第37話

 僕は足を止めた。何やら得体の知れない、不思議な力を感じたからだ。そして、3人は不穏な動きをしながら、順々に啖呵を切った。


「想いの強さでの勝負でアリマス! 鳴かぬならー」


「殺しませんよ ほととぎすっ!」


「鳴かぬならー」


「鳴くまで待たない ほととぎすっ!」


「鳴かぬならー」


「鳴かせてやらない ほととぎすっ!」


 リンスは眉間に皺を寄せた。


「あのー、何を言ってるのか意味が分からないんですけどー」


「小娘、おまえも勝負を受けると確かに言ったですーな! 我らは確かに聞いた。だから我々に残された本当に最後のエネルギーを使い、この必殺技での勝負を挑むですー。地球での暮らし、長かった。しかしこれにて終焉」


「終焉でアリマス。これにて終焉でアリマスよ」


「想いの強さは、どちらが上なのかを計るのですワ」


「スポーツマンシップにのっとりー」


「正々堂々とグロウジュエリーを奪い合うことをー」


「誓うのでアリマース」


 3人姉妹のそれぞれが再び、ポージングを決めた。そして一斉に叫んだ。


「ととのいました。鳴かずとも 無視して決着つけよう ほととぎすぅぅぅーーーー! これぞ遊戯必殺、USG局年末こうれい紅翠押合戦なまたいむっ」


 直後、3姉妹が掴んでいた豆が輝きを放って砕けた。すると、6個のグロウジュエリーが2メートル間隔で一直線に並んだ。さらに、並んだ宝石の丁度真ん中あたりに透明なガラスのような壁が出現する。ガラスの壁の厚さは50センチほど。幅は約5メートルの正方形で、30センチ程、床から浮遊していた。そして、分け隔てるように片方の3つのグロウジュエリーが赤色に、もう片方が緑色に輝き出した。


「ちょっと、まさか……!」


「心配するなでアリマス。願い事はまだ、この時点では、叶っていないのでアリマス」


「私たちは正々堂々と闘う事を誓ったのですワ。ちなみにこれから行う勝負での反則は即負け、となりますワ」


「これは、想いの強さで闘う勝負。ルールを説明するですー。我々は赤。お前らは緑。これは宝石の色を全て一色にすれば勝ちという遊戯。つまりはゲームですー。どれ、小僧、お前の方から、そのガラスを力一杯、押してみろですー」


「お、おう。こうか。うぎぎぎぎぎぎぎっぎぎぎ」


 ガラスの壁は全く動かなかった。フルパワーで押すも空中に浮遊しているこの壁は全く動かないのだ。


「では、次に、何かしらの『想い』を胸に抱きながら、押してみるのでアリマスわ」


「想い……?」


「例えば、したい事、叶えたい事を心に浮かべながら押すんですー……」


「よっし、美味しい料理が食べたいぞおおおお。うががあああああ」


「おっ。動きましたワ。まあまあの想いの強さですワ」


 ガラスの壁はズズズと動いた。そして、赤く光っている相手側の陣地の1つ目のグロウジュエリーの上を通過した。すると、そのグロウジュエリーの色が赤色から緑色に変わった。


「つまりは、こうやって、相手の陣地に向かって、このガラスの壁を押して動かす。そして、全てのグロウジュエリーを自分たちの色に染めれば勝ちなのですワ。私たちは赤色。おまえらは緑色に6個全ての色を染め上げれば勝利というわけです。シンプルでしょ?」


「さあ、レッツゲームでアリマス。そして、これが終焉っ!」


「はあ? なにいってるのよ。モモくん、そんなゲームに付き合ってやる必要はないわ」


「残念ながら、もう途中退場は出来ないのでアリマス。この必殺技は互いの同意が必要。そして、確かにこちらが勝負を挑んで、2人とも同意したでアリマス」


 僕は更にガラスの壁を押し続け、2つ目の宝石も緑色に変えた。残りもう1つの宝石を残すのみとなる。


「ルールの説明は、正々堂々と闘うためにしたんですー。宝石の色を全て自分らの陣地の色に変えるか、この透明な壁の横を回り、直接に攻撃を仕掛けようとした時点でも、反則となり、その瞬間、勝負に勝った方の『一番強い想いの願い』が叶うという仕組みですー。なお、我々は3人共、惑星『オツキサマに還る』と願っているので、勝利した瞬間にこの場から消えるという事も前もって伝えておくですよー」


「そして追加説明ですワ。『押す力』とは『想いの強さ×腕力』による総合力によって決まります。小僧のその馬鹿力はハンデとしてやるのでアリマス」


「これまでの小僧の言動より、どーせ、小娘のボインに対して、それ程の執着がないのはお見通しですワ。アウトオブガンチュウな戦力外と見なしたのですワ」


 僕は彼らが話を続けている間にも、ガラスの壁を押し続け、まもなく30センチ押せば、相手側の陣地の3つ目の宝石を緑色に変えられる、という状況にまでやってきた。つまりは、勝ち目前というところだ。


 僕はフルパワーで美味しいものを食べたいと願いながら、ガラスの壁を押した。そして、残り10センチに迫った。


「うがあああああああああ」


 しかし、そこからガラスの壁はビクともしなくなった。うさぴょんが片手を、壁に当てたのだ。


「さーて、では我々も押すですー。これで、この必殺技での勝負のルールを説明したから、正々堂々と闘えるですー」


「レッツ、終焉でアリマス」


「小僧、なぜ? という顔をしておりますワね。なぜこんな非力な我らに、止められているのかと?」


「うがあああがああ、び、びくともしねええええ。どおしてだあああ」


「だから、これは、単なる力勝負じゃないんですー。想いの強さも押す力となる総合力の戦い。小僧の『美味しいものを食べたい』という想いごときでは、我らの『家に帰りたい』という想いの前では、どれほどプラスαの腕力が掛け算されようとも、無力に等しい」


「モモくん、もうちょっとよ。もう10センチで勝てるわ! 私も押すわ。頑張って」


「リンス……分かった。押すぞっ。うががが」


 リンスも加わった。しかし、3姉妹もガラスの壁に両手をついて押し始めると、グググググと、透明な壁は押し戻され、先程緑色に変えた宝石の上を壁が通過。すると、緑色の宝石は赤色に変わった。そして、スタート時の中央を越え、今度は僕たちの陣地にまでガラスの壁がやってきた。僕たちの陣地の1つ目、2つ目の宝石が赤色に変わり、残り1つを残すまでになった。


「リンス、駄目だ。僕の想いの力じゃ、無理だ……オメーの想いの力でも、無理だったな」


「えっ? あっ。そうか、願いを想いながら押すんだったわね」


「はあ? そうこいつら、説明してただろー」


「お、押すのに夢中で、すっかり忘れてたのよ」


「結局、僕が一人で支えてたってことかあああああああーい。さっき、仮に押し切ってたら、僕の願いが叶ってたぞー」


「うっしっし、今頃気付いても遅いのでアリマス。まあ、気づかれようとも気付かれなかろうとも、胸が大きくなりたいなどという不謹慎な想いが、我々の想いに敵うわけは……う、うぐぐぐ」


「ボインになりたああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」


「な、なんですーっ!」


「う、動かなくなりましたワ。残り10センチを残すところで」


「ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたい。ボインになりたいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「そんな馬鹿なですー」


「お、押し返され始めたでアリマスっ」


「押し込みますワ。もうちょっとですワ」


 ガラスの壁はスタート地点の中央に戻ると、そこで力が拮抗した。3姉妹は顔をビッタリと壁につけ、真っ赤な顔で押そうとしている。こっちも向こうも、汗がすごい。


「想いの強さを高めるんですー。これまでの苦しかった記憶を思い出すんですー!」


「おうちに還りたいでアリマーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーースっ。おうちに還りたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい。ふんがあああああああああああああああ」


「ボインにするなぞ、私たちの技術でも出来る低級施術ですワ。そんな想いに負けてたまるかああああああああ」


 再び圧力が強まり、こちら側に押され始める。僕達の陣地の1つ目の宝石の色が赤色に変わった。


「ボインになりたいのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。どーしてもなりたいのおおおおおおおおおおおお」


 再び押し返し、スタート地点の中央にまで戻り、力が拮抗する。お互い、すごい形相をしている。鼻水やら涎が垂れているも、もうどっちも気にしていない様子である。


「な、なんでアリマスかああ、この力はっ! 異常でアリマス。たかがボイン。されどボイン、ということでありますかああああ」


「押されますワ。押されてしまいますワ」


 こちらが押し込み、3姉妹の陣地の1つ目の宝石を緑色に変えた。更に、2つ目にも迫ろうとしていた。


「私のボインはね、私にとってはああ、世界平和と同じくらいに、大事なのおおおお。押し込んでやるわあああ」


「な、なぜでしょうかぁぁ。やはり、今回も運命に敗北するのでしょうかぁぁぁぁ……」


「やはり、決められた運命は、どうやっても変えられないので、アリマスか……うぐぐぐ。ちきしょおおおおお」


「何を言ってるんですー。きゃろっと、ばにー! 運命とは自分たちの力で切り開くもの! 我等のど根性で、そんな決まりきっている、腐った運命なんて、変えてやるんですー! ウサギは奇跡を起こせないだなんて誰が決めたああああっ! 星に還ることで上書きしてやるんですーっ」


「上書きなんて、させないわあああああああああ。ボインのためにぃぃぃ! 絶対にぃぃいいいいい」


「還りたーーーい。還りたーーーーーーーーーい。還りたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」


 3姉妹側の2個目の宝石を挟んで、力が拮抗。微妙に押したり押し返されたりを繰り返した。


「ええい。ええい。もう、こちらが力を出せないなら、向こうの想いの強さを、弱めるですー」


「整形手術でパットでも入れたらいいでアリマース。人間の技術でも、それくらいできるでアリマース」


「いやだああ。偽物じゃなくて、本物がいいのよぉぉぉぉぉっ!」


「だったら、我らが手術してやるでアリマス。我等なら本物の乳を大きくするくらいの技術はあるでアリマース」


「うそつくなー」


「本当ですワアアアアア」


「本当だとしても、勝負に勝ったら、すぐに星に還っちゃうんでしょう」


「か、還っても、すぐに小娘の乳を大きくするために、地球に戻ってきますワアアアアアア」


「嘘をつけえええええーーー。信じないわあああああーーーーー」


「ウサギ族は嘘をつかないのでアリマーーースっ」


 ごん、と、こちら側に押され出した。嘘をつけ、信じない、と言いながらも若干、信じているところがある様子だ。


 こちらの陣地側の、1つ目、2つ目の宝石の色が、赤色に変わっていく。


「騙されないわ! やつらは嘘をついてる。嘘をついてる。やつらは……」


 リンスはブツブツと呟いた。


「あ、暗示? オメー、自己催眠か?」


 しかし、僕の問いかけを無視し、リンスは叫んだ。


「たしかあああ、餅が好きだと言ってたわよねえええええ」


「言ったでありますよおおおおおおお……」


「毎日、餅をお腹いっぱいに食べさせてあげるわああああ。食べ放題よおおおおおお」


「はあ? 何を言ってんだ、オメー」


「きな粉餅を……毎日、食べ放題、よおおおっ!」


「………………」


 透明な壁はピタリと止まり、ぐぐぐっと、逆に今度はこちら側が押し始めた。


「きな粉餅に反応したということは、うさぴょんお姉さまでアリマスか」


「うさぴょんお姉さま、騙されてはいけないのでアリマス。私たちは『嘘』に弱い種族。いつもいつも、すぐに信じてコロリと騙されるのアリマス」


「くっそー。騙されたっ! 少しは良いかな、と思ってしまった、自分自身が許せないですー」


 再び、押し返してきた。


「ぐっ。逆に怒らせてしまったじゃねーかよ」


「餡子餅も……食べ放題よっ!」


「………………。うががががが、急に力が強くなったですー……というか、ばにーっ! 餡子餅に反応するんじゃないですー。想いの強さが目減りしてるーー」


「お醤油につけた餅に、海苔を巻いたのだって、毎日食べ放題よおおおおおっ!」


「………………ごくり」


「きゃ、きゃろっとおおおおおおお。おまえまで毒されるなですー。嘘をついているですー。やつらは嘘をついているですーーーー」


「す、済みませんでアリマス」


「申し訳ないですワ」


「贅沢三昧よおおっ! あんたら、全員、ご先祖様が願ったことで繁栄をしまくってる、私の家に代々までいさせてあげる。それが合理的でしょーー」


「動物園にいる動物たちは、野生で暮らす動物とは違い、ヒモジイ思いをしないからといって、幸せなのだと、誰が決めたああああでえええアリマスかあああ」


「しかし、それでも若干、いいかなっと思ってしまう私たちの内心がぁあああああ、如実に表われてますワ。押され始めてますワァーーー」


「小娘、我々を信じろ。必ず巨乳にしてやるですーーー。一度でも、星に還れば、行き来自由になるですーーーー」


「な、何センチまで大きくできるのよおおお」


「90センチは楽勝ですワーーーー」


「95センチはああっ」


「やるでアリマス。というか、やらせてほしいでアリマース」


「ウサギ族は嘘をつかないですー! 絶対に地球に戻ってくるですー」


「うそうそうそうそうそうそっ! 口約束だけじゃああ。信用できないわああああ」


「それはこっちの台詞でもあですーーーーー」


「月に還してあげるわあああ。私の家の力でえええ。ロケットを飛ばしてあげるからああああ」


「だから、呪いで帰れないと言ってるでアリマース」


「もう、こうなれば『想いの強さ』で勝負ですー。ウサギだって奇跡を起こせるんですー」


 その数分後、僕達とウサギ団のこの『紅翠押合戦』に、決着がついた。


 なんと、勝者は……。


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