第3話 魔王様と冒険者登録
10リルが銅貨一枚、百円くらい。
100リルが大銅貨一枚、千円くらい。
1000リルが銀貨一枚、一万円くらい。
とりあえず、貨幣と、ついでにあんまり識字率が高くない事が分かった。田舎から飛び出してきたという咄嗟の苦しい言い訳を信じて貰えたので、なにやら掃除をしていたおばちゃんの知恵を借り、今後の予定を組み上げる。
「冒険者、とやらになりましょう。登録すればカードが身分証になるし、依頼も受けられる。こんな素晴らしいものありませんよ」
そしてお金を稼いで、布団を買おう。
硬いベットにうつ伏せで寝ている魔王様にそう提案し、決してこれはベットではないと思うそれの上で膝を抱えた。魔王様、顔面痛くないんですか?それ。
いやしかし、やはりテンプレは最高だ。あんな定職とも呼べないような危険な仕事が実在するだなんて。おばちゃんは皿洗いやウエイトレスの長期雇用の募集もあると言っていたから、職業安定所みたいなものだと思うが。
「問題は、私達のステータスですね」
「それだな…」
なんだよ、天使見習いって。吸血鬼も多分やばい。魔王様の名前がないとか致命的。
「あの魂魔法?で、上書き出来ませんか?新しい自分を作ったり……」
「可能だが……なんだか気乗りせんな」
「気持ちは分かりますが、このまま巻き上げるのを続けて犯罪者として成り上がるよりも遊ぶのに適していません?どうせ前科者ですが、こう気持ち的に」
「表立って歩けるのは魅力だな……」
深く溜息をつき、ちょいちょいと指で私を呼ぶ魔王様に従う。早速やってくれるのだろう。
気持ち悪くなるのを覚悟して、そっとお腹に力を入れた。
◆
「冒険者ギルドへようこそ」
次の日、空きっ腹を宿の朝食で満たしてから、またスラムで巻き上げてギルドにやってきた。他の街の方が良いかも知れないと思ったものの、バレたらまた作れば良いと強行した。
薄汚れた木造の建物に入ると、奥には三人の受付嬢の並んだカウンターが見えた。空いていた一つにそっと並ぶと、なんだか見たことがあるような営業スマイルを浮かべる。
「登録をお願いしたいんですが…」
「かしこまりました。お二人ともで宜しいですか?」
「はい」
焦げ茶色の髪を肩まで伸ばした受付嬢は、カウンターの下から紙を取り出す。その紙を渡そうとはせずに、こちらに向き直った。
「お名前をお伺いします」
「?えと、口頭でいいんですか?」
「はい。問題ありません」
「ステータスを見せたりとかは…?」
そのために吐いたんだぞ。魔王様が居なかったら吐瀉物の匂いが取れずに泣いていたに違いない。洗浄の魔法は是非覚えたい。
「必要ございません。みなが使えるわけではありませんし、スキルや魔法を公開したがる人もおりませんので。冒険者ギルドでは、どれだけギルドの仕事をしたのか、その信頼値のみで判断致します」
「なるほど、勉強になります」
登録が簡単なのはいいが、なんだろうこの虚しさは…。
「えっと、コトリと申します」
「コトリ様ですね。言える範囲で結構ですので、年齢と得意な魔法など、お願いします」
「年齢は26、魔法は修行中です」
「…はい、ありがとうございます。他になにかアピールポイントなど御座いますか?」
「特に思いつかないので、空欄で」
「かしこまりました」
さくっと書いてくれたらしい。うねうねしてる文字らしきものを眺めてから、そっと魔王様に場所を譲る。
きょろきょろと辺りを見渡していた魔王様は、子供の社会見学にしか見えなかった。
「お名前から教えていただけますか?」
受付嬢も魔王様の可愛さに自然な笑みを浮かべた。見た目だけなら本当に可愛い子供なのは私も全力で同意する所だ。
「うむ。空欄で」
「……お名前、なんですが…」
「どうしても必要なら、ナナシとでも」
「ええっと……名前は登録してしまえば変更できませんが、本当に宜しいのですか?」
「かまわん」
どうよこの感じ。可愛いでしょう。
なんとも言えない顔をこちらに向けてきたので、そっと微笑むことで返事とした。うちの魔王様は可愛くてとても頼りになるが、偽る事をあまり良しとしない方なのである。そして空気を読むという概念がない。チャームポイントである。
「それでは、年齢と得意な魔法を…」
「年齢も空欄。魔法で出来ぬことはない」
「…………あの、ことり様…」
「年齢は15、魔法全般が得意で」
「ありがとうございます」
なんとも言えない顔で記入を終え、受付嬢はしばらくお待ち下さい、と席を立った。
そうして戻ってきた時には、その手には銅板のような板を持っていた。受け取って表面を見てみるが、字がうねうねしていた。
「こちらのカードが身分証となります。初級だと発行した街でしか使えませんが、ランクを上げるとどこの街でも使えるようになります。ランクは大きく、初級、中級、上級、特級とありまして、依頼を受けて信頼値を溜めて下されば昇格します」
実に分かりやすい。
「お二人は登録したてですので、初級下からのスタートとなります。信頼値が貯まれば初級上になりますので、頑張ってくださいね」
あとは細々とした注意を聞き、ギルドの登録が終わった。何か受けるかと聞かれたので、オススメの依頼を教えて貰った。
依頼 カナキリ草の採取
報酬 五本50リル
そんな草知らん。仕事の出来る受付嬢がささっと見本を出し、これなら門から遠くなく、この辺には驚異度の高いモンスターもいないから大丈夫だと太鼓判を押した。そうだレベル上げなきゃ。
「カナキリ草はまれに密集して生えてますので、一本見つけたら辺りを探してみてくださいね。こちらは常時依頼ですので、何本でも買い取り致します。ただ、一回の買い取りで依頼一回達成ですので、お気をつけ下さい」
「分かりました。どうもありがとうございます。早速行ってこようと思います」
「はい、お帰りをお待ちしております」
◆
やってきました門前の草原。昨日さんざん歩いていたのでなんの感慨もない。門では通行人をチェックする兵士?の人に微妙な顔をされたけれど、まぁ通れるなら問題はない。
「んんんんんんん」
門から伸びていた、行き道は気がつかなかった人の踏み鳴らした道から外れ、草しかない草原でポツリと立ち止まる。
そうして唸り声を上げてみるものの、やっぱりよく分からない。
「……なんの威嚇だ?」
一歩離れた魔王様が、実に怪訝な顔をしていた。そんなかんばせも可愛らしいけど、待ってこれには理由があるんです。
「スキルに真偽眼があったので、使えたら楽に探せるのではないかと」
「なるほど、試行錯誤していた訳か」
真偽眼。言葉通りに受け取れば、きっと嘘と本当が分かるものだ。実際の所は知らないけれど、YESかNOがふわっと出てきたら面白いのではないかと思う。
お前はなんとか草ですか!
「…何もわかりませんね。魔王様、コツとか使い方とか、もっと何かありませんか?」
「難しいな……スキルがない所から来たのだろう?私達にはなんとなく使えるから困ることがないからな…」
「あっ、では魔法を教えて頂けませんか?探索とかどうでしょう?」
スキルは使えないやつだ。
時間に余裕がある時に考えるとして、矛先を変えてみる。ゲームだとサーチとかあるし、テンプレ世界ならなにかしらあるだろう。
「ふむん。あるにはある。でもことぅりにはまず、魔法を使うための魔力操作を覚えなくてはならない。いきなり使えるものではないのだ」
「つまり私は、この手足を使って血眼になって草を探すか、魔王様のヒモになるしかないってことですか?」
「そこはせめて養って貰う、とか、こう言い方ってものがあるんじゃないか?」
「事実は変わりませんよ」
テンプレ世界のくせに、なんて現実味なんだ。
致し方ない。その場にしゃがみこんで草の根をかきわける。プチプチと草を千切るのも忘れない。魔王様は微々たるものだと言っていたが、ここは経験値の宝庫なのだ。
レベル1なんていういつ死んでもおかしくない私は、こういう地道な事が必要、だと思う。
「なんだろうな、ことぅりの背中から滲み出る哀愁というか。見ていてやるせなくなるな」
「まだ20代ですよ。そんな中年の人に向けるような評価はやめて下さい」
「私からすると赤子みたいなものだがな……」
私が草むしりに精を出しているうちに、魔王様はちょいちょい姿が見えなくなり、ふいと戻って来ていた。探しているのだろうと放って、手の届く範囲で草がなくなれば移動し、毟っていく。
そうして日が暮れるまで適当に毟り続け、腰痛になりそうな所で切り上げた。コキコキと首を鳴らし背筋もほぐす。依頼の草の名前すら覚えてない程熱心に草毟りしたから、自分の周りはポッカリと穴が開くように空間ができた。いやぁ、小学生以来だけど、手が青臭い。あと擦り傷ができた。レベルも上がらないし、勇者とは一体なんなのかを懇々と問いただしたい。
「ことぅり、見つけられたか?」
「どうでしょう?取り敢えず無かったと思います」
「お前は諦めが早すぎる」
「長所だと自負しております」
ミステリーサークルになった草原の一角で、手ぶらな魔王様を出迎える。やれやれと肩をすくめる可愛らしい少女を眺めながら、さて、どうしたもんかと空を仰ぐ。
私、冒険者向いてないわ。
戦い方さえ分かれば無心で屠り続けられるだろうけど、こんな採取系は無理だ。選んだ依頼を間違えた気もするが、それにしたって戦う術がない。ヒノキの棒でも振ってみるしかないか。
「私は見つけたぞ。取り敢えず数日間はカツアゲしなくて良さそうだし、もういいだろ」
「流石です魔王様。どうやったんですか?」
「サーチで見つけて千切るだけだ」
「なんて便利な」
私にも是非教えて欲しい。
草毟りで体についた土や汗をしれっと綺麗にして貰い、手ぶらにみえる魔王様と並んで街へと戻る。あれだ、私はヒモになる。現にそうなのだから、間違いない。
「そうだことぅり、晩飯だが」
「はい?」
「そろそろ血をくれ。飲んでみたくてこう、牙がウズウズする」
「モンスターではダメだったんですか?」
「ダメだったな。不味くて吐き出したぞ」
「ご愁傷様でした」
養って貰っている以上、私に否があろうはずもない。魔王様の事だから致死量を奪われるとも思わないし、それだけで寝る場所を提供してくれるなら安いものだ。
「分かりました。多分2リットルくらいでショック死しますので、それ以下でしたらお好きにどうぞ。感想を教えて下さると嬉しいです」
「分かった」
可愛らしい魔王様の手を引いて街に到着し、情報の欠落が激しい冒険者カードで中にはいる。依頼を完遂させ、思ったより魔王様が奮闘したらしく小金持になった気がする。昨晩の宿のベッドが硬すぎたので、別の宿を試してみることになった。
猫耳コスのおばちゃんではなく、普通のおじさんが経営する宿をチョイスした。
「魔王様大変です、藁ですよ藁。木箱に藁をぶっ込んでシーツ掛けたベッドですよ。これは睡眠への冒涜に違いありません」
「昨日よりは柔らかいし、寝やすいんじゃないか?でもまぁ……ほら、綺麗にしたから虫もいないだろう」
「大好きです」
「えっ?あ、うん、ありがとう?」
無詠唱で綺麗にしてくれたベッドを撫で、シーツが薄くてチクチクするなと確認した。手っ取り早く稼げればもっとマシな寝具を整えるのに。
雑に詰められていた藁を整えていると、後ろから魔王様が抱きついて来た。今更接触を疎うつもりもなく、草毟りで疲弊した私の体に安らぎを与えるべくベッドメイキングに勤しむ。
藁追加できないかな、下の方ぺったんこだ。
「すまん、我慢できない」
「お好きにどうぞ。痛くないようにして下さると嬉しいですが」
「善処しよう」
ぐいっと肩を引かれて、魔王様の方に体を向けられた。正面から飲むのかと思った矢先に押し倒され、整えたばかりのベッドに二人して倒れ込む。牧場に癒しを求めて行った時に嗅いだ、藁の匂いが鼻腔をくすぐる。けどそれも、首元に降りてきた魔王様の頭で分からなくなった。
魔王様の匂いは、何に似ているんだっけか。
その正体を思い出す前にチクリとした痛みを感じて、私は目を閉じた。勝手に強張る体から意識して力を抜くために、大きく深呼吸をして。
◆
「んぅ……!」
「ことぅり……だめだ美味しい……」
「そ、そろそろ良いのではっ?」
首元からぴちゃぴちゃと音がして、鼻腔には鉄の匂いが伝わってくる。不思議な事に痛み自体は余り痛くないのだが、匂いからして血の印象が強く体が強張ってしまう。
こちらに配慮してくれたのか、量はあまり出ていないと思う。だからこそ、その分魔王様の舐める音が生々しく聞こえてきて、恥ずかしくて死にそうだった。
「もう少し……」
「くぅぅっ」
何この羞恥プレイ。美少女に首を舐められ続けるとか、どこの業界のご褒美なのか。もっとこう恐怖とか出せないんですか魔王様。私の称号も大概だけど、魔王様のも間違ってませんか。
称号って、意味あるんだろうか……。
「く、くすぐった……っ」
「もう少し……」
延長を続ける魔王様を力尽くで引き剥がす事も出来ず、舐められたせいで整えたシーツに唾液の水溜りが出来るまで、私は解放されなかった。
サプリとかで代用できませんか、魔王様。
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