1-7 霧亜と栗木
学校が終わって、いつもと同じく康太と帰ろうと辺りを見回したが、教室にはもう康太の姿はなかった。
何か用事でもあったのか、先に帰ったか。いつもなら伝えてくれるはずなんだが。
「宮田なら、さっき栗木と菅野と学校を出てくの見たぞ」
オレが康太を探しているのに気付いたクラスメイトが言ってきた。
「えー、大丈夫なの、康太くん」
他人事のように、女子グループがきゃあきゃあと騒ぎ出す。
康太が栗木と菅野と一緒に、学校を出て行った。
転校初日から、ずっと一緒にいてくれる康太。
なるほど、そっちに行くか。
オレは康太の席の教科書を一冊拝借して学校を出た。大通りを曲がって住宅街に入る。
目に入った路地裏に身体を滑り込ませ、人目がないことを確認すると、オレは持ち出した康太の教科書の端を破いた。その切れ端を地面に置き、指先で地面に押し付ける。
ぼんやりと紙の周りに小さな魔法陣が現れ、その図形と文字が空間に浮かび上がると、切れ端に吸い込まれる。指先を離すと、紙の切れ端はふわりと浮き上がった。
簡易的な人探し器だ。紙切れは、持ち主の元へとふわふわ飛んでいく。オレはそれを追った。
三人は、案外簡単に見つかった。それは、学校から智奈の家へ帰る途中にある、公園だった。ゆるい傾斜の山の形をした、てっぺんに三人が座って話している。
気付かれないように、公園の入り口の木の裏に隠れて様子をうかがう。
「暁乃は?」
知らない声。おそらく栗木だろう。
「怪我はしてないピンピンしてるよ」
康太の声。
「よかったね」
女子の声。菅野か。
「でも、バッドが当たってただろ」
「騒動の割には平気そうだったけど」
さすがに痛かったから魔術でちょちょっと治したから、そりゃ痛がりません。
ほっとするような声色で栗木はふうと息を吐く。
「やっぱり転校生も狙われた」
「どんな恨み方されてんの、お前」
「あんまり、近付かない方がいいよ。霧亜くんのためにも」
オレの先入観が疑問を呈してきた。
想像していた会話と、現実の会話が、上手く噛み合わない。
予想だと、ボロボロにされた康太を足蹴にするヤンキー栗木と後ろでほくそ笑む菅野をイメージしてたんだが。
「そうだよな」
悲しげな声の栗木。
「友達になれたらと思ったのに」
「その目つきから直そうな、壮介」
「生まれつきだ」
康太のため息。
菅野の笑い声。
「好きだよ、壮介の目」
「どうするかなあ。霧亜には、もうクラスの大半が壮介のこと吹き込んでるしなあ」
「俺は本当に何もしてない」
「わかったよ、知ってるよ、うるさいな。早く神社行って疫病神でもなんでも払ってきてよ」
オレの頭は、ある真実を、事実無根で固められた嘘であるという事実に上書きする作業に追われていた。
本当に上書きしてもいいですか? という確認文章が、いくら『はい』を選択しても出てくる。
じゃあ、もし事実がそうだとしたら、今まで栗木にいじめを受けてきた生徒はどうなる。被害を受けてないのに、被害者のような振る舞いをしていたってことか? そこまでするほど、逆に栗木がいじめにあっていた?
もう頭のスペックが追いつかなくなったオレは、そこに姿を現すことにした。
紙切れが康太の元へ行こうとするのを押さえる指も辛くなったため、拝借した教科書をぽんと叩く。
紙切れの魔術効力は消え、手のひらにはらりと落ちた。
考えるより、実際に訊いた方が速い。論ずるより証拠を聞こう。
木の裏から出て、三人に気付いてもらえるように小石を
「暁乃!」
一番驚きの声を上げたのは栗木だ。
キャップを被った坊主で、なかなか目つきが悪い。第一印象としては近寄り難い。言ってしまえば街中で近づきたくは無い。背も他の男子よりは高めだ。オレと二個上のはずのオレと大差ない。これで詰め寄られたら、確かに低学年なんて小便チビるかもしれない。
「良かった、ちゃんとついてきてくれた」
康太が朝の挨拶のように爽やかに右手を挙げた。
栗木は驚きの表情を康太に向ける。菅野は、警戒するような顔をオレに向けた。
「オレに声掛けずに学校出てったのはそういう意味か」
なんか、康太の手のひらで転がされた感じだ。してやられた。
菅野の熱烈な威嚇の視線をぶつけられ、オレはたじろぐしかない。
「えっと……」
何か声をかけようとしても、何て切り出せばいいかわからなかった。
「まあ、その動揺っぷりは今の会話を聞いてたってことで正解だね」
康太がにこやかにほほ笑みながら言う。
「暁乃、今まで大丈夫だったか?」
栗木がおどおどと聞いてくる。その強面の顔にその表情は似合わない。
「別に」
オレはまだ半信半疑で、ぶっきらぼうを打ち返した。
「怪我は、平気?」
警戒を解かない菅野も、一応オレの心配はしてくれるようだ。
大丈夫の意を、肩を回して答える。
「これは、噂のヤンキー栗木くんより、こっちの栗木が本物ってことか?」
オレが訊くと、康太は、どうなんだというように顔を向けて栗木の反応を待つ。
栗木は弱々しくこくんと頷いた。
「俺は、学校の子をボコったことも、先生を脅したことも、いじめを始めさせたこともない」
栗木は丁寧に、静かにオレに訴えるような声で話す。
「全部偶然なんだ。全部俺がやったことになってるっていうか……」
栗木の噂は腐るほどあるが、暴力的で、家はヤクザで、政界との繋がりもあり、栗木には逆らえないとされている。
「どこまでが嘘?」
オレを階段から押したり、バッドを投げてきたりしたのも嘘だっていうのか?
「全部」
康太が静かに言い放った。
オレは思わず息を吐き出す。
「何で康太も菅野も、栗木がそんな全ての犯人じゃないってわかるんだ?」
「俺たちは壮介と生まれた時からの幼馴染。幼稚園の頃からなんとなく壮介はこんな感じだったんだ」
オレは眉をひそめた。噂とだいぶ違う。というか、真逆だ。
「もも子も、別に連れ回してるわけじゃない」
栗木が、もも子を見て言う。いつも栗木の隣にいて、パシリをされていると噂の菅野もも子。
「そんなに勘違いされることってあるか?」
オレの素直な感想だった。
だって、そうだろ。何かしらの力が働いてるようにしか思えない。
オレは栗木に目を向けた。
「オレを階段から突き落としたのはどういう理由だ? お前が押したんじゃないのか?」
栗木はビクッと肩を強張らせる。
「俺はやってない」
しっかりと、嘘はついていないとわかる物言いだった。
「じゃあバッドはどう説明する?」
「あれは、ほんとに風に煽られて飛んでいったんだ」
信じて欲しいという懇願の顔がみてとれる。
信じてやりたいけど、まさかあんな重いバッドが風に飛んでいくなんて有り得るか? あの日は強風なんて吹いていなかった。
「あれはお前のものだったんだよな?」
壮介は頷いた。
「弟が学校帰りに素振りしたいから付き合おうと思って持ってきてた」
ここにきていいお兄ちゃん属性まで付与してくるとは、人間見かけで判断しちゃいけない。
「これで壮介騒動の実態は信じてもらえたか?」
にやにやと楽しげな康太は、顎を擦りながら呟いた。探偵気取りにでも浸っているようだ。
オレは栗木に目をやる。
オレに見られていると気付くと、きっと眉を吊り上げた。おそらくこれは、栗木にとっては驚くか、何故見られているんだ、っていう顔なんだろう。傍から見れば、完全に威嚇している虎にしか見えない。
じゃあまず、そこを直すところから始めようか、壮介。
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