7話 ホームルーム

 学校へ行く準備もある程度終わらせると、玄関に向かう。

 その後ろを、俺の足音に重ねるように歩きながら、アイシスが後ろをついてくる。

 玄関につき、まだ履きなれてないスニーカーを履いて、一度、振り向く。

 ついてきたアイシスが微笑んで、


「ご主人様、行ってらっしゃいませ」


 相変わらずの可愛らしい声で、そういった。性格も可愛ければいいのに。

 そう思わずにはいられなかった。



「それじゃ、ホームルームを始める」


 担任の黒羽くろばは、ホームルームのチャイムと同時に教室に入ってきて、そう言った。実に楽しそうに。


「気になってるやつもいるようだから、先に教えよう。昨日の試験の予行練習での退学は一人もいなかった」


 昨日と同じように教室の中が、ざわめきで支配された。

 昨日の予行練習とは、パートナーを決めるという内容のものだったはずだ。

 パートナーということは、ニ人で一組というわけだ。

 ただ、俺は風のうわさで聞いている。

 入学式の日に退学した生徒ランカーは5 人だと。

 一クラス40人ということは、奇数人数が退学すれば、必ず一人の退学者がでる。

 でも、先生は退学者はいないと言った。

 もちろん、入学式の日に退学した生徒が5人というのが間違ってるのかもしれない。

 けど、火のないところに煙は立たないとも言う。

 言われたからには、なんかしらの理由があると考えるのが自然だ。

 しかし、どんだけ考えても一向に答えはでない。

 そんな嘘を流す理由がわからないからだ。

 担任の黒羽は、教室のざわめきをとめるためか、一度手をたたく。

 俺はそこで、一度思考を打ち切る。

 先生は俺のもとまでやってきて、言った。


「お前は、やっぱりきかないんだな」


 そのことが嬉しいのか、それとも、悲しいのか、表情で理解することはできない。


「お前のパートナーはマリーだったか? E等級ランクのお前が、よくA等級の生徒ランカーとパートナーになることができたな」


 さっきから、教室であるというのにこの先生は俺のことをペラペラと話している。

 そんな先生に対して、俺は嫌悪感を抱く。

 なぜ、わざわざそんなことを言うのかがわからない。

 大勢の場で、それだけのことを言われてしまえば、俺は格好の的になってしまう。

 それでは、マリーに迷惑がかかってしまうことだろう。


「なんでそんなことを言うんすか?」


「うん……? ああ、この話だったら、私とお前以外は聞こえているが聞いていない」


 そんな、意味不明なことを言う先生に、俺は自分の頭をフルで使って考える。

 そして、間もなくして答えがでる。

 催眠ヒプノだ。

 黒羽は、どこかのタイミングで催眠を使った。

 けど、いつのタイミングだ……?

 教室に入ってきたときか、それとも──。

 俺がそんなことを思考していると、実に楽しそうな黒羽は、笑うように言った。


「なに、お前さんと話をしてみたかったというだけのことだ。私は個人的に、お前に興味があってな」


 この状況に対する一切のお詫びをすることなどなく、楽しんでるようだった。

 きっと、それが彼女、黒羽という人間なのだろう。

 時間は刻一刻と進んでいる。

 朝のホームルームの終わりを告げるチャイムがなるのに、そう多くの時間はかからないだろう。

 もちろん、先生がそのことに気づいてないわけもなく、


「ただ、一つ覚えておけ。教師はお前ら生徒ランカーの敵じゃない」


 一言そう言って、能力を解除した。

 教室がざわめきで包まれる。

 その状態を気にすることなく話しだしたのと、朝のホームルームの終わりを告げるチャイムがなったのは、同時だった。


「帰りのホームルームで、試験について話すとしよう」



 休み時間、教室の中は先生の最後の一言についての話題で持ち切りだった。

 もちろん、その中に俺はいない。

 だから、いろいろなグループが話しているのを、寝てるふりをしながら聞いているだけ。

 いつもなら、そうしていたら話しかけられることもない俺に、珍しく話しかけてくるやつがいた。


「あの、釘宮くん、であってる、かな……?」


 一瞬、美少女と見間違えてしまうような華奢な体格、整った顔立ち、艶のある黒髪、芯のある黒い瞳。

 もし、この人がスカートをはいていたら、十中八九誰もが女の子だと思うだろう。

 そんな、美青年は少し怯えてるように見え、体を起こし、「なんかようか?」と聞いてみる。

 間違えてなかったことにホッとしたのか、それとも話せる人であることにホッとしたのか、俺にはわからない。

 けど、こいつは敵だ。悪魔で、勘だ。

 ただ、そんな気がするというだけの、根拠のない悪い勘。


「その、君って、等級ランク、E、だよね……?」


 その一言で、俺は理解する。

 こいつがなにをしようとしてるのか。

 きっと、俺が何を言わずとも、こう言うだろう。


『ぼくと、勝負してくれないかな……?』


 けど、俺の予想は大きく外れた。


「勝負を挑まれたら、どうしてるのか、よかったら教えてほしいんだけど、だめ、かな……?」


 それは、とても切実な思いが詰まった言葉で、助けを求める言葉だった。

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