オモチャが壊れたらどうする?

@redbluegreen

第1話

・ギャル系ヤンデレ



 1:オモチャで遊ぼう!




「イッエーイ! あたしの勝ちー!

 これであたしが最強って事だね。

 ………じゃあ次何やろっか?

 ここ、いろんなゲームがあるしねー。

 まだまだやってないの色々あるし。

 スポーツ系はだいたい網羅したっぽい?

 あー、でも、ボール投げててちょっと喉渇いちゃった。

 ………ねえトンコツー、ちょっとジュース買ってきてよ。

 小腹も空いちゃったし、適当にパンとかもついでにさ。

 ここにいる人数分ね人数分。

 あ、人数分って言っても、あんたの分はいらないから。

 だってあんたは全然体動かしてないんだし、いらないでしょ?

 はぁ? お金?

 あー、立て替えといてー立て替えといてー。

 後で払うから。

 ………ん? いやいやちゃんと払うって。

 自分で食う分はちゃんと自分で払うし。

 うんうん。はいはい分かりました。後でちゃんとお金は払います。神に誓いまーす。

 これでいいでしょ?

 だからあんたは早く行ってくればいいんだよ。このノロマ」


「……………あ、やっと戻ってきた。

 おっそいじゃん。いつまで待たせるんだよ。

 え、ボウリング場に移動したのがわからなかった?

 言い訳しないでよ。トンコツのクセに。

 少し周囲に目を配ればわかるじゃん。そうでしょ?

 あー、もういいよ。早くそれ渡して。

 ………うわー、ジュースとかぬるくなっちゃってるしー。こっちはキンキンに冷たいのが飲みたかっていうのに。

 ま、トンコツだからしょうがないか。

 みんなー、トンコツがとろいせいでジュースぬるいけど、我慢してねー。

 ………ん、なにその手? 別にあたしはあんたと握手なんかしたくないけど。むしろ拒否だけど。拒絶だけど。絶壁だけど。無理無理無理ーだけど。

 そうじゃなくて、お金? 何の?

 あー、はいはいはいはいこれのお金ねお金。

 べっつにー、忘れてなんかないしー。ちょうど今出そうと思ってたところだし。

 ……………。

 あっ、ごっめーん。今財布の中にお金入ってなかったー。

 今度払うからー、今は立て替えといてくれる?

 お金がないんじゃしょうがないよね。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ん、このボウリング、会計が先?

 はいはいっとー。

 じゃあみんなの分、このカードで。

 あ、こいつはやらないから、一人抜いた人数で」




「……………だ・か・ら、違うって言ってんじゃん。

 このトンコツは、ほんと、頭まで能無しなんだから。

 おつかいの一つもできないとかほんと役に立たないクズアホドジ間抜け。

 この頭叩いてやればそれも直るのかな?

 あー、でも、そうすると余計に壊れちゃうかも。

 ただでさえ鳥より小さい脳みそが、さらに小さくなるか。

 ………いい、もう一度言うから。

 あたしが頼んだのは、クリスピーのチョコフレーバーカプチーノ。

 だけどあんたが買ってきたこれは、チョコミントフラッペじゃん。

 全然まったく違うんですけど。

 見た目も味も全然違うのに、何でわからないの?

 ………覚えられなかった?

 だから、そういうとこが能無しだって言ってるの。

 覚えられないのなら、メモでも何でもすればいい話でしょ?

 そんな単純な事もわからないなんて、あんたほんとに人間?

 ちゃんと日本語通じてますかー?

 あ・い・う・え・お。か・き・く・け・こ。さ・し・す・せ・そ。

 幼稚園からやり直してきた方がいいんじゃない?

 あ、でも、それじゃ幼稚園に失礼か。

 幼稚園にいる子供はあんたよりも賢いもんね。

 ………ほら、早く買いなおしてきてよ。

 早く、早く、急いで急いで、超特急だよ超特急。こっちは早くあれが飲みたいんだから。

 早くしてねー、トンコツ。

 すぐ戻ってこなかったら、罰ゲームだから」




「ねえねえ、このモデルが着てる服、ちょー可愛くない?

 ほらほら、ページの中心に立ってる子の服だよ。この服。

 なんか、体形に対してちょっとサイズ感大きめだけど、逆にそれがいいって感じでさー、付けてるアクセもセンスバリバリいい感じだし。

 すっごい着こなし良くて可愛いよね、ね?

 だよねだよね。

 うんうん、みんなそう言うって思ってた。

 あー、あたしもこんな服着てみたいなー………

 ………あっ、そうだ。

 ねぇトンコツ。おーい、トンコツ。

 呼んだらすぐに来てよ。ったくとろいんだから。

 もちろんあんただし。あんた以外のトンコツが他のどこにいるっていうのさ。

 でさー、トンコツ。この服なんだけど。

 あ、ちょっと、雑誌触らないでよ。あんたが触ると腐るんだから。

 で、この子の着てる服だけど、今度買ってきといて。

 よろしくー。

 ………何で自分がって?

 そりゃもちろん、あんたがトンコツだからじゃん。

 当たり前でしょ?」


「……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………なにこれ? すっげーださい服。

 え、あたしが頼んだ服?

 はぁ? そんなこと言ったっけ?

 いやいやいやいや、言ってないって。

 あたしがこんなダサい服買って来い何て言うわけないじゃん。人のセンス馬鹿にしてるの? トンコツのクセして?

 だから、言ってないって言ってんじゃん。

 何度も言わせないでよ。

 ………五万もした?

 いや別に、あたし関係ないし。

 あんたが買ってきたんだから、あんたのせいでしょ。それでお金取るかまじありえないでしょ。

 なんならあんたが着てみればー? あんたの買ってきた服なんだしー。

 ……………………………………プ、ププッ。

 アハッ、アハハハハハハハッ!

 うわ、あんたがそれ着たとこ想像したらまじ受けたんですけど。これは傑作だわ。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 あー受ける受ける。まじ受けたわー。

 今度あんたを着せ替え人形にするのも楽しいかもね。

 ………ん? 着せ買え人形は着せ替え人形だよ。

 人形っていうか、オモチャだよ、オ・モ・チャ。

 楽しく楽しく遊ぶためのオモチャ。

 せいぜいあんたはあたしを楽しませればいいんだよ。

 あんたはあたしのオモチャなんだから、さ」






「ふわぁ………あ……………。

 あー、退屈。

 なんか面白事ないかなー………

 ねー、トンコツー。ちょっと来てー。

 あんたさ、なんか面白いことやってよ。

 ………無理って何。

 あたしのオモチャのクセして口ごたえするの?

 まったく使えないオモチャ。

 ………そーだ。いいこと思いついた。

 トンコツ、そこに座って。

 そ、あたしのまん前のそこ。膝床に着けて。

 ん? いや、土下座しろとか言わないよ。優しいし、あたし。

 よーし、座ったね。

 つか、本当、あんたってブサイクだよねー。

 近くで見るとそれがよくわかるし。

 そんな面ぶら下げてて生きてるのが恥ずかしくないの?

 あたしだったら三秒で舌噛み切るね。もし鏡見てあんたの面映ってたらさ。

 アハハッ、冗談冗談。

 もう、そんな悲しそうな顔しなくてもいいじゃん。

 大丈夫大丈夫、そんな顔でもいいって言ってくる奴はきっといるって。人間以外ならだけど。

 ………で、あれ。何の話だったんだっけ?

 ああ、そうそう、思い出した思い出した。

 いやー、トンコツのあまりにもブサイクな面で危うく忘れる所だった。

 じゃ、トンコツ、この足なめてよ。

 あれ? 聞こえなかった?

 この足だよこの足。あたしが今あんたの前に出してるこの足。なめて。

 ………意味がわからない?

 いや、意味はわかるでしょ。あんたのクッソ汚いその口から舌を出して、あたしのこの白魚のような足をなめる。ただそれだけだよ?

 ほらほらはやくー。言っとくけど、こんなチャンスめったにないよ。

 あたしのこの足をなめられる人間なんて、世界中探したってどこにもいないんだからさ。あんたが初めて。あんたが世界初になれるチャンス。

 ………別になめたくないって?

 いいの? 本当にいいの? それで?

 本当の本当にいいわけ? もう二度とないかもしれないこのチャンスを逃して?

 あんたはなめないっていう選択肢を取るわけ?

 あんたはそれで後悔しないの? 絶対に絶対に後悔しないの?

 あたしは気が変わるの早いよ。後数分もしたら気が変わってるかもよ?

 そしたらきっともう二度と気が変わる事がないと思うよ?

 そうしたらもうあんたはあたしの足をなめる事はできない。

 本当の本当にそれでいいんだ? この先ずっと後悔することになってもさ。

 ………そうそう、それでいーんだよ。

 あと20センチ………10センチ………5センチ…3センチ、2センチ、1センチ……………

 (ブンッ。バシッ。バタッ)

 アハハハハハハッ! アハッ、アハハハハハハハハハハッ!

 おいおーい。ちょっとちょっとー。なにまじになっちゃってるの。

 本気で人の足なめさせるとか、まじでやるわけないでしょ。

 いやー、ごめんごめん。本気の本気の本気でやるとは思わなかったら、思わず蹴っちゃったよ。

 でもそりゃさ、本気の本気の本気でなめられそうになったから、正当防衛だよね? これは。

 あたしがあんたみたいな不潔なトンコツにまじでやらせると思った?

 やるわけないじゃん。常識的に考えてさ。

 それにしても、あんたの顔傑作だった傑作だった。

 あー、カメラに撮っとけばよかったー。あんたのあまりにも間抜けな面でそんなこと思いつけなかったー。

 ねえねえ、もっかいやってもっかいやって。

 今度はその顔、ばーっちりカメラに撮って上げるからさ。

 あんたっていうオモチャがしてる間抜けな面をバッチリと」




「ほら、早く服脱いでよ、トンコツ。

 脱がないといつまでも終わらないよー。

 罰ゲームなんだからさ。

 みんなとゲームしてて、あんたが罰ゲーム受けるかどうかを賭けてたんだから、しょうがないでしょ。

 あたしとしては、あんたが罰ゲーム受けないようになんとかが頑張ったんだけどさ、でも運とか流れっていうのにはかなわないよねー。

 だから仕方ない結果なんだよ。

 ………途中から手抜いてた?

 そんなわけないじゃん。あたしはあたしとして頑張りました。あくまでもその結果がこうなっちゃっただけ。

 だから、脱いで。

 上下のシャツとズボン。下着は別にいいや。

 つかそれは脱ぐな。汚いもの見せられるとこっちの目が腐っちゃうし。 

 脱ーげ。脱ーげ。脱ーげ。脱ーげ。脱ーげ。

 ………はいはい、ちゃーんと脱いだね。

 ん? いやいや、これで終わりじゃないし。脱いだだけで終わりとかそれじゃ罰ゲームになんないでしょ。むしろこっからが本番だよ、本番。

 脱いだのは準備というか前哨っていうか、そういうのだよ。

 本当の罰ゲームはねえ………プールに飛び込む事だよ。

 だから先に服を脱がしてあげたんじゃん。

 まあさすがに、水鼠になるのはさすがにかわいそうかなって。

 そうそう、あくまでもあんたのためを思って脱がしてあげたんだって。

 こんな真冬にプール入って服がずぶ濡れになったら、それこそ風邪こじらせちゃうかもしれないし。

 トンコツの事考えてあげてるあたしって超優しい。

 ほらほらー、早く行って行って。

 あたしらはそこの窓からちゃんとあんたの勇姿を見届けてあげるからさ。

 あ、なんなら、窓から行くのもありなんじゃね?

 このくらいの高さからなら、ちゃんと水に飛び込めば死なないでしょ。

 ナイスアイデア。あたしって天才。

 じゃあ、行ってよトンコツ。プールにドボンって。

 行ーけ。行ーけ。行ーけ。行ーけ。行ーけ。

 ………後十秒以内に行ってよ。

 もし行かなかったら、どうなるかわかってんの?

 はいカウントダウン開始ー。じゅう、きゅう、はーち…………なな、ろく、ごー………

 (ザッバーン!)

 おお、行った行った。うわー、派手に落ちていった落ちていった。

 大丈夫だったのかな? いくら水の中って言っても、打ち所悪かったらどうなるかわかんないけど。

 ………あ、出てきた出てきた。

 なんとか生きてるみたい。よかったよかった。

 ねー! トンコツー! そのままプール泳いでよ!

 冷たくても泳げるでしょー! 泣き言言うなー!

 ………うわ、すご。こんな気温の中下着姿で泳いでるし。

 まじ受けるんですけど。あたしなら絶対無理無理。三秒で根を上げる自信があるね。

 さっすがトンコツ。あたしのオモチャなだけあるね」




「アハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 ハハハハハハハハハッ!

 アハッ、アハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ超絶ヤバイ。

 これはもう、ププッ、笑うしかないって。

 笑いがとまら、ない、プププププッ。

 あー、受ける。まじ受ける。やばいくらい受ける受ける。

 もう見るだけで笑えてくるんですけど。トンコツのその姿。

 ちょっとは似合うかなーって思って女子の制服着させてみたけど、もう本当、絶望的なまでに似合ってない似合ってない。

 サイズが小さくでぴっちぴちだし、スカートの下の足には毛が生えてるし、何よりそのブッサイクな顔面が完全にぶち壊しだし。

 え、え? 何でそんなものが着れるわけ?

 こんな風になるって自分でもわかってたでしょに、どうして袖通したの?

 マゾかなんかなのあんたって?

 ………あたしが着ろって言ったから?

 そりゃあたしがそう言ったけどさ、普通似合ってないのがわかってたら最初から着ないでしょ? ボーイッシュ系ならまだしも女子の制服だよ、制服。

 いや、ボーイッシュだろうと似合わないものは似合わないだろうけどさ。

 受ける受ける。ちょっとおなか痛くなってきたし。

 あ、そーだ。折角だから写真撮っちゃおーっと。

 ……………ほら、こっち向いてよトンコツ。

 撮るんだから背中向けるなよ。撮るくらい別にいいでしょ?

 はいはい撮るだけ撮るだけ。別にそれ以上どうもしないから。

 ………はい、チーズ。

 お、撮れた撮れた。

 写真に撮っても似合わないのは変わんないね、やっぱ。

 こりゃいくら加工しても絶対無理無理。トンコツのブサイクさが全身からにじみ出てるもん。オーラっていうの? それが体中からふき出してるふき出してる。

 ププッ。ヤバイ、これだけでもまじ受ける。

 ………ん、いーこと思いついた。

 これSNSにアップしちゃおうっと。

 こんな面白い写真、載せないのなんてもったいないし。

 ………え、それはいくらなんでもやめてって?

 は? 別にあんたの意見なんて聞いてないし。

 トンコツに口ごたえする権利なんかないって。

 あんたはあたしのオモチャ。

 オモチャなんだから人権なんかあるわけないじゃん。

 だってオモチャって物でしょ?

 物が権利なんか主張しないでくれる?

 物は物らしく、黙ってこっちの言うことだけ聞いて、あたしを楽しませればそれでいいんだよ。

 あんたには人権も権利もないの。

 物。物。物。

 ただの物。

 あたしのためだけに尽くすだけの物。

 そんなの、言われなくてもわかってるでしょ?

 ………はい、もうネットにアップしちゃったよ。

 よかったじゃん。トンコツの事みんな見てくれるって、きっと。

 もしかしたら少しくらいなら話題になるかもね。

 このブサイクな女装姿がさ。

 アハッ、アハハハハッ!

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」






「……………え。………ああ、うん。そうだねー………

 …………………………。

 ……………はあ。

 ………んー? べっつにー。

 元気だよ。元気バリバリだし。

 …………………………はあ。

 ………だから、そんな事ないって。

 あいつがまだ来てないから落ち込んでる?

 はっ。まさか。

 それこそありえないありえない。

 何であいつがいないだけで落ち込む必要があるの?

 オモチャがいなくたってあたしは全然気にしないし。

 むしろいないほうがいいっていうか。

 あんな不景気な面拝まなくていいんだからさ。

 …………………………。

 (ガラッ)

 !

 ったく、来るのが遅いんだよ。どこほっつき歩いて………って、トンコツじゃないか……………

 はい? いやいや、だから別にそんなんじゃないって言ってるじゃん。

 何度も言わせないでよ。

 ………ん? 来る途中であいつ見た?

 一体どこで?

 いいから、早く答えてよ。

 ……………へー。はー。ほー。ふーん。

 なーる………

 よいしょ、っと。

 え、どこ行くかって?

 べつにー。ちょっと。

 だからちょっとだって。あたしがどこ行こうが勝手でしょ。

 本当にちょっとだから。

 (ガラガラ………バタン)」


「…………………………。

 …………………………。

 …………………………。

 ……………確か、この辺のはずなんだけど。

 あ、いた。

 ったく、何であいつ、こんな所で油売って………って、あれ?

 あいつ、誰かと一緒いる?

 あれは確か………隣のクラスの奴だっけ?

 うーん………?

 なーんか、あいつ、楽しそうに話してるみたい。

 あいつのあんな顔、初めて見たかも。

 あーあ、すっごいだらしない顔してるし。

 あたしの前ではあんな顔見せないくせに、何であんな奴には………

 所詮、お情けで話してもらえてるだけなのに、あいつすっごいアホ面ぶら下げちゃって、きもっ。

 相変わらず、馬鹿でクズで頭カラッポで能天気な奴。

 そんなんだからあんな奴にも騙されるんだよ。

 自分に気があるとでも勘違いしてるんじゃないのかな、あれは。

 そんな事これっぽっちもないっていうのにさ。

 本当にアホでドジでクズで頭空っぽでどんくさいノロマででくの坊で間抜けな奴。

 あんなのとの会話なんてすぐに終わらせればいいのに。これ以上無駄な期待を膨らませないためにもさ。

 …………………………。

 …………………………。

 …………………………。

 ……………っち。

 あー、なんかむかつく。

 むかつくむかつくむかつく。

 見ているだけでイライラしてくる。

 どうしてだろ。

 なんかこう、胸がもやっとしてくるっていうか、きりきりしてくるっていうか………

 あー、もう!

 なにこれ、すっげーやばい感じなんですけど?

 これはもう、なんかよくわかんないけど、発散させなくちゃダメな奴だ。

 ダメダメな奴だよね。

 さーて、どうしようかなー? どうしちゃおっかなー? どうしてくれよっかなー?

 さてさて」


「(ガラガラ………)

 ………あー、やっと来た。

 あんたいっつも遅いよね。

 あたしが呼んだら一分以内には来なさいよ。

 ………今日は何の用か?

 なにその上からの言い方。ま、今日はいっか。特別に見逃しといてあげる。

 実はさ、今日はトンコツに見せたいものがあって、わざわざここに呼んだの。

 そうだよー。あんたに見せたいもの。

 それが何かっていうとー………じゃーん!

 (パサッ)

 どう? これ?

 そ、人だよ。見ての通り。ボロ雑巾みたくなってるけど、どんだけ馬鹿なあんたでもわかるでしょ。

 で、これは昨日、あんたが話してた相手。泣きっ面ですっごい顔ぐしゃぐしゃだけど、よく見ればそれはわかるよね?

 ………どうして彼女がこんな事になってるのか?

 そりゃもちろん、あたしがやったからに決まってるじゃん。

 それ以外ないでしょ?

 まさかここで他の誰かの犯行とか、どこのドラマかっつーの。

 犯人はあたしです、って感じ?

 でも、直接手を出してはないから犯人ではないのかな。まあどっちでもいいや。

 いやー、もうなんかむかついちゃってさ。だからむしゃくしゃしてやっちゃった。

 だって、あんたと話してるのが気に入らなかったんだもん。

 人の物に勝手に手出したんだから、自業自得だよね。

 ………この子は何の関係もない?

 はっ。関係ないなら別にいいじゃん。あたしがこの泥棒猫に何してもさ。

 どれだけ痛めつけようが、どれだけ苦しめようが、どれだけ震えさせようが。

 あんたには関係ないんでしょ? 今そう言ったよね?

 そうそ、こいつとあんたは何の関係もない。

 つか、あんたと関係ある奴なんて、あたし以外はいないの。

 あんたはあたしのオモチャ。

 ただあたしを楽しませるだけのオモチャ。

 人権もくそも何もない物であるオモチャ。

 遊ばれる為だけに存在しているオモチャ。

 あんたの人生はあたしのオモチャとしてでしかないの。

 ああ、オモチャだから『人』生じゃないか。

 一生、未来永劫、生涯…………ま、何でもいいけど、この先のあんたの未来はあたしのためだけにあるんだよ。

 自由なんてないあたしの下で送る人生。………あ、また人生って言っちゃった。

 とにかく、あんたはあたしのオモチャ。

 あたしだけの為のオモチャ。

 これまでがそうだったように、これからもそれが続くのがもう決まってるの。決定してるの。確定してるの。

 あんたは一生、あたしのオ・モ・チャなんだよ。

 大丈夫大丈夫。

 あたし、躾のいい子に育ってるから、大事に大事にだーいじにしてあげるって。

 あんたもそれが、嬉しいでしょ。

 嬉しいよね?

 嬉しい、よね?

 ………嬉しいって言いなよ。

 あたしのオモチャ、なんだから」






 2:人のオモチャをとってはいけません




「………そうそう、それでさー。こないだ言ってたマスカラ使ってみたんだけど、全然うまくできないんだよ、これが。今日もやってみたんだけど、失敗してるでしょ?」

「そうなのぉー? でもぉー、いつもどおりにぃー、可愛いよぉー?」

「いやいや、全然そんな事ないって」

 彼女は友達らと楽しげに会話を繰り広げていた。

 とある学校の校舎の一室。窓の外の陽はまだ高く、扉の向こうからはかすかに授業を行っている声が聞こえてきているが、彼女と友達らはそれをまったく気にする事なく、大声を張り上げて談笑に講じている。

「ああ、そういえばさ、こないだ雑誌に載ってたんだけど、先月までトップに乗ってたモデル、なんか俳優と結婚するんだってさ」

「ええぇー。本当にぃー? 相手はぁー?」

 交わされている会話はひどく生産性のない会話。この場限りで消費されるためだけの空っぽの中身。そのような会話を実に数時間にわたって繰り広げていた。

「………あ、そうだ。そういえばあんたこないだ休んでたよね? あれもう見た?」

「あれ? あれってぇー、何のことぉー?」

 言葉を振られた友達の一人は首をかしげる。

 そんな反応に彼女はにんまりと口元に笑みを浮かべると、自らのスマホを取り出し、「これだよこれ」と、画面に表示させた画像を友達へと見せた。

 一見すると一人の女子生徒が写っているかに見える写真。

 だが、そこに写っているのは、女子の制服を着た男子。

 ただただ女子の制服を着させられたという印象で、ゆがんだ笑みを浮かべているのもあいまって、見た者に気味の悪さをいやおうなく抱かせる写真だった。

「ええぇー、なにこれぇー。やっばぁーい」

 言葉では非難をあげつつ、声色には哄笑の成分が含まれていた。

「どうしてぇー、女子の制服なんか着てるのぉー?」

「あたしが言ったらすぐに着たんだよこいつ。ホイホイ命令に従う感じでさ。普通ちょっとくらい拒否ってもいいのに、もしかしたらそういう趣味があるのかも」

「うわぁー。それはぁー、もっともっとやっばぁーい」

 手を振りながら気持ち悪さを全力でアピールしつつ、自分より下位の人間を蔑む愉悦の表情がその顔には浮かんでいる。

「本当にヤバイよねー。ただでさえきもくて不潔で陰気な奴なのに、悪趣味まで加わったら本当にヤバイって」

「うんうん。本当だねぇー」

 友達の一人が彼女に同意すると、周囲の友達らもそれに同意する。

 彼女はそんな周囲の状況に満足なのか、こらえ切れない笑い声を口からこぼす。

「こんなの着ちゃうってぇー、変態でぇー、きもくてぇー、最悪だよねぇー」

 友達の一人が更なる同意を求める発言を上げたその時、扉の開く音が室内に木霊した。

 そこから顔を出したのは、一人の男子生徒。件の写真に写っていた人物と同一人物だった。

 その彼に彼女が口を開くよりも先に、友達の方が声をかける。

「ああー、いいところにぃー。今ねぇー、ちょうどぉー。君の事話してた所だったんだよぉー」

 クスクスクスクス。

 声に出さずともこれ以上なく負の感情を示した哄笑が、その友達の表情に示されていた。




「アハハハハッ! いいよいいよトンコツ、もっともっとやってやって」

 彼女とその友達らに囲まれるように部屋の中心にいる男子生徒は、彼女の要望の声に一瞬表情を歪ませるも、すぐに彼女の要求どおりに体を動かす。

 彼は床の上で四つんばいとなり、犬かと紛うかのような芸に取り組まされているのだった。

 お手、お座り。

 一周回ってワン。

 骨埋め作業。

 彼自身が望んでやっている事ではない事は一目瞭然ではあったが、しかしながら彼は彼女に言われるがまま、それに取り組んでいた。

「もうあんた、豚じゃなくて犬じゃん完全にさ。どうする? ポチにでも改名しようか? ハチでもいいけど。アハハハハハハハッ!」

 腹を抱えながら笑い転げる彼女。

 周囲の友達らも彼女ほどではないものの、皆が皆共通して表情には笑みの感情が浮かんでいた。当然、蔑みといった意味での笑みだった。

「でもでもぉー、その体型で犬って無理じゃないかなぁー? やっぱりぃー、ブゥブゥ言う豚さんのほうが似合ってるんじゃないー? ほぉーら、ブゥブゥいいなよぉー、ブ・タ・さ・ん」

 友達の下した命に小さく、ブゥと答える彼。

 その反応に、友達は表情を歪ませて笑った。実際に発しないのが不思議なくらい、愉快愉快と言わんばかりの顔。

「……………」

 笑みを浮かべる友達に対して、彼女の側には笑みはなく、視線はその友達へと向けられていた。数秒の間視線を送った後、彼の方へと戻される。

「じゃあトンコツ、今度はさ………」

 そして新たに、更に更に屈辱的な要求を、彼へと命じていった。




「あー、面白かった面白かった。また今度やってよね、トンコツ」

 彼女の言葉に彼は力ない声で小さく、はい、と答える。それから周囲に脱ぎ散らかった自分の衣類を手にとって、のそのそと着始めた。

 彼女は背中から悲壮感漂わせる彼には目もくれる事なく、自分のスマホに目を落としていた。画面には先ほどビデオ撮影した彼の醜態が映し出されていた。 

 時折、「ププッ」といった笑いが彼女から上がる。

「ねえねぇー、ずーっと笑ってたからぁー、ちょっとぉー、のど渇かないー?」

「んー? そういえばそうかも。じゃあ………」

 友達の言葉に同意する彼女だったが、その台詞は途中で遮られ友達の台詞が重なる。

「うんうん、じゃあー、ブタさーん、ジュース買ってきてよぉー。お・ね・が・い」

 言葉の上では懇願のそれだったが、有無を言わせない圧力が暗に込められていた。

「ほぉーら、はやくぅー、行ってきてぇー。君はぁー、私達のオモチャなんだからさぁー」

 服を着なおした彼は、否定の台詞が辞書から消え去ってしまったかのように、いそいそと下された命令を達成するべく、その部屋を後にした。

「………もぉー、本当にぃー、あの子ってぇー、馬鹿な子だよねぇー」

 彼が去った扉を見つめつつ、友達が蔑みの笑みと共に発した、その時、

「………ねえ」

 感情のこもらない声が部屋の中に響く。小さな声量であったにもかかわらず、空気を換え、変えるには十二分な声だった。

「あんたさ、今の何?」

 声の主は、スマホから顔を上げた彼女だった。そして、その矛先は、

「え、え、私の事ぉー?」

 彼を送り出した、友達の一人である。

「そうだよ。なんかさ、調子乗ってない?」

 彼女の台詞に、友達は何を言われてるかわからないという戸惑いを見せる。

「わ、私ぃー? えっとぉー………、私ぃー、何かしたぁー?」

 彼女に対する畏怖からか恐怖からか、動揺の様子が色濃くなる。

 その友達に対し彼女は、冷めた表情のまま言葉をつむぐ。

「だってあんた今、こう言ったでしょ。あいつの事を『私達のオモチャだ』ってさ」

「そ、それがどうかしたのぉー?」

 意味がわからない、という表情の友達に、彼女は「はぁー…」と溜息を一息つくと、立ち上がって一歩近付き、夜叉のような視線にてその友達をまっすぐに射抜いた。

「『私達の』じゃないんだよ。あれは『私の』オモチャなんだよ」

 私の、私だけの物。

 他の誰でもない、私の物。

「だからさー、いくらあんたでも、あんまし勝手な事しないでよ。ちょくちょく、自分のオモチャみたいにあいつの事けなしたり、こき使ったり。変な風に勘違いしないでくれる。本当、そういうの………」

 マジむかつくから。

 彼女はそう言い終えると、元の場所に再び腰を下ろす。そして不機嫌そうな態度を隠さないまま、スマホの画面に視線を移す。

「…………………………」

 言葉を浴びせられた友達は、しばしその場で固まるほか、選択肢がなかった。






 タッタッタッタッシュッ。シュッタッタッシュッ。

「……………」

 彼女は手の中のスマホと向き合い、退屈そうな表情を浮かべつつ操作していた。

 時折眠気まなこで欠伸をこぼしつつ、合間合間に指を止めたり思考を巡らせる時間を挟む。

 数分おきの間隔で視線がスマホから扉へと移った。しかし見やるのは一瞬の間のみで、すぐにまた視線は手元へと戻る。

 それが数十回繰り返された頃だろうか。

 ガラガラ………

 扉が開かれ、向こう側から彼が姿を見せる。

 彼女は彼の姿を認めると、それが待望の人物であったにも関わらず、スマホから顔を上げ開口一番怒りの感情が含まれた声を発する。

「トンコツおっそい。どこで道草食ってたのよ、あんた」

 ちょっと別の用事が………、ともごもごと言い訳を述べる彼に彼女は更なる怒りの炎を燃やす。

「言い訳してるんじゃないよ。あたし以上に優先させる用事があんたなんかにはないでしょ? あたしのオモチャのクセに」

 で、でも………、更なる言い訳を述べようとする彼に彼女は業を煮やして溜息を一息つくと、彼を呼びつけた本来の用事を彼に突きつけた。

「ああ、もういいよ。うっざいなあんたは。………とりあえずパン買ってきてよパン。あー、やきそばパンがいいかな、やきそばパン。ダッシュで買ってきて」

 はい、よーい、ドン。

 彼女が号令を発すると、彼は踵を返して、扉の外へと姿を消した。




 タッタッ。シュッシュッ。タッタッタッタ、シュッ。

「……………」

 彼女はスマホの画面を流し見しながら、緩慢な動作で指を動かしていた。

 操作に集中していないのが見て取れるように、たびたび見当違いの場所をタッチしエラーメッセージが表示され、その度に舌打ちが響く。

 注意力が散漫な原因は、彼女は別の事に対して思考の領域を使っていたからだった。

 ガラガラ………

 扉が開く音と同時に、彼女の操作する手は止まる。それから扉から入ってきた人物に苦言を呈そうとした口は途中でブレーキがかかり、代わりに疑問が飛び出す。

「どうしたの、トンコツ。その怪我?」

 入ってきた彼の全身には、ところどころに傷が散見していた。

 それほど深い傷ではないようだが、いたるところにある傷はひどく痛々しさをかもし出していた。

 ま、まあ、ちょっと………、彼は彼女から視線を外し、はっきりと答えようとはしなかった。

「ふーん、あっそ」

 彼が答えようとしなかったので彼女は興味をすぐに失くす。だが、怪我の様相を見たせいか、彼が遅れてきた事に対する不平不満が彼女の頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 彼女はいつもどおりに、自分のオモチャとして、彼をこき使う。

「あたし、ちょっとおなかへっちゃったからさ、サンドイッチよろしく。あ、具は野菜系か卵ね。それ以外の買ってきたら殺すから」

 彼は彼女の要求に小さく頷くと、早足でその場を後にした。




 タンタン。シュッシュッ。タンタン。シュッシュッ。タンタン。シュッシュッ。

「……………」

 彼女はスマホの画面を見る事なく、机に置いたそれを操作はせずただ叩いていた。

 画面にはメールの返信画面が表示されていて、その内容を打ち込むはずのようだが、しばしその文面は一文字たりとも進んではいなかった。

 上の空、心ここにあらずといった様子である彼女。

 何かが物足りない。

 だが、その何かがわからない。

 心中に開いた空洞に風が吹き抜ける間隔に彼女は浸っていた。

「………ねー、トンコツー、ちょっとカレーパン買って来てー」

 特に考えなく無意識の内に出てきたその台詞はしかし、

「え? えぇーと………今ぁー、あの子はぁー、ここにはいないけどぉー………」

 目的地となる人物には届かず、代わりに同じ部屋にいた彼女の友達が返事を返した。

「んー? あー。そうだったっけ………」

 どこか上の空で答える彼女。

「あの子ぉー。最近、あんまり来てないよねぇー」

「そうだっけ?」

「うんうん、そうだよぉー。何でなんだろうー?」

「あたしが知るわけないじゃん」

 そう言葉を返すが、今更ながら彼女はその事実に気が付いた。友達から指摘されるまで、その事実を見落としていた自分を自覚した。

 彼女が呼び出して彼が来ない。

 そんな事態はこれまでにも極めて少数ながら発生していたものの、それが連続するという状況は初めての出来事であり極めて異例な異常事態だった。

 あたしのオモチャなのにあたしのオモチャなのにあたしのオモチャなのに。

 彼女の頭の中にそんな思考が流れた。

「あー、そういえばぁー」

 ポン、と思い出したように友達がのんきな声で言葉をつむぐ。

「最近ー、あの子がぁー、他の学校の子とぉー、一緒にいるのぉー、私見たよぉー」

「他の学校の奴と?」

「うんうん。なんかぁー、いかにも不良っぽーい、見たいな感じの人達だったぁー」

「へー………」

 友達の台詞を聞いた彼女は、おもむろに立ち上がって、荷物を手に取った。

「あれぇー? 今日はもうー、帰るのぉー?」

「……………」

 彼女は友達に返事する事なく、扉まで移動し、ガラガラ………、と取っ手に手をかけて開く。

 そして部屋を後にする直前、彼女が吐き捨てた台詞は、友達にもそれ以外の誰に耳にも届けられる事はなかった。

「………人のオモチャに手出すとか、マジ許せない」




 タッタッタッタッタッタシュッシュッシュッシュッシュッシュッタッタッタッ!

「……………」

 彼女は軽快にスマホを操作して、次々とタスクを完了させていく。

 各種メールの返信やSNSの投稿、コメントのチェック。友達間で話題になっている動画など、手抜かりなく己に必要な情報を選別し吸収していく。

 タンッ!

 あらかたの作業を終えると、最後に勢いよく画面をタッチして、スマホを鞄の中へとしまう。

 ガラガラ………

 それとちょうど同じタイミングにて、部屋の扉が開かれる。

 そうして現れた人物を目にして、彼女の顔に笑みが浮かぶ。

 イジワルな笑みであり、小悪魔的なそれ。

 今日はいったいどうしてくれようかという思惑が、その笑みからかすかに漏れ出ていた。

「おっそいよ、トンコツ。このあたしを待たせるなって、いっつもいっつも言ってるじゃん」

 と、言葉の上では憎まれ口を叩くものの、その日に限り、彼は通常時より早い時間にその場へと現れていた。

 そんな彼の表情の端々には、疑問のそれが点在していた。

 恐る恐る、といった風に彼は彼女へと疑問を投げかける。

 えっと、もしかして、何かした?

「は? 何? 意味わかんないんですけど」

 彼女はとぼけた返事を返す。もちろん、彼の問いかけがひどく不明瞭であるので、なんら不思議な反応ではない。けれど、更に彼女が続けた台詞はというと、

「別に別に、最近あんたにちょっかい出してた奴らの事なんか、まったく知らないし。人のオモチャ取った奴らに制裁とかも、加えてないよあたしは。何の話してるのまったくわからなーい」

 手をヒラヒラと振りながら、意味不明のポーズをとる彼女。

 そして彼女はニヤニヤした笑みを貼り付け、彼に言った。

「それよりさ、ちょっとお腹へったから、クリームパン買ってきてよ、トンコツ。安いのじゃなくて、中にクリームがたーっぷり入ってるやつね」

 はい、と返事をすると、まだ疑問の表情を浮かべつつも、彼は言われたとおりの品を手に入れるべく、売店へと足を向けた。

「……………」

 その彼の背中を、彼女はまんざらでもない様子で、見送っていた。






「トンコツ、何もたもたしてんの。早く来てよ。あんたは荷物持ちなんだからさ。あんたが来ないと買い物できないでしょ?」

 と、彼女は自分の自分による自分のためである自分本位の理由を口にしながら、同行者である彼へ言葉を浴びせた。

 彼女から数メートル後方、人通りの多い通りを歩く彼は、息を切らせながらほうほうの体でゆったりと移動し、ようやっと彼女の元へと到達する。

「もう、遅いんだよ。あたしが呼んだらすぐに来てよ。まったくとろいんだからトンコツは」

 彼女の叱咤に彼は、ごめんなさい………と謝罪の弁を口にする。

 その両手には数々の紙袋を抱えていた。

 数十にも及ぶそれらを抱えながらの移動はひどく困難であるように見受けられるが、それに対し彼が彼女に不満を口にする事はなかった。

 彼女は一言口をこぼして矛が納まったのか、気を取り直して歩くのを再開する。

 スタスタスタ。

 彼女の歩く速度は同行する彼への配慮はゼロの速度。

 足を動かす彼女はまったく後方を気にする事なく、次の目的地への思いをはせる。

「確か、ジャスカの新しいスカートも出てたんだっけ………ああ、そうだ。ディゼルのリップの新色も出たって雑誌にあったような………今日一日で回りきれるかな……………」

 ルンルンと今にもスキップしそうな彼女の両手は手ぶらだった。

 身軽な彼女は早歩きで歩を進めていく。急ぎ足で進み、赤信号で立ち止まって、今思い出したと言わんばかりに背後に振り返った。

 が、背後には同行していた彼の姿はなく、「またあいつは………」と不満をこぼした。

 彼女が遠目で凝らしてみてみると、遥か後方の地点にいる彼の姿を発見する。

 彼女の方が動く理由がないため、仕方なく彼女はその場所に突っ立ったまま彼を待った。

 視線の先では彼は立ち止まって、誰かとやり取りをしているらしかった。

 遠くからではいまいち判断がつかないものの、しかし少なくとも友好的な雰囲気ではなさそうである。

 少ししてやり取りを終えたらしい彼は可能な限り急いで彼女の下へと向かう。

 彼女の元へとたどり着いた時、彼女は不満をこれ以上なく表したとげのある口調で口を開く。

「まったくあんたは………一体何やってたの? このあたしをほったらかしておいて」

 ちょっと人とぶつかって………、と彼は視線を地面に向けつつ小さく答える。

「だっさ。そんなのほっときゃいいのに………ほら、さっさと行くよ。あ、荷物は絶対落としちゃダメだからね。落としたら中身全部弁償してもらうから」

 彼女は新たに彼にとって理不尽なルールを一つ追加した後、足を前に出し歩き出そうとした。

 が、しかし、目の前の信号は青から再び赤へと変化していて、「っち」舌打ちを一つこぼし、いらただしげに信号機をにらみ付けた。




「~~~♪ ~~~~~♪」

 彼女は鼻歌交じりに雑誌のページをめくっていた。

 彼女の自宅の自室は軽く五十平米はあろうかという広大な間取りだった。各所に点在する家具はどれもが最高級品であり、曇り一つなくピカピカに磨き上げれている。

 そんな家具の一つであるソファーに寝転びながら、悠々自適に雑誌のページに目を通していた。

 彼女が目を通している雑誌にはファッションや化粧品、アクセサリーなどが載っており、目を輝かせながら次々とページをめくっている。

 そのすぐ足元には、大量の紙袋やビニール袋が乱雑に置かれていた。今日彼女が購入した物ではあるが、そのどれもが今なお開封されてはいなかった。

 ………コンコン、ガチャッ。

「失礼します、お嬢様」

 ノックの音と共に入ってきたのは、その家の使用人の一人。

 使用人は部屋へ入ると、彼女の姿を見て苦言を呈する。

「………お嬢様。自室といえどあまり行儀の悪い格好はよろしくないかと」

「ええー、別にいいじゃん。他の誰かいる時はちゃんとしてるし」

 彼女はその苦言がいつもの事とばかりに、雑誌から顔を上げる事もなく、さらりと受け流す。

 使用人の浮かべた困った表情も、当然彼女の視界には入らない。

「それでー? どうしたの?」

「ええ、お嬢様宛てに荷物が届いていましたので、お持ちしたのですが」

「ああ。今日買った奴か。その辺に適当に置いといてー」

 なおも彼女は雑誌から目を離さず、後ろ足で『その辺』を指差し、ではなく足指した。

「……………」

 使用人はその動作についても口を開きかけたものの、結局は黙ったまま言われた通りの場所に手の中の荷物を置いた。

 そのまま部屋を出て行こうとした使用人のその背中に、「あ、そうだ。ねえねえ」彼女が思い出したように声をかけた。

「なんでしょうか?」

「こないだ言ったお小遣いの件、ちゃんとパパに言ってくれた?」

「ああ、その件ですか。ええ、一応旦那様にお伝えしてみましたが、あまり甘やかすなと、返されてしまいました」

「ふーん。ちぇっ、パパもケチだなあ………」

 口を尖らせる彼女。

「最近、お買い物も多いようですし、それも、気になさっているようです」

「別にそんなつもりはないんだけどなー」

 彼女は不思議そうに首をかしげた。周囲に様々な紙袋やビニール袋に囲まれた中心で、である。

「ま、いいや。どうせあたしが猫撫で声で頼めば、ほいほいお金出してくれるだろうし」

 あたしに甘いパパだからね。

 彼女は小悪魔的な笑みを浮かべ、そう吐き捨てた。

 それから雑誌の次のページに手をかけたまさにその時、「~~~~~♪」彼女のスマホの着信音が鳴り響く

「はい、もしもしー? ………って、トンコツ? 何勝手にかけてきて………はあ? 助けて? 何言ってんのあんた?」

 彼女はしばし電話口からの声に耳を傾ける。

 電話口からの声はひどくあせった様子。早口でまくし立てるので要領を得ずらかったものの、昼間に道でぶつかった相手と再び鉢合わせ、どうやらその相手がかなりヤバイ筋の人間だったらしい所まで彼女は理解した。

 そんな人間に捕まっているから助けて欲しい、という彼の救援要請に彼女の返答は、

「何であたしがあんたを助けなくちゃいけないわけ? ただの自業自得じゃん。あんたが一人で勝手になんとかすれば?」

 じゃ、そういう事だから。

 ピッ。

 なおも声をあげ続ける彼の言葉を遮って、彼女は通話を終了させた。

「………よろしいのですか?」、

 まだ部屋を後にしていなかった使用人がそう彼女に尋ねた。

「ん、あれ。まだいたんだ? っていうか、聞こえてたの?」

「いいえ。ですが剣呑な雰囲気のようでしたので………」

「別にいーんじゃないの?」

 彼女は投げやりに言いつつ、その会話を打ち切った。再び雑誌へと目を落とす。

 彼女がそう言っているので、使用人もそれ以上は口を開かず、部屋を後にした。

「…………………………」

 使用人が出て行ってからしばらく経った後、彼女は扉の方を見やった。

 耳を澄ませ、完全に使用人の気配がなくなった事を確かめてから、スマホに手を伸ばす。いくつか操作した後、それを耳へと当てた。

「あ、パパー? ごめん、今いいー? ちょっと頼みたい事があるんだけど………」




 ―――ガチャッ、ギィィィー………バタン。

 彼女はとある雑居ビルの一室の扉を開いた。

 彼女が入室すると同時に、中にいた人間達の視線が彼女に集まり、スーツを着た強面の顔にそれぞれ困惑が浮かべられる。

「どうも、こんばんはー」

 その場の空気に似合わない朗らかな彼女の声が部屋に響いた。

 その挨拶にようやく思考の整理がついたのか、スーツの人間の一人が言葉を発する。

「なんだよお嬢ちゃん。ここはあんたみたいなガキが来るとこじゃねーぞ」

 と、彼女に向けて凄みを利かせて威圧するが、彼女はそれをなんら頓着せず、つかつかと部屋の中を歩き興味深げに見渡した。

「いやー、あたしも別にこんなむさくるい所に来るつもりなんてこれっぽっちもなかったんだけど、ちょーと用事ができちゃったんだよねー」

「おいおい。ここがどこだかわかってんのか?」

 スーツの人間のなおも凄みを利かせた言葉に「んー? よく知らないけど」と、あくまで能天気に言葉を返す彼女。

「でもさ……………」

 と、言葉をつなげた彼女は、表情から感情の色を消した。

「―――あんたらがあたしのオモチャを取った奴らだっていうのは、わかってるけど」

 抑揚のない低い彼女の言葉。百獣の王を思わせるかのような萎縮させる獰猛な目付きに、その筋には百戦錬磨のはずのスーツの人間達が思わず怯む。

「………オモチャって、一体何言ってんだこいつ」

 一人先に気を取り直したスーツの人間が誰ともなく疑問を投げかける。それから、別のスーツの人間が思いついたようにそれに答える。

「もしかして、あれじゃないっすか? 昼間捕まえてきたガキ。ほら、こいつと同じくらいの年っぽいですし」

「ああ、なるほど………あいつを助けにきた彼女っつーわけか。ヒューヒュー。熱いねえ、最近のガキはさ」

 そうはやし立てる台詞に、彼女は不機嫌の色を一層濃くして声を上げる。

「はあ? 何勘違いしてるの? あいつは彼氏でもなんでないし、それに、助けに来たわけでもないんだけど」

「じゃあ、一体何しに………」

 最後まで言い終える前に、彼女はその答えを返す。

「あたしは、あたしのオモチャを取り返しに来ただけだよ。ただ、それだけ」

 ポカンという一瞬の静寂の間。それから一斉に笑い声が部屋の中に鳴り響く。

「ははっ、やっぱりそうじゃねーかよ。でも世間知らずなんじゃないの、お嬢ちゃん。ガキがこんな所に一人乗り込んできて、一体どうするつもりだよ。なあ?」

 と、周囲にいる仲間たるスーツの人間に同意を求めると、各々が頷いた。

 だが彼女は一対多数という数的不利の状況にまったく怯む様子はなく、むしろふてぶてしい態度で告げる。

「そっちこそ世間知らずなんじゃないの。知ってる? 今のご時世、ゲーム捨てられたからって親ブチ殺すガキだっているんだよ?」

 そう言ってから彼女はおもむろにスマホを取り出すと、その向こうにいる相手に伝える。

「………やっぱここにはいなかったみたい。それじゃ、後はよろしくー。全部片付けちゃっていいから。あ、でも一人は残しといて。聞きたい事があるからさ」

 ピッ。と彼女は通話を終了させる。

 そしてそのままくるりと背を向けて、扉へと向かった。


 ―――数時間後、その部屋の一室から、ありとあらゆる人、物が、跡形も痕跡も足跡もなく、マジックのように姿を消した。




 タンタン、シュッシュッ。タン、シュッシュッ。

「……………」

 彼女は暇つぶしにスマホをいじっていた。実にやる気なさそうに、とりあえずの時間つぶしといった体で指を動かしていた。

 と、彼女の眼下でもぞもぞと生物の動く気配が生じた。

 彼女が実にやる気なさそうな目でそちらに視線を送ると、そこに横たわっていた人物が意識を取り戻し、疑問の表情をその顔に浮かべた。

「………あー、やっと起きた。いつまでも寝てるんだから。ただ寝てるだけならさっさと起きろって。本当にとろいなトンコツは。………はぁ………あ。あたしの方が眠くなってきたし」

 横たわっていた彼が目覚めるのを確認すると、彼女はもう用が済んだと言わんばかりに立ち上がった。荷物を手に、倉庫であるその部屋を出て行こうとする。

 ね、ねえ。と、いまだ状況が飲み込めない彼はひとまずその背中に声をかける。

「んー?」

 けだるそうに振り返る彼女。どことなく不機嫌そうなそれに、早く何か言わなければと、彼はまとまらないながらも言葉を吐き出す。

 え、えっと、その………。助けてくれたの?

 それを聞いた瞬間、彼女の不機嫌のゲージが一割増加した。

「はっ。どいつもこいつもおんなじ事ばっかり………だから、そんなわけないって言ってるじゃん」

 苛立ちを強くしながら述べる彼女。そしてきっぱりとこう、言い切った。

「あたしはただ、自分のオモチャを取り返しただけだし。誰だって自分のもの盗られたら取り返すでしょ? そんなごくごく当たり前の事。それ以上でもそれ以下でもない。あたしはあたしの為にやっただけ。他の誰でもないあたしの為に、ね」

 ただ、それだけ。

 彼女はそう言い締めて、それから今度こそ彼を残して扉をくぐり、出ていった。






 3:お人形さんに夢中




 こんな夢を見た。


 わたしは、パパと手をつないで歩いていました。

 今日はお外で夕ご飯を大勢の人と一緒に食べ、その帰り道です。

 とってもおいしいご飯だったねとパパは言いますが、しかしわたしはお家で食べるご飯の方が好きでした。

 イスの上に座ってお行儀よく食べなくちゃいけない今日のようなご飯は、そんなにおいしいとは思えません。

 ですが、それを言うとパパが悲しい顔をすると思い、「うん、おいしかった」とわたしは答えました。

 明るいお店の中をパパとわたしは歩いています。

 本当はご飯を食べたらすぐに帰るようだったのですが、今日わたしが行儀よくできたごほうびとして、何でも好きなものを買ってもあげる、とのことでした。

 本当は早く家に帰りたいなーと心の中では思っていましたが、何でも好きなもの、ということだったのでしぶしぶパパと歩いています。

 パパはあちこち指差しつつ、あれがいいかな、これがいいかなと、わたしに色々聞いてきました。

 しかし、パパが指差すものはどれももう家には似たようなものがあり、あんまり欲しいとは思えず、わたしは首を振ります。

 わたしとしては正直に思ったことを言っていましたが、段々とパパの顔が暗くなってくるのを見て、どこかで何かてきとうな物を欲しいとうそをついた方がいいのかな、その方が早く帰れるかな、と思い始めたそんな時でした。

 わたしの目の前に、かわいいかわいいお人形が現れたのは。

 とってもとってもかわいいお人形さん。

 他のどれともちがう、たった一つのお人形さん。

 わたしは一目見て、そのお人形さんのことを好きになっていました。

 そのお人形さんが欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。

 さわりたい、手をつなぎたい、ぎゅっと抱きしめたい。

 私のものにしたい私のものにしたい私のものにしたい。

 一人占めしたい。

「ねえねえ、わたし、あれが欲しい!」

 わたしはその人形を指差し、パパにはしゃいだ声を出しました。

 あれかー………、と欲しいものを買ってくれると言っていたのに、パパはなぜか困ったような顔を浮かべていました。

 パパを困らせちゃう。

 ですが、わたしはどうしてもそれが欲しくて、「あれがいいあれがいい!」と服のそでを引っ張りながら、何度も何度もパパに言いました。

 困った顔のパパでしたが、わたしの思いが届いたのか、しばらくして、わかったよ、と言ってくれました。

「やったやった!」

 わたしはその場で飛びはねてはしゃぎます。

 そんなわたしにパパは目をわたしの目と合わせるように下ろし、わたしの顔を見ながら口を開きました。

 でも、きちんと大切にしなくちゃダメだよ?

 わたしはそんなパパの言葉に答えます。

「うん、わかった。わたし、ちゃんと大切にする!」




 こんな夢を見た。


「~~~♪ ~~~♪」

 わたしはニコニコとわたしのかわいいかわいいお人形さんを見ています。

 わたしは家にいる時はずっとお人形さんと一緒でした。

 遊ぶ時もご飯の時もお風呂の時も寝る時もずっとずっと一緒。

 大好きなお人形さんといつもいつも一緒にいました。

 とってもとってもかわいいかわいいお人形さん。

 わたしはふと、そんなお人形さんをもっともっとかわいくしてあげようと思いました。

 どうすればもっとかわいくなるんだろう?

 うーん、うーん。

「そうだ!」

 わたしは思いつきます。

 お化粧をしてあげればもっともっとかわいくなる。

 さっそくわたしは「ねえねえ」と、毎日毎日わたしの世話をしてくれるお姉さんを呼びました。

「なんでしょうか、お嬢様?」

「あのねあのね。お化粧の道具、貸してー」

「化粧道具、ですか?」

「うん、貸して貸してー」

 いつもいつもきれいなお姉さん。そんなお姉さんが使うものなら、きっとお人形さんもかわいくなるはずです。

 わたしが何に使うのかを正直に言うと、「………わかりました」と言って小さなバッグに入ったそれを渡してくれました。

「いいですか。絶対に口に入れてはいけませんよ。それと、目や鼻の中にも入らないようにしてください」

 お人形さんに使うだけなのに、どうしてお姉さんがそんなことを言うのかわかりませんでしたが、「うんうん。わかってるよー」と返事をしておきます。

 それを持ってわたしはお人形さんの所に戻ります。

「よしよーし、じゃあもっとかわいくしてあげるからねー」

 お人形さんにそう言って、わたしはバッグの中のお化粧道具を床に広げました。

 初めて見るお化粧道具。一見するとどういう風に使うものかはわかりません。

「うーんと………」

 ひとまず一番手近にあったケースを開きました。その中には、丸く平べったいスポンジのようなものが入っていました。

 手に取ると、ちょっと粉っぽくて、ケースの中にも粉が入っているようでした。

 この粉を顔に付ければいいのかな?

 わたしはいつか見たうろ覚えの記憶を頼りに、そのスポンジでお人形さんの顔を叩きます。

 ポンポンポンポン。

「………けほっ、けほっ、けほっ」

 いきおいよく叩くと粉が出てきて、思わずせきが出てきます。

 ですがお人形さんをかわいくするために、がまんしながら顔をたたき続けます。

 ポンポンポンポン。

 ポンポンポンポン。

 ポンポンポンポン。

「あれー?」

 しばらくの間たたき続けましたが、いまいちその顔がどう変わったのかわからず、お人形さんがかわいくなったとは言えませんでした。

「うーん、これじゃないのかな………」

 わたしはそれを使うのをあきらめると、今度は別のものを手に取ります。

 それは、短い鉛筆のような形をしていました。

 何かふたのようなものが上についていたので、それをスポンと取ります。「あ」すると中から、真っ赤な棒みたいなものが出てきます。

 それをどう使うのか、わたしはわかりました。たしかこれは、口をキレイに見せるためのもの。口にぬって使うんだと思いました。

「じゃあちょっとじっとしててね………」

 わたしはお人形さんにそう言って、クレヨンのように、それでお人形さんの口をぬっていきました。

「ああっと」

 途中で手がすべって口元から大きく外れ、ほっぺたの方にもぬってしまいました。

 すぐに消そうとゴシゴシとこすりますが、赤いのは消えずシミのように残ってしまいました。

「うーん………ま、いっか」

 どうしても消えないので、わたしはあきらめました。時にはあきらめることも大事だと、どこかの誰かが言っていたので。

「後はどうしようかなー………」

 わたしは床のお化粧道具に目をやりますが、いまいちどう使うのかわからないものが多いです。

「ん、あ」

 そんな中、小さなハサミがあるのをわたしは見つけます。それならわたしにでも使えそうです。

「そうだ」

 わたしはいいことを思いつきました。

 そのハサミを手に取ると、わたしはお人形さんの後ろに回ります。チョキチョキとハサミを鳴らしつつ、「今から髪切ってあげるね」と言います。

 髪を切るのもかわいくなる方法のひとつのはずです。

 わたしはお人形さんの髪を切っていきました。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 あちこちの長い髪を短くしてあげます。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 時々お人形さんの頭にハサミを当ててしまい「ごめんね」とわたしはあやまりました。

 頭の後ろも横も前の方も、目に付いた所はどんどんと切っていきました。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

 ジョキジョキジョキジョキ。

「よしよーし、これでどうだー」

 あらかた切り終えたわたしは、お人形さんの前へと回って、どうなったのかをたしかめます。

「うーん………あれー?」

 わたしとしてはかわいくなるように切ったつもりでしたが、そこまでかわいくすることはできませんでした。

 所々頭の皮が見えている場所。

 長さのそろっていない前髪。

 左右でちがう髪の量のバランス。

 わたしの頭の中ではもっとかわいくなっているはずでしたが、しかしお人形さんはかわいくなっていませんでした。

「なんでだろー?」

 わたしはどうしてだろうと悩みました。

 こんなにもかわいいお人形さんなのに。

 なぜかうまくはいきませんでしたが、しかし、わたしはお人形さんがかわいくなくなったとは思いません。お人形さんをかわいく思う気持ちは切る前とまったく変わってはいませんでした。

 わたしのかわいいかわいいお人形さん。

 いつだって、どんな姿だろうと、わたしのお人形はかわいいのです。

 ………今回はちょっと、失敗しちゃったけれど。




 こんな夢を見た。


 その日わたしは、わたしのかわいいお人形さんと、楽しくおままごとをしていました。

 お人形さんがだんなさんで、わたしがその奥さんです。

「あ、お帰りなさーい。おしごとおつかれさま。ご飯にするー? お風呂にするー? それともわ・た・し?」

 となるべくかわいく言ってみたわたし。ですが、自分で言っても何が『わたし』なのかは、よくわかっていませんでした。

 わたし、わたし、わたし……………

 とりあえずわたしは、だんなさん役のお人形さんにだきついてみました。

 ぎゅっ。

 が、

「く、くさーい」

 はなに入るいやなにおいに、すぐにその手をはなしてしまいます。

 よく見ると、お人形さんの服や体はところどころよごれていました。

 それならばきれいにしなくちゃいけません。

 わたしはお人形さんに言います。

「じゃあ『わたし』は後にしてー、お風呂にしましょうかー」

 ですがしかし、ここにお風呂はありません。

 どうしようかとわたしは考え、ひとまずきれいにするお水をもってくることにしました。

「ちょっとまっててくださいねー」そうお人形さんに言い残し、わたしは部屋を出ます。

 と、ちょうどそこでわたしのお世話をしているお姉さんに出会いました。

「ねえ、ちょっといい? お水がほしいんだけど」

 お姉さんは何か運んでいた手を止めて、わたしに聞き返します。

「水、ですか。コップに入れてお持ちしましょうか?」

「ううん。わたしがのむんじゃなくて、もっとたくさんのお水。えっと、このくらい」

 わたしは両手を大きく広げてそれをお姉さんに伝えます。

「そのくらいの………では、バケツに入れた水でよろしいですか?」

「うん! それでいい。お願い」

「かしこまりました」

 お姉さんはそう返事をすると、すぐにそのお水を持ってきてくれました。

「ありがとー」と受け取ったわたしは、思ってたよりも重たかったそれを「うんしょ、うんしょ」となんとか運んで、部屋にもどりました。

「じゃ、えーっと………」

 このお水でお人形さんをきれいにする。

 ということでわたしは、「ザッバーン!」中の水をお人形さんに思い切りかけてあげました。

 体中ずぶぬれのお人形さん。

 わたしはそんなお人形さんに近付き、最初は手で、次に自分の服のそでを使いお人形さんの服や体のよごれを落としていってあげました。

 お人形さんの服の方のよごれは中々落ちませんでしたが、体の方に付いたよごれは、だいたい落とすことができました。

 くんくんとにおいをかぐと、さっきよりかは全然ましになりました。

 それじゃあ今度こそ『わたし』を………と思いましたが、お人形さんの全身がぬれているので、今日はおあずけ、ということにしておきました。

「じゃあお風呂には入ったことだし、ご飯にしましょうかー」

 わたしはお人形さんを、はなれた所に広げたシートの上にすわらせました。

「今日はごちそうだよー。たーくさん、食べてくださいねー」

 そう言って、その上に乗った『ご飯』をお人形さんの方に差し出します。

 今日は朝からおままごとをするつもりだったので、『ご飯』は最初から用意しておきました。

 わたしはできる奥さんですから。

 え、お風呂? えーと、なに言ってるんでしょう。

「じゃあ、どうぞー」

 と、わたしは『ご飯』をすすめますが、お人形さんなので食べてはくれません。

「もう、仕方ないですねー………じゃあ、はい。あーんしてくださーい」

 わたしは用意した『ご飯』の一つ、庭の土で作った泥だんごをお人形さんの口元へと運びました。

 それでもお人形さんは食べてくれませんでしたので、口元に押し付けるようにして食べてもらいました。

 奥さんの作った料理を食べるのは、だんなさんの義務なのです。

 一つ、二つ、三つと、次々とわたしの作った泥だんごをお人形さんの口に運んでいきました。

「あ、いけないいけない。ちゃんと栄養のバランスも取らないとっと」

 わたしはそう言って、わたしの用意した『ご飯』その二である、庭に生えていた草のスープもお人形さんに食べてもらいました。

「わたしはちゃーんと、だんなさんの健康も考えてますから」

 胸をはってじまんげに言いつつ、わたしは用意した『ご飯』をお人形さんに食べていってもらいました。

 しばらくすると、わたしの用意した『ご飯』は全部なくなりました。

 ちゃんと食べてくれたので、わたしはうれしかったです。

 わたしは、わたしのかわいいかわいいお人形さんを、大切にしています。

 体もきれいにしてあげてるし、ちゃんとご飯も食べさせてあげています。

 わたしの大事な大事なお人形さん。

 大事で、大切にする。

 大好きなものなのだから、そうするのは当たり前です。




 こんな夢を見た。


「ねえねえ、どうしたのー?」

 わたしはわたしのかわいいかわいいお人形さんに聞きましたが、お人形さんは答えてはくれませんでした。

 わたしはお人形さんを心配していました。

 どことなく、お人形さんの元気がないような気がしたからです。

 今のお人形さんは、わたしがおなかが痛い時と、似ていました。

 お人形さんなので、ケガも病気もしないはずなのに、わたしにはそう見えたのです。

「……………」

 どうすればお人形さんが元気になるのか、わたしは考えます。

 考えます。

 考えます。

 考えます。

「……………そうだ」

 わたしは思いつきました。

「わたしがお医者さんになって、見てあげればいいんだ!」

 わたしは天才でした。こんなことを思いつける自分が少しこわくなりました。

 そうすればお人形さんが元気になる。

 さっそくわたしはそれを始めます。

「はいはーい。じゃあ、あなたの体を見てあげますよー」

 わたしはお医者さんになりきってそう言い、お人形さんの真正面に座ります。

「はい。じゃあ、あーんしてください」

 そう言って、口の中を見てみます。

 たしかお医者さんは、口にぼうを入れて、中を見ていたような気がします。

 わたしもそれをまねして、近くにあった色鉛筆をお人形さんの口に入れました。

「あ」

 少し深く入れすぎてしまい、口の奥に当たりましたが、気にせず口の中を見ます。

「うーん………うーん?」

 ですが思った以上にうす暗くて、よく見えませんでした。

 まあたとえよく見えたとしても、それで何がどうなのかは、わたしにはわからなかったのかもしれませんけれど。

「えーっと、次は………」

 口の中を見てもお人形さんを元気にすることはできなかったので、わたしは次の方法を考えます。

 考えます。

 考えます。

 考えます。

「………じゃ、あれだ!」

 思いついたわたしは、ポンと手をたたきました。

「お薬を飲んで元気になってもらおう!」

 こんなことを思いつける人は他にいない。自分のそーぞーりょくのすごさに、大きく胸をはります。

「でも、お薬か………」

 どこかにないかなー、とわたしは自分の部屋の中を探します。

 いろんな引き出しを開けたり、とびらを開いて探しました。

 しばらく探して、ないのかなとあきらめかけたその時、「あっ!」とあるものを見つけました。

 それは、いつもお人形さんと遊ぶのに使っていた、おはじきです。

「たしかお薬って、こんな形だったよね!」

 わたしはかすかな記憶、いつかのんだカゼ薬を思い出し、これがそうだと、正解だと信じられました。

 わたしは薬をたくさんのめば早く治るだろうと、おはじきを両手で持てるだけ持って、お人形さんのそばに行きました。

「はい。じゃあこれのんでくださーい。のめば体がすぐによくなりますからー」

 わたしが言っても、お人形さんはすぐには口を開こうとしませんでしたが、わたしが口に当てるようにすると、薬はお人形さんの口へと入っていきました。

「はいはい、えらいですねー。じゃあどんどんのんでいきましょう」

 わたしは次から次へと薬をお人形さんの口へと運んでいきます。

 これでお人形さんが治ると信じて。

「よし、じゃあこれが最後の一個っと」

 しばらくして、全ての薬をお人形さんがのんでくれました。

 ですがしかし。

「あれー?」

 お人形さんは一向に元気になってくれませんでした。むしろさっきより、元気がなくなったような気もします。

「なんでー? どうしてー?」

 さらに元気のなくなったお人形さん。

 一体どうすれば、お人形さんは元気になってくれるのでしょうか? わたしは頭をぐるぐると回して考えます。

 考えます。

 考えます。

 考えます。

「………わかった!」

 わたしは絶対これだという答えを見つけました。

「病気を治すには『しゅぢゅつ』をやんなくちゃ!」

 お空からふってわいたような思い付き。こんなことを思いつけたのは、まさに奇跡としか思えませんでした。

 とにもかくにも急いで『しゅぢゅつ』をしなければなりません。

 お人形さんはどんどんと元気がなくなっていってるのですから。

 わたしは『しゅぢゅつ』ができる道具を探しました。

 先ほど薬を探す時に、一度部屋の中のものを見ていたので、わたしは真っ先にある場所に向かって、そこにあったそれを、手に取ります。

「じゃっじゃーん。ハッサミー!」

 そう、『しゅぢゅつ』と言えばこれです。これなのです。いつか見たテレビでも、お医者さんがこれを使っていたような気がします。

「じゃあさっそく『しゅぢゅつ』しなくちゃ!」

 わたしは苦しそうにしているお人形さんに近付くと、お人形さんを横にします。

「ではこれから『しゅぢゅつ』を始めます」

 と、お人形さんに言ってから、わたしは『しゅぢゅつ』を始めました。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 テレビで見たのを真似をして、お人形さんを切っていきます。切っていきます。切っていきました。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 途中、お人形さんの体から、赤い色でぬるぬるした水が溢れてきましたが、それもテレビで見たとおりだったので、わたしはそのまま『しゅぢゅつ』を続けました。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 『しゅぢゅつ』しているにも関わらず、お人形さんは元気を段々となくしていきます。

「大丈夫だよ。わたしがきっと、治してあげるからね」

 はげますようにわたしはお人形さんに言いました。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク。

 わたしは『しゅぢゅつ』をつづけました。

 わたしは『しゅぢゅつ』をつづけました。

 わたしは『しゅぢゅつ』をつづけました。

 きっと、お人形さんが元気になってくれると、信じて。

 ですが、そのうち、お人形さんは動かなくなってしまいました。

 治そう治そうとハサミを一生懸命動かしますが、どこを切っても、いくら切っても、お人形さんが治ることはありませんでした。

 しばらくして、お人形さんが全然動かなくなってしまいました。

 わたしのかわいいかわいいお人形さんは、ざんねんながら、こわれてしまったみたいです。

 それはとってもとっても、悲しいことでした。




 そんな夢を見ていた。

 そんなあたしは目を覚ました。


 ……………。

 ………。

 …。

「はぁーあ………あー」

 欠伸の声と共にまぶたを開くと、カーテンから透けた太陽の光が飛び込んできた。

「うーん………」

 ベッドの上で頭を振り、低血圧な脳の動きを活発にする。

 段々と意識が覚醒してくると、つい先ほどまで見ていた夢が頭の中で思い起こされる。

「昔のあたし、マジやっばー。ままごととか、本当に子供だったなー………」

 恥ずかしい子供時代に対し羞恥が胸中で巻き起こる。

 別に消したい過去とまでは言わないまでも、誰かに知られたら恥ずかしい過去ではある。

「なんであんな夢見たのかな………」

 そうぼやきながら、あたしはベッドを出て、床に足を着けた。

 顔を洗うべく、洗面所へと向かう途中、物音が鼓膜を穿つ。

 その物音はどうやら部屋の隅の方から発せられたようだった。

「んー、どうしたー?」と、あたしは声を出しながら、物音がした場所へと近付いた。

 そこにあるのは、鉄格子の扉。

 あたしはその中にいるそれに向かって声をかけた。

「何か用? トンコツ」

 あたしの呼びかけにトンコツは鉄格子をぐらぐら揺らしながら口を動かす。

 ……………。

 いまいち要領のえない台詞ではあったが、それまでにも既に散々似たような内容をあたしは聞かされていたので、あたしはそれまでと同じように答えた。

「だから、何度も言ってるでしょ。そこからは出してはあげないってさ。………あんたがいけないんだよ。あたしのオモチャのクセに、勝手にあたしの前からいなくなろうとするから。だから知らないうちにいなくならないように、その中にいてもらうだけなんだって。別にとって食おうっていうわけじゃないんだからいいでしょ。っていうかそんなのはこっちから願い下げだけどさ」

 トンコツはさらに、同じ言い訳を繰り返した。

「いやいや、親の転勤がなんだっていうの? そんなのはトンコツとは関係ないでしょ。その気があれば独り暮らしでも何でもして残る事もできるのにさ。人のせいばかりにして言い訳しないでよ」

 あたしとしては猿でもわかるようにひどくわかりやすく説明しているのだが、トンコツはなぜか納得しようとはせず、なおもギャーギャーと喚きたてた。

「あー、もー、うるさいっての。少しは静かにしてよ」

 ガシャン!

 抗議の意を込めて鉄格子を思い切り蹴ると、トンコツの声がようやく鳴り止んだ。

 これまで散々ほいほいこちらの言う事を聞いていたはずなのに、どうして今になって逆らい始めたのか、わたしにはこれっぽっちも理解する事ができなかった。

 一応の反省はしたのか、トンコツは中で正座の体勢をとりつつ、今度は耳障りにならない程度の声の大きさであたしに質問を投げかけた。

 いわく、この檻の隅にある数々の死体は一体なんなのか、と。

 見ればわかるものがどうしてわからないのか。トンコツの頭の悪さ加減に辟易する。あたしは仕方なく、それに答えてあげる事にする。

「はあ? 死体じゃないし。ただの壊れたオモチャだよ、オモチャ。壊れたってあたしのオモチャである事には変わらないんだから、そこに入れてあるだけだよ。ほら、いくら壊れたものだからって、捨てたそれが誰かに拾われるとか最悪でしょ。だからここに入れてあるの。わかった?」

 同意を求めたものの、馬鹿なトンコツには理解できなかったらしく、頷く事はなかった。

 本当に馬鹿なトンコツだった。まじで人ではなく物なんじゃないだろうか。

 トンコツならそれもあり得るかなと、納得する。

「……………でも、不思議なんだよねー。元々壊れないようにここに入れておくんだけどさ、ここに入れてしばらくすると、だいたいのオモチャが自分で自分を壊しちゃうんだよねー。まったくご飯食べなくなったり。自分の服で首つったり。ああ確か、自分で舌噛み切ったのもいたっけ。何でそんなマゾみたいな事ができるのか。本当、わけわかんない」

 あんたは自分で壊れないでよ。と、トンコツに念押ししておく。

 かくかくと震えるようにして首を縦に振るトンコツ。さすがのさすがにそれくらいの理解はできるようでよかったよかった。

 あたしは一歩鉄格子に近付くと、改めて言い聞かせるように、言い含めるように、言いくるめるように、あたしにとってトンコツがどういう存在であるかを告げる。

「あんたはあたしのオモチャなの。あたしに遊ばれるためだけのオモチャ。だからあんたには人権も何もない。ただの物。これから一生あたしのオモチャなの」

 あたしは少しだけ声音を柔らかくしてから、その続きの台詞を口にした。

「あたし、親からちゃんと教育受けてるから。オモチャは大切にしろってね。だからあんたの事も、ちゃーんとちゃーんと、大事に大事に、大切にしてあげるから」

 だから、安心していいよ。

 と、あたしを笑顔を顔に貼り付け、あたしの大事な大事なオモチャへと告げた。


 オモチャを大事にする。大切にする。

 壊れるまで大事にする。

 壊れてからも大事にする。

 一度手にしたオモチャは絶対に手放さない。

 あたしがオモチャにしたものは、それから一生あたしのオモチャ。

 決して手放さない。絶対に逃さない。

 あたしだけの物。

 別にパパから言われなくても、最初からわかっていた。

 あたしのオモチャなんだから、当たり前の事だった。





















「ねー、トンコーツ。おーい、トンコツってばー。

 ………って、あーあ。

 まーた、壊れちゃった」


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オモチャが壊れたらどうする? @redbluegreen

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