第4話 少女
水の中へ一歩ずつ足を踏み出していく。
くるぶしまでしか浸かっていなかった水は次第に足全体を包みこみ、腰から胸へと僕の体を覆っていく。掻き分けながら進んでいく僕の喉元まで水が迫りはじめたところで、僕は泳ぐことを余儀なくされた。もう足をつくことができない深さだ。
オオナベカズラの消化液を被ったおかげで水の中でも防護服は無事のようだ。しかし予想をはるかに超える重さになっている。腕をひと掻きさせるだけで、まるで泥の中を掘り進めていくように体力が奪われる。あと少しで到達しそうなのに、力を失った身体が水中にずるずると引っ張られ、なんども目標を見失いそうになっていた。だけど、もう少し。もう少しなんだ。
その時、指先に何かが触れる感触があった。必死で水面から顔を出し、吐息で曇る
やっと辿り着いた。浮かんでいる人の体に触れたのだ。
その人の腰のあたりをしっかりと脇に挟み込み、僕はカイに向かって大きく手を振る。それを確認すると、カイは力強くワイヤーを引っ張り始めた。
川岸へ戻るあいだも僕は泳ぎを止めることはできなかった。
オオナベカズラの消化液があくまで補助でしかなかったからだ。消化液は塩基性で滝壺の水は酸性。ほとんど運頼みだったがどうやら僕の考えは当たったようで、水は中和され無害なものに変わっている。しかし粘度の高い消化液でも時間が経てば流されてしまい、徐々に酸が僕の体を襲うことだろう。
それでもやっとの思いで川岸に上がると、そのままどさっとうつ伏せになって倒れ込んでしまった。顔を横に倒し、僕は初めて自分が連れ帰ってきた人の顔を見る。その人は僕と同じくらいの年齢の少女だった。
「大丈夫か!?」
「あぁ……見ての通り……大丈夫じゃないよ……」
「本当にどうなることかと思ったぜ。……だけどなんでお前の服は大丈夫なんだ?」
カイは心配しながらも不思議そうに上からこちらを覗き込む。カイには何が起こったのかよく分かっていないようで、彼も水面にちょんとつま先を浸すが、防護服が白い煙を上げて溶けたのを見てすぐに足を引っ込めていた。息も整わないまま僕は半身だけを起き上がらせ、その様子を遠目に見る。カイはそのまま僕が引き上げた女性のもとへ歩み寄り、蟻を観察するかのように屈み込んだ。
「メルク、疲れてるとこに悪いが……この人息してないぜ……」
その言葉に僕は跳ね起き、四つん這いになって様子をうかがう。彼女がどのくらい溺れていたのかは分からないが、確かに意識がない。顔色はそこまで悪くない。怪我も見当たらない。だがその胸に手を当ててみても心臓の鼓動を感じることができなかった。
よろけながらも疲れ果てた腕に再び力を込め、仰向けになった彼女の胸を押さえ圧迫する。なんども、なんども、なんども、なんども、なんども押さえつけ、蘇生を試みる。
だけど不思議だ。あの水の中にいたのに彼女の萌黄色の服は一切溶けておらず、彼女の皮膚をはじめとした身体のどこにも異常は見られない。
一方、僕は自分の防護服の
――そのとき、彼女がごぼっと水を吐き出した。急いで胸の動きを確認する。息も吹き返している。
意識はまだ戻ってないみたいだけど、とりあえず一命はとりとめたみたいだ……
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