第5話 昏睡

「すげー……、生き返っちまった。お前なにやったんだよ」

 カイの問いかけに答えるほどの気力さえ今の僕には残っていなかった。

「さすがは俺の相棒だな……」


「お前たち!そこで何をやっている!」

 叱りつけるような声がした。採集チームのリーダーが集合地点にもどってきたのだ。気づけばリーダーだけでなく他の採集員コレクターたちも続々と滝壺に集まってきている。

「えっと……人助け……です!」

「人助けか――、?」

「……は?」

 侮蔑ぶべつするように目を細めて彼は言葉を続けた。よほど疲れていたのか、それからのカイとリーダーの会話はぐにゃぐにゃとおぼろげにしかに聞こえなかった――

「見たところお前たちは溺れていた人間をすくい上げたといったところだろう。だがなぜそんなことをした。溺れ死なせておけばよかったものを」

「なに言ってるんですか!困っている人を助けるのは普通のことでしょ!」

「では訊くが、本当にその少女は困っていたのか?メルクがどうやったのかは分からないが、この水の中に入ってしまえば溶かされることはお前たちも分かっているな。それなのに溺れていたということは、その少女は自ら水中に身を投げて死のうとしていたのではないか?」

 リーダーの冷徹な言葉にその場にいた一同が言葉を失った。死ぬために外界に来て身を投げるだなんて、そんな極端なことは誰にも想像できなかった。でもそれができるのがリーダーだった。

 答えを知っている当の本人は寝たきりのまま目を覚まさない。肯定も否定もできない問いかけにカイも口をつぐんでしまっていた。

「――リーダーが言いたいのは……そういうことじゃ……ないんじゃないですか?」

 見かねた僕は片膝をついてよろよろと立ち上がった。

「なんだと?」

「結局はこのを助けて、僕たちのチームが損しないかを訊きたいんですよね?」


 貧困層のなかでも僕たちのような集団はこの採集作業がお金を稼ぐ手段であり、生きていくための手段だ。ありつけるかもわからない遺産ガラクタを探し集め、街に出ては商人にできるだけ高く売りつける。その金を家庭のために慎ましく使うものもいれば、数少ない楽しみである娯楽のために使うものもいるだろう。しかし明日のメシに辿り着けるかも分からないような貧困集団にとって新しく人間が増えるということは、それだけ遺産を奪い合うライバルが増え、面倒ごとが増えることを意味している。


「それなら……大丈夫です。このには採集……作業はやらせません。面倒だって僕と……カイが見ます。チームに迷惑をかける……ようなことは……しません」

「メルク、なに勝手に決めて――」

「リーダー……は採集作業を始める前に……毎回言ってますよね……『戻らなかった者については構わず置いていく』って。あれって……人数が減った方が都合がいいから、そう……言っているんじゃないですか?」

 リーダーはすっかり呆れている。僕たちの口論に他の採集員コレクターたちは動揺していた。

「好きにしろ――だし、お前たちの拾い物――これから起こる問題はお前たちだけで解け――」

「……わかり……まし……た」

「――メるく――?――い――じょうぶか――」

 ふらふらする。おかしいな。カイの声がうまく聞き取れない――



 メルクはその場にばたりと倒れこんでしまった。

「おい!メルク!大丈夫か!」

 揺すっても揺すっても起きそうにない。顔は真っ青になり血の気が引いている。よく見たらこいつの服、腕にも脚にもいくつも穴が空いてやがる。泳いでたときにオオナベカズラの液がとれちまったんだ。

「早速面倒なことになりそうだが。今日の採集作業は終わりだ。ここにいる採集員で地下世界パタラに戻る。で戻れないものについては置いていく」

 余計なことを付け足しやがって、嫌味かよ。

「待ってくださいリーダー!メルクの防護服に穴が空いてるみたいで、それで、こいつ酸素中毒起こしてるみたいで、動けないんです!」

「水の中に入ったら服が溶けることは分かっていたんじゃないのか?面倒はお前たちだけで処理するんじゃなかったか?」

「それは――」

 なんでそういうことが言えるんだよ。俺たちは仲間チームじゃないのか。こういうときにメルクだったらどうするんだよ!頭が悪くて言葉がうまくでてこない自分に嫌気が差す。そうしている間も採集員コレクターたちは俺たちのほうを振り返らずに、列になってリーダーにつづいて離れていく。

「待って!待ってくれ!」

 列は止まらない。あいつらが急いでいる理由なんてない。俺たちを無視する理由もない。ただリーダーがそうしているから他の採集員コレクターたちも真似まねていってるだけだ。くそっ、どうする――

「――遺産だ。遺産をやる!今日、メルクが集めた遺産を全部渡す!この量の遺産なら作業5日分、いや6日分の稼ぎにはなるはずだ!だからこいつらを地下世界パタラの入り口までだけでも運んでやってくれ!頼むから――」


 列に続く採集員コレクターの数人の足が止まった。今回の採集作業でろくな収穫がなかったやつらかもしれない。

「悪知恵の働くやつだ――」

 オオナベカズラの消化液を汲みにいくときに地面に放り出されたままになっていた鉄パイプをかき集める。かんかんと鳴り響く金属音は収穫のなかったものには魅惑的な音色だったことだろう。

「今日の稼ぎが悪かった者2名はカイを手伝ってやれ」

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