1-4 智奈と見知らぬお兄ちゃん

「こっちのテレビってめっちゃ面白いな」

 キリアはテレビ番組をにやにやした顔つきで観ている。

「あ、それから、昨日はポテチ勝手に持って帰っちゃったけど、あれも美味いな。コンソメ味最高」


 やっぱり、一つないと思ったら。


「いい加減にしてよ! あんた何なの? 嘘言いふらさないでよ! 親戚だとか、居候してるとか、何でこんな嘘つくの!」

 こんなに大声で怒鳴ったのなんて、いつぶりだろう。生まれてはじめてかもしれない。

 いきなり怒鳴られ、キリアはたじろいだ。

「ま、まあまあ、そんな事言うなよ。嘘もついてるけど、本当の事も言ってるから」

 何が本当なのか、さっぱりわからない。

「本当のことなんてこれっぽっちもないじゃん」


 キリアはもたれていたソファーから体制を立て直し、浅めに座ってこちらをしっかりと見た。

「居候ってのは本当。許可をもらった覚えないけど。これからここに住まわせてもらうから。よろしくな」

 と、またにやっと笑った。


 智奈は気が遠くなった。

 深呼吸を心の中でして落ち着かせてからもう一度聞き返す。

「は?」


 キリアは指をついと回す。何もしていないのに、テレビの電源が消えた。

「だから、本当にここに住まわせてもらうんだってば」

「意味わかんない」


 キリアは、智奈の言葉を制するように両手を挙げる。

「まあ聞け。とりあえず自己紹介な」

 暁乃霧亜あきの きりあだ。と、手を出してきた。

 智奈はその手を取らずに、睨みつけた。

光谷こうや智奈ちな

 霧亜は、差し出した手を寂しそうに引っ込めた。


「なんであたしの家にいるの?」

 訊くと、霧亜は灰茶の髪を掻いてから腕を組み、足を組んだ。

「お前を迎えに来た」

「意味わかんない」

「お前、なんでも“意味わかんない”で済まそうとすんなよ」

「だって意味わかんないんだもん」


 霧亜はため息をついた。

 まあ座れ、と、小さなテーブルをはさんで向かいにある小型のソファを手で示す。

 智奈はランドセルをその場に下ろし、霧亜の向かいに座った。

 向かいに座るのを確認すると、霧亜は満足そうにうなずいて話し始める。

「まあ、今日は嘘ついた。オレはお前の遠い親戚なんかじゃない」


 ほらやっぱり。


「お前はオレの妹だ」


 霧亜の声が耳の遠くで聞こえたような気がした。または、智奈の耳が音を拾いたくないのか、膜を張ったようだ。

「もう一度お願いします」


「オレはお前のお兄ちゃん。お前はオレの妹」


 意味が、わからない。


「何で?」


 キリアは困ったように頭をかく。

「何でって言われても、兄妹なんだからしょうがないっていうか……。DNA鑑定でもするか?」


 智奈は両親の行方不明を思い出す。

「もしかして、お父さんかお母さんはどっちかがバツ一で、その前の結婚相手の子供とか?」

 隠し子か何かが発覚して、両親は一緒に住めなくなったとか。

「義父か義母兄妹っていいたいのか?」

「そう、それ」

「違う」

 やっとのことで絞り出した智奈の考えは、即刻切り捨てられる。


「本当に、お母さんとお父さんの子供なの?」

 いくら智奈の自慢の両親だからって、ここまで端正な顔立ちの色素の薄い子供は生まれないと思う。

 霧亜は、智奈の質問に曖昧な反応を見せた。

「いや、そういうわけでもないんだけども……」

「じゃあ何なの?」

 今さら遠慮がちな目で霧亜は上目づかいで智奈を見てくる。

「一番最初に、一番驚く事を話していいか?」

 もう、あなたとわたしが兄妹だということで頭がパンクしそうなのに?

「もう、いいよ」


 霧亜は同情したような笑みを見せると、何かを覚悟したようにソファに座りなおす。


「オレ達は、この世界の人間じゃない」


「意味わかんない」

「来ると思ったよ」

 キリアは、うんざりだというように肩をすくめる。


「だって、いきなりそんなファンタジーな事言われても」

 キリアは正直にうなずいた。

「そうだよな。今、何歳だ? 五年生? 五年生っていったら十歳とそこらか。十年間、こっちの世界で普通に暮らしてたんだもんな。そりゃ、ファンタジーにも感じるだろうよ」

 妄想癖の強い上級生だ。としか、考えられなかった。


「何で、鍵も持ってないオレがこの家に入れるのか、とか。不思議に思わなかった?」

「思ってた」

 逆に、不思議に思わなかったらおかしい。

「どっかであたしの鍵——」

「盗んで、合鍵作ったわけではない」

 クイズに不正解した気分で、智奈は唇を突き出した。


「オレは、さっきも言った通りこの世界とは違う世界から来た。第二の世界っていうんだけど、第二の世界では、体術と魔術っていうのがあるんだ」


「タイジュツとマジュツ?」


「まあ、見た方が早いか」

 霧亜はにやっと笑った。

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