第6話 帰路

 目が覚めたとき、僕はパタラに戻ってきていた。

「やっと目が覚めたんだな。気分はどうだ」

 どうやら僕は気を失っていたらしい。頭にかぶっていたはずの防護服は取り去られ、地下の空気が体の中に流れ込む。毎日嗅いでいるはずの湿気を帯びた土の匂いを不思議と懐かしいように思った。

「カイ……今日の作業はどうなったの……」

「無事に終わったぜ。お前が廃棄地区で倒れたあと、他の奴らにここまで運んでもらったんだ」

 そのかわり、とカイは言葉を続ける。

「お前の稼ぎはゼロだ。全部アイツらに取られちまった。俺たちのアツい友情に免じてちょっとくらいは残してくれると思ってたんだけどな」

 僕の荷物は廃棄地区に入る前と同じ。増えたものは汚れと疲れと、そして――

「眠り姫はまだ目を覚ましてないぜ。だけどこの……ほんとに生きてんのか?」

「息はしてるから生きてるはずだよ……たぶん」

 僕のとなりで僕と同じように土壁にもたれかかっている少女。首元にかかるしなやかな髪と静かに眠る姿はまるで人形のようにも感じさせる。彼女が生きているのかは僕にも自信がない。かすかに覚えているリーダーの言葉が棘のように頭に残る。

「とりあえず立てるか。今日はもう帰ろうぜ」



 パタラの入り口から家まではさほど遠い道のりではない。社会のはみ出し者の僕たちは、文字通り地下世界の隅に追いやられている。危険を冒してまで外界に行くのは、そんなところしかまともな稼ぎを得ることができる場所がないからだ。

「カイ、気になってたんだけどさ」

 僕は気を失ったままの少女を背負って、カイは遺産を身体いっぱいに背負って歩いている。体調の優れない僕よりもカイの方がよっぽどよろよろとしていた。

「そんなに遺産拾ってたっけ?」

 カイはいたずらっぽく笑ってみせた。

「お前が放り捨てた遺産をこっそり奪わせてもらったんだよ。内緒だぜ?」

「内緒って……だれに?」

 街のあかりは夕暮れのオレンジ色に染まりはじめている。

 途中で立ち止まっては、また進む。疲れて口数が減りながらも帰路を歩く僕たちは、いつのまにか僕の家の前に帰ってきていた。

「そういえば、すっかり厄介なことを忘れてたな……」

 そう。考えることをやめていたが、僕にはまだ厄介なことが残っていた。

 帰路につく足取りを重くさせていたもうひとつの厄介ごと。

 カイの言葉が合図になったかように、家の玄関扉が内側から開いた。

「――ただいま、母さん」



 玄関扉の隙間から顔を覗かせたのは母さんだった。いつも怒っているからなのか、あいかわらず眉間には深くシワが刻み込まれている。母さんは僕たちが背負った荷物をにらみつけていた。

「……うちに二人目のガキはいらないよ。捨ててきな」

 母さんはそれだけ言うと、僕のことなど気にもせずに扉をばたんと閉めてしまった。

「やっぱりメルクの母ちゃんってこえーな」とカイがひそひそと語りかけてくる。

 自分の家とはいえ門前払いされてしまってはどうしようもない。でも、捨てろと言われてもこのを放っておくこともできない。

「開けてくれるのを待ってても仕方ねーさ。とりあえずこのは路地に寝かしてやって遺産をウチまで一緒に運んでくれねーか?重くて肩が壊れそうだぜ」



 カイの家は僕の家から歩いて数分くらいの近さにある。

 そのせいもあり、僕たちは昔からの幼馴染だ。

「今日はもう遅いから遺産を換金しに行くのは明日だな」

「その時は僕も手伝うよ」

 カイの家の玄関に荷物を下ろす。しかしよく途中まで一人で運んでいたなと驚くほどの量の収穫だった。

「運んでくれてありがとな」

 そう言うとカイは床に降ろしていた僕のリュックを勝手にあさりはじめる。

「カイ……?」

「これは今日のお前の分。少なくはなっちまったけど、それでもいつもと同じくらいにはなるんじゃねーか?」

「――――!」

 遺産が多いように感じたのはこのせいだったのか。僕の稼ぎがなくなることをカイは予感していたんだ。だから僕の分まで余計に持ってきてくれていた――

 呆気あっけにとられる僕を見て恥ずかしくなったのか、カイはそれからしばらく僕と目を合わせようとしなかった。



 夕日を模した地下世界の暖かな街灯が僕たちの周りを取り囲んでいる。

「――今日は、ありがとう」

 僕の言葉を聞いて、カイはわざとらしくいぶかしげにこちらを見つめる。

 そして照れ臭そうに、ただひとことだけ言った。

「貸しはいつか返してくれよな、相棒」

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