を呼んでくれたようだ。魔力抑制結界を張れる団体、見廻だ。


 見廻は、全部で十人ほど来ていた。菅野を捕縛する結界を張った三人、残りは公園を調査している。菅野は結界の中でまだ暴れていた。

 あの結界は、中では魔術を行使できない空間になるから、もう魔力切れで菅野が死ぬこともないだろう。


 若い見廻の上司らしい見廻が来た。

「他に魔術師はいなかったか?」


 智奈に渡したはずの見廻笛を渡される。

 この笛は、息を吹き込んで笛に魔力を込めると、見廻が駆けつけてくれる。向こうの世界の住人は基本的に持ってるアイテムだ。

 それぞれの魔力は個人情報のようなものだから、笛に込めた魔力は個人がばれる。

 智奈が吹いたことがわかれば、向こうの世界の人間だってことがばれる。


 それはまずい。


 オレは首を横に振ることしか出来なかった。

 見廻は不思議そうな顔をしたが、それ以上オレに突っ込んでくることは無かった。


「この年で、よく頑張ってくれた。周りに被害が少なかったのは君のおかげだ」

 言いながら、おじさんはオレに手をかざし、火傷の怪我を治してくれる。


 どうも、と大人を敬うよう最善を尽くし、オレは腰の抜けた足に鞭打ち打って、智奈の方へと近づいた。


 智奈は気絶しただけのようだ。地面に倒れている。壮介は頭を打って血を流していたように見えたが、治っている。直ぐに治してやれず、すまなかった。見廻が治してくれたのか。

 康太も公園の端で伸びているだけのようだ。


「少年、こんな時に悪いんだが入世書を見せてもらえるか」

 回復させてくれた見廻が近づいてきた。


 オレはトレーナーのポケットに手を突っ込んで、こっちの世界に来た時の書類、入世書を見廻に見せる。


 見廻は書類を確認すると、オレに返してきた。

「ありがとう。この子たちは?」


「こっちで仲良くなった友達」

 智奈が血縁者と言ってしまうと、智奈も第二の世界の人間なのは当然なわけで、書類が必要になる。絶対に面倒だから、絶対に言わない。


「そうか。この子たちは記憶を消すことになるよ。相当なものを見られてしまった」


 第二の世界の存在を知られないように、必要があれば記憶を消し、証拠をもみ消す。

 それが見廻だ。

 第一の世界でいう、警察や消防の役割を担っている。


 そうか、そうだよな。壮介にもしっかりオレが戦う姿や、幼なじみの暴れまわる姿を見られたし、智奈にも相当ショックな場面を見せちまった。

「どこまで、消すんだ」


「あの亡者が公園に現れた辺りからだ。忘れたければ、君も同じ箇所で記憶を消すが、君は第二の世界の子だからな、親御さんの許可が必要だ」


「いや、あいつらだけで、大丈夫。亡者がどんなのか、知っときたかったし」

 いい経験になりました。


「そうか。いずれ君が見廻に入団してくれることを待ってるよ」


「だといいけど」


 突然男女がオレの真横に現れ、結界を張られる菅野に向かって名前を叫びながら走り寄っていく。

 夕食準備をしていたらしいエプロンの女とスーツ姿の男。おそらく菅野の両親だろう。

 変わり果てた娘の姿を見て、母親は泣き叫び、父親はその母親の肩を抱いて途方に暮れている。


 見廻に何かを言われ、菅野の両親はうなだれた。

「娘は、どうなるんですか」

 母親の悲痛な声が公園にこだまする。


「第二の世界に連れ帰って、すべての記憶を消す。人に戻れそうなら、この子はどちらかの力を抜く。亡命した時点でそれは覚悟の上だっただろう」


 オレはそこでふと顔をあげた。


 魔力か体力のいずれかを、第一の世界の人間のレベルまで抜かれる事象は、一つしかない。


 母親が地面にうなだれるが、だんだんと母親の周りに熱気があふれてくるのが、空気の動きでわかった。


 一瞬にして、公園全体が炎に包まれる。


「少年、友達を守ってろ!」

 オレについてきていた見廻が、舌打ちをして杖を取り出し、母親の方へ走り出す。

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