第661話 未知の人の力

『弥生ちゃんすごっ』

『範囲回復いらんなこれ』

「『いい感じだったね』」

『お褒めに預かり光栄です』


 ヘッドホン越しに声が響く20時30分頃。

 戦闘開始から3分42秒、小さく聴こえてくるBGMがバトルフィールドのアップテンポなものから街中の穏やかなものに切り替わる。

 会話からも分かると思うが、俺たちはそれはもうあっさりと、コロシアムのNPC戦最高難度の「とてもむずかしい」を突破した。

 正直これはだいの言うような「いい感じ」どころではない。

 だってクリア直後、『New Record!!』のログが表示されていたわけですし。

 マジのマジで、これがいかに速攻戦だったかが分かるだろう。


「すげーな」


 そんな戦果に、俺も思わず声を漏らす。

 だってこれは一か八かの博打のような速攻戦じゃなかったのだから。

 そして一人の力で勝ったようなものだったから。


 ボイスチャットを接続した後、何の打ち合わせもしないまま始めた戦闘は、何というかもう、とてつもなくシンプルだった。

 流れとしては以下の感じ。

①だいが速攻で敵陣に突っ込み、佐竹先生とレッピーがそれに追随する。

②敵NPCの盾、斧、大剣、苦無の四体がだいを感知し、だいに突っ込んできたところでだいが引き返し、前に出た盾役の佐竹先生がその四体のタゲをキープする。

③レッピーが全攻撃を引き受ける佐竹先生を回復し続け、その間にだいが盾を攻撃し、俺と亜衣菜が左右から回り込んで後方にいた相手ヒーラーを速攻で撃破する。(ここまでで経過時間1分半くらいだった)

④俺と亜衣菜もだいの援護に回り、3人がかりで盾を撃破する。

⑤佐竹先生がキープし続ける他敵アタッカーを順次撃破する。

 ……という感じの、何ともあっさりと、危険なシーンゼロのままクリアしたわけである。

 先日までのトリオの苦戦はどこへやら、いっそ昨日までに文句を言いたくなるような快勝を手に入れたわけである。

 もちろんこの早さという点において、後衛職によるアタッカーへのバフをかける時間が一切ないのもあるだろう。

 でもそんなのは些末なことだ。

 ずっと話題に挙げているが、マジで圧巻だったのは佐竹先生の力だったのだから。

 この戦闘中、ほぼ全ての攻撃が、ただひたすら〈Cider〉さん佐竹先生に注がれた。それが何を意味するか? そんなの簡単な話だろう。それはつまり、他のアタッカーが防御姿勢や回避やらをしてDPSを落とす時間が一切なかったということである。

 どんなに相手の攻撃力が高くても、自分にタゲが向かないなら怖くない。

 正直恐ろしい光景を見た気分だよ。

 もちろん相手がNPCのAI思考だからこその管理のしやすさはあっただろうが、しかしそれにしてもあまりに完璧なヘイト管理だった。


『盾入るとすごいねっ』

『うん、楽』


 そして興奮冷めやらぬのか、亜衣菜はずっと佐竹先生を褒めるけど……そんな完璧な戦闘だったからこそ、戦闘を終えた今、俺の中に違和感が湧き起こる。

 だってあまりにもヘイト変動が無さすぎたのだから。

 盾のヘイト上昇をさせる〈チアアップ〉なんかのスキルは、今回のPvP仕様だと一定時間自身に相手のターゲットを固定する仕様になっていて、それを上手く活用したのだろうということは分かってる。

 でも、上手く出来すぎていた。本当の本当に完璧だった。佐竹先生は完璧過ぎた。

 何でこんなことが出来るのか? 

 こんなことが出来るとしたら、可能性として——


『でもけっこうやわいんだな』

『あ、それ思った! 弥生ちゃんのHPゲージの減り方けっこう大きかったよねっ』


 こんな芸当を可能にするアイテムがあるからだ、それを思い浮かべ口にしようとした時、ちょうどレッピーと亜衣菜が佐竹先生の被ダメージの話をしてくれた。

 二人がそう思ったことも、俺の予想の正しさを肯定する。

 しかしほんと、風見さんの話じゃ、この人本職アーチャーだったはずだよな? そんな賞賛も感嘆も信じられない思いも、色々と沸き起こる中——


「佐竹先生、もしかしてドゥルールオブリージュ持ってる?」


 まずは答え合わせをしてみようと、俺は今の戦闘を可能にしたであろうアイテムの名を出してみると——


「『あ』」

『お?』

『あー……』


 俺の発した単語に、だい、亜衣菜、レッピーがほぼ同時に反応を見せ——


『あ。よく分かりましたね』


 小さな驚きの後、淡々とした声で同意が告げられ、俺の答え合わせが終了する。

 そんな俺と佐竹先生のやりとりを聞いて——


『本当に!? 弥生ちゃんマゾいねっ!!』

『え? あれってイベント一次的な所有アイテムじゃなかったか?』

「『5年前のハロウィンイベントアイテムだよね。たしか一定条件を満たすと譲渡不可で手に入ったはずだよ』」

『あー……そういやそんな話もあったような……』

『死にまくるやつでしょ! あたししんど過ぎて諦めたっ!』


 俺の耳いっぱいに、楽しそうな女の子たちの声が響き渡り出した、のだが——


「『うん、たしかイベントで666回死亡することとかって話だったよね』」

『ゾンビマラソン懐かしいです』

『え、でもあのイベントって、いかに被ダメが多い状態で報告に戻るかでポイント貯める仕様だったよな?』

『そそっ。で、死んだらポイント貯まんなかったから、みんなギリギリで生き抜いてたよねっ』

「『でも公式から、残念にもゾンビになりまくった冒険者は、本当のゾンビになれるかもってコメント出てたもんね』」

『いや、つっても普通はそっち狙わねーだろ。ポイント貯めないと報酬手に入らなかったんだし』

『当時は学生でしたので、通常報酬も完走しましたよ』

『え、アタシも学生だったけど……マジか、マゾいな』

「長いことやってきたけど、持ってる奴初めて見ましたよ」

『お褒めに預かり光栄です』


 響き渡った内容は古参ゲーマーたちの会話って感じで、流石です。

 とまぁこんな感じで懐かしのLAトークが盛り上がったわけだが、解説しよう。

 俺は時期は覚えてなかったけど、だい曰く5年前に開催されたLA内ハロウィンイベントはソロ参加型のイベントで、ゾンビモンスター溢れるイベントフィールドからいい感じにダメージを受けながら脱出し、プレイヤーの被ダメージ量に応じて反応を変えるイベント用NPCを驚かせるに報告することでポイントを貯めるという仕様だった。

 で、その驚かせたポイントの合計量でイベント報酬ゲット、という流れだったのだが、話の中にもあったように被ダメを稼ぎ過ぎて途中で死んだらポイントはゲット出来ず、死のうと思っても1度死ぬと防御力アップのバフ付きで復活するという運営の優しさを発揮する仕様にもなっていて、簡単に言えば666回も死んでられるか、というイベントだったわけである。

 そしてさっき俺が名前をあげたドゥルールオブリージュとは、このイベント参加時に配布されたイベント限定装備で、武器に関係なくイベントフィールドのみで使えるようになっていた〈トリックオアトリート〉という周囲のモンスターのヘイトを集めて殴られやすくなるというスキルを強化するためのイベント内限定指輪装備だった。

 ちなみにどのくらい強化するかというと、自身のヘイト上昇スキルの効果3倍、ヘイト上昇スキル発動中被ダメ倍、スキル発動時自身のバフ打ち消し、スキル発動中装備変更不可、という性能だ。

 たしかにイベント進行中、あの装備を手に入れてからは加速度的にポイントを貯めることが出来て、多くのプレイヤーのイベント報酬完走に役立った。だがそれを普段の戦闘で使うかといえば……ヘイト固定が容易になるとはいえ被ダメ倍やバフ打ち消しのデメリットがデカ過ぎて、どう考えたってパーティ戦では使えないのは明白だった。

 それ故運営の遊び心で、ある条件を満たすことでこのアイテムをイベント終了後も入手出来ることが分かっても、そんなゴミ装備を頑張って手に入れようとする奴はほとんどいなかったわけである。

 なんたって入手の条件は、さっきも話に出た通りイベント中に死んだ回数。アイテムコレクターを除けば、ほとんど見返りがないと思われたわけなのだ。

 さらに取得難易度を補足しておくと、当時のイベントモンスターの攻撃力はあまり高くなく、1回死ぬのにもけっこうな時間がかかった。その上2回目以降なんてバフ打ち消し効果無効のイベントバフによる防御力アップがかかっているせいで、マジでなかなか死ににくく、俺からすれば666回死ぬとか正気の沙汰ではないような条件だったわけである。

 

 ……佐竹先生、当時本職アーチャーだろ? 盾役ならまだしも、遠隔アタッカーとして需要ゼロの装備だぞ? なんだってその装備を欲しいと思ったのか、全くもって分からない。

 でも佐竹先生はそれをやり遂げた。

 先見の明だったとは思わないが、それでも実際にさっきの成果を生んだのだ。

 なんたって今回のPvP戦の仕様では、ヘイト上昇スキルは一定時間相手のターゲットを固定する仕様なのだから、それらのスキルの固定時間が、3倍になる。これが恐ろしい性能なのは言うまでもないだろう。

 しかしまさか、あの真面目そうな佐竹先生が、そこまでガッツ溢れるプレイヤーだったとは。

 リアル同様黒髪のおとなしめな女の子って感じの見た目の、ザ・図書委員タイプのキャラデザの〈Cider〉さんが、今は信じられないくらい頼もしく見える。

 

 そしてここまでの流れから、俺の中で一つの明確な考えが浮かぶ。


 ああ、この人もLA大好き廃人ゲーマーなんだな……!


「頼もしい限りだ」


 これなら勝てる。そんなワクワクが、俺の中に生まれるのだった。

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オフ会から始まるワンダフルライフ 人生を彩るのはオンラインゲーム!? 佐藤哲太 @noraneko0919

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