第1話 魔王様と勇者

 清々しい、とはこういう事を言うのだろう。青く澄み渡る空、穏やかな風に揺れる草の音。どこまでも広がっているかのように、遠くに見えるのは地平線。

 ここが北海道とかだったら、今から牧場なりラベンダー畑なりに行って満喫して、夜には適当なホテルとかで眠るのだろう。いいな、旅行。


 「とりあえずことぅり、レベルをあげようじゃないか。そんな貧弱さでは何をすることも出来ないからな」


 隣を歩くのは、白髪を腰まで伸ばし、紅の瞳を持つアルビノのような少女だった。まさしく肌も真っ白で、このように日の下にいるには些か不安になる色だ。日焼けなんぞしては勿体なくて仕方がない。そんな少女はその顔もとても整っており、黙ってさえいれば絶世の美少女といえよう。実年齢は定かではないが、パッと見る限りおよそ12歳くらいだろうか?私の胸元までしか身長がないが、元々私は背の高い方なので比べるのも間違っているかも知れない。


 「レベル上げですか…それは敵を倒すと上がるという認識であってます?」

 「その通りだ。原理は省くとして、なんか生命体を倒せばレベルは上がる」

 「なるほど」


 そうして見渡す草原。なんにもないな。

 そっと足元の草をちぎってみた。


 「………うむ。私の説明もアレだったが、草刈り程度では100年かけてもレベルは殆ど上がらないな!いや経験値自体はあるのだぞ?だが経験値とは名の通り、経験をするという事にあるのだ。強大な敵と戦う、それは素晴らしい経験だ。また野営や商売なども経験にはあるのだが、その経験は肉体を育てるという方向ではない」

 「ところで、スキルとはなんですか?」

 「ほう、貴様、さっき私の語ったことを何一つ聞いていなかったのだな……?」


 あ、バレた。


 知らないな国の城から文字通り飛んで逃げた私達は、知らない草原に辿り付き、そんな会話をしていた。無詠唱だったので魔法名は分からないが、フリーウォールのようにふわふわと、そして空気抵抗もないのにぴゅーんと飛んだ。

 魔王様は腕を組んで私を睨め付けている。


 「簡単に言えば、魂によった技術だ。肉体に宿る魔力に依存しないとはいえ、使い過ぎれば魂という己の存在を危ぶむ危険なものだ」

 「すいません、魂とは?」

 「己の存在基盤と言えるな。感情や記憶は脳に依存しているが、魂がなければ決められた事を繰り返すゴーレムになる」

 「スキルは余り使わない方が良いと?」

 「よりけりだ。魂を削って使うわけでなし、残痕に形を与えるだけのスキルなら、使わない方が勿体ない」

 「はぁ」


 可視化できないかな、スキル値…。TPとかで。MPとは別バーなのは分かったし。

 当て所なくさくさくと歩み、魔王様からレクチャーを受ける。なかなか面倒見の良い人だ。いや人なのか?まぁいいか。


 「スキルはどう使えば?」

 「己の魂に聞け」

 「なんだと……」


 大事なところで使えないなんて…。

 そもそも魂なんてものを認識したことがない。スキルが表示されているのだから、きっと私にもあるのだろうが、それにしてもハードルが高い。

 立ち止まりなんとなく胸元を見る。心臓に宿っているのだろうか、それとも頭?そもそも見えないのなら見ても仕方ない、のか?

 はぁ、と溜息が聞こえた。


 「ステータスを弄った時、なにか感じなかったか?あれは魂に刻まれた情報を正しく読む為に、魂を突いたのだ。表層だけでは誤差も生じるからな」


 いまだに名前が違うとは言えない。でもまぁ、あの嫌悪感に似た全身に宿るナニかが正体か。身体の一部分ではないのか。


 「もう一回やってくれませんか?」

 「別に構わないが、外部から突くと宜しくないぞ。気持ち悪くなるし」

 「感じられないので仕方ないですよ」


 やっぱり私の嫌悪感は伝わっていたのか。

 そっと手を握られ、首を傾げた。ステータスプレートを出そうとしていた所なので、不思議に思う。そういえば、ステータスはスキルではないのだろうか?あれはなぜ現れたのだ……。

 そして握られた手から嫌悪感としか言いようのないものが這い上がってきた。鳥肌が立ち、手を振り切りたい衝動に駆られる。


 「今揺さぶっている。肌ではなく、体内に集中しろ。血液に逆らうように、不形のものが揺れているはずだ。………分かるか?」


 鳥肌はんぱない。

 しかし、これは私が頼んだことだ。そしてさっさと把握しないとスキルが使えない。徐々に迫り上がってくる吐き気を飲み込み、目を閉じ集中する。


 「いい子だ。一定間隔で揺らすから、それに乗るように自分でも揺らしてみろ。そうやって少しずつそれを把握するんだ」


 一定間隔の吐き気って結構辛い。立っているはずなのに、まるで海面にいるかのように身体が揺れている気がする。

 自分の身体と重なるように、それはあった。同じように揺らすと、抵抗が無い分気持ち悪さも減ったような気がする。ならばこの感覚が、きっと魔王様の言う魂なのだろう。


 「まぁ魂を感じなくても、なんとなくで使えるのがスキルなんだがな。この魂を揺らす作業なんて魂魔法を使える奴にしか出来ないし、私以外に出来る奴いるのか?」


 手を振り払った。





 「魔王様は、これからどうします?」


 魂だとかなんだとかで騒ぎながら歩いていたわけだが、ふと本題を思い出した。殺すことではなく逃げることを選択した魔王様。こうして私にスキルの説明をしたり教えてくれているのだから、面倒見の良い、魔王という名前から想像するような殺戮の権化ではないのだろう。


 「ふむん。正直にいえば----」


 足元から草をかく音がする。さわり、さわりと揺れる音と相まって、本当にうららかなお散歩日和と言える。


 「遊びたい」


 シンプルな黒のワンピース姿のラスボスさんは、何故だかキリッとした顔で続けた。


 「……どんな遊びですかね?」

 「いやそんなに嫌そうな顔をせんでも良い。別に世界を掻き混ぜたり、他人を玩具におままごと、なんて事はせん」

 「そこまでは考えてませんでしたけど…」


 発想は確かに魔王様である。


 「まぁ、観光みたいなものか。私自身、吸血鬼とかいう分からない種族になっているし、他にも面白い種族がいるのだろう。種族が違うのなら、社会体制なども変わってくる。この世界特有の事だってあるだろう。それを、見て回りたい」

 「なるほど。魔王様はあくまで支配者で、統治する側だから、観光として見て回りたいと」

 「ほかにする事もないしな!」


 からからと笑っていた。

 なるほど。魔王様はなかなか平和的な思考をしているというのがよく分かった。


 「そういえば、元々いたお国は大丈夫なのですか?魔王様がいなくなって」

 「大丈夫だろう。最優先決定権こそ持っているが、細かい政策は議会が決めるし、私は基本口も手も出さん主義だ。天変地異がなければ力を振るう事もない」

 「なんだかお飾りみたいなものだったのですね?」

 「言い方は悪いが、まぁそうだな。私は誰よりも力を持っているからこそ、不動の王として偉そうに座っている事に意味があったから」

 「正直、よく分かりませんね」


 魔王。この世界では、人の敵として君臨している。外交など意味をなさない突発的な略奪、人をとにかく嫌悪し殲滅してくるもの。

 はて、魔王とはなんだろうか。


 「魔王様、魔王とはなんでしょうか?」


 私の知っている魔王。それはゲームのラスボスとして用意されている役割。明確な敵として、プレイヤーの目標として設定されているもの。

 定義を同じくする意味などないのかも知れない。けれど、同じ言葉を冠するのなら、もしかしたらなにか意味があるのかも知れない。


 「……何か。そうさな、魔の力を持った王、ではないか?私にとっては国を治めるものの称号の一種でしかないが。王国、帝国、魔国、それらの差別化をはかる事によって印象も手法も違うと明確に伝えられる」


 その程度なのか。


 「全く話変わりますが、お名前はなんて言うんですか?文字化けしてましたけど」

 「……本当に唐突だな。しかし……あー、あれは魂の名で、この世界は格が低すぎて形容できないんだ。そういえばどうするかな…」

 「難儀なものですねぇ…。何か仮名みたいなので呼べばいいのでしょうか?私だけならともかく、魔王様だってこれから街に行くなら必要になるでしょうし…」


 顎に手を当て考え込む。こうして見ると本当に愛らしい少女にしか見えない。白髪、いや銀髪と呼べばいいのだろうか?シルクの糸のようにさらっさらで、手足は驚くほど細い。なのに目はぱっちりと大きく、その表情をコロコロ変えるのだ。

 可愛いなぁ、もしも妹だったら溺愛している自信があるくらいには。


 「……あ、魔王様」

 「どうした?」

 「あれ、街ですかね?」


 散々歩き回って、地平線のあたりに石で組まれた何かが見えた。城壁と言えばいいのか、中は見えないが多分街だろう。


 「だと思うが……さて、どうする勇者?」

 「というと?」

 「身分証どころか一文無し。下手したら情報が回っていて見つかったら囲まれる。世界に選ばれた勇者はどうするのかと思ってな」

 「とりあえず不法侵入して、バレない程度に金銭を巻き上げましょう。でないと宿に泊まれません。嫌ですよ、地面に寝るだなんて。それなら社会のゴミ辺りを探しますので脅して下さい。どこの世界でもいるでしょう、きっと」

 「世界よ、これが勇者だ」


 ネトゲを取り上げられたのに、睡眠の質まで落とされてたまるか。


 「何か問題でも?魔王様」


 犯罪?そんなもの、逃亡犯の手を取った時から覚悟している。そう開き直って魔王様を見やれば、やれやれと肩を竦めていた。


 「特には、勇者殿」






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