アーネスト・サトウ。十九歳。イギリスの階級社会で今少し上昇したい。イギリス以外の世界も覗いてみたい。それくらい、自分にはできるはず。さほどの大望を抱いていたとも思えない青年を、時代のほうが迎えにきてしまう。大国清の隣に位置する奇妙な島国が、奇妙な脱皮を始める。攘夷熱に煽られて外国人は切り捨て御免の浪人たち。何も決められない瀕死の幕府。伊藤俊輔。井上聞多。イギリス公使館に転がり込んできた断髪の二人の若者。半年のロンドン滞在から、母国の危急を聞きつけ、帰国したという。あれよあれよというまに、幕末の動乱に巻き込まれていくサトウ。下関では砲弾が飛び交い、死も覚悟する。パークスという折り合えない上司との葛藤。命の危険と隣り合わせの日々を送りつつ、伊藤俊輔たちとの友情を育んでいくサトウ。時代の熱気が若者たちを包み、逃れることをゆるさない。切腹の証人として、血生臭い現場に立ち会わされもする。新しい日本国は産みの苦しみを体験しているのか? 血まみれの尊い「開かれた日本」の産声を、俊輔たち若きサムライたちとともに、確かに耳にするサトウ。あっというまに駆け抜けた青春の七年間。振り返れば、あまりにもまぶしい。まぶしすぎて、手が届かないほどに遠い。
アーネスト・サトウについては、幕末から維新にかけて、イギリスの外交官の一人として幕末の志士たちと関係のあった人物、としか知りませんでした。幕末維新の観察者、くらいに考えていました。――もし、サトウの日本語力と、志士たちの信望を勝ち得た人間的魅力が無かったら、維新後の日本の歴史は違うものになっていたでしょう。