4話 予行練習

「私はそろそろ帰るとするわ」


 彼女はそう言うと、荷物を纏め、帰る準備をし始める。


「それじゃ、また明日な」


 俺は一言そう言い、彼女が飲んでいた紅茶のカップを片付け始める。 

 なんだか、さっきまでマリーが使ってた思うとドキドキする。


「何を言ってるの? 私の家の場所を教えるんだから、あんたもついてくるのよ?」


「はっ……?」


「いや、だからあんたもついてくるのよ……」


 聞き間違いであって欲しいという、僅かな期待は一瞬で砕け散り、俺は今からこいつとこいつの家まで行くのかと思うと、ため息が漏れた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ねぇ、お金がないんだったら机ぐらいあげるわよ?」


 彼女は俺にそう言う。

 つまり、これからも俺の家にこいつは来ると言ってるわけだ。

 そのうち、家にあるもののほとんどがこいつのもので埋まるんじゃないか……?


「まあ、ないわけじゃないけど、貰えるなら貰う」


 まあ、節約できるところで節約しなくちゃいけない。

 それに、貰えるものは貰っておいて損はない。


「そういうことなら、あげるわ」


 机は貰えるらしい。

 ただ、俺は一つだけ思うことがある。

 こいつにそもそも机とテーブルの区別がついているのか? ということだ。

 いや、確かに細かいことは俺だって知らないが、たぶんこいつはテーブルのことを指してると思うのはおかしなことだろうか?

 ただ、まあ、こいつは一応A等級ランクなわけだし、さすがに区別がついてることを信じたい。けども、不安で仕方ない。


「ちょっと、何で急に黙るのよ! なんか変な空気になるじゃない。もしかして、そんなに貰えるのが嬉しいの? それとも……別に、私が使ってたものじゃないわよ?」


「いや、違うわ! ただ、ちょっと考えごとをしてただけだ」


「そう? それならいいけど……」


 変な誤解をされるところだった。

 少しも、いや全く、そんなことは考えていない。

 断じて、頭の片隅で少しだけ想像したなんてこともない。

 それに、俺にそんな趣味はない。

 そもそも、俺が考えてたのは、こいつがテーブルと机の区別ができているかだ。


「思ってたよりも近かったわね。釘宮、ここが私の家よ」


 そう言って、彼女が止まったのは大きな屋敷の前だった。

 てか、典型的なお嬢様だったのかよ、お前。

 これは、金の力でA等級ランクになったという説が浮上してきた。

 まあ、もうパートナーになることは決まったことだし、俺はE等級ランクなわけだから、今更そんなことを気にしても仕方ない。


「それじゃ、今度こそまた明日な」


「ええ、さようなら」


 そうして、俺は一人家に帰るのだった。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「それでは、今日は試験について話す」


 朝のホームルームの時間、担任の黒羽くろば先生はそう言った。


「といっても、話せることは年に5回あるということぐらいだ。内容はその都度変わるため、毎回説明する。で、今回は試験のようなものを行う予定だ。簡単に言えば、試験の予行練習ということだ。ただ、練習だからといって力を抜かれては困る。それじゃ予行練習にはならないからな。だから、本番と同じようにペナルティーを設けることにした」


 そこで、教室がざわめきで支配される。

 そりゃ、そうだ。

 誰だってペナルティーなんてものが、良いものだと思うわけがない。


「なに、安心したまえ。ペアのできなかったものは試験の不合格者とみなし、退学処分とするだけだ。そして、これからの試験にも、誰をパートナーにしたかがおおいに関わってくることになる。しっかりと考えて、パートナーを決めることを薦める。決まったら、その辺の教師に伝えれば合格となる」


 おい。安心しろと言ったあとにこの教師、退学処分とかわけのわからないことを言わなかったか?

 どこに安心できる要素があるんだよ!

 しかし、昨日のうちにパートナーが決まってる俺としては楽だな。

 ただ、なんでマリーがこんなことを知ってたのかは謎だが……。



「おいおい、どうすんだよ! 昨日退学した生徒は5人らしいぞ! つまり、一人は必ず退学するってことだろ……?」


「それは、本当か?」


「ああ。たぶんな。俺も聞いた話だからよくわからないけどよ」


 クラス内では昨日の退学者の話やパートナーになってくれないか? なんて話が飛び交っていた。

 ただ、俺はそんな話には一切耳を傾けず教室を出ると、マリーのいる1組を目指した。



 俺が1組を目指して歩いてる途中、昨日あったいけ好かないやつに会った。


「よかった。また、会えましたね」


 彼は会って早々そんなことを言い出した。

 ここで、俺は先手を打つことにする。


「パートナーならもう決まってる」


「なるほど、それは残念です。ちなみに、パートナーは昨日の彼女ですか?」


 俺は、その質問には答えず、話はこれで終わりと言わんばかりに歩き出す。

 彼は、最後に一言だけ言った。


「また、会いましょう」



 1組につくと、マリーは誰かと話してる、というか揉めていた。

 まあ、A等級ランクという高 等級ランクの宿命のようなものだろう。

 と、俺は遠くから見守るように見ていると、マリーは目ざとく俺に気づき、近づいてくる。

 そして、


「こいつが私のパートナーよ……!」


「おい、嘘だろ! こんなやつがっ……!」


 こんなやつとは失礼な。


「まあ、そういうわけだから、諦めて?」


「わ、わかった。そういう、ことなら……」


「それじゃ、早く教師に言いに行くわよ、釘宮」


 彼を置き去りに、俺たちは先生のもとまで行く。

 そして、俺たちは正式にパートナーとなった。

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