きのこじいさん

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きのこじいさん

むかしむかしあるところに、きのこを食べるのが大好きなじいさんがいました。

 じいさんはちいさな村に住んでいました。村は、たくさんの木でおおわれた、大きな黒い山のふもとにありました。

 じいさんは毎日、山の中へ出かけていきます。そして、たくさんのきのこをとってきます。

 それで、家に帰ってから、その日のうちにぜんぶ食べてしまうのです。

 村のひとたちも、たまに、きのこをとりに山にいきます。でも、じいさんがたくさんとっていってしまうので、ほとんどのこってはいませんでした。

 村の人たちは、じいさんにきのこを分けてくれないかとたのみました。

 じいさんはいやだと言いました。「このきのこはわしのじゃ。だれにもやらんぞ」

「わしらはいいが、せめてこどもたちには、食べさせてやりたいんじゃがのう」

「知らん知らん。だれがなんと言っても、わしのきのこは、やらんぞ」

 いくらたのんでもじいさんが聞いてくれないので、しまいに村のひとびとは、きのこを食べるのをあきらめてしまいました。そして、だれもいじわるなじいさんと口をきかなくなりました。

 それでもじいさんは、きのこを食べられればそれでよかったので、さみしいとも思いませんでした。


 それからしばらくして、村の若い庄屋さん(村でいちばんえらいお百姓さん)が、じいさんの家にやってきました。

「じいさん、じいさん。こんにちは、おひさしぶりです」

「おお、おお。これは庄屋の二代目さん。どうしましたかな」

「今日はちょっと、おねがいがあって、きたのです。じいさん、もう、山のきのこをとるのは、やめてください」

 それを聞いたじいさんは、顔をまっかにして怒りました。

「なぜじゃ! なぜ、きのこをとってはいけないんじゃ! えらそうに、山はおまえさんのものなのか?」

「わたしのものではありません。でも、じいさんのものでもありません。みんなのものです。それなのに、じいさんが山できのこをとりすぎたから、山のきのこがどんどん少なくなってきているのです。このままでは、山のきのこがぜんぶなくなってしまう。そうしたら、みんなもうきのこが食べられなくなってしまう。だから、もう山からきのこをとってくるのは、やめてください」

「なにを、このわかぞうが! この村を作ったときに、わしがどれだけおまえのおやじを助けたか、忘れたのか! おやじが死んで、庄屋になって、えらくなったからといって、なまいきにいばりおって!」

「この村を作るときに、じいさんがうちのおやじを助けてくれたことは、よく知っていますよ。村を作ってくれたじいさんには、みんな感謝しています。でも、それはそれ、これはこれ。だからといって、きのこをひとりじめしていいということではありません」

 庄屋さんの言うことは、まちがっていませんでした。しかしじいさんは、なんでこんな若者に怒られなければならないのかと、いらいらして、それに、もうこれからきのこが食べられないのかと、それもむかむかして、たまらなくなってしまったのです。そして……。

「で、出ていけーっ!」

 大きな声でどなりつけ、庄屋さんを追い出してしまいました。

 そして、じいさんの家をたずねようというひとは、もうだれもいなくなってしまったのです。


 さて、それからじいさんはどうしたでしょう。きのこをとるのをやめたでしょうか。

 いいえ。じいさんはそれからも、山のきのこをとりつづけました。

 庄屋さんのことばを思いだして、「こんなことをしていたら、そのうち山のきのこがなくなってしまうかもしれない」と心配することもありました。

そしてたまに、「村のみんなにも分けてあげたほうがいいのかな」と思うこともありました。

 でも、どうしてもきのこが食べたい気もちをがまんできず、毎日きのこをとりにいってしまうのです。

 そして、庄屋さんが言っていたとおり、山のきのこはだんだんと少なくなっていき、ある日、とうとう最後のふたつだけになってしまいました。


 それは、空にはねずみ色のくもが多く出ていて、山からは黒いかぜがびゅうびゅうとおりてくる、変な天気の日でした。

 じいさんは、山の森の奥で見つけた、最後のふたつのきのこの前に立っていました。

 このふたつのきのこをとって食べてしまったら、この山からはきのこがなくなる。

 そうしたら、もう二度と、わしはきのこが食べられない。

 しかし、このきのこを食べなければ、またこのきのこがこどもを作って、ふえてくれるかもしれない。

 だがそのためには今日、きのこを食べるのをがまんしなければいけない。

 ……そんなのはいやだ。

 明日のことはいい。とにかく、わしはどうしても今日、きのこが食べたい。

 がまんできない。わしは、がまんできないぞ。よし、きめた。わしは今日、このきのこを食べる。

 じいさんは、とうとうそうきめて、ゆっくりときのこに手をのばしました。

 とつぜん、そのふたつののうち、大きくてむらさき色の、しわしわなほうのきのこが、じいさんに話しかけてきました。

「あいや、あいや待たれいご老人」

「なんじゃ、おまえは」

「わしは、じいさんきのこじゃ。あんたも知ってのとおり、わしらはこの山にのこった最後のきのこ。わしらがいなくなったら、この山からはきのこがなくなる。そんなにさみしいことはない。だから、どうか見のがしてくれんか。そうすればまたなかまがふやせる。それまで待ってくれんじゃろうか」

「わしもそれは考えた。でもわしは、今日お前たちを食べることにきめたんじゃ」

「そんなことを言わずに、ほれ、わしの孫もこのようにふるえておる」

 そう言うじいさんきのこのうしろには、まだ若くて小さい、こがね色のきのこがかくれていました。そのきのこはかわいそうに、これから食べられてしまうかもしれないと、こわくてふるえているのです。

「この子の父と母は、このあいだおまえさんに食べられてしまった。そのうえさらに、自分まで食べられたら、かわいそうじゃあないか」

 そう言われて、じいさんは少し、子どものきのこにすまないと感じました。それに、村のこどもたちのことも少し、思いだしたのです。

 しかし、このじいさんのきのこの言いなりになるのもいやなのでした。一回、自分できめたことなのに、だれかの言葉でそれをやめるのは、なんだかくやしいのです。とくに理由もないのに。

 だからじいさんは、ふたつのきのこをつかんで地面からちぎりとって、それをかごの中に入れて、山をおりていきました。

山のうえでは、たくさんのからすが、かあかあと鳴いていました。空には、まっ赤な夕ぐれの太陽がうかんでいました。

 

 じいさんは家に帰ると、いつものようにいろりに火をおこし、きのこを食べるじゅんびをはじめました。

 こうやって、きのこを食べるじゅんびをするのも今日が最後なのかと思うと、少しさみしい気もしました。

でも、やっぱりどうしてもきのこが食べたくて、がまんができないのです。

 いろりにかけた鍋に湯がわいたので、じいさんはそこに、ふたつのきのこをほうりこもうとしました。

 するとまた、しわしわのきのこが、じいさんに話しかけてきたのです。

「あいや、あいや待たれいご老人」

「こんどは、なんじゃ。おまえの言うことに、耳はかさんぞ」

「いやいや。わしらを食べるなというのではない。どうせ食べられるのなら、おいしく食べてもらいたいと思うてな」

「ふうん?」

「わしはもう老いぼれのしわしわきのこだから、そんなにうまくないじゃろう。しかし、わしの孫はまだ若くて、ぷりぷりしてとてもうまいはずじゃ。だから、今日は先にわしを食べて、おいしい孫は明日の楽しみにとっておいたほうが、いいんじゃなかろうかのう」

 たしかに、しわしわきのこの言うことはまちがっていないと、じいさんは思いました。

だってそうすれば、明日もきのこが食べられるからです。明日からは、もうきのこはとれないのだから、若いおいしいきのこは、明日までとっておくことにしようか。

 さすが相手もじいさんだから、わしの気もちがわかるのかなとうれしくなって、よし、今日はこのしわしわじいさんだけを食べることにしようと、じいさんはきめました。

 若いきのこは台所に置いてきて、むらさき色のじいさんきのこだけを、ぐつぐつお湯がにえ立つ鍋の中に入れました。

ゆであがったじいさんきのこは、ゆでる前よりも、なんだかしわしわにしなびていました。食べてみると、おいしくもまずくもないのですが、苦いような甘いような、なんだかぼんやりした、不思議な味でした。

それで、なんだか頭がぼうっとなってきて、いつのまにか、じいさんは眠ってしまったのです。


 目がさめると朝でした。ふとんもかぶらずに寝たからでしょうか、じいさんは少しさむけがして、からだをぶるぶるとふるわせました。

 それにしても、とうとう今日からきのこが食べられないのか。かなしいなあ。でもまだ、うまいきのこがひとつのこっているから、まあ、いいか。

 しかし、きのこをとりにいかないとなると、することがない。村の人に会いにいこうか。でも、もうずっと、だれとも話していないから、だれと、なにを話せばいいのか、わからない。村はいま、どんなようすなのだろう。

 そんなことを考えながらからだを起こし、便所へいくために、じいさんは家を出ました。

そしてそこで、信じられないけしきが、じいさんの目にとびこんできました。

 濃い霧の中に、なんと、そこらじゅうに、きのこが生えているのが見えたのです。

家の前の畑にも、林にも、もちろん家のうらの山の中にも、これまでに見たこともないほどたくさんのきのこが、ひとばんのうちに生えてきていたのです。

 もちろん、じいさんはとびあがって、大よろこびです。

「す、すごいぞ。これはわしがあんまりきのこが好きだから、きのこの神さまかだれかが、わしのためにたくさん、きのこをくださったんじゃ」

 じいさんは便所にいくのもわすれて、ころがるように家のまわりをとびまわると、両手にあふれるほどのきのこを集めて、家に帰って、すぐにそれらを食べはめました。

 それらのきのこは、これまでにじいさんが食べたどんなきのこよりとびきりあざやかな色をしていて、そのうえ、ものすごくおいしかったのです。

 じいさんは、まるで夢を見ているようでした。あんまりしあわせで、目の前のきのこの山に、手をあわせておがんでしまうほどに。


 次の日になると、家のまわりのきのこの数は、さらに増えていました。

いえいえ、それどころか、じいさんの家の壁や天井にも、きのこが生えはじめたのです。

 もうじいさんは、きのこをとりに、外にいくことさえしなくていいのでした。ただ、少し手をのばせば、そこにおいしいきのこがあるのです。

 もはやじいさんは、家からまったく出ていかなくなって、毎日毎日朝から晩まで、ただただ、きのこを食べつづけているだけになりました。

じいさんの家の外の白い霧は、前の日よりもさらに濃くなっているようでした。

 

 ところで、食べられずにすんだ、若いきのこはどうなったでしょうか。

 若いきのこは、じいさんが自分のことをわすれているあいだに、この家から逃げだすことをきめました。

 自分のおじいさんが、身をもって守ってくれたいのちを、むだにしてはならない。そう思いました。

 しかし、きのこに足はありませんから、自分ひとりで歩いて逃げることはできないのです。

 そこで若いきのこは、台所や家のまわりにいた小さな虫たちに、助けてくれないかとたのみました。

 虫たちは、自分勝手なじいさんにつかまってしまった若いきのこを、きのどくに思っていました。だから、若いきのこのたのみを、気もちよくひきうけました。

 じいさんがいろりの前で、なにかを食べるのに夢中になっているあいだに、あり、こおろぎ、はさみむし、かなぶん、てんとう虫、はなむぐりなどがあつまって、若いきのこをもちあげて、ゆっくりゆっくり、家の外につれだしたのです。

 じいさんの家のうらにある森までは、人の足なら歩いてすぐですが、虫たちにとっては長い道のりです。

虫たちは、じいさんに見つからないようにといのりながら、のろのろと、若いきのこを森まではこんでいきました。

 しかしじいさんは、虫たちの動きには、ぜんぜん気づきませんでした。だって、なにかを食べることに、ずっと夢中になっていましたから。

 虫たちはがんばって、若いきのこを、じいさんでも二度と見つけられないような山の森の奥ふかくまで、はこんでいきました。

 若いきのこはやっと安心して、虫たちにていねいにお礼を言いました。

きのこを送ってきた虫たちも、じいさんの家よりここのほうがくらしやすいと言って、そのまま森の奥にすみつきました。

 そして、若いきのこはそこでなかまをふやしていきました。山の森には少しずつ、きのこたちの姿がもどってきたのです。

 

 さて、こちらは、若いきのこも虫たちもいなくなったじいさんの家です。

 おや、このあいだまで聞こえていた、いろりの前でじいさんが、なにかを食べている音が聞こえません。どうしたのでしょうか。

 そこに、庄屋さんがやってきました。

 というのも、ここのところ、もはやなくなったと思っていたはずのきのこが、山で見つかるようになったからです。

 庄屋さんは、てっきりじいさんが、山のすべてのきのこを食べてしまったと思っていました。でも、それはちがったようです。

 だから庄屋さんは、もしかするとじいさんがこころを入れかえて、村の人たちのためにきのこをのこしてくれたのかと思ったのです。

 もしそうなら、前にじいさんのところに来たときに、えらそうなことを言ってしまったことをあやまろうと思ったのです。

それに、山にきのこがもどってきたのに、じいさんがそれをとりに来ているようすがないのも、ふしぎなことでした。

それで、いろいろと心配になって、庄屋さんはじいさんのようすを見に来たのです。

 しかし、なんだかじいさんの家のまわりのようすが変なのです。

家の前の畑は草が生えて荒れほうだい。家の壁の木は湿って、たくさんのこけが生えています。

煙も見えないから火をおこしているようすもないですし、入り口の戸は空きっぱなし。

もしかして、じいさんになにかあったのではないかと、庄屋さんは心配になりました。

「じいさん、いますか。わたしです。庄屋です。あやまりにきたんです」庄屋さんは家の外から声をかけてみますが、中からの返事はありません。

「ちょっと失礼しますよ」庄屋さんはおそるおそる、家の中に入りました。

 まっくらでした。それに、なんの物音もしません。ちいさな虫がうごいているような音もしないのです。庄屋さんはぶきみに感じました。

「じいさん? 大丈夫ですか?」ゆっくりと家の奥に進んでいきます。それでもまだ、だれかがいるようすはありません。

 庄屋さんはとうとう、いちばん奥にある、いつもじいさんがいる、いろりのある部屋の入り口まで来ました。

そしてどきどきしながら、まっくらなその部屋の中を、そうっとのぞきこんだのです。

そこには、いろりの前に、人の背の高さほどもある、大きなむらさき色のきのこが、地面に根をおろして、しずかに立っていました。

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