6回目

@shiva_monts

6回目

 ヒロは公園の広場のベンチで一人座っていた。青々と茂った公園の木々にどっしりと積み重なった雲が被さって見える。その日は、やけに暑かった。

「タクミいつ来るんだよ」ヒロは、そう呟きながらズボンに入れた携帯を取り出す。

 

[ 2020 / 7 / 21 / 11:24  ]


 とうに約束の時間を20分以上も過ぎていた。

 いつも遅刻をしないタクミが、こんな暑い日に限ってなんで遅刻なんだよ。昨日の

 ピピピッ。ヒロは携帯に目をやる。

[ ごめん、ヒロ!寝坊しちまった!てかさ、待ち合わせ場所変えね? ]

 マジか寝坊か!まだ待つのかよ!いつも俺が遅刻しても10分ぐらいだろ?今日のお前はその2倍だ。しかもこいつ、都合のいい場所に変えようとしてやがる!やだね、動くのメンドくせーし。

[ いいから早く来いって!場所は変えないから ]

 そう打ち込むと、いつもより強めに送信ボタンを押してやった。

 本当は、もっと言ってやってもいい気もするけど、まぁ、今日はこれくらいで許しといてやるか。別に毎回俺が寝坊しているから、とかじゃないからな。

ピピピッ。返信がきた。

[ ありがと ]

 は?何が[ ありがと ]だよ!こいつ舐めてんのか?俺はマジで怒ってんだよ!お礼メールを送る前に体を動かしてほしい。それに”ありがと”じゃなくて“ありがとう”だろ?日本語ちゃんと使えよ!

 ヒロは返信をせず携帯をズボンにしまい、顔を上げた。

その瞬間、公園の広場に異様な叫びが聞こえた。

「誰か!あの犬捕まえてぇ!」

 汗を流し、叫びながら必死に走るオバさんと、その先を行く犬がヒロの目に映った。

 おいおい、なんか犬に振り回されてるオバさんいるじゃん。はぁ、助けてやるか。

 ピピピッ。

 ヒロがベンチから立ち上がろうとした時、再びタクミからメールが届いた。 


[ 2020 / 7 / 21 / 11:30 ]


[ 申し訳ないだけど、もう着くから、お茶買っといて欲しい!広場から駅の方に抜けたところの自販機で!代わりに俺の姉ちゃん紹介してやるから!]

 おいおい、まじかこいつ。俺はお前に、めっちゃ待たされてるんだぜ?そのうえにパシリかよ。けどまぁ、けどタクミが姉ちゃん紹介するって言うしなぁ。いや違うぜ、紹介してくれるから言う事を聞く訳じゃない。あくまで俺とタクミは親友だからだ。それに、腹は立っているけど暇だしな。ごめんよ、オバさん助けてやれなくて。俺も忙しくなった。その犬、きっといつか捕まるさ。

[ まぁ、買って来てやるわ。]

 ヒロの足取りは、むしろいつもより軽くグングン前に進む。しかし、自販機は見つからない。

 で、自販機どこだよ、全然ないじゃん。結構歩いたぜ?えっ、タクミ嘘ついてる?え?まじで?自分の時間稼ぎの為に?だめだ、流石にムカつく。死刑だ。あいつほんと何してんの。電話かけよ。


[ 2020 / 7 / 21 / 11:38 ]


「なぁ、どこにいんの」

「え?もうすぐ着くから!」

「いや、だからどこに居るのか聞いてんの」

「怒んなって。頼むからお茶買ってき欲しい!」

「怒んな、じゃねーよ、嘘ついてんだろ。駅の方に自販機なんてないし!とりあえず広場まで引き返すから!こっちきてから勝手にお茶買えや!」

「待って、もう本当に着くから!絶対に自販機はあるは…」

 タクミはズボンに携帯をしまった。

 ムカつくから電話切っちまったよ。で、タクミは結局どこにいんだよ!?はぁー。今日は会ったら一発殴ってやろうかな。よし今からアイツをボコボコにしよう。ボコボコにする妄想しながら広場の方に戻ろう。

 元の場所に戻ろうとしてみるといかに遠くまで歩かされていたのに気づいた。が、逆にここまで自販機を探しにきた自分の律儀さも少しだけ誇らしくなった。

 やっとベンチのある広場に差し掛かる頃、大量のサイレンがこちら側に近づいて来ることに気づいた。

「ノーヘルの少年!止まりなさい!」

 何やってんだよ。ノーヘルはダサいって。

「早く!止まりなさい!」

 警察もめっちゃ怒ってるじゃん。どうせ逃げきれねーのに。

 どんどん、サイレンがヒロの方に近づいてくる。

 うるせーな。こっちはイライラしてんだって。

「おい!公園に入るな!」

 おいおい、公園内に逃げ込んじゃ流石に危ないだろ。

 ん?てかサイレンの音、ちょっと近すぎない?

「ヒロ!広場に行っちゃダメだ!」

 おいタクミ!遅刻しといて始めにかける言葉がそれか?まず言う言葉があるんじゃねーの?

…え?なんで今、タクミの声聞こえた?

 ヒロは振り返ろうとした。


 ドンっ!!!

 

 とてつもない衝撃と鈍い痛み、風をきる感覚がヒロを襲った。

 痛っ…!

咄嗟に瞑った目を恐る恐る開くと、パジャマを着たタクミが寝癖をつけたままスクーターに跨っている。やけに鮮明に、かなり小さく、俯瞰して見えた。


 おいおいタクミ、色々ダサすぎてツッコミが渋滞しちゃうよ。


 ……ん?てか、あれ?俺もしかして今、空飛んでる?




[ 2020 / 7 / 21 / 11:24  ]

 

携帯の画面を開いたタクミは絶望した。

 はぁ、なんでだよ!必ず寝坊からのスタートだ。とりあえず、メールを打たなきゃ。早くメールを。

 あ、待って、そうじゃん。なんで今まで気づかなかったんだろ。 

 何かに気づいたタクミは急いで指を動かした。

[ ごめん、ヒロ!寝坊しちまった!てかさ、待ち合わせ場所変えね? ]

 まず、これで良いよな?そもそも、あの公園っていう場所が悪いんだから、これで待ち合わせ場所を変えさえすれば、問題ないはずだよな。

我ながら名案だな。とりあえず急いで支度するか。

タクミは勢いよくタンスに向かおうとした。が、立ち止まる。

 いや…いつもギリギリ間に合わない理由の1つに着替えの時間もあるはずだ。着替えずに行こう。寝癖もついたままで良い、このまま家を出よう。

 ピピピッ。タクミの携帯が鳴る。

 返信が来た!これで場所さえ変更できれば、もうそれでセーフだ!

[いいから早く来いって。場所は変えない、動きたくない。]

 おいおい、待ってくれよ!?そこに居たらダメなんだって!

 タクミは、うっかり忘れていた。ヒロは自分に非がないときは滅法強気になる。この状態のヒロに言うことを聞かせるのは至難の技だ。どんなメールを送れば、あの広場から離れてくれるのか…

なんと送れば…

[ ありがと ]

 血迷ったタクミはなぜか、その言葉を送信した。もちろんヒロから返信はない。

 やばい、なんでこんな時に[ ありがと ]なんて送ってしまったんだ。完全にしくじった。こんなのあいつの怒りを増幅させるだけだ。あぁ早く打ち直さないと。


[ 2020 / 7 / 21 / 11:30 ]


 ヒロがトラックに轢かれる予定時刻まで、あと15分、タクミは焦っていた。

 早く、ヒロがオバさんに会う前に広場から遠ざけないと…そうだ!有り得ないほど方向音痴のヒロは、この公園の地図が頭に入ってない!嘘をついてもバレないはずだ!それにあいつ、俺の姉ちゃんのことお気に入りだったよな…

[ 申し訳ないけど、もう着くから自販機でお茶買っといて欲しい!広場から駅の方向に抜けたところの自販機で!代わりに俺の姉ちゃん紹介してやるから!]

 ヒロからの返信は異常な速度だった。

[ まぁ、買って来てやるわ。]

 カモだ、こいつカモだ。

 タクミは思わず笑ってしまった。しかし、笑っている暇などないのだ。万が一、オバさんとヒロが出会ってしまったら大変な事になる。急いで公園に向かわないといけない。

 玄関に置いてある自転車は無視して寝癖付きのパジャマ姿で家を飛び出す。自転車がパンクしていることは2回目の寝坊で経験済みだ。もちろん、この信号機は故障していて永遠に青にならないことも4回目で知っている。

とりあえず、ヒロを広場から遠ざけることができたはず。ヒロが犬を追いかけているオバさんに出会うこともないだろう。オバさんの代わりに犬を追いかけている最中、操縦不能で広場に突っ込んで来たトラックに、ヒロが轢かれることも…ない!

 プルルル…走りながらタクミは携帯をズボンから取り出す。

 え?ヒロ?どうした?まさか自販機が無いこと気づいた!?


[ 2020 / 7 / 21 / 11:38 ]


「なぁ、どこにいんの」

 やばい、怒ってる。けど、俺はお前を助ける為に必死で走ってんのよ。

「え?もうすぐ着くから!」

「いや、だからどこに居るのか聞いてんの」

 お前、方向音痴だからわかんねーだろ? そんなことより、もっと広場から離れてくれない?

「怒んなって。頼むからお茶買ってき欲しい!」

「怒んな、じゃねーよ、嘘ついてんだろ。駅の方に自販機なんてないし!とりあえず広場まで引き返すから!こっちきてから勝手に買えや!」

 まずい!広場に戻っちゃダメだって!お前死んじゃうんだぞ?今、戻ったら丁度トラックが暴走してる時間なんだぞ?これじゃ、せっかくオバさんに会わなかったヒロがトラックに轢かれてしまうかもしれない。

「待って、もう本当に着くから!絶対に自販機はあるは…」

くそ、電話を切られた。やばい…

目線を少し先にやった所に一台の色褪せたスクーターが止まっていた。

 ん?まてよ、あのスクーター、鍵さしっぱなしじゃね?

 タクミはスクーターにまたがると、握った右手を一心不乱、手前に引いた。

「ノーヘルの少年!止まりなさい!」

 拾うのはスクーターだけでよかった。さっきからピーポーギャーギャーうるさい。

「早く!止まりなさい!」

 おまわりさん、5回も友達が死ぬ日を繰り返したことあるか?ノイローゼになるぜ?

タクミはヒロが待つ公園にスクーターを走らせた。

「おい!公園に入るな!」

 入るとすぐに、ヒロの背中が見えた。

間に合った!

「ヒロ!広場に行っちゃダメだ!」

 安心したせいでスクーターは少しふらつき倒れそうになった。

 その瞬間、ドンっ!!!

 鈍い爆音が公園を包み込んだ。


 えっ?ヒロ?なんでお前、空飛んでんの?


 フラついたタクミを避けようとしたパトカーがヒロに追突した。

 おいおいまてよ?これってまさか…



[ 2020 / 7 / 21 / 11:24  ]

 タクミはまた寝坊をした。これで7回目だ。

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