アンドロメイド4

 そのあと、お風呂に入り、歯磨きを済ませ、寝る前の準備を終わらせると、俺はリビングで眠りについた。

 アイシスはまだすることがあるらしく、俺が先に眠りにつくことになった。



 翌日の朝、俺は鼻孔をくすぐるいい匂いで目が覚めた。

 ぐつぐつとなにかを茹でる音。

 そこに、ふわりと味噌の香りが漂い、味噌を溶かし始めたのだとわかる。

 きっと、朝ごはんももう出来上がりだろう。

 眠気眼の目を少し擦りながら、俺は起き上がる。

 その物音に気づいたエプロン姿のアンドロメイドのアイシスは、昨日のことはどこ吹く風で、


「おはようございます、ご主人様。今、朝ごはんを作ってるので、着替えを先にしてきてください」


 礼儀正しくそう言った。

 俺は冴えない頭で、ゆっくりとアイシスの言葉を理解すると、のっそりと動き出す。

 少しの気怠さを感じながらも、着替え始めようとしてたとき、


「それとも、一人では着替えられませんか? それでしたら、少し待っていてください。私が着替えさせてあげますよ」


 イタズラが成功した子供のような笑みを浮かべると、「ふふっ……」と彼女は笑った。

 彼女の鈴のような声音に、俺の耳の中は天国にいるかのような喜びを味わう。

 少し、俺は幸せな時間を堪能すると、一つ隣の部屋で制服に着替え始める。


「ご主人様、朝食のご用意ができましたよ。着替えができないのでしたらおっしゃってくだされば手伝いますよ」


 部屋の外側からかけられるその声に、俺はすでに覚醒してる頭で言葉を理解する。

 そして、俺は部屋の扉を開けて部屋を出ながら、


「いや、大丈夫だから!」


 真っ赤に顔を染めながらそう言って、テーブルの席につく。

 アイシスは昨日の夜ごはんのときと同じように、対面に座ると、俺の顔を見つめる。

 なんとなく食べ辛い。

 それに、こんなにかわいい子に見つめられたことなんて、人生初の体験だ。

 そう思うと、なんか暑くなってくる。

 そして、顔がさらに赤く染まっていくのがわかる。

 俺のその様子に気づいたアイシスは、少し身を乗り出して、


「ご主人様、お顔が真っ赤ですが大丈夫ですか……? 熱がないか測らせていただきますね」


 そう言うと、自分のおでこを俺にくっつけてくる。

 俺は、漫画とかでしか見たことないその行為に少し驚き、身を引く。


「あの、ご主人様……? 熱を測ろうと思っただけですので、あまり気になさらなくていいですよ……?」


 けど、俺はそんなアイシスの優しい言葉に我を取り戻すと、椅子に座り直す。

 それを確認すると、また身を乗り出し、自分のおでこを俺のおでこにくっつける。

 この状況と沈黙の時間が、体温を測るという短い時間であるはずなのに、とても長い時間に感じられる。

 そして、体温を測り終えて、行儀正しく座り直すアイシスを見ながら、ショートしかけていた俺の思考は、少しずつ冷静さを取り戻していく。

 そして、冷静さを取り戻して改めて状況を思い出し、一つ過ちに気づく。


「なあ、アイシス。体温を測ろうとしたんだよな?」


「はい、そうですよ」


「それって、別におでこじゃなくてもいいよな?」


「はい、そうですよ」


 一回目のときと同じように端的にそう答えるアイシス。


「はい、そうですよ、じゃ、ねぇーよ!」


「なにか問題がありましたか?」


「いや、その……」


 俺はそこで言い淀む。

 普通に考えて、おでこで測らなくていいということをアンドロイドがわからないわけがない。

 なら、わかってて、わざとおでこで測ろうとしたわけだ。

 俺が恥ずかしがることをわかってて。

 つまり、そのことを言えば相手アイシスの思うつぼだ。

 しかし……。

 俺が悩んでいると、アイシスは満面の笑みで、


「その、なんですか?」


 楽しそうな声でそう聞いてくる。

 まるで、ネズミを追い詰めた猫であるかのように。


「その、恥ずかしかった……」


 俺は、諦め、静かにそう言った。完全に負けを認め。

 相手に聞こえるか聞こえないかのか細い、とても小さな声で。


『音声は録音されました』


 俺が朝ごはんに手をつけようとしてたそのときに、無機質な機械的な音声がする。

 その音に、俺は背筋が凍る思いをする。

 それにともなって、ダラダラとたれてくる汗。

 あれー、まだ春だったと思うんだけどなぁ〜?

 俺は一度、現実逃避の思考を挟むと、しばらくいじられることを覚悟した。このドSメイドがっ……!


 俺は朝ごはんを食べながら、アイシスの方を一瞥する。

 昨日から着てる私服の上からエプロンをしているアイシスに、俺は少し聞いてみることにする。


「アイシスって、なんで私服なの?」


「私服の理由、ですか?」


「だって、アイシスって、仮にもメイドなわけだろ……?」


 俺は、朝ごはんを食べる手を止めることなく訊く。


「ああ、そういうことですか。メイド服を持ってくるのを忘れてしまったのです。普段は着てないものですので」


 アイシスは、衝撃の事実を吐露する。

 というか、メイドなのにメイド服を着てない、だと……?

 俺が少しがっかりしてると、


「今日、取りに行くので帰ってくる頃までには着てると思いますよ」


 アイシスの素晴らしい一言に、俺は元気を取り戻し、残りの味噌汁を口にかきこんだ。

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