第38話

 僕とリンスの冒険が終わった日から13年が経った。あの後、僕は世界中のあらゆる食べ物を堪能し、リンスの支援によって、彼女の豪邸の近くでレストランを開いた。


 リンスは、いつも3時間は居座り、延々と食い続けている。これほどヘビーな常連客は他にはいないだろう。


 95センチとなった巨乳が重く、肩が凝って仕方がない、と嘆くも満更でもなく、いつも笑顔で愚痴ってくる。


 そう。彼女は自身の願いを実現したのだ。ボインとなった胸を、いっそう魅力的に見せる為に、いつも谷間を強調する服を着ている。


「しかし、どーして、あの時、あんなに巨乳に執着したのかしらね? ねえ、モモくん?」


「僕に訊かれても困るぞ。だって僕、最初から、どーでもいい願いだと思ってたからよ」


「きっと、若気のいたりよ。あーあ。もう一度グロウジュエリーに願いを叶えてもらうチャンスがあるのなら、素敵な旦那様でも出してもらいたいわ」


「オメーに結婚願望があったなんて、僕は驚きだよ」


「モモくんが、こんなにいい男になると分かってたら、あの時ツバをつけてりゃよかった」


「ツバなんてつけないでくれ、きったねーから」


「本当にツバなんてつけないわよ! 仮に本当につけたとしても、こんな美女のツバをつけられただなんて天国っ、と感極まって昇天しちゃう男性なんて、周囲にたっくさんいるんだから」


「ふーん。だったら、そいつらの中から、旦那さんを見つけりゃいいじゃねーかよ」


「分かってないわねー。美女になり過ぎるっていうのも困るものよ。だって釣り合う男がいないんだもん。私の恋人は、このボインだけでいいわ」


「ふーん………………」


 リンスは巨乳をうっとりとした表情で見つめた。若気のいたりと言っても、おそらく、再び人生をやり直せるとしたら、彼女は再びボインになるためにグロウジュエリーを探す旅に出るだろう。いや、絶対、そうに違いない。


 僕は厨房に戻った。


 厨房では台の上に立って、お皿に料理を盛り付けている4歳の子がいた。ただし普通の4歳児ではない。幼いが、かなり聡明なのだ。むしろ僕よりも頭がよく、もう知能では抜かれているだろう。この4歳児は僕の子供でもある。


「おとーたん。もりつけできたから、はこんでもいいらび?」


「おう。らびちゃん、ママたちのテーブルに運んでくれ」


「はぁーい」


 盛り付けが終わった大皿を持って台を降りると、てこてこと歩いていった。それに合わせるように、ウサギの耳がぴょこぴょこと揺れた。


 僕も残りの大皿を持って厨房から出て、ホールにある4人掛けのテーブルに向かった。そこには3姉妹がいた。13年前と比べて身体年齢が低くなった者や、高くなった者もいる。彼らの種族は不老不死であり、身体年齢が5歳から35歳を行ったり来たりするという不思議な体質だという。ハーフである僕の子は、一体どうなるのだろうかと心配になるも、なるようになればいい、とそう思う事にした。


「おお、らびちゃん、良い子でアリマス」


「らびちゃん、きな粉餅はたくさん盛ってきたですー?」


「うさぴょんお姉さま、ちゃんと盛ってありますワ。餡子餅も醤油を付けて海苔で巻いた餅も。らびちゃんも、ウサギ族の血が混じっているので、聡明なのですワ」


「えへへへ。褒められちゃった。わーい。嬉しいらびー」


 僕が持ってきた大皿もテーブルに置いた。僕の女房を含めた3姉妹は、ガツガツと一生懸命に餅を食い始めた。彼女等は現在、月と地球を往復できるようになっており、月――惑星『オツキサマ』から毎日2食、つまりランチのディナーの2回、食事をしにレストランにやってくる。


「やっぱり、餅はきな粉餅に限るですー」


「あら、餡子餅の方が美味しいでアリマスよ」


「シンプルに醤油を付けて海苔で巻くのが、至高なのですワ」


 3姉妹は餅についての議論を交わし始めた。


 僕とらびは厨房に戻った。もう夜もふけ、ラストオーダーも終わったので、片づけのみだ。


 らびは厨房のかたすみで、ガチャガチャと、器材をいじり出した。作っているのは、あの球体ロボの小型版だ。もはや一人でちっちゃいロボットなら作れるようになっていた。


 僕は子供を見つめながら、ふと13年前の事を思い出した。


 紅翠押合戦で、熾烈な押し合いが続いていた。


「もう、こうなれば『想いの強さ』で勝負ですー。ウサギだって奇跡を起こせるんですー」


「あんたらのいう、奇跡なんて、起こさせてなるものかあああ」


「頼むでアリマス。ボインだけでなく、ボン・キュッ・ボンな体型にしてあげるでアリマーーース」


「そっちこそ、永遠餅食べ放題で、手を打ちなさーーい。しかも、特級米のもち米よぉぉぉ」


「じゅ、じゅるり………………。いかんいかん、小娘、ではこちらは……」


 とかなんとかで、お互いに想いの力の削り合いに勤しんでいる間、僕の中で、とある想いが芽生えた。そして、その想いを胸に込めてガラスの壁を再びフルパワーで押した。


「な、なんですー。突然、あ、圧力が……」


「あわわわわ、あわわわわでアリマス」


 1個、2個と宝石の色を赤色から緑色に変えていった。


「ま、負けますワ。このままでは……。そ、そんなの嫌ですワ……」


 勢いは止まらず、最後の宝石の色を緑色に変えた。その瞬間、ガラスの壁が消えた。


 全て緑色となった6個のグロウジュエリーは何度か点滅し、光の粒子となって砕け散った。


「ま、負けたですー……う、うぅぅぅぅ」


「もう、終焉で……アリマス。うぅぅぅ」


「やはり、運命は変えられなかったのですワ……うぅぅぅぅうぅ」


 3姉妹が腰を落として大粒の涙をポタポタと床にこぼしている隣で、リンスが大ジャンプ。


「いやっほおおおおい。勝ったわ! 勝ったのよっ! ボインの勝利よ! 胸よ、早く大きくなーーーれ」


 満面のニコニコ顔で、胸を見つめる。


「………………。あれ? 大きく、ならない? おーい、大きくなってもいいのよー。早くボインになりなさーい」


 自身の胸に向かって話しかけるも、変化はない。


「ど、どどっどど、どういうことなの? グロウジュエリーの伝説ってまさか、『都市』が頭につく方の伝説だったの?」


「そんなことないですー。確かに、願いは叶えられたですー。小娘の願いが叶ってないとすれば、怪力小僧の願いが叶ったんですーっ!」


「ええええええ。モ、モモくん……、一体、何を願ってたの? 私の、ボイン、よね?」


「ううん。違うよ。だって僕、オメーがボインになろうがなるまいが、どーでもいい事だと思ってんだもん」


「じゃあ、何を願ったのよっ!」


 リンスは僕の肩をぎゅっと掴み、揺らしてきた。


「きったねーな。ツバが飛んだぞー。僕はただただ『どっちの願いも叶って、ハッピーになればいいな』って思っただけだ。だって痛々しいからよー、どっちも」


「はあ? なにそれ?」


「どういうことでアリマスか?」


「そうですー!」


「意味が分かりませんワ」


 その後、結局、何も起こらなかった。僕の願いが叶えられたのか、グロウジュエリーが寿命をむかえたために、何も起こらずに壊れたのかは今となっては不明である。


 それから数日後、怪盗ウサギ団――いや、元怪盗ウサギ団の3姉妹は、リンスの家に本当に餅を食いにやって来た。というか家賃が払えず、アジトを追い出され、行き場がなくなったからだという。どうやら、アジトは賃貸だったらしい。


 そして、餅と住居を与えてもらったお礼に、3姉妹はリンスをボインにした。シリコンなどを胸にいれるというやり方ではなく、リンスの体に『万能細胞』という細胞を培養し、それを集めて胸に移植するというやり方だそうで、一応は、リンス自身の細胞でできた本物の胸だという。傷も全く残らなかった。リンスはそれに感激し、自身が家を継いだら、すぐにも月に向うロケットを作ってあげる事を約束。そして、数年後。3姉妹は何の障害もなく、故郷である惑星『オツキサマ』に本当にロケットで戻れたというわけだ。月の表面ではなく内部に本拠地があり、そこではウサギ族が栄えている。


「おとーたん。かんせいしたらびよー。みてみてー」


「おお。らびちゃん、ミニロボを完成させたんか! すっげえなー。でも、これ、何個目だ?」


「108個目らびよー」


「ちょっと、作り過ぎじゃねーのか?」


「ぷーーー。でも、これはね、おかーたまたちがむかし乗っていたロボットと同等のちからがあるんだらびよお。しかも、ちょうひっさつわざが、省えねるぎーばーじょんで使えるの。ぷんぷん、みせてあげるらび」


「ま、待ったあああーーーー。らびちゃん、待ったああー。この店、これで立て直し、3度目だからああ」


「省えねばん・ちょうひっさつ……」


 らびが必殺技名を唱えたその直後、どかーんと大爆発。どうやら、4度目の店の立て直しが必要になりそうだ。なお、この子は、のちに一波乱を起こすのだが、それはまた別のお話。


 なんにせよ、僕たちの大冒険のお話については、これでおしまいである。

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