1-3 智奈と再会

 次の日。


 給食後の昼休みに、智奈は真人とバスケをしようとボールを持って廊下を歩いていた。


 真人に昨日の事を話すと、見てみたい! と言いだしてうるさかった。そんな非日常な体験をしてみたい、と。もっと驚いて心配してほしい点はたくさんあるのに。

 冷静に思い返せば、目を見張るような、日本人らしからぬ、格好いい顔だったと思う。知らない人の家に勝手に押し入る変人だとしても。


「今日は誰が集まってるかなー」

「今日こそ絶対勝つ」


 真人はバスケットクラブのキャプテンだ。智奈はクラブには入っていないが、真人と勝負して勝てる腕前を持っている。いつもバスケットクラブの監督の勧誘を断っていた。


「なんか、ひとだかりがすごい」

 真人の言葉に、そちらへ顔を向ける。


 そこは、女子率多めで人が集まっていた。頭一つ飛び抜けて、ある二つの頭が見えた。

 二つの頭のうち低い方は、確か六年生の宮田康太みやた こうただ。一度だけ学年縦割りの遠足で一緒だった気がする。

 その隣にいる高い方は、昨日の不法侵入者だった。昨日の、真人にも話した、不法侵入者が、そこにいた。


「転校生が来たって言ってたもんなー、すげえ人気」

「そうだね……」

 転校生だったのか。


 触らぬ不法侵入者に祟りなし。

 智奈は人だかりに隠れるように、真人と体育館へ移動しようとする。が、そうはいかなかった。


「あ、智奈」

 何故か智奈の名前を知っている不法侵入者は、何故か智奈の顔をしっかりと見て、何故かにやにやと笑いながらこっちに向かってきた。

 隣の宮田と一緒に、人だかりもこちらについてくる。

「よう」


 不法侵入者にも、周りの女子にも囲まれた。完全に四面楚歌だ。

 智奈は口をあんぐりと開け、ほぼ何も言葉を発せない。


「お世話になってます」

 不法侵入者はにっこりと笑った。


 宮田は不思議な顔をし、智奈と整った顔立ちの友人を交互に見る。

「どんな関係?」


「オレ、智奈の家に居候させてもらってるんだ。遠い親戚でさ、快く許可してもらえてよかったよ」

 説明口調丸出しの声は、智奈に言い聞かせているようにも聞こえた。


 居候なんて、“い”の字も聞いてない。名前を何で知っているかという問題から、質問攻めにしたいくらい何もわからない。


 宮田は、へえ。と智奈を見ながら相づちを打った。

「よかったな、一人でこっちに来てるんだっけ」


「そうそう。親の仕事がイギリスで決まっちゃったから、智奈の家族に了承もらってさ」


 この不法侵入者は、よくこんな嘘をベラベラと喋れるものだ。


〔その不法侵入者っての、やめてくんない?〕

 頭の中に、目の前の不法侵入者の声が聞こえたような気がした。イヤホンで聴いているような声。

〔ちょっと今は黙ってろ。上手く話合わせとけよ。オレはお前の親戚っていう設定な。オレの名前はキリアだ〕

 目の前の不法侵入者の口は宮田と軽快にしゃべっている。が、薄い灰色の瞳が一瞬しっかりと智奈を捉え、智奈は身動きができなくなった。


「キリア……?」

 そんな親戚聞いた事がない。


「あ、ごめんな、引き止めて。また後で」

 キリアに手を振られ、こちらも無意識に力なく振り返す。


 宮田もにこりと笑顔でこちらに手を振り返した。上級生の二人は、自分たちの教室の方へと姿を消した。

 圧倒されて何もできなかった。


 それからキリアたちが去った後、さっきの光景を遠巻きに見ていた色んな人からの質問攻めに遭い、体育館に行く間もなく鐘が鳴ってしまった。


 学校は、キリアの話題で持ちきりだった。六年生の転校生なのに、五年生の教室にもたくさんの情報が流れてきた

 無理もない。

 イギリスからの帰国子女で、容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀。

 絵に描いたような女子を虜にする王子様キャラが転校してきた。

 キリアのいる六年三組の周りは、女の子でいっぱいだった。こんな光景、初めて見る。


 帰り道、智奈はキリアの事をずっと考えていた。智奈を親戚と嘘を押し通す理由がわからない。


「智奈、大丈夫か?」

 横を見ると、真人が見ていた。

 知らない人がいきなり自分の事を親戚だって言い出して、超能力みたいなの使ったり、居候してるんだって、嘘をつかなきゃいけなくなる日常がやってきてしまったから。


「その、いきなり親戚がこっちに来たから、なんかビックリして」

「そっか。でも外国人が親戚なんてなんか憧れるな」

「そうかな……」


 真人はいつも別れる十字路の前で足を止め、智奈の顔をじっと見つめてきた。

「な、何?」

「やっぱ親戚だからかな、ちょっと似てるよな」


 智奈は目をしばたいた。


「智奈もさ、少し髪の色薄いし、ハーフっぽいし、やっぱり智奈も外国の血が少し入ってるのか?」

 思いもよらない真人の言葉に、智奈は愕然とした。まさか、似てるなんて言われるとは思っていなかった。しかも、気にしていた髪の事まで。


 智奈は無意識に、これ以上バレないようにと目を伏せた。これだけは、見つかりたくない。友達と思っていた人に否定される苦しみは、もう味わいたくない。

「似てない! 絶対に!」

 思わず声を上げる。


 真人は驚いたように硬直してから、両手を合わせてきた。

「ご、ごめん。そうだよな、似てない、似てないわ、やっぱ。本当にごめん」

 あまりに誠実に謝ってくる真人に、智奈は恥ずかしさを覚えた。目の色のことは言っていないが、前の小学校で、容姿のせいでいじめにあっていたことを、真人は知っている。こんな小さな事で、声を荒らげる事なんてなかったのに。


「ごめん、じゃあ、ね」

 その場に立っていられなくなった智奈は走って、十字路で立ち尽くす真人を置いて家路を急いだ。


 走り込んだ勢いのまま、門をあけ、数段のステップを上がってポーチから鍵を取り出す。家の鍵を開け、靴を脱いでリビングに向かおうとした。


 まただ。


 覚えたくもなかった靴。

 黒いミッドカットブーツ。


 それを見た瞬間、真人との会話もあったせいか、智奈の頭に血が上った。

 リビングの扉を思いっきり開けると、昨日と同じような光景が目に入ってくる。ただし、今度はソファーに寝転んで、テレビを見ている。昨日よりかなりくつろいでいる状態だ。

 間違いなくキリアだった。


「よう」

 キリアは智奈の姿を見て、にやっと笑顔を見せた。

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