魔王様と魔王退治に行く話

sio@百合好き

プロローグ



 なんなんだろうか、これは…。


 私の名前は小鳥遊小鳥。娯楽と惰眠を心底愛する草臥れたOLである。私は僅かな休日の大半をネットゲームに費やし、疲れたら寝て、夜は早めに寝て、毎日ストレスを溜め込みつつ仕事をしている。世界滅びないかな、でもそしたらアップデート待てないしな、お布団も燃えちゃうと困るな。そんな葛藤を抱えつつ生きていた。

 その日、私はいつも通りに仕事に行き、更年期の上司に媚び諂っていた。キーキーと同じ事を喚く上司に笑顔で対応しつつ、人間としてここまで落ちたくないな、なんて。まぁ日常って奴だ。生活費と課金の為なら笑顔もへっちゃら。そういえばそろそろガチャの更新が来るはずだ。資金をとっておかねば!


 「聞いてるの?小鳥遊さん?」

 「…え?勿論ですよ?」


 やべぇなんの話だっけ。

 そっと視線を外して適当な相槌を打つと、更年期も末期になった頭で満足したらしい上司が話を続けた。今度のガチャはどんなのかなー。

 そんな時、そう、アレが起きた。

 漫画やゲームでありがちな、それでいて現実ではどうひっくり返っても起こりようのないこと。突然足元に紫色の淡く光る魔法陣が展開されたのだ。事務所の中で自分の周りだけがふわりと光り、足元の魔法陣がどんどん展開され、目を焼きかねないほと発光していく。反射的に一歩後ずさってみたものの、逃す気はないらしい。移動しても魔法陣の中央になるように動くではないか。

 あかんやつか。

 短い付き合いだったね、山崎課長。

 ここから全力疾走してなかった事にしたいけれど、きっと、逃げても無駄なのだろう。あーこんな事なら全財産ガチャにぶっこんで、ギルメン達に自慢したかった。いやガチャなんだからお目当てが引けるとも思わないけれど、流石に全財産あればひけたよね?ね?そこまで運営は腐ってないよね?信じてるよ?


 「小鳥遊さん?どうかしました?」

 「いやー私もなにがなんだか」

 「貴女が離れたのでしょう?」


 相変わらず変な子ね---?

 それが、私のこの世界で聞いた最後の言葉だった。これが片道なのか往復なのかは分からないが、なんとなく清々した気分になった。上司の愚痴を聞く仕事になりかかっていたこともあるだろう。でも多分、少し違う気もする。

 とうとう目を焼かれたのか、視界がホワイトアウトする。立っていたのか、へたり込んだのかすら分からない。身体の感覚を失い、私は、その世界から旅立った。



 ◆



 次に目を覚ましたのは、石畳の上だった。

 冷たく硬いそこから身を起こし、ぼやける視界で辺りを見渡す。黒い布を被った人型のシルエットに囲まれ、部屋の隅には光源を確保する為に松明が焚かれている。何も言わずにこちらを見ているのを眺め、体に異常がないかを探す。

 物語にありがちな神様だとか天使には会えなかった。出会ったら色々聞いてみたかったのに。見下ろした身体はさっきも来ていたパンツスーツ。の筈が、少しサイズが合っていない気がする。いや些細な差だし、誤差というか疑いすぎか。

 そんな私の横にいたのは、幼い少女であった。まだ目が覚めていないのか、白い長髪が床に散らばっている。


 「ゆ、勇者様が二人…」

 「どっちが勇者様だ…」


 ふと、小さな声が聞こえた。目が覚めたのに話しかけて来ないと思ったが、どうやらあちらさんも異例の事で混乱していたらしい。

 あ、言葉分かる。よかった。

 異世界転生にありがちな特典か?いや、呼んだ際の魔法陣効果ということもありえるか。

 取り敢えずこのままいても仕方ないかと、隣に寝ている少女の肩に触れる。うわ、めっちゃ華奢。そーっとだけ揺らしてみる。


 「君、起きて……」


 ゆらゆらして声をかけること暫し、その少女は目を覚ました。

 焦点の合わない瞳は紅に潤み、声をかけた私を見つめる。ルビーのようなキラキラとした瞳が徐々に映し出されるのは、私の心臓を直撃した。ドクリと音が聞こえた気がして、けれど私は何も言えずに呆けたように眺める。その顔立ちはとても整っていて、雑誌の表紙に載っていてもおかしくない。この子が勇者で間違いないわ。うん。気怠げに動くその様は映画のワンシーンのようで、開ききっていないその瞳にまたも心臓が脈打った気がした。

 ぼんやりしていた少女も身を起こすと、ようやく再起動に成功したらしい人型が声をかけてきた。


 「……ようこそおいでくださいました、勇者様方。此度召喚させて頂いた宮廷魔法師のリールトン・ストライガと申します」


 凛とした声から、その人が女性だと分かる。その声の人に導かれて、私と少女はその部屋から歩き出した。





 そして、これだ。


 「ふはははは!なんだなんだ!面白そうな気配を感じて飛び込んでみれば!まさか勇者召喚の陣などとは!ははははっ!このご時世に他世界から拉致して戦わせるなんて中々面妖で面白い!この私をここまで笑わせるとは素晴らしい!」


 勇者様を呼んだのは魔王を退治して欲しいからですよー、召喚された方は神々から祝福を賜っているので初心者でも大丈夫ですよー、なんと今ならこの国から盛大な支援付き!

 今時のネトゲでもないわ、テンプレが古すぎる。死んだ目でそんな話を聞いていたら、あの少女が発狂してしまった。ほんやりしていた目は爛々と輝き、顔をほんのり染めるほど笑っている。とても可愛らしいとは思うけれど、チュートリアルの大切さを知る私はそれを無視。呆気にとられる説明してくれていた方々を見つめ、取り敢えず話を続けた。


 「神様の祝福?ってなんですか?」

 「ははははっ!いやーどこの世界でも人間って奴は他人任せを好むのだな!いやいやいや!これは正解だった!私の冴え渡る勘!はははっ」

 「…えと、祝福とはですね…」


 ちらちらと少女を見ているが、厨二病を発症しているだけだろうから無視して大丈夫だろう。ダメだったら縁を切ればいいのだ。そんなことよりステータスの詳細早くして。


 「勇者様を呼ぶ為の魔法陣とは、神から与えられたものなのです。その陣は世界の壁を越えて勇者たりえる人物を呼び出します。その際に戦う為の力を授けること、それが祝福なのです」

 「なんか言っているが、そもそも世界の格というものがあってな、簡単に言えば元々生きている世界の格が違えば生きているモノの格も違う。魂の格を落とす際に肉体に影響を与える、それのことだろう」

 「待って同時に話すのやめて」






 「ステータス」


 テンプレとはいい。何が良いかって、事前知識足りえることだ。訳もわからない世界で新しい知識をかっつめろだなんて、この年になってからでは辛すぎる。

 神の祝福について同時進行で話された結果、全く理解に及ばなかった。話しているうちに二人がヒートアップして、互いを妨害するように話を続けるとか酷い。理解させようという気が微塵も無かった。ならば諦めるのも致し方なしというやつだ。私は悪くない。

 最終的に自分のスペックを確認する術だけ理解して、それを実行した。それがステータス。いやほんと、私の味方はテンプレだけだった。


名前 スモール・バード

種族 天使見習い

レベル 1


 噴いた。

 長々と現れたステータス、その一行目から手の平くるりんされた。おい名前間違ってんぞ。くそだせぇ。


 「……名前が間違っているのですが……」


 ステータスという言葉を教えてくれた、えっと、名前なんだっけ?私を召喚した人に尋ねる。その人は首を傾げて、どうしようもないことなのだと言った。


 「それに記載される情報は、魂に刻まれたことをただ映し出しただけなのです。よって、我々にはどうしようも…」

 「なんだ見せてみろ」


 勇者の少女が、隣から覗き込んできた。私の扱いがどうなるかは分からないが、もしかしたら一緒に退治に行けと言われるかも知れない。ならここで軋轢を生む必要はないだろう。

 自分の体を少し傾けて、白髪の少女に譲った。ふわりと花の香りがして、これで厨二でなければ逆ハーも夢でないのだろうとぼんやり思った。


 「本来の名は?」

 「ことり。小鳥遊、小鳥」

 「ふむん」


 少女は少し考え込み、そして目の前にあるステータスプレートに触れた。それ触れるんだ、なんて思うまもなく、ざわり、と背筋に嫌な感じがした。

 その感覚を表現するのは難しい。襟から氷を入れられて、その氷が背中に張り付いたような、全身の鳥肌が立つような感覚。

 そんな私に気付いていないのか、ただ無視しているだけなのか、少女は淀みなくステータスプレートをたんたんと触っていく。全身を包む嫌悪感に似た何かに声をつまらせていると、ややあって少女の指が離れた。


 「出来たぞ」


 さぁ確認せよ、と少女は言う。

 何がなんだか分からないが、なんか疲れた。何もないフラットな状態かここまで心地よいとは思わなかった。お布団さえあれば完璧だったのに。


 「ステータス……」


 名前 タカナシィ・コトゥリ

 種族 天使見習い

 レベル 1


 あっ、もういいや。



 黒いローブに身を包む召喚した人の説明を尻目に、ステータスプレートの確認に入る。目の前では勇者の少女との議論が展開されているが、異なる主張をする二人の話に入る気力などない。どっちが正しいのか考える以前に何を言っているのか分からない。そもそも魂って実在するの?


名前 タカナシィ・コトゥリ

種族 天使見習い

レベル 1

職業 

スキル 結界

    真偽眼

    不病

魔法 

称号 異界の勇者


 すげぇ、戦うスキルがない。いや魔法の欄があるのなら、後天的に使えるってこと?だとするとスキルとはどんな分類になるのだろう?

 今更だけど、種族も変だ。人間辞めちゃったこともあるが、種族が見習いってなんぞ。生涯見習いのままとか、それなんて社畜?

 と、また少女が頭を出した。


 「何か変な所はあるか?格の違う世界から転生する際、バグと呼ばれる現象も珍しくないからな。どこから来たのかは知らんが、こんな辺境世界に来たんだ、どれだけ堕ちたかによってはかなり変わってくるぞ」

 「…正直、よく分かってません」

 「いやいや、流石は勇者様ですね。既に三つもスキルがあるだなんて。このスキルとは生まれた時から使えるというもので、魔力ではなく体力を消費するため、使い勝手が良いのです」


 二人して私のステータスについて話し合っているが、まぁもういいや。


 「貴女のも見ていいですか?」

 「私か?いいぞ!」


 勇者の少女に恐る恐る尋ねて見れば、指をさっと動かしてステータスプレートを表示してくれた。待って無詠唱?なにそれスキル?


名前 =====・===・==

種族 吸血鬼

レベル (測定不能)

職業 世界を統べる王

スキル 王たる風格

    極限突破

    創生

    観測

    吸血

    魔法

魔法 全魔法

   魂魔法

   神魔法

称号 異界の魔王


 ラスボスかよ。

 死んだ目でそれを眺めていると、召喚した人が血相を変えた。わなわなと震えだし、少女にステータスに異変はないのかと問うた。


 「表示が簡素になっているが、まぁ見易くていいレベルだ。この世界で観測できる技量が限界だったのだろうな。というか、吸血鬼?という種族は知らないな。この世界特有のものに変換されたのだろうか?」


 首を傾げているが、違うそうじゃない。流石の私でもこれは分かる。魔王に苦しまされている人が魔王を召喚したとか、それなんて地獄?今から魔王vs魔王の最終決戦が始まっちゃうの?果たして人類は生き残れるのだろうか…。


 「ひぃ!お前達!この魔王を殺せ!」


 召喚した人が声を荒げた。遠巻きに立っていた甲冑の人たちが剣を抜き、私たちを囲む。

 いやまぁ、うん、仕方ないかな。

 一方で魔王死すべきと刃を向けられた少女は、きょとんと愛らしい顔を晒していた。


 「ことぅり、魔王の敵は魔王、ではダメそうか?」

 「ダメなんじゃないですかね…」


 私の元いた世界には異種どころか魔王などいなかったけど、一纏めにダメそうなのは分かる。いや利用できる価値は計り知れないが、それでも心情的に対立してしまうのだろう。ごめん、戦争すら経験ないから分からないけども。


 「では勇者ことぅり、どうするのが最善だと思う?この場で皆殺しにして逃亡するか、この国を洗脳して掌握するか、もしくは---」


 にっこりと笑う魔王は、そっと手を差し出してこう続けた。


 「勇者を盾にとって逃亡する、か」


 魔王の華奢な手がそっと私の手を握った。きっと振り切ろうと思えば出来たのだろう。どれだけ強大な力を持っているのかは分からないが、これは私という人間、を辞めたモノに対する提案であるのだろうと察せられた。

 テンプレものはある程度把握している私からすれば、きっとこの手をとれば逃亡生活が始まる。怯えて暮らす生活、にはなれないと思うが、世を忍ぶことにはなりそうだ。この魔王はさっきから説明してくれた人に食ってかかっていたし、己を貫くのだろう。ああ、面倒なことになりそうだ。


 「……なんでですかね?」

 「ん?なにがだ?」


 本当に、何故だろうか。


 「一緒に逃亡生活をする、その事について私自身に疑問が浮かばないのは」


 握り返した手は細く、私の手でも折れてしまいそうだった。少し冷たいその手を軽く引けば、魔王は子供のように笑みを浮かべた。


 「初心者に、世界の歩き方を教えてやろう」







 こうして、召喚の儀に異世界の魔王が紛れ込み、あまつさえ呼ばれた勇者を拉致するという前代未聞の事件が起こった。

 この件は人族の国々にあっという間に伝わり、拉致された勇者の保護、そして第二の魔王が君臨した事を全世界に知らしめることとなった。


 勇者タカナシィ・コトゥリは人族と変わりない姿をしており、外見年齢は16歳ほど。黒曜石のような瞳に濡れ羽色の髪を肩下まで伸ばした愛らしい外見。

 一方、第二魔王は吸血鬼という魔族で、見た目は人族と変わりない、白髪に血の色をした瞳をしている。尊大な口調をしているが、幼子のような姿をしている。

 名前より後に発信されたその情報が全世界に浸透する前に、二人は何を成し遂げるのだろうか。








 「魔王様ーお腹すきません?」

 「ほう、私も勇者の血が飲みたい所だったんだ。なんか旨そうな匂いがするからな」

 「さて、血の滴る獲物でも探しましょうか」

 



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