第7話 予想外

 だけどどうしよう。もう辺りは暗くなりはじめている。

 カイの家をあとにして、僕は来た道を引き返していた。

 彼女はまだ目覚めていないのだろうか。

 もし目覚めていたらどうしているだろうか。


 家の前まで戻ると、路地に横たわらせていた彼女を見つめている人影がある。

 それは意外にも母さんだった。

 地面に横たわる少女を斜め下にじっと見つめる母さんを前にして、僕はかける言葉に迷ってしまった。

「ここに捨ててる娘だが――」

「えっ?」

「少しの間なら家に上げてやってもいい。その代わり、食事のカネはあんたが稼いできな」

 それだけ言うと母さんは家の中に戻っていった。不意打ちのように投げつけられた言葉。さっき言っていたことと違うじゃないか。眠ったままの彼女には何も変化がないように見える。母さんは何をしていたんだろうか。

 結局母さんの考えが変わった理由は分からなかったけれど、僕は彼女を背負って家に入り、二階にある自室へ続く階段を上った。



 僕の部屋には一人用のベッドと時計があるだけで、他には家具というものはない。ベッドですら拾ってきた木や布を組み合わせて作った粗末なものだ。決して寝心地が良いということはない。それでも、床で寝るよりはずっとマシだろうと思い、僕は彼女をベッドに横たわらせた。

 その時になってやっと気が付いたのだが、彼女の腰にはその見かけに似合わない二本のなたが携えられていた。これでは寝るときに邪魔になるだろう。鉈を固定していたベルトごと外してあげると、服の隙間から白い肌が見えて少しどきりとした。

 (うわっ!悪気があったわけじゃないんだ、ごめん!)

 声にならない焦りは誰にも見られていないことを理由にすぐに無くなった。


「でも……よかったね。少しだけならここに居てもいいって。君の目が覚めたら、君を養ってくれる人を探しに行こう」

 彼女に向けた独り言。それにしても今日はひどく疲れた。

 僕はベッドに上半身だけをあずけ、暗闇の中に落ちていく。

 地下街に灯る青白いあかりは消え、夜が過ぎていった。



 誰かが頭を撫でている。この手は誰のものだろう。あったかい。このままずっと眠り続けていられたら幸せなのに。

 手のひらの主を探すようにして僕は目を覚ました。

「□□□□□□□□□?」

 聞いたことのない声だ。それに知らない言葉――

「起きたの!?」

 眠気は一瞬にして吹き飛んだ。

 どうやら僕より先に彼女が目を覚ましていたようだ。

 時刻は朝の6時を少し過ぎた頃だった。

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ナイトプラント 秋月漕 @imshun

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