第4話 魔王様との生活


 魔王様に血をあげた後、料理店を探すのも面倒だったので屋台で食べ歩いていた。肉の串焼きは元の動物が分からない点に目を瞑れば多種多様にあるし、パンに各種挟んだサンドイッチなども売っている。適当に美味しそうなものを吟味し、魔王様に奢ってもらって晩ご飯が終わった。


 「魔王様は血だけだとお腹空きますか?」

 「んー、他は趣向品に近いかも知れないな。美味しいとは思うが、満腹感が足りない」

 「なるほど。頻度によっては私だけでは足りないかも知れませんね。増血剤でもあれば大丈夫だと思うんですけど……」


 あまり量は飲まなかったのか、現状そこまで酷い貧血には陥っていない。昨晩は飲んでいないのだから少なくとも隔日くらいの余裕はある。昔ゲームのコラボがあって献血に通った時、人間の1日に作れる血液製造量は25mlとか言っていた気がする。それ以下だと毎日飲まれても大丈夫なのか、はたまた天使見習いという社畜気質がどう作用するのか、不明な点は多い。

 

 「ことぅり、きつい、か?」

 「いえ、今は問題ありませんよ。必要量が分からないとなんとも言えませんけど」

 「………そうだな。勇者を食い殺すのはまずいし、かと言って突発的に誰か襲うというのも……」

 

 唸る魔王様を連れて、宿へと戻る。再度念入りにベッドメイキングして、体を洗浄して貰ってから二人でベッドに潜り込んだ。チクチクとした藁が不快だが、確かに硬いよりはマシかも知れない。不思議といい匂いのする魔王様を抱き抱え、今日も疲れたと目を閉じた。

 冒険者になって、草毟りをした。

 更には魔王様に血をあげたのだから、少し疲れている。タヌキ型ロボットの相棒ではないが、目蓋が落ちてから意識を保っていられず、あっさりと眠りに落ちた。

 意識が落ちる時の、このふわっとした感覚が格別だ。魔王様がまた何か呟いていたが、この感覚を手放す事など出来なかった。



 ◆



 翌朝目が覚めて、特に体に異常もないなと安心した。無自覚なだけで貧血だったとか、草毟りで筋肉痛になったということも無い。私の胸に抱かれたままの魔王様の体を感じながら、普通に起床する事ができた。

 寝ている時は気にならなかったけど、やっぱりまともな寝具が欲しい。起きてしまってはチクチクとした藁が不愉快過ぎて顔をしかめた。

 とにかく、稼げるようにならねば。

 そろりと起き上がろうとして、魔王様の指が私の服を掴んでいたので動きを止める。そういやスーツのままだし、かと言ってまともな服だと高そうだ。上着自体は掛けてありワイシャツとパンツルックだが、なんとなく服に気を使ってしまって鬱陶しい。そもそも私は寝る時は下着派だ。硬い張りぼてや藁じゃなければもっと安眠に浸れたのに。

 寝具が欲しすぎて悲しくなってきた。

 魔王様の華奢な指をほどいて、背筋を伸ばす。今日はスキルの習得に努めようか、いや、棒を振り回したら才能が開花するかもなんて、可愛らしい寝姿を眺めた。

 なんだろ、この空気。

 よく考えたら朝チュンに見える。

 そんな事あるわけないのだが、多分裸だったら事後にしか見えなくなりそうだ。そんなわけないのだが。


 「ん、ぅー」


 寝起きのストレッチは気持ちがいい。そうして暫く柔軟していれば、魔王様も起き上がってきた。寝起き特有の呆けた目がとろりとしていて、朝はあまり得意ではないのだろうかと思案する。そういや吸血鬼は夜型か、なんて。


 「おはようございます、魔王様」

 「うん……」

 「朝ごはんにしましょうか」

 「うん……」


 覚醒を待ち話しかけ続け、シャキッとした魔王様を伴って朝ごはんに出かけた。チェックアウトもして、今晩はどうするかと相談しつつ屋台で食べ歩く。それからギルドへ向かい、採取だけはとお断りしてモンスター退治を請け負った。


 「ことぅり、大丈夫なのか?元の世界では戦っていた経験があるとか」

 「全くありませんね。口喧嘩以外した事すらありません」

 「なんとまた……平和だったのだな」

 「ええ、とても。でもレベルを上げないといけないので、少しずつ頑張りますよ」

 「そうだな。まぁ私がいれば問題ないし、全力で突っ込んで玉砕してくれ」

 「蘇生は?」

 「不可だ」


 魔王様とて出来ない事はあるらしい。では致命傷がギリ、即死がアウトという事で目標のモンスターを探す。草原にいたらしいネズミのモンスターで、大きさは人間の三分の一程度らしい。魔王様に相談して作って貰った土製の棒切れを持って探し回る。

 いねぇ、何処よモンスター。

 二日間歩き回ったりミステリーサークルを作ったのに遭遇していなかったなと思い出し、後ろから付いてきていた魔王様にヘルプコールを送る。


 「サーチお願いします」

 「さっきから通り過ぎてるぞ」

 「えっ?」


 指差した方向に目を向けると、緑色の塊が草に紛れて潜んでいた。ネズミの癖に若草色とは笑わせる。土色の棒を上段で構え、何故だかピクリとも動かないネズミに振り落とした。

 さぁ開花しろ勇者の素質!

 私を召喚までしたのだから、世界の枠を超えた才能があるはずだ。あの魔法陣は確かに私だけを捉えた。つまりそれなりの理由がここにあるのだと、私は意気揚々と初撃を加えた。

 かこーん。

 そして間抜けな音が響いて、弾かれた。

 

 かこーん。

 かこーん。

 かこーん。


 「おいネズミまじか」

 「そもそも、ことぅりは敵として認識されてないな。私が気配を消したら逃げもしないし、舐められてると思うぞ」

 「そうなんですか?」


 ネズミだと聞いていたのに、こいつ装甲持ちだ。アルマジロかよ、なんて思いつつも間抜けな音を響かせ続ける。見た目はふわふわなのに、何故こんなに硬いのか。かこーん、という気の抜ける音が段々と楽しくなってきて、かこかこかこーん、かこーん、かかこーん、とリズムを刻み始めた。

 楽しい。アーケード版の音ゲーを思い出しつつあったのだが、死んだ目で私を見ていた魔王様からストップをかけられた。


 「ことぅり、弱すぎだろ」

 「魔王様、もう一本棒貰えません?ちょっと譜面を思い出したんで気合入れたいんですけど」

 「戦え」


 怒られてしまった。

 とはいえ、他に戦う術がない。アルマジロのレベルは分からないが、この状況からして圧倒的強者である。全身全霊で持って殴っても、がこーん、にしかならない時点で私は詰んでいる。

 勇者とは一体。


 「どうしたらいいですか?」

 「………ほら、うん、突いてみるとか?」


 かきーん。

 音質が変わり、刻めるメロディに幅ができた。魔王様特製の棒は土製のくせに中々硬い。そんな鈍器を持ってしても私ではダメージすら与えられず、強いて言えばヘイトを貯めるくらいが関の山らしい。いや、殴っても無視されているのだからヘイトですら稼げないのか。

 かかかこーん、かきーん、かこかこーん。

 草原を彩る音に満足して、若干汗が滲んでから魔王様に振り返った。若干腕が痺れてきたし、もう十分健闘したと言えるだろう。


 「魔王様、バフとかないですか?」


 良い運動になったけど、何も果たせていない。ハイライトの消えた目をした魔王様が指をちょいちょいと動かし、ほんのりと体に力が滾る。これならなんとかなるかも知れないと、本腰を入れて棒を叩きつけた。べこん!くらいの音を期待したのだが、さっきまであった弾かれる感覚がなくなり、悲惨な音と地面に棒が当たる感覚で咄嗟に身を引く。

 ぐちゃあっ。


 「ふぇっ!?」


 若草色の装甲が、おびただしい量の青汁に染められた。匂いは生々しいのだが、血液が緑色らしくグロテスクさは少ない。オママゴトで草団子を作って放置した時のようだ。しかし殴っていた手には生き物を殺した事がまざまざと伝わっており、楽器ではなかったのだと当たり前の感想を抱いた。

 きもい。


 「ふむ。攻撃力が子供以下みたいだが、補えば戦えるか。まぁ最初は仕方ない……のか?いや勇者なんだからレベル恩恵が高いとか、そういう事か?にしても弱すぎる。となると、勇者は前衛ではなく後衛タイプといった所か……魔法もスキルもない後衛とか、凄まじい勇者だな……」


 何やら解析している魔王様を尻目に、棒についた青汁を振り飛ばして綺麗にし、依頼の完遂を証明する為の部位を採取する事にした。右耳だ。胴体が割れるように真っ二つになったアルマジロに回り込み、生きてる間は顔すら見れなかったそれと対峙した。

 可愛くない。

 ぎょろりと白目を向いた眼球と、だらりと垂らされた舌が晒されている。ネズミらしく顔は鼻を中心に尖っていて、実は鋭かったらしい牙が覗いていた。

 怖っ。


 「えーと、右耳……」


 哀れな表情の頭の隅っこに生えていた、少し毛皮のある耳を掴む。思ったよりゴワゴワしていて、これは寝具に向かないなと思った。

 そして、ナイフもない。

 グイグイ引っ張って千切れるものでもなく、手元には土で出来た硬い棒。考えた末、頭に棒を叩きつけ、根本から崩壊させた。ぐちゃあ!と先程の感触がする。思ったより遠くを叩いたらしく、飛び散った脳漿が手を汚し、頭皮付きの右耳を手に入れた。


 「魔王様、出来ましたよ」


 私を見た魔王様のなんとも言えない顔である。無言で綺麗にしてくれ、ちょっと安心してから傍に寄った。

 あれだ、死体は流石にエグい。

 それでも嫌だと否定する訳にもいかず、なんとかやり終えた事で達成感を覚えた。


 「次、行くか……」

 「はい」


 促され次の獲物を探す。

 それを朝から夕方まで続けて、私のレベルは一も上がらずに終了となった。


 「なんだこの勇者。本当に勇者なのか?手違いでことぅりが呼ばれた可能性も……いや、称号は勇者なんだから間違いではない……にしても酷い」

 「聴こえてますよ。流石に凹みます」

 「ことぅりの教育方針を決めるんだから、静かにしていろ」

 「はい」


 言論の自由すら奪われ、とぼとぼと街へ向かう。ぶつぶつ呟く魔王様の独り言に胸を痛めつつ、晩ご飯について思いを馳せた。何食べよう。今日の宿はまともなベッドに出会えるといいな。



 ◆



 「発表する。ことぅり、魔法とスキルを覚える事に専念しろ。レベル上げは並行するが、私が全力バフで身体能力を上げる。適当に殴ってレベルを上げつつ、魔法とスキルの取得だ」

 「お言葉ですが魔王様、私、攻撃スキルがありません」

 「そうだった………ま、魔法主体だ」

 「分かりました」


 硬いベッドに腰掛け、育成についてを語る魔王様を見やる。勇者を育てる魔王というのは如何なものなのか。お人好しという事で理解を辞め、魔法についての講義を受ける事になった。


 「魔力操作からだ。それを覚えなければ話にならないが……ことぅり、魔力は?」

 「存じ上げません」

 「だろうなっ!」


 頭を抱えた魔王様の頭を撫でて、魔力と魂の違いを教えて貰う。なんだか良く分からないが、血液みたいに体に巡っているらしい。


 「魂のように揺すぶるから、魔力を見つける所から始めよう。同じように揺するんだ。ブランコみたいに少しずつ動かして、その流れを感じ取れ」

 「頑張ります」











 魔王様のステータスを思い出してみて欲しい。訳の分からない羅列にしか見えないくらい意味不明な奴だ。全魔法、魂魔法、神魔法。さらには何故かスキルにも魔法があり、流石は魔王を名乗るだけの事はあると思う。理解は微塵も出来ないが。


 「うぇっぷ……」

 「すまん、揺らしすぎたか……」


 魔力を感じとる為に揺らすとの事だったが、三半規管がグワングワンしてベッドに沈んでしまった。魂を揺すられた時のような嫌悪感ではなく、漁船に乗ったかのような揺れだった。大地はこうも柔らかいのか、なんて今晩のベッドに何故適応されないのかと悔いる。


 「ま、魔王様、きつい、です」

 「顔真っ青だな。収穫はあったか?」

 「胃液が配置につきました……」

 「待て辞めろ、飲み込め」


 ご要望通り酸っぱい物を必死で飲み下し、喉をイガイガさせながら板張りのベッドを感じる。これはベッドだと認めないけど、今日寝る場所なのだから吐くのは嫌だ。

 アルビノ美少女である魔王様がトントンと背中を撫でて看病してくれたが、手当てより時間の方が効果があったようだ。でもあれだよ、気分的には楽になったはずだよ魔王様。ありがとうございます。少しずつ鎮まっていく吐き気に安心しつつ、魔王様の次の手を見守る。

 

 「よし、揺らすのは辞めて注入しよう」

 「……入れすぎて弾け飛んだりしません?」

 「す、少しずつだから、大丈夫だ。多分」

 「多分」


 なるほど、魔力は多すぎると爆発するのか。それも身体が。おっかない事この上ないが、即死さえしなければ魔王様が蘇生又は治癒してくれるとの事で、なんとか胃液と共に飲み込んだ。

 結構怖いが、仕方ない。

 地球産の勇者の宿命なのだろう。

 倒れ込んでいる私と手を繋ぎ、魔王様がゆっくり魔力とやらを注いでいる、らしい。繋がれた指がほんのり暖かいが、これが魔力なのだろうか。私としては手を繋いでいるから体温が伝わっただけな気がして、首を傾げる他ない。


 「魔王様、ご存知ですか?」

 「ん?なんだ」

 「手が暖かい人って心が冷たいんですよ」

 「どんな俗説だ。そんな事言ったら、赤子は眠くなると手が熱くなるだろう?」

 「確かに」


 やはり迷信だったか。

 

 「そんな事より、魔力だぞ魔力。暖かさは伝わっているか?」

 「なんとなくは」

 「よし、その暖かさを動かすんだ」

 「体温をですか」


 なんという無茶振り。体温を変えなさい、と言われた人間が何百人いれば答える人が出てくるのだろう。いや、人間には無理だ。氷を持つとか、お湯に浸けるとかしないと無理ゲーである。

 どうしたら良いのかと繋がれた手を見つめていたのだが、なんと、動き出した。目に映る手は動いていないのに、触れられている箇所が変わったかのように暖かさが移動している。


 「ひぃっ」

 「……いや、なんで悲鳴を上げたんだ?魔力が動いているのが分かるだろう?」

 「き、きもいです魔王様」

 「きもい!?」


 何も触れてないのに、体温が動き出す。未知の感覚は非常に気持ち悪く、理解の及ばない現象に鳥肌が立った。


 「慣れろとしか言えないな。これを自分で動かして放出出来るようになれば、取り敢えず浄化くらいは出来る、筈だ」

 「安眠の為なら……!」

 「ことぅり、お前段々と残念になっていくな。なんだ、ほら、勇者っぽく繕えないか?」

 「魔王様に言われたくありません。それと元々取り繕っていたモノが剥げ落ちただけですので、悪化して行きますよ」

 「しゃきっとしろ」


 魔王様だって外見を除けばただの厨二病患者だったくせに、さも自分は常識人ですみたいに言ってくれている。そもそもそんなに取り繕っていた記憶もないが、多分言葉数の問題だろう。

 閑話休題。

 それよりは目の前の魔力だ。人の手の中を這いずる気色悪い温度を操作しなければならない。


 「何処に力を入れたら動きますか?」

 「魔力だ」

 「どんな風に力を込めれば動きますか?」

 「ぐっとだな」

 「魔王様って感覚派ですか?」

 「魔法理論は得意だ」


 絶対嘘だ。

 論じていても一向に上手くならないので、掌や腕をプルプルさせながら試行錯誤する事にした。夜も更けて、窓の外はチラチラと松明が見える程度の闇に覆われている。部屋の中は魔王様の出した光体でやたら明るいが、そろそろ寝る時間だと私の脳が訴え始めていた。今日はネズミを8匹撲殺したから疲れていて、ついうつらうつらしてしまう。


 「何一つ動いてないな。勇者は頭から入るタイプなのか、もうどうしたら良いか分からんな。最終手段としてのレベルを上げて物理で殴る、しかないのだろうか……」


 何やらブツクサ呟く声をBGMに、座ったまま目蓋だけが落ちていく。もういいかな、疲れたよ魔王様。課金の為だけに働いてた程度の事務職なめんな。最盛期も過ぎたギリ20代だぞ。

 

 「寝るか……おいことぅり、ちゃんと横になれ横に。なんでそんな器用に座ったまま寝てるんだ。ほら、こっちゴロンして、」

 「うぃ……」

 「そっちじゃない、お前は子供か。ステータスは子供だけど中身まで落とすんじゃない。あ、こら、私を枕にするな、おい、」


 人というのは、柔らかいものが好きだと思う。寒い時や眠い時、それはとても顕著に現れる。という訳で小うるさい魔王様を抱え、板張りの硬い台座に横になった。満更でもないのか、はたまたベッドが硬過ぎて同じ気持ちなのか、特に抵抗もせず魔王様は私の腕の中だ。


 「全く、私をこんな風に扱うのはお前くらいだぞ。そういう意味では精神力だけは勇者か……いや戦えない勇者とか張りぼても良いところだな。なんとか鍛え上げねば……」


 どうして魔王様の方が勇者に入れ込んでいるのだろう。ふとそんな疑問を抱いたものの、やはり睡魔という抗えない強敵の襲来にはなす術もなく、私は良い匂いのする魔王様の髪に顔をうずめスリープモードに移行していた。

 3秒後にシャットダウンします。


 「レベル上げに注力したほ-----」



 ◆



 朝。規則正しい生活の身についた勇者こと私は、相変わらず朝に弱い夜行性の魔王様を抱えたまま目が覚めた。おはようございます。

 特に急ぐ事もないのでそのまま寝転び、どうしたもんかなぁと汚い天井を眺める。焦げ茶色の木製の天井は、所々にシミみたいなものが付着していて血痕かな?なんて思った。

 しかし、何も出来る気がしない。

 スキルは魂とかいう謎依存で、魔法は魔力なんていう体温依存。そんなもの簡単に使える訳がないし、かと言って身体能力も魔王様曰く子供並みだ。知らないことが多すぎて分からない事だらけで、文字も読めないし実は追われる身。なんだこのクソゲーとは思うものの、抱き枕の魔王様は私を勇者に仕立て上げようと知恵を絞っている。

 他の勇者を召喚した方が早いのでは。

 流石に口に出すのは躊躇われるが、何もできないのだから仕方ない。専門的な知識もないし、一人で食い扶持を稼ぐ事も出来ない。


 「やべぇ」


 なんとかしなくては。

 魔王様に見捨てられたら、あのスラムに居るようなホームレス勇者になってしまう。私という存在が汚物になるだなんて耐えられないし、魔法が使えなくてもお風呂くらい入りたい。

 しかし何が出来るのか。

 こうなったら魔王様に全力で寄生する事もやむ無し、だろうか。恥も外聞も焼き捨てて、ゴロニャーンすれば良いだろうか。なんだかんだいい人だから、見捨てる事は無さそうだけども。

 それでいいのだろうか。


 「いや待てよ?」


 スキルはダメ、魔法もダメ、力も文字も知識もダメ。でももう一つ、私には元の世界とは違うモノが与えられている。あまり認めたくないし、魔王様だって特に何も言わないから知らないのだと思うけれど、ステータスにはしっかりと書き記されている。

 天使見習い。

 どう考えてもブラック臭のするそれは、もしかして種族特性なんてモノがあったりなんかしないだろうか。ゲームではステータス値を決めるのによく使われる種族特性だが、この世界ではSTRなどの数量では示されていない。ならワンチャン希望はあるかも知れないと、それについて考える。

 天使見習い。なら進化すれば、天使だ。

 天使とは何か。それを見つける事が出来れば、恥ずかしげもなくゴロニャーンしなくて済むだろうか。別に養ってくれるならそれでも良いのだけど、魔王様が諦めない内は努力してみようと思う。

 天使という事はナニかに使える必要がある。それを神と称するのかはさておき、つまりは私に見えない上司がいるという事だ。直近の上司は天使だと思うので、神様っぽいのは多分取締役だ。まずは係長や部長あたりと接触し、仕事の仕方を習わねばならない。異世界に来てまで上司から指示を仰ぐとか、心底クソゲーである。


 「うぇ……」

 「なんで人を抱えたままえずいてるんだ……」

 「あ、おはようございます」


 魔王様が起床なさったらしい。

 いやでもよく考えれば、魔王様のヒモになるのとそう変わらない気がする。気を使う相手が上司か魔王様かの違いなだけで。そうなれば得体の知れない上司よりも目の前の魔王様の方が人となりは知れているし、天秤の傾き方に差が出る。

 起きた魔王様が身動ぎしているので何となく抱き直し、腕で固定する。


 「おい」

 「魔王様、ご相談があるのですが」

 「なぜ離さない」

 「柔らかいので」

 「知らんそんな事」


 ぎゅっとしておいた。

 そして本題である種族についてを聞いてみる。案の定「知らない」と返って来たので相談は10秒程で終わり、渋々ながら開放する。

 ゲームもない布団もない。そんな生活の中で唯一の癒しだというのに。


 「よし、レベル上げと稼ぎに行くぞ。もうバフ盛り盛りで行くから、どんどん屠れ」

 「人を通り魔みたいに……分かりました」


 魔王様がそう仰るなら、ヒモである私に否があろうはずも無い。お腹に何か適当に収め、土の棒切れを持って草原へと旅立った。背後からは子守をしている魔王様がいて、若草色のネズミ狩りに精を出す。

 種族って進化しないのかな。





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