8話 勇白乙女

「えっと、君の名前は……?」


「あっ、勇白乙女ゆうしろおとめです。その、できれば名字で呼んでくれると嬉しいな」


 俺はその自己紹介に、頭が混乱する。

 この学校は、男子はズボン、女子はスカート、と制服が決まってる。

 けど、彼の名前は、乙女。つまり、女の子を彷彿とさせる名前だ。

 しかし、制服は男子のもの。

 一体どういうことなのだろうか?

 と、そこで俺は一つの可能性に気づく。

 彼がLGBTであるという可能性。

 もし、彼がトランスジェンダーであるんだとすれば、納得がいく。

 つまり、男だと思っている女の子なら。

 彼を改めて見てみる。

 実際、女の子だと言われても、おかしくない顔つき。

 胸はあまり膨らみが大きくないが、そういうことだろう。

 俺は勇白を優しい目で見てこういった。


「大変だったな」


「あの、なんか勘違いしてない? 僕は男の子だからね?」


「わかってる。わかってる。君は男の子だよ。男の子」


「絶対わかってないよ……! 男の子だと思ってる女の子だと思ってるでしょ!」


「違うのか……?」


「違うよ! う〜、だから自己紹介するのは嫌いなんだよ……」


 俺は困ってる勇白の姿を可愛いなと思いながら、頭の中がますます混乱していく。

 一体、どういうことなんだ……?

 それだけが頭の中に残る。

 混乱した頭では、まともな思考をすることはできない。

 勇白が女の子じゃないというのなら、どうして乙女なんて名前なんだろうか?

 乙女なんて、名前にすでに、女と入っている。

 やはり、トランスジェンダーという考えが一番正しいと思えてしまう。


「その、誤解してるみたいだから説明するけど、僕のお母さんが女の子と勘違いして、乙女とつけたんだよ」


「女の子と、勘違い……? 決定的な違いがあるのにか?」


「僕の能力マギアは、『性交換アンフォテリック』って、言うんだけど、その能力の効果のせいで、生まれてすぐのときに性別が入れ変わってて」


 つまり、勇白が言いたいのは、生まれたてのときは能力が発動していて、女の子だったけど、それに周りの人は気づかなくて女の子だと思ったと。

 それで、女の子だと思われたせいで、名前が女の子みたいになったから、勇白乙女というわけだと。

 にわかには信じ難い話だ。

 けど、彼が嘘をついているとは、到底思えない。


「なあ、まだ信じることができないからお願いしたいんだけど、能力マギアを使ってくれないか?」


「それって、僕に女の子になれってこと……?」


「頼む。お前の話が本当か確かめたいんだ」


「う〜ん」


 そこで、彼は悩む素振りを見せる。


「その、さ。この能力を使えるのが一日に一回だけだから、このあとを女の子の姿で過ごさなきゃいけなくなるんだけど……その、トイレまで来てくれないかな?」


 彼がなぜ、トイレまで来てほしいのかはわからないが、それでいいのならと、俺は「わかった」と言った。

 彼は、一度自分の席にもどり、なにかを持ってくると、俺に一言声をかけて、トイレへと向かう。


 トイレへ行くと言ったはずなの彼だが、さっきから近場のトイレには見向きもせず進んでいる。

 そして、誰も使わないような、教室から一番遠いだろうトイレへと着いた。

 そして、勇白は迷うことなく女子トイレに入ろうとする。


「お、おい、勇白……!?」


「えっ……? あっ、その、僕は能力を使うと女の子になるから、トイレはこっちを使う必要があると思って──」


 俺が呼び止めた時点で、なんのことなのか気づいたらしく、何も言わずに答えを教えてくれる。

 しかし、それでは俺は能力マギアを使ったのかわからない。

 どうしたものかと、悩むがすぐに答えがでた。


「あのさ、ここで能力を使ってくれないか?」


「えっ……? ああ、うん、わかった。それじゃ、使うね?」


 そう言って、勇白に能力を使ってもらった。



「その、もういいかな?」


「えっ……? あっ、ごめん。俺はここで待ってるから」


 結果、勇白の言っていたことは本当だった。

 彼か能力を使うと、すぐに効果が出始めた。

 一番最初に変わり始めたのは胸だった。

 変化する前は、まな板並みのぺったんこだったのに、能力を使ってからはすぐに膨らみ、あっという間にメロン並みのサイズになっていた。

 そして、顔もより可愛らしくなり、さらに、声も少し高く、耳ざわりの良い可愛い声になっていて、これで女の子じゃないことがもったいないと思ってしまったほどだ。

 と、そんなことを考えていると、女子トイレから勇白が出てくる。


「その、お待たせ」


 そんな勇白の姿は、誰がみても女の子だった。

 スカートの制服にリボンを付けて、メロンぐらいの大きさはある大きな膨らみ。

 そして、可愛らしい顔立ちと声。


「その、そんなにまじまじと見られていると、恥ずかしいんだけど」


「悪い。その、学校にスカートとか持ってきてるんだと思って……」


 俺は、なんとなくそれっぽいことを言って誤魔化す。

 きっと、胸に目がいっていたことは気づいているんだろうけど……。


能力マギアが誤作動したときに困るから。その、いつ誤作動してもいいように、持ってくるようにしてるんだよ」


 俺の視線は、自然と顔から、下にある大きな膨らみへと向かってしまっていた。

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