正直者のまち

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正直者のまち

 灼熱の太陽が暮れなずむ夕日へと姿を変え、夜と昼が混ざり合ったような淡いオレンジがだだっ広い砂漠をあでやかに染め上げる。


 風が砂を飛ばし波のような模様を描く砂の海に、西日の陽光が、一人と、その肩に乗った一匹をおぼろげに映し出していた。

 

 「むー、いつになったらつくのよさ!」

 

 手乗りサイズのハリネズミが不慣れなヒューマン語に乗せて、たどたどしく鬱憤を口にする。


 正確には、フラーパバラという種族名を持つこの異世界特有の生き物なのだが、シナモンカラーの小さい体躯に、体毛の一本一本が硬質化した、その愛くるしい姿は地球のハリネズミに酷似していた。


 「もうちょっとで着くと思うんだけどね……」

 

 半年ほど前に、訳も分からず地球からこの異世界に飛ばされたヒューマンの少女は、黒色のリボンで結いだ短い茶髪のポニーテールを揺らしながら、腰に掲げられた革のポーチから双眼鏡を取り出した。

 

 少女の知る二十一世紀の代物と比べれば、その効果は微々たるものだ。

 しかし肉眼の延長を映し出すそのレンズにはしっかりと夕闇にまぎれながらも、遠く淡い光を発する街を捉えていた。

 

 「クー、街が見えたよ!」

 

 「ほんと?」

 

 クーと呼ばれたそのハリネズミは、短い手足をひょこひょこと器用に動かしながら、少女の頭頂部まで登る。少女もクーの目線に合わせるように双眼鏡を動かせば、クーは長らく不平不満を漏らしていた口から歓喜のため息をすーっと吐いた。

 

 「やーっと、野宿生活もおわりかー。ささっと行って宿でも探そう、トーコ」

 

 トーコは「そうだね」と呟き、長旅から解放される安堵からか指を組んで腕を天上に伸ばす。凝り固まった肩はほぐれ、ふとトーコの口からは欠伸が漏れてしまった。

 

 ヒューマンのトーコとフラーパバラのクーは半年前の出会いを機に、旅を始めた。

 この世界には魔王と言った強大な存在はおらず、故に勇者も存在しない。


 理由なく異世界に飛ばされたトーコは、元々の性格のせいでもあったのだろう、世界を見て回るために早々に始まりの街を飛び出した。クーはそんなトーコに惹かれ、旅を共にすることに決めた。

 

 トーコもクーも、好奇心が強く「明日は明日の風が吹く」性分のために、今日もまた大した目的もなく、どこか観光気分のまま街を転々としながら旅を続けていた。


 「それにしても、スチームパンク……か。ほんと異世界はスゴイね」

 

 「なに? すちーむぱんく?」


 「地球人が思い描いてた時代錯誤的な未来像なんだけどね……機械仕掛けっていうか、産業革命期の蒸気機関が発展し続けた未来……って感じかな、たぶん」

 

 トーコはかつて見た映画や本の中からそのイメージを抽出し、懸命に伝えようとした。対してクーは理解したのか、それとも理解した振りなのか、曖昧に頷く。

 

 「ふーん、トーキョーもそうなの?」

 

 「ううん、東京はもっと整然としていて、それにビルがたくさんある」

 

 「ま、いっか。よくわかんない」

 

 クーはさぶさぶと小さく呟いたかと思うと、直ぐにトーコの身体を駆けポーチに帰る。

 

 いつの間にか、夕焼けのオレンジは夜を告げるムラサキへと様変わりしていた。

 

 乾燥し空気中の水分が少なく、また逃げていく熱を遮る建物も自然もないため、砂漠の夜は寒い。トーコは肌を障る冷たい空気に耐えながら、足早にスチームパンクの街へと向かった。




 「なんだか活気のない街だね」

 

 「なんでさ? 機械はいっぱい飛んでるよ? 前に行った村よりはずーっとさかえてる」

 

 「それはそうなんだけど……うーん、なんて言えばいいのかわかんないけど……寂しい、のかな」

 

 「ふーん」

 

 石畳みで舗装された街のメインストリートを歩けば、右方にはレンガ造りの重々しい住居が建ち並び、左方にはさび色の巨大な工場が点々とその存在感を露わにする。

 白い蒸気を噴出する細長いパイプや回り続ける歯車が、そして脚や羽をせわしく動かすロボットが、その街の何たるかを象徴していた。

 

 「あのーすいません?」

 

 トーコは手持ち無沙汰のロボットに目を付け話しかけようとしたが、ちらっとトーコーを一瞥しただけで、ぷしゅこーと白い蒸気を出し、せこせこと立ち去ってしまった。

 

 「むー、あいつきらい!」

 

 「まあまあ、きっと忙しかったんだよ。それに……」

 

 「それに?」

 

 「宿も見えてきたし……休もっか」

 

 少しばかり機嫌を直したクーは短い後ろ足で背中をかき、再びポーチの中へと帰っていく。

 トーコは見たことのない光景の数々に心を打たれながらゆっくりとその歩を進め、その奇観を凝縮したような機械仕掛けのアンティークな宿屋に辿り着いた。

 

 仰々しい外観の割に扉は手動式で、金属製の取っ手には剥がれかけのさびがまだら模様に色をつけている。トーコはためらいながらゆっくりとその扉を開けた。

 

 「あのー……」

 

 元々飲み屋としての役割も兼ねていたのだろう、テーブルとイスが雑多ではあるがいくつか並べられ、奥には酒棚と厨房が確認できる。しかし旅人を迎える宿屋のエントランスと呼ぶには、余りにも寂しく、すたれていた。

 

 「やっぱり開いてないのかな?」

 

 「すーいーまーせーん!!」

 

 クーはその小さな体躯から部屋全体に響き渡るような大きな声を出す。

 

 すると、

 

 「あーなんだいなんだい、今行こうと思ったんだよ」

 

 しわがれた声を出しながら、一人の男がカウンターの奥からドタドタと足音を立てて、その顔を覗かせた。


 汚れた髪はもじゃもじゃと肩まで伸びきり、血の気のない皮膚は頬骨に張り付いていて、まるでどくろのような男だった。

 

 「あー! 人間だー!」


 この街に着いてからというものの、トーコとクーは全くと言っていいほど人間を見ていなかった。クーは物珍しいロボット以上に、長らく姿を目にしていなかった人間の存在に驚きを発した。

 

 「ちょっと、クー失礼だよ」

 

 黄色い歯を二ヤリと覗かせ、トーコとクーの前に設置されたカウンターの対面のイスにどっと腰を据える。

 

 「まあ、そう思うのもムリねえか。なんせこの街に人間なんてほとんどいねえからなぁ。ほとんどが出て行っちまった。残った人間はぜんぶ機械に任せっきりで居住区にひきこもってるよ」

 

 「おじさんはどうなの?」

 

 トーコは気後れすることなく、男に尋ねた。

 

 「オレか? オレはこの街はキライだが出て行く当てもねえ。それに機械に頼るのもイヤなんでな。仕方なしに宿屋を続けてくしかねえんだ。それで、旅人さんや。何泊だい? 泊まりに来たんだろ?」

 

 「とりあえず一泊でお願いします」

 

 「あいよ、銀貨15枚だ。16枚出しゃあ熱いココアと練炭クッキーがついて、18枚なら子守唄を唄うロボットのサービス付きさ、ぬいぐるみの方が良かったか?」

 

 トーコの身体は年相応に小さく、また女性という性別からか、異世界に来てなめられることが多々あった。三か月ほど前に訪れた街では銀貨4枚が、先月の街では銀貨6枚が多めに見積もられていた。

 

 そんな過去の失敗談がトーコの頭の中をぐるぐると巡る。トーコはじーっと男を凝視した。クーもそんなトーコの様子を見て、感づいていたようで、

 

 「おじさん嘘ついてるー?」


 と、臆面もなく質す。


 「バカやろう! 嘘なんてつけるか! まだ死にたくねえよ」

 

 「ん? どういう意味?」

 

 その口振りじゃあまるで嘘を付いたら死ぬみたいじゃないかと、トーコはその言葉の解釈に戸惑い、頭に大きな疑問符を浮かべながら男に尋ねた。

 

 「あー、お前ら旅人は知らねえもんな。これだよ、これ」

 

 そう言って男は左腕に装着された機械をトーコとクーに見せる。

 真鍮製の円盤の上にはスチームパンクらしく歯車があてがわれ、環状に並べられた数字と大小二つの針は正しく時計のようだった。

 

 「ふーん。高そーな時計だね」

 

 「いやいや、確かにそういう役割もあるが……この機械で脈拍を測ってんのさ」

 

 「みゃくはく?」

 

 「血が流れるとどくどくと血管をふくらませるでしょ? 血の流れのことだよ」

 

 トーコは首をかしげたクーに説明をする。

 男も頷くようにして、話を続けた。

 

 「オレがまだ十代の頃の話なんだが……ある一人の領主様がいたんだ。頭が良くて、人柄も良くて、そりゃみんなに慕われてたよ。なんせたった一代で立地の悪いこの街をここまで大きくしたんだから。オレも最初はスゴイ喜《んだ。暮らしはうんと豊かになったし、機械が手伝ってくれるおかげで仕事は苦しむことなくできる。あの頃はみんな幸せだった」

 

 「あの頃は?」

 

 「そうだ。あの頃は。一人の商人がこの街にやって来て、何もかも変わっちまったんだ。その商人は領主様と取引をしたんだ。『僕の持っている鉄鉱山を金貨千枚で買ってください』ってな。だけどそれは嘘っぱちだった。確かに土地は買えたが、だだっ広い荒原があるだけで、鉱山なんてもんは何もなかった。領主様は騙されたんだよ」

 

 男は一息つく。クーは間髪をいれずに疑問を口にした。


 「でもりょーしゅ様って頭よかったんでしょ?」 


 「ああ、確かに頭は良かった。だけどぬるま湯にずっとつかってたからさ。とっさに嘘だって気づけなかったんだ。みんなに慕われて、領主様を騙す人間なんて一人もいない。だから領主様は怒った。そりゃもこれ以上ないってほどカンカンにな。それでこんなワケのわからん機械を作りやがった」

 

 「もしかして?」

 

 トーコはぴんと来たようで、そんな言葉を口にする。

 

 「察しが良いな。この機械は嘘発見器だ。嘘をつくと脈拍が速くなって、それを感知したこの機械が大音量でアラームを鳴らす。近くにたくさんいるロボットはその音を聞いて直ぐに駆け付ける。そして大量のロボットに殺される。嘘をつくと死ぬんだよ」

 

 「外さないの?」

 

 「外せないんだ。外そうとすればアラームが鳴る。オレのおじさんはそれで死んだ。壊そうとすればアラームが鳴る。にいさんはそれで死んだ。酒を飲んでうっかり嘘をついたとうさんも死んだ。かあさんは自殺しちまった。それでみんな遠い親戚を頼ってこの街から出て行っちまった。それ以外の奴はうっかり嘘をつかないようにひきこもってる」

 

 「それでこの街には人がいなかったんだね」

 

 トーコとクーは互いに顔を見合わせ、悲しげに俯いた。

 

 「……おじさんはひきこもらないの?」

 

 「オレは……な。人と話すのが楽しくて仕方ねえんだ。今もひょうひょうとしているようで、ずっと心が躍ってやがる。たまにこの街にやって来る旅人と話すのが楽しいんだ。だからずっと宿屋をやってる。悪いか?」

 

 男の真剣なまなざしと穏やかな笑みに釣られるように、トーコも口元のほころびを見せた。


 「ううん。すごく素敵だね」

 

 「ステキー」

 

 男は照れたように、ボサついた頭を軽くかく。

 

 「ありがとな嬢ちゃんたち」

 

 男はカウンターの下から『1』と刻まれたルームキーを取り出して、台上に乗せた。

 

 「うっかり嘘でもついてしまったらたまんねえからな。そろそろ俺はお暇させてもらうよ。二階の向かって直ぐ左の部屋にあるからな。気にせず使ってくれ」

 

 トーコは巾着から取り出した銀貨16枚を男に渡し、台上のルームキーを受け取る。

 

 「ありがとうおじさん」

 

 「ありがとー」

 

 トーコとクーは男の背中を目で追いながら、二階へ上がる。男に言われた通り『1』の番号があてがわれたその部屋は直ぐに見つかった。


 真鍮製の寝台が一つきれいに整えられ、寝台わきの腕木にはアンティークな燭台が設置されている。トーコはベッドにポーチを乱雑にほうり投げ、燭台に火を灯そうと手をかざした。 


 「ハノア(火よ灯れ)」

 

 燭台はぼうっと小さな火を宿し、板張りの壁を明るく照らした。  

 

 「なんかかなしー街だね……」

 

 トーコの肩から寝台の枕に飛び乗ったクーがうつろな表情のまま呟く。

 

 「みんな正直者でいい街だと思うよ?」

 

 「そうかな……」

 

 「本音で話し合えるんだから。この街には人をだます人も、嘘で傷つくような人もいない。それって素敵なことでしょ?」

 

 頭の中に浮かぶもやもやを追い出そうと、クーは短い前足で腕を組みながらうーうーと絞り出すようなしおから声を発した。 

 

 「むー、わかんない!」

 

 クーはふかふかのわた枕に腹ばいになってしばらくうめき声を上げていたかと思うと、パタリと眠った。

 

 「ねちゃった?」

 

 部屋にはむなしくトーコの声だけが響いた。

 

 「わたしも寝ようかな、っとその前に……」

 

 テーブル上のバスケット、トーコの視線の先には真っ黒いクッキーが山のように盛られていた。トーコはてっぺんの一つを手に取り、恐る恐る口に運ぶ。

 

 「まず!」

 

 炭のような味がした。




 トーコとクーは日の出とともに起き、携帯食料にかじりつきながら部屋を出る準備をしていた。

 そうして階段を降り、再びカウンターにくたびれて座る男を見つけた。

 

 「おはようございますおじさん」

 

 「おはよー」

 

 はっとトーコとクーの存在に気付いた男が遅れて挨拶をする。

 

 「おう、おはよう。昨夜はよく寝れたか?」

 

 「うん。ケッコーよかった!」

 

 クーのこどものように明るく弾んだ声に、男は誇らしげに胸を張った。

 

 「今日はどこに行くんだ? この商業エリアを真っ直ぐ突き進めば街を一望できる『ちゃらんぽらんガーデン』がある。政治エリアの奥にはロボットたちが運営する『わんぱく遊園地』もあるが……もう……出て行くのか?」

 

 「少し街をぶらついたら……行こうと思います」

 

 「ああ……そうかい」

 

 男の声は哀愁を帯びていて、その落胆が容易に見て取れるほど、ぼんやりと暗い陰影が顔に浮かんでいた。

 

 「あ……その、なんだ……もうちょい泊ってくか? 今日はレディースデイだ。うん今決めた。銀貨10枚で泊っていいぞ。朝食もつけるし、好きな色の歯ブラシもつけよう。あとー……それから……練炭クッキーはどうだ? クセになる味だ――」

 

 「おじさん」

 

 トーコの優しくカナリアのようにきれいな声は、取り乱した男をなだめるのに十分だった。

 

 「あー……すまない。つい舞い上がっちまった……なんせひさしぶりの旅人だったんだ。それに嘘だってつけない。おしゃべりな口が暴走しちまった。ありがとな嬢ちゃんたち。いろいろ話せて楽しかったよ」

 

 「ううん。こっちこそ色々教えてくれてありがとう。じゃあおじさん、もう行くね!」

 

 「ああ、じゃあな。会えて嬉しかった」

 

 男の嘘偽りない言葉が宿屋に残響する。トーコとクーは男に向かって頷き、チラリと笑顔を見せて、宿屋の扉を開けた。

  

 

 トーコとクーはスチームパンクの街をぶらりぶらりと見て回っていた。商業エリアでは物産品を求めて、政治エリアでは大きな歯車の建物で街の歴史や政治を学んだ。


 が、

 

 今は白い蒸気がもやもやと立ちふさぐ狭い路地で迷子になっていた。

 

 「クーが近道しようなんて言うから」

 

 もしかしたら観光客のために、ガイドロボットなるものがいるのかもしれないと適当に見当を付けるも裏路地にはおらず、

 

 「むー、トーコだっていいって言ったよ!」

 

 くたびれたロボットに話しかけようも、ひたすら、ぷしゅこーと薄汚れた蒸気を出すだけで何も答えない。

 

 当然、案内をする人間もいなかった。

 

 「右と左で別れてるけどどうする? 一緒に決める?」

 

 「そーする」

 

 トーコとクーは目を交わし、互いにタイミングを合わせ呼吸を整えた。

 

 「いくよ? せーの!」

 

 「左」「ひだり!」

 

 トーコはふんと頷くと「いいね」と口ずさんだ。

 

 そうしてしばらく街の入り組んだ路地を歩いていると、ピッチもテンポも一定の作られたような声が、遠くからトーコとクーの耳に届いた。

 

 トーコとクーが耳を澄ませば、

  

 ――シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!

 

 兵隊のように揃えられた足音も聞こえた。

 

 「行ってみよう」

 

 「うん」

 

 素早く異変を察知したトーコはすぐさま音の鳴る方へ駆けた。

 

 路地を抜けた先には、そこだけがすっぽりと抜かれた遊休地のような広場があった。

 

  ――シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!

 

 二足、四足、タコのように脚がたくさん生えたもの、タイヤのついたもの、羽で飛ぶもの、プロペラで宙に浮くもの、多種多様なロボットたちが一様に声とアシを揃えて、泣きじゃくる十歳ほどの男の子を囲んでいた。

 

  ――シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ! シケイ!

 

 「どーする? トーコ」

 

 「助けるよ!」

 

 「りょーかい!」

 

 クーはトーコの肩を降りて、一体のロボットに飛び乗った。クーは空気を目一杯に吸い込んで肺と頬に空気を溜めこんだ。


 すると、クーの体毛に青白い電流がからみ合い、びりびりと放電した。辺りには空気中のちりを焼いた焦げ臭さとショートして倒れ込んだロボットの黒い煙が立ち込めた。

 

 一方、トーコはロボットたちに手の平を向け、

 

 「ティーラ(凍れ)」

 

 と叫んだ。

 たちまちに地面をぴきぴきと薄っぺらい氷がつららを伴いながら這い、行進を続けるロボットたちにまとわりつく。動けなくなったロボットは、うがががと鈍った工作機械のような音を鳴らした。

 

 「ほら! 行くよ走って!」

 

 泣きじゃくっていた男の子はトーコの伸ばした手に掴まり、二人の作った一本道を必死で駆けた。


 トーコとクーは時々後ろを振り返りながら追って来るロボットたちを退治する。


 ロボットたちが男の子への興味を失い、「シケイ」という言葉が消えるまで、それは続いた。

 

 

 「う……ぅぅ…………ぅ……ごめん……なさい」

 

 メインストリートを抜けた先の公園に逃げ込んだトーコとクーはしばらく男の子の話を聞いていた。


 トーコは男の子と目線を合わせ、クーは男の子を喜ばせようと頭の上に飛び移り、針を寝かせてごろごろと転がった。

 次第に男の子は泣き止んでいき、クーの毛並みを撫でてはときおり笑顔を見せるようになった。

 

 「それで、なにがあったの?」

 

 トーコは優しい微笑みで、男の子に語りかけた。

 

 「ぼ、ぼく、うそついちゃった……」

 

 トーコとクーは納得するように頷く。

 

 「あのね……ずっとむかしにおばあちゃんとおとうさんが死んじゃって……おかあさんはずっとぼくを育ててくれた。だけどおかあさんが病気になって……このままじゃ死ぬって」

 

 男の子はたどたどしく言葉をつむいでいく。トーコもクーもそんな男の子を真剣なまなざしで見つめた。

 

 「ろぼっとは毎日たべものをとどけてくれる。だけどくすりはお金がひつようで……ぼくの家にはそんなたかいお金なかった。だからぼくはくすりを買おうとおもって、はたらこうとした」

 

 「えらいね、ボク」

 

  トーコがそう言うと、男の子はふるふると首を横に振った。

 

 「このまちは十五さいにならないとはたらけないんだ。だからぼくは……ほんとは十五さいじゃないのに……うそついちゃった……」

 

 男の子は辛い出来事を思い出して、再び泣いてしまった。鼻をすんすんと鳴らし、目からこぼれる涙を土のついた腕でぬぐった。

 

 トーコは男の子の頭に手をぽんと置き、優しく撫でた。男の子が泣き止むまでずっと撫で続けた。

 

 それから三十分ほど時間が経ち、男の子は赤くはれた目元をこすりながらすっと顔を上げた。

 

 「ごめんね、おねーちゃんたち。ぼくもう行く!  たすけてくれてありがとう」

 

 そう言って男の子は一歩ずつ歩を進めていく。


 男の子の背中を複雑な心境で眺めていたクーがぴんと何かをひらめいたように短い手を打った。

 クーはトーコにそれを伝えようと耳打ちをする。


 トーコの口角はにやっと上がり、深くえくぼをへこませた。

 

 「待ってー! ボクー!」

 

 トーコは声を大にして飛ばした。

 

 「商業エリアにー、ちっちゃい宿屋があるんだ! そこにーおしゃべり好きなおじさんがいてー! 見た目は怖いけど、いいおじさんだから! きっと受け入れてくれると思う! もしかしたらお母さんのためにー! 薬が買えるかもしれない! だからー! あきらめないで!」

 

 トーコの大きな声は公園中に響き渡る。


 不気味な機械音を発しながらあくせくとするロボットは一度はぎろりとトーコや男の子をにらむも、何事もなかったように去っていく。

 

 「だけどもう嘘はつかないでねー!」

 

 男の子はにっこりと明るい笑みを浮かべて、

 

 「ありがとー!」 

 

 駆け出した。




 細長く複雑にからみ合うしろいもやのパイプと延々と回り続けるさび色の歯車。乱雑に並ぶレンガと鉄の建物にロボットたちはせわしなく出たり入ったりを繰り返し、遠い空には巨大な飛行船がぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいる。

 

 「きれいな街だね、クー」

 

 「きれー」

 

 トーコとクーは例の『ちゃらんぽらんガーデン』のベンチに座り、スチームパンクのきれいな街を一望していた。

 

 トーコの左手には半月ほど前に購入したスケッチブックが握られている。むしゃむしゃと余り物の真っ黒なクッキーをむさぼっては右手に持つえんぴつを器用に動かしてその風景を写し取っていく。

 

 元の世界で美術部に所属していたトーコの趣味の一つだ。

 

 「もうすこーし、泊っていってもよかったんじゃない? いー街だし」

 

 クーは宿屋の男に言われた言葉を思い出していた。

 

 「いま思うとね……だけど朝はまだちょーっとこの街が怖かったし、不安だったんだ。だからおじさんに嘘はつきたくなかった。嘘をつけない人たちに嘘を吐くなんてって思っちゃった」

 

 トーコは片目をつぶり、スチームパンクの街に向かってえんぴつを立てる。親指の先をえんぴつに沿わせながら、街に合わせて横にしたり縦にしたり。

 

 「だけど今は……」

 

 「いまは?」

 

 「むしょーに嘘がつきたい気分なんだ、ふふ」

 

 「ふーん」 

 

 トーコは真っ黒いクッキーを口に運び、少しづつ絵を仕上げていく。完成に近づいていくその絵は精巧に陰影が描かれ、眠っている色彩が浮かび上がって見えるほど生気に満ちあふれていた。

 

 「ところで」

 

 「ん?」

 

 「なんなのさ、そのクッキー」

 

 トーコは手に持ったクッキーを小さく砕き、クーの目の前に差し出した。

 

 「練炭クッキー。食べる? 美味しいよ?」

 

 トーコの口角はやや上がり、その瞳は三日月形にゆがんでいる。

 

 「ほんと?」

 

 クーは小さな手でそのひとかけらを掴み、ぽいっと勢いよく口に入れた。

 

 「む!」

 

 「どう? 美味しい?」

 

 クーはクッキーを口に含んだ瞬間に、時が止まったようにピタリとも動かなくなってしまった。

 

 壊れた機械のような音を発しながら、次第にがたがたと小さな身体を震わしていく。

 

 「ゥ」

 

 「う?」

 

 「まーーーーーーーーーーーーーっず!! うそつきーー!!」

 

 トーコはくすくすと笑って、クーにそのしたり顔を見せつけた。完成したその絵をベンチに置き、威勢よく立ち上がる。


 凝り固まった肩をほぐそうと指を組み、腕を天上に伸ばした。

 

 「さーてと、次の街に行こっか!」 (了)

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