第2話 魔王様と初めての街



 あの城からどうやって逃げたのかといえば、文字通り飛んで逃げたのだ。何をしたのかは分からないが、魔王様とお手手繋いでお空を暫くお散歩。少し離れたところの草原に着地して、うだうだ話しながらここまでやってきた。

 もちろんレベルなど上がっていない。あの草原には草しかなかったし、わざわざモンスターを探して倒さなければならない程切羽詰まっているわけでもない。というかスキルの使い方すらマスター出来なかった。気長に行こう。

 正面にあった門をしっかり迂回して、誰もいないことを確認、魔王様に手を差し出す。


 「お願いします」


 くすりと笑って、その手は握られた。おおかた勇者のくせに、なんて思っているのだろう。

 しかし真面目に考えたところで、法を犯さず街に入ろうと思えば、金や身分証を略奪するしかない。そもそも身分証がどのような形をしているかすら知らないのだ。偽装する事も不可能。ぶん殴って見せて貰っても、犯罪みたいなものだろう。

 特に詠唱もなにもなく、まるで当然のように私達は空を飛んだ。そーっと城壁の上に乗り、そーっと街中に降りる。私のスキルにあったような結界じみたものもなく、外壁周辺はスラムのようにごちゃごちゃしており、さして問題もなかった。


 「ありかとうございます」

 「構わんさ、共犯者殿」


 なんとなく手を離すのもしのびなかったので、そのまますえた匂いのするはじめての街を歩く。所々に死んだ目をした人が転がっていて、統治が宜しくないのかな、なんて思った。

 魔王様も不思議そうに死んだ目をした人達を眺めていて、戦争の影響かな、と小声で呟いていた。


 「スラムでは無理ですかね?所持金的に」

 「チンピラならどこかに巣を張っているだろう。もう少し歩くぞ」

 「かしこまりました」


 魔王様曰く、私たちのなりは上等な分類で、放っておいてもカモがくるだろうと推測していた。

 そして流石は魔王様。ものの数分で、そこらの浮浪者よりはマシかな?といったなりのチンピラに囲まれたのである。着ている服はヨレヨレで薄ら汚れている。ツギハギも所々に見られるが、その辺で転がってる布っきれを被ったホームレスよりはよっぽど人間らしい。


 「俺らのシマを通るにゃ、通行税が必要なんだぜ?きひひ、ちょっと付いてきて貰おうか」

 「……ふむ。どこへ行くのだ?」

 「ここはちぃっとばっかし人目がありすぎるからなぁ。俺らは構わないが、お前さんらの為にはならないと思うせぇ?」


 しかし全体的に汚いな。現代人としてあるまじき格好なのは確かだし、おい近寄るな口が臭いやめろ。

 汚い手が、魔王様と繋いでいる方とは反対の手をとった。さっきの魂を揺さぶられた時と同じような嫌悪感が私を包み込む。

 咄嗟に手を払うものの、女の細腕では振り払う事すらできなかった。くぅ、勇者だけどレベル1だとスペックが低すぎる。まるでお手手を繋いで振っているようになり、心が折れた。


 「魔王様、助けてください。気持ち悪いです吐きそうです、こんなのに触られるとか病気になりそうですいや本当むり」

 「いや、まぁ、分かっていた事ではあるが、こうなんというか、もう少し頑張れないのか?」

 「むりです。吐瀉物アタックになりそう」

 「……それは見たくないな」


 そっと魔王様の方に体を傾け、繋いでいた手を腕で包むようにして助けを求めた。

 にやにやしている小汚い男どもから数ミリでも大きく離れたい。凄い鳥肌たってますよ魔王様。現代日本人に、汚くて皮膚の色が変な存在が絡んでくるとか、もうそれだけでセクハラです。存在が汚物。

 やれやれと魔王様が溜息をつき、何も縛られていない反対の手をかざす。たったそれだけの動作で、私の手を汚していた男が動かなくなった。やだ離れてから硬直させて下さいよ。


 「有り金全ておいて、私達の事を忘れろ」

 「………………」


 まるで夢遊病者のようにうつらうつらとして、男どもは着ていた服からチャリチャリと音のする袋を地面に放った。いやお金は有り難いけど、なんで手を離してくれないの。

 魔王様は落とされたそれを当然と掴み、しっしと手首で次の指示を出した。まって魔王様、この男に手を離すように言って、ちょ、引っ張られるやめろまじで!


 「手を離して消えろ」

 「…………」


 やっと離れた!

 すかさず掴まれた手首をポケットに入っていたハンカチで拭き、悪臭がついていない事を確認。そのままの流れで魔王様を抱きしめた。

 予想通り、いい匂いがした。


 「なにしてるんだ?」

 「あんなに接近されると鼻がおかしくなります。ちょっと我慢してください」

 「え?…………は!?もしかして私の匂いを嗅いでいるのか!?ええい、やめんか!!」

 「大丈夫です、超いい匂いがします」

 「そういう問題じゃない!やめぃ!」


 頭を振ったりして抵抗を見せるが、本気で振り払うつもりはないようだ。なんせチンピラ以下の力しかない私が抱きしめていられるのだから。本気で嫌ならきっとミンチになっている。

 あ゛あ゛あ゛と唸る魔王様に救われつつ、覆いかぶさっている私を引きずったまま、魔王様は歩き出した。





 スラム街?とでも呼べばいいのか定かではないが、あの汚い場所から少し離れた路地裏。ようやく少し復活した私と魔王様は、置いてあった樽のようなものの影でしゃがみ込み向き合っていた。

 目の前には、10円玉のようなものが4つ、100円玉のようなものが1つあった。


 「銅貨と銀貨、だと思われる」

 「私の世界では飲み物一杯分の価値しかなさそうな見た目です」

 「私の世界なら…一週間分の食費にはなる。たしか庶民なら」


 さて、どうしたものか。

 ここで問題になったのは、金銭の価値もそうだが、なんと私達二人、文字が読めない。会話が出来ていたから心配していなかったが、お金の価値を見るために屋台を眺め、それは発覚した。

 アラビア語か?うねうねしていた。

 ここで頼りになるのはやっぱり魔王様のはず!と期待を込めて見つめてみたものの、愛らしい魔王様からそっと目を逸らされ撤退を余儀なくされたわけだ。


 「どうします?この辺の識字率によっては、不審者として通報されますかね?」

 「……ありえるな。そもそも通りを歩いている者たちの格好からして、私は上流階級も同然ななりに見える。読めません、は不自然だ」

 「さっきの命令していた奴で、翻訳させるのは無理なんですか?」

 「あれは意識を低迷させて従える魔法だ。知力を大幅に下げる」


 困ったぞ?

 こうなったら不自然丸出しで突撃するか、不審者よろしく買い物している人達をガン見するかしかない。読めなくてもお金を渡していたら価値は分かるだろう。

 その辺に都合よく幼子とかがいれば、お姉さんに教えて欲しいなー?とかで聞き出してもいいのだが、それにしたって声掛け事案である。無闇矢鱈と罪を重ねても仕方ない。


 「突撃するしかありませんかね……。いや、そうだ言わせればいいんですよ」

 「む?」

 「書いてある事に気付かないかったわーって雰囲気で、あらおいしそう、おいくらですかーって聞けば」

 「……ふむ、では任せたぞ」

 「私のコミュニケーション能力が唸ります」


 これくらいなら、きっと自分でも役に立てるはず。

 気合を入れ直し屋台へと向かう。え?手は繋いだままですよ?こんな場所で逸れたらまた心が折れる自信があります。

 何かの肉を焼いている、筋肉モリモリのお兄さんの屋台へと狙いを定めた。いやもっとモヤシみたいな人が良かったのだけど、そんな屋台の店主は全く見かけない。浮浪者がウロウロしている昨今、屋台を守る事も兼ねているのかもしれない。


 「お兄さん、それなんの肉ですか?」

 「これか?スィルガーロの腿肉だ。うち特性のリュロダレで焼いてあってな、美味いぞぉ」


 やっべ、何も情報を得られなかった。


 「美味しそうですけど……おいくらです?」

 「一本30リルだ。食べるか?」


 くっ、枚数じゃないのかよ。通貨単位と貨幣が噛み合わないとは何事だ!


 「……これで、」


 足りますか?という言葉は飲み込んだ。ドキドキしながら銀貨を差し出すと、お兄さんは嬉しそうに受け取ってくれた。


 「1000リル預かるぜ。二本でいいかい?」

 「はい、お願いします」


 勝った。





 銀貨一枚で1000リル。

 銅貨一枚で10リルだと分かった。

 屋台のお兄さんから受け取ったお釣りは、大きめの銅貨と巻き上げた銅貨が入り混じっていた。

 大きめ銅貨一枚で100リル。


 「…なんとかなりましたね…」

 「お手柄だ、ことぅり。この流れでいくと、大銀貨で5000リル、金貨で1万リルといった所だろう。串一本で一食分にはならないが、30リルで食えるなら500リルもあれば普通に食えるかもしれん」


 串焼きは駄菓子みたいなものか?

 受け取った謎肉の串焼きを食べつつ、現在ある所持金を二人して眺める。謎肉は日本で言う鶏肉のようなもので、よく分からない果実のようなタレがかかっていた。うまうま。

 通貨が判明したため、今度は通りを歩いている適当な人に宿を聞いてみる。オススメの宿ありませんかー?ならあそこがオススメですよー。なんて簡単に教えて貰い、堂々と歩くのもあれなので道の端を二人で歩いて行った。

 ぱっと見普通のお店のような感じだが、足元には料金表のようなものが置いてある。もしかしたらオススメのメニューかも知れないけど、こんな所で燻っていても仕方ないだろう。


 「すいませーーん」

 「はーい」


 ドアを開け中に突撃してみれば、少し奥まった所にカウンターがあった。誰もいないカウンターに声をかけると、奥から控えめな足音でおばちゃんが現れる。おばちゃ、ん?中年くらいの方なのに猫耳コスとは中々やりますね。馴染んでいるみたいなので完成度は褒めるべき点だろう。


 「二人なんですけど、空いてますか?」

 「はいはい空いてますよー。ツインと、ダブルとどちらがいいですか?」

 「ちなみにお値段の方は?」

 「ツインが一人500リル、ダブルだと二人で800リルだよ。朝食付きでね」

 「じゃあダブルでいいです。お願いします」

 「はーい、ありがとねー」


 ふむ。大体100リルが千円くらいだろうか。安いビジネスホテルならそんなもんだろう。アメニティは期待出来ないけど。

 魔王様からこっそりお金を受け取り、おばちゃんに渡す。


 「まいど。二人は姉妹かい?仲が良いんだねぇ。お姉さんは名前を書いてくれるかい?」


 なんと、宿泊の台帳があるのか。

 これは困った。当然のように羽ペンを受け取ったはいいが、全く書けない。どうしようかと固まっていると、おばちゃんが首を傾げた。


 「もしかして、書けないのかい?」


 大ピンチだ。


 「い、田舎から飛び出してきまして…やっぱり、まずい、ですよね……?」


 識字率は分からないが、田舎ならきっと言い訳が……たてばいいなぁ!

 するとおばちゃんが、人好きの良い笑みでこう教えてくれた。


 「おてんばなんだねぇ。いいよ、私が書くから。名前を教えてくれるかい?……ああ、そんな泣きそうな顔しなくても大丈夫だよ。この街だってそんなに珍しくはないさ」


 勝っっっった!





 通された部屋、簡素なビジネスホテルのようにベッド以外は歩くスペースしかないような部屋であった。ダブルベットは予想より一回りほど小さかったが、まぁ魔王様のような小柄の人と寝るのなら窮屈にはならないだろう。

 座る場所もないのでベットに腰掛けると、ギシリと板張りの音が聞こえた。え、ありえないんだけど。


 「なにこれ硬い」

 「うむ。布団というより布を敷いた台のようだな。シーツも洗ってありそうなのだけが救い…だと思うが……」


 この世界は私から安眠まで奪うつもりか。

 こんなので寝たら体がギシギシになりそうだ。最盛期を過ぎた20歳後半の人体を舐めるなよ。いや今は天使見習い……忘れよう。分からない事を並べても困惑するだけだ。


 「とりあえず、今後の予定でもたてましょうか」






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