かりぱくっ

城弾

かりぱくっ

 恋をして結ばれたはずの男と女。

 しかし体を交わして初めてわかる相性の悪さもある。


 ここにも離婚の危機に直面した夫婦がいた。

 互いに下着姿でダブルベッドで半身を起こして、真剣な面持ちで見つめあっている。

「……なぁ。これはインチキ商品じゃないのか?」

 夫。和田琢磨たくまは胡散臭そうにカプセルを指し示す。

 同じものが二つ。赤と青に塗り分けられたけばけばしい色のカプセルだ。

「そうかもしれない。でもあたしの本気はこれで伝わるでしょ」

 妻・ひなげしは真剣な目で返答する。

「……分かったよ。付き合えばいいんだろ」

 琢磨はカプセルを口にして水を飲んだ。

「そーゆーことっ。でもあくまで合意でないと効果ないらしいわよ」

 ひなげしも同様にした。

 そして二人は両手を絡め、口づけを交わす。


 口づけはすんでも手はつないだままでベッドに横たわる。

 いや。魂が抜けたかのように気を失った。


 五分ほどしてうめき声とともに二人は目を覚ます。

 そしてお互いの顔をしげしげとみている。

「……信じられねぇ」

 可愛らしい声の男口調でつぶやく。

「本当に入れ替わったわ」

 自身の胸を叩いて女言葉で言う。


 和田琢磨。年齢27歳。

 身長181センチ。

 テニスが趣味のせいか引き締まった肉体。

 イケメンとまでは行かないが割といい男。

 ただし長めの髪がやや不似合い。


 和田ひなげし(旧姓・鈴木)25歳。

 身長152センチとやや低いが、胸はEカップと大きめ。

 身長に見合ったおさな顔。

 しかし髪は茶色のウェービーロングで大人っぽく。こちらもやや不似合い。


 大学のテニスサークルで知り合った二人は、三年間の交際を経て二年前に結婚した。

 昨今珍しく、体の関係を持たないままゴールインした。

 特にひなげしは純潔のまま初夜を迎えた。


 ひなげしにとって緊張の初夜は絶望で終わった。

 痛いばかりで全く気持ち良くならない。

 それに対して琢磨はすっきりした表情だ。

 ひとりだけさっさとイってしまった。


 不満に思ったひなげしだが何しろ初体験。

「こんなものなのかな?」と無理やり自分を納得させていた。


 しかしこれが毎回。そして二年も続くとさすがに分かってくるし我慢も限界だ。

 琢磨は毎回一人だけすっきりしてピロートークもろくにせずにタバコを燻らしているのだ。


 ひなげしはついに爆発して不満をぶつけた。

 そのときの琢磨の言葉は致命的なものだった。

「お前が不感症なんじゃないか?」と冷笑交じりで。

 例えジョークでも言ってはいけない言葉にひなげしも切れた。


 さらに重い生理で臥せっているときにも心無いことを言われて完全に決意した。

 生理の終わりかけでやっと動けるようになった途端に半分は脅し。半分は本気で離婚届の書類を役所へととりに向かった。


 その途中で古物商に立ち寄った。

 彼女の言葉で言うと「呼ばれた気がした」となる。

 そこで怪しげな雰囲気の店主からこの「魂を入れ替えられる薬」一瓶を一万円で買った。

 不思議と疑問に思わなかった。

「酒を飲めば酔う」のと同様に起きて当然の現象と思い込んだ。

 たから使用もためらわなかった。


 そして今に至る。





「本当に入れ替わるなんて。確かにちょっと女の体になるのも興味あったが、それで合意ということになったのか?」

 実現しても半信半疑な「琢磨の魂が入ったひなげし」である。

 ここでは便宜上「ヒナゲシ」と表記する。

「やっと信じてくれたかしら? もっとも半信半疑でも少しは信じて入れ替わりに合意してくれたから成功したみたい」

 いわゆるドヤ顔の琢磨に入ったひなげし…こちらもタクマと表記する。

 二人はゆっくりと体を起こす。


「入れ替わったのはいけど……まじでやるの? 自分相手に? オレ、いくら自分でも男とは嫌だな」

 ヒナゲシがげんなりしたように言う。

 同意したものの、まさか本当に入れ替わるとは思ってなかったのだ。

 実現したら今度は「男に抱かれる」のが実現しそうで震撼する。

「あたしだって女相手の趣味はないわ。けどその身で知れば不感症かどうかわかるでしょ」

 その証明のために入れ替わった夫婦だった。


 とはいえなじみのない体に入れ替わって間もないのでいきなりはしない。

 しばらくはそのまま喋っていた。

 そのうちタクマがふと上を見上げる。

「わぁ。天井が近ーい。手が届きそう」

 本来の肉体より30センチも高い。

 ベッドで半身を起こしただけでも天井との距離が近くったのはわかるタクマ。


 そして逆パターンのヒナゲシは。

「それにしてもなんだこれ? 胸が重いぞっ」

 考えるのと実感では違うと思い知ったヒナゲシ。

「こうするともっと重く感じるわよ」

 いうなりタクマはヒナゲシの胸元に手を伸ばす。。

 このためにわざわざ普段は使っていないフロントホックブラをつけていた。

 正面のホックを電光石火の早業で締め付けを解除した。

 拘束から解き放たれた二つの胸のふくらみは重力に囚われ下へと揺れる。

「わわっ?」

 その勢いでヒナゲシは倒れ掛かるがタクマが支えた。

 ちょうど裸の胸を合わせた形である。

「なんだよこれ? ものすごく揺れるし痛い……」

 感謝より先に文句が口をつくがタクマの口で口をふさがれた。

「むーっ。むーっ」

 もがくヒナゲシだが次第に陶酔してきた。

「なにしやがる!?」

 口を離したら怒鳴りつけるが虚勢なのは見え見え。

「……不思議ね。見飽きたはずの自分の体が新鮮に見える。それにはち切れそう。男の人って裸の女を見るとこうなるの?」

「こうって……ひいっ!?」

「臨戦態勢」だった。いつでも行ける状態になっていた。

(……自分のなのになんでグロテスクに見えるんだ? あんなのが体に入ってくるのか?)

 男としての魂が恐怖するが、もともと自分の体で「ツボ」を知り尽くしたタクマに体中をなでられ、琢磨が入っている女の肉体……それを言うなら「メス」が欲しがり始めていた。








 初めて女を抱いたタクマ。そして男に抱かれたヒナゲシ。

「どう? 感想は? 不感症にしては盛大なよがり声を出していたけど」

 ヒナゲシは答えない。言葉では答えないが耳たぶまで赤くなった顔が雄弁にものがっていた。

(なんで気持ちいいんだよ? 男に抱かれるなんて気持ち悪いはずなのに?)

 絶頂に達したことで自分が誰なのかすらわからないほど頭の中が真っ白になっていた。

 この時点では自分が琢磨なのか? ヒナゲシなのかも。そして男か女すら答えられないが。

 いや。性別は間違いなく「女」だ。

 絶頂に導かれたことで魂が侵食されたのだ。

「た、たまたまだろ。全くの不感症でもなかったらしい」

「へぇー。そう。たまたまなの」

 すっと目を細めるタクマ。

「だったらもう一回してみたらたまたまかどかわかるわね?」

「う……」 ヒナゲシはまたあのわけのわからない感覚を味わうのかとげんなりする。

 半面「またあの素晴らしい思いができる」とも思う自分に驚愕した。


 そして二度目が始まる。





 二度目が終わりヒナゲシは息も絶え絶えになっていた。

 一度やって馴染んだからなのか、一度目の余韻なのか二度目はもっと盛大にいかされた。

 そしてタクマの胸に赤ん坊のように肌を合わせていた。

「どうだった?」

 にやにやして尋ねるタクマ。

「……聞かないで」

 完敗だった。

 今度は自分の痴態をかすかに覚えていたので尚更恥ずかしい。

(ウソだろ? 不感症は言い過ぎだったとしても、この体がこんなに感じやすいとは? しかもめちゃくちゃ幸せな気持ちになっている?)

 思考は漂う紫煙で遮られた。

 いつもなら自分か吸っていたそれだ。

「お前……それ?」

「何?……あれ。あたしいつの間にタバコなんて。大嫌いなのに?」

「俺は逆だ。その匂いが嫌でたまらない」

 琢磨は愛煙家だ。これも夫婦仲に亀裂が入った一因。

「そんところまでひっくり返ったの? まるでいつものあなたみたいに自然と口にしていたわ」

 茫然としているタクマ。

「体に引きずられている?」

「言われてみれば、あたしが男の体でできたのもそのせい?」

「本能的なものだからできているのかと思っていたが……」

 それは翌朝、意外な形で証明される。

 その晩は二人ともなれない体で、しかも夫婦の営みをしたので疲れ果てた。

 元に戻るなんて気もなく眠りに落ちた。








 翌朝、目覚めたヒナゲシは全く自然にブラジャーをつけた。

 背中のホックを後ろ手で苦も無く留めた。

 そして着替えて朝食の準備。

 朝食の準備自体は本来の肉体でもしていたが、特筆すべきことをしているときにタクマが目覚めた。

「な、なにしてんの?」

「あ。おはよー」

 えらく上機嫌な声でヒナゲシは答える。

 あとはチークだけ残したメイク途中の顔で。

 そう。化粧をしていたのだ。


 琢磨には女装趣味はなく、当然そのスキルもなかった。

 それなのにメイクができている。

「おはよーじゃないわよ。なんで化粧できるのよ?」

 いうとタクマは「慣れた手つき」でタバコを箱から取り出して口にして火をつけた。

 それではっとした。

「どうやら体が覚えているみたい」

「癖や習慣は肉体に残るのかしら?」

 そのままタバコを吸い続けたタクマ。ヒナゲシは化粧の仕上げにかかる。

 不思議なほど即座に元に戻ろうとは両者とも考えないで、そのまま二人で経営している喫茶店に出るための準備をしていた。


 そう。性行為という「動物的かつ本能的な行為」が、魂本来の理性を破壊していた。

 平たく言うと絶頂に達するごとに体に心がなじむ。

 そしてそれは元々は快感に強くない男の肉体に入っていたのに、女性の肉体に入ったことで男性の何倍もの女性の快感が直撃するヒナゲシのほうが深刻だった。


 大学を22歳で卒業し、一度は大企業に就職したもののどうにも合わず。

 ある意味でちょうどよく先代マスターである父が腰を痛めて毎日は店に出られず。

 それで三年務めただけで退職して、25歳で琢磨はこの店の主となった。

 ひなげしは最初は手伝い程度だったが、琢磨の母が父に付き添うこともあり次第に店に出るようになった。

 今では完全にこの店は琢磨が主。

 店を任せた父は腰の治療に専念している。


 会社勤めではなく二人で切り盛りしている店だけにいつも一緒。

 サポートは互いにできる。

 そう。入れ替わってボロが出ないようにフォローできる。

 会社勤めではこうはいかない。

 だからこそひなげしは入れ替わりを決意した。


 少しの間、長くて一週間ほど入れ替わりを続けるつもりでいた。

 それだけでも「女の体」を理解してくれるのを期待していた。

 当然それはひなげしも男の体を知ることになる。


 いつもならひなげしが接客で琢磨はカウンターの中だ。

 しかし今は観た目はともかく魂は逆。

「ひなげし」がコーヒーを淹れることになる。

(あたしに琢磨さんみたく淹れられるかしら?)

 緊張するタクマだが杞憂だった。

 ヒナゲシが化粧できたように、タクマもコーヒーの淹れ方を体が覚えていた。


 むしろ難儀だったのはヒナゲシである。

 普段はカウンターの中にいるのに、この日は客に愛想笑いをしないといけない。

 それも女性としてである。

 トイレに行くと鏡に向かって笑顔の練習をするほどだ。

 最初は不承不承だったものの鏡の中には好きで一緒になった女性の顔。

 それを自分の意志で自在にできるとなったらむしろ楽しくなってきた。


「いらっしゃいませぇ」

 明るい笑顔で客を出迎えるヒナゲシ。

 声も好きにできるとあって思い切り可愛らしい声を出してみた。

 男性客二人はアニメ声に戸惑うが、悪い気はしてない。

「お席にご案内しますね」

 ヒナゲシは元々男だけにわかる「女性の可愛さ」を自分で演じてみた。

 それを受けた男性客が照れるのを面白がっていたが、次第に自分自身が「可愛い自分」に酔い始めていた。


 しかし本来のその肉体の持ち主はたまらない。

(な、なんなのよ? あのブリッコ声。あたしあんな声なんか出してない……わよね?)

 琢磨の肉体に収まったひなげしの魂は憤慨するが、同時に他者の目で自分自身を見て新発見があった。

(だけど自分なのに不思議と可愛く見える……今はあたしが男だから? それともこれも肉体の記憶?)

 ときめいてしまったタクマは思わず煙草に手を伸ばした。


 こうして入れ替わっての仕事は何とか終わった。


 その夜、互いに異性の肉体で入浴するのは初めてなので一緒に入浴したのはいいが

「あ、改めて見るとおれのってすごいな……」

 前夜はよくわからなくなっている内に「入っていた」のでまじまじとは観ていないヒナゲシである。

「なんで『自分の裸』みているのにこんなになっちゃうのよ?」

 戸惑うタクマ。

「お前だけじゃないよ」

 背が低いため高身長のタクマの首に背伸びして手を回すヒナゲシ。

 二人は唇を重ねて、そのまま浴室で始めてしまった。

 口づけ自体は何度もしていたとは言えど「男相手」に自分から迫ったヒナゲシである。


 浴室で改めて互いの体を洗って、ベッドへと移って『二度目』になる。

 前夜は渋ったのヒナゲシなのに、この夜はすんなり受け入れていた。


 そしてまた、自分が誰かもわからななるほど内側からの爆発に男の部分が破壊される。


 入れ替わって三日目の朝。

 またもタクマは驚いた。

 ヒナゲシは既に着替えとメイクをすませていた。

 着替えてから化粧したらしく汚れ防止でケープをつけたままだ。

 そして一心不乱に髪をブラッシングしていた。

「ちょっと、何よその髪型?」

 素の女言葉が飛び出す。

「似合うかな? 可愛いだろ。この顔には似合うんじゃないかと前から思ってたんだ」

 普段は茶髪のウェービーロング。

 それを二つに分けて耳の高さでくくってた。そう。ツインテールだ。

 これが幼い顔立ちに実によく似合っていた。

「やめてよ! あたしその髪型で笑われたことがあるから嫌なのよ」

 正確にははやし立てられたかっこうだ。

 髪型のせいで三つくらい幼い印象になったのを「可愛い」と友人たちにいじられたのだ。

 以来二度とすることのない髪型だった。

「えー。でもこんなに可愛いよ」

 魂の男としての感覚で言う。

「う、確かに」

 なぜか納得してしまうタクマ。

(あれっ? あたし男の感覚になってるのかしら? 本当に可愛く見える)


 相手の立場になってみるのを目的とした入れ替わり。

 それにより男とは比べ物にならない快感に直撃された琢磨の魂。

 性行為という動物的。本能での行為で根本から書き換えられている。

 だから急激に女性化してる。

 一方のひなげしも女として絶頂に達したことがないために、逆の意味で女とは比べ物にならないほど小さい「男の快感」でもやはり男性化が進んでいた。

 ただひなげしは快感に耐性のある女の肉体で過ごしていたので、まだ本来の女としてのアイデンテティを維持できていた。

 しかし妻の肉体に入った琢磨はかなり影響されていた。

「そしてじゃーん」

 ケープを脱ぎ捨てるとフリル満載の少女趣味な花柄ワンピース姿だった。

「きゃあああっ。どこから出してきたのよっ!? それ?」

 クローゼットにつるされてだが「タンスの肥やし」になっていた。

「この体というか頭が覚えていたの」

 本来のひなげしも忘れていたので処分されてなかった。

「今日はこれで男性客の相手」

 可愛らしくウインクした。


 その日は客が少なかった。

 だから客との会話をする余裕もあった。

 見た目をほめられて笑顔のヒナゲシ。

 男性客と親し気にしているのがタクマは気に入らない。

 面白くないタクマは空いているのをいいことに外へ出た。


 一時間ほどして戻ってきたタクマはロン毛が短くなっていた。

 両サイドは刈り込んでいる。

「な、な、な」

 声がうまく出ないヒナゲシ。

 髪とは言え本来の自分の肉体が変えられてしまえばもっともだ。

「どう? 似合うかい?」

 客の手前ゆえ男言葉で問う。

「そ、その髪?」

「文句はないだろ。そっちだっていやっていうのにその髪型だ」

「すっごく似合ってるわっ。イケメン!」

「え?」

 予想外の反応に間抜けなリアクションのタクマ。

「そっかぁ。思いきれなくて切らなかったけど、こうして客観的にみるとよくわかるわ」

「あ、あのさ。勝手に髪切ったのに怒らないの?」

 中身は女性のタクマ。髪に対する拘りはもっともだ。

「私も勝手にこの髪型にしたんだからおあいこよ」

「おあいこよって……どうして女言葉が出てくるの?」

「あら? 本当。男の人たち相手で女らしくしていたからかしら?」

「男の人!? ちょっとそれ女になり切りすぎじゃ!?」

 ここでタクマは思い至る。

(もしかしてこれも「体が覚えている」の? 脳が魂にまで影響してオレが使っていた言葉遣いをさせて……今、自分のことなんつった?)

 そう。タクマも男性化し始めている。

 原因はもちろん夜の営み。

 絶頂に達することで魂の性別すら破壊され、書き換えられている。


 ほんのわずかな時間でヒナゲシが女性化したのを脅威に感じたタクマは、その夜は「しない」と決めた。だが


「……今日は、してくれないの?」


 ソファでくつろぐタクマにEカップの胸の谷間をちらつかせ、上気した頬で上目遣い。甘えた声でおねだりするヒナゲシ。

 生唾を飲み込むタクマ。

(……これも体が覚えていというの? オレがいつこんな色仕掛けを……また自分のことをオレって? こっちまで男になってきている。戻らないと……はうっ?)

 違和感を感じるとヒナゲシが、どことは言えないが「咥えていた」のだ。

「何してるんだよっ?」

 あわてて体を離すタクマ。

「これがほんとの『カリパク』なんちゃって」

 軽いドヤ顔で朗らかに言うヒナゲシにタクマはめまいがしてきた。

(ん? ほんとの? 何にひっかけている? まさか)

 逡巡すると「正解」をヒナゲシが告げる。


「ねぇ? この体もらっちゃっていい?」


「な!?」

 まさしく「借りパク」だったで二の句のつげないタクマ。

「いいでしょ? 入れ替わりはあなたから言ってきたんだもの。いらないならこの体は私がもらうわ。代わりにその体あげるから」

「なんでっ? 生まれてから27年以上男だったのに、三日そこら女やっただけで乗り換えるの?」

「だって気持ちいいんだもん。不感症なんてとんでもなかったわ。こんな気持ちのいい体を手放したくなんてないわ」

 自分体を乗っ取られた。

 そして琢磨の魂も「オンナ」にこれまた乗っ取られた。

 タクマは激しく悔やむ。


「あなたも男ならイケるんでしょ? Win-Winじゃない」

 本気なのを感じ取った。

 わすが数回の絶頂で完全に飲み込まれている。

(このままじゃまずい。あたしの体が乗っ取られる。愛した人が知らない女になってしまう。こうなったら)

 しないつもりだったが気が変った。

「いいわ。してあげる」

「キャーッ。嬉しいーッ」

 本気でヒナゲシは喜んでいる。

 男では感じ得ない快楽に心と体を堕とした。


 しかしタクマはもちろんタダではしない。

 キスの際に口に含んだ水とともにあの「入れ替わりの薬」を口移しで飲ませた。

 予想だにしないことに思わずヒナゲシは反射的に飲み込んでしまった。

「な、何を私に飲ませたの?」

「これだよ」

 タクマは同じ薬を見せて口に含み、水とともに流し込む。

「入れ替わりの薬? ひどい。そんなものを飲ませるなんてあんまりじゃない」

「もういい。元に戻ろう。もう十分だから」

 心底十分と思っていた。

 こんな手段をとった自分を浅はかで愚かと悔やんでいた。

 しかしそんな思いも伝わっていない。

「いいもん。合意しなければいいんでしょ」

 不意打ちを不服に感じている。

 本気で怒っている。

 女のままでいたいと思っている。

 それをタクマは感じ取り言葉を選ぶ。

「ほんとに、女のままでいいの? その体でいいの?」

「何がよ?」

「あたしの記憶も読めるのよね。ならわかるでしょ。女ならではの苦痛が」

 それが生理を指しているとすぐに察しがついた。

 入れ替わる直前に終わったばかり。

 地獄の苦しみを体が覚えていた。

 それで少しだけ臆した。女の体は快楽よりも苦痛が多いのを「思いだした」から、ほんの少しだけ元に戻る気になった。


 ところがいくら待っても元に戻る気配がない。

 それもそのはず。

 月に一週間ほどの苦痛より、その気なら毎夜味わえる快楽に欲望が負けていた。

 なにしろじっと物欲しそうに、かつてはおのれの物だった部位を見ているのだ。

 無言でねだっていた。

「そこまで女に……」

 やりすぎたとタクマは後悔した、

「あらぁ? わからないわよぉ。もっと深くつながれば、元に戻るかもしれないじゃない」

 露骨な要求だったがだめで元々でそれに臨むことにしたタクマ。





 結論から言うと元に戻れていない。

 それどころかタクマもより男に近づいていた。

 女のそれには及ばないとはいえ、タクマも絶頂には達しているのだ。


 タクマは長期戦を覚悟した。

「苦痛の記憶」ではなく、実際に地獄の苦しみを味わえば気も変わると。

 その間は少しでも進展を食い止めるべく交渉には応じないつもりだった。


 しかし悲しいかな今は男の肉体のタクマ。

「受け入れるのを待つ女」てはなく「溜まったものを出さないといけない男」である。

 自分で処理するのは本来の女としての思いから罪悪感を感じて出来なかった。

 相手がいるというのにそれを無視することになる。

 そしてその「相手」が積極的にアプローチをかけてくる。

 男の本能でそれを拒み切れない。

 体が求めているかのようだ。


 次第次第にタクマも「男」に侵食され、とうとう自分からヒナゲシを抱きに行くように。


 暫く過ごしてタクマにとって待望のヒナゲシの生理が始まった。

 元に戻る一縷の望み。

 この地獄の痛みに音を上げて女の体を嫌悪すれば元に戻りたがり入れ替わりの条件が整うはずだったのだが……


「具合はどうだ?」

 厨房担当とは言え男として店に出ているからそれなりに接客もある。

 女言葉が出ないように気を付けていたらすっかり女言葉が出なくった。

 そして夫婦の営みも男としてのそれになれてしまい、男らしく振舞う様になりいつしか男口調がメインになっていた。

「お薬効いたみたい。だいぶ楽になったわ」

 ベッドの上で半身を起こすヒナゲシ。

「ああ。無理すんなって」

 すっかり男になりきったといえその立っていられない程の生理痛は忘れようがない。

「平気よ。子供のころからだから慣れているわ」

(子供のころから!?)

 入れ替わって一か月。それまで男だったのに生理痛の記憶があるはずない。

 それなのに「子供のころから」という発言。

(まさか完全に記憶まで奪われてきている?)

 恐怖するタクマ。

 それにお構いなしで続けるヒナゲシ。

「でも初めての時は悪い病気かと思ってびっくりしたなぁ。男の子はそういうの無かったでしょ?」

「男にだってあるぞ。やたら固くなって、なんか痛くなって、変なの出てきて……」

 タクマは愕然とした。

(なんでオレが知らないはずの精通を思い出せるんだ?)

「ひなげしの魂」も「琢磨の肉体」によって男へと変わっていた。

 男の記憶があるのもその一つ。


 そして再び入れ替わりに挑むがやはりだめ。

「子供のころから知っていた痛み」ゆえに耐性があった。

 これを耐えればまた素晴らしい快楽に酔える。

 そんな思いがヒナゲシを女のままでいさせた。


 タクマは絶望した。

 もう残りの人生は男として生きるしかないのかと愕然とした。











 そしてそのまま三か月ほど経過したある日。

 体調不良で医者に出向いていたヒナゲシが妊娠を告げた。

 恥ずかしそうではあるが、誇らしげでもあった。

 そしてタクマは

「おお。やったな。オレの子か」

 心の底からヒナゲシの妊娠を喜んだ。

 タクマは一般的な男たち同様にただ喜んでいた。

 ヒナゲシも体。それも脳の記憶で「自分がいずれ子をなす覚悟」していたと錯覚していた。








 そのまま順調にはぐくみ、臨月にまでなる。

 絶対に女性でないとできない妊娠でさらに女性的になっていくヒナゲシ。

 見守るとタクマもすっかり男の顔だ。

 口ひげもははやして、ダンディな印象になっていた。


 そしていよいよヒナゲシが産気づいた。

 まるでけもののような声を上げて苦しむヒナゲシ。

 身を裂く痛みでは当然。

「待ってろ。今すぐ病院に連れて行くからな」

 タクマはおろおろしつつもタクシーを呼ぶ。

 その間もヒナゲシは苦悶の声を上げ続ける。

「かわいそうに。つらいだろうに。代われるものなら代わって……」

 それで思い出した。

(そうだよ。これ本当ならオレの痛みじゃねーか)

 ここにきて自分が本来は女だったと思い出した。

 そして「元に戻る最後のチャンス」というより、その苦痛から解き放ってあげたい思いがタクマを動かした。


 タクシーで病院に運ばれる。

 いよいよ分娩室へとなる。

「ご主人は立ち合いますか?」

「はい」

 尋ねられてタクマは返事する。


 暴れるヒナゲシをなんとか分娩台に乗せ準備が整った。

 医師たちが準備を進める中でタクマはヒナゲシに近寄る。

 手を握りそして顔を近づける。


「その痛み。代わってあげるから、おとなしくして」


 その声が聞こえたのかヒナゲシの動きが止まる。

 そこにタクマは口移しであの入れ替わりの薬を飲ませた。

 そして自身も飲んだ。

 わずかな時間でまた二人は気を失う。


 確かに記憶が流れ込ん出来たことでヒナゲシは重度の生理痛にも耐え、女で居続けた。

 しかし正真正銘の初産だ。

 陣痛は初めてで耐え難かった。

 入れ替わってから初めて女の体を嫌がった「琢磨の魂」は元の肉体に戻りたいと思った。

 そこに「ひなげしの魂」から救いの手。入れ替わりに同意した。ゆえに戻った。


「あらっ? 痛くない? なんで?」

 一瞬意識を失ったタクマ……入れ替わりなおして元に戻った琢磨は急に陣痛がなくなり戸惑う。

「えっ? 私がいるっ」

 分娩台で苦しむヒナゲシ……すでに戻ったひなげしに驚く。

 琢磨は元の肉体を触って確認している。

「お腹かへこんでいる? 赤ちゃんはどこ? おっぱいもないわ!?」

「何を言ってるんですか? ご主人。赤ちゃんならまだ奥さんの中ですよっ」

「えっ?」

 直前まで陣痛で気絶しそうになっていたので思考が飛んでいた。

 しかしやっと入れ替わったと理解した。

「……なんてことを」

 琢磨はひなげしの手を握り「まだ薬の効力はあるはずよっ。私が戻るわっ」と女の気持ちのままに叫んだ。

 しかし入れ替わりは起きない。

 一度入れ替わったら薬の効力は切れるのか?

 それとも、みずから地獄の痛みに飛び込んだ決意が固く、男に戻るのを拒絶したのかは不明だった。


 約六時間後、とうとうひなげしは本来の肉体のまま女の子を生んだ。

 大泣きした喜ぶ琢磨。

 何しろ父親になっただけじゃなく、直前までは自分がお腹に宿していた子の誕生だ。

 いろんな思いのすべてが吹き飛んだ。





 翌朝。対面する夫婦。

「お疲れさま。よく頑張ったわね」

「オレも必死だったよ……」

 二人ともまだ入れ替わっていた時の名残で口調が逆だ。

「でも酷いわ。私もあそこまでやってたんですもの。ちゃんと自分で生みたかったわ」

「……そうしたらもう、一生元に戻れなかったと思う」

「えと、お産の痛みを経験するから?」

 生理痛のとき同様「体が覚えていた痛み」で学習してしまう。

 出産の痛みを乗り越えたら、大抵のことは耐えられてしまうだろう。

「それだけじゃない……オレ……あたしは今、お産を終えたことですごく充実しているの。女に戻ってよかったと思う」

 いってひなげしは傍らに眠る新しい命に目を配る。

「この喜びを知ってしまったら、もう男になんて戻りたくなるよ。きっと」

「そっか。そうよね」

 出産直前までお腹に宿していたのだ。

 琢磨は産んでないが理解はできた。











 その後の二人はどうなったか?

 まず本来の目的である「その身で女の体を理解する」ことに関しては大成功だった。

 やはり長期にわたり、そして何度も女の絶頂を味わったタクマ。

 その経験からひなげしの悦ぶところは文字通り身をもって理解していた。

 その上、今度は借りものじゃない自分の肉体。

「使い慣れたもの」で的確に愛するのである。


 もともと女としての絶頂を知らなかったひなげしは、段違いの快楽に身を躍らせた。

 男として27年間生きてきた琢磨がわずかな時間でメスに堕ちたくらいである。

 もとの肉体に戻ったヒナゲシでは馴染むのも早い。

 琢磨が女性化したように、ひなげしもあっという間に女に戻った。

「ステキよ。琢磨さん」

 甘い声を出すひなげし。

 生まれたのが女の子だったので、男口調を覚えないようにと意識して女言葉を使っていたので元に戻れた。しかし


「よかったわぁ。ひなげしが喜んでくれて私も嬉しいわっ」


 琢磨は女言葉が抜けてない。

 女の絶頂がタクマを女に変え、ひなげしを女に戻した。

 しかし男のそれではまだ書き換えるのに至らなかった。

 この時点のひなげしの頭痛の種がこれだ。

(でも今はベッドの中だけだからずいぶんましになったわ。しばらくは店でもこうだったもんなぁ)

 陰でオカマ呼ばわりされていたとうわさで聞いたが、驚きもしなかった。

 ちなみに髪型は短いものだった。

 女だった時にその方がよく見えていたので定着していた。

 ひなげしも日中は可愛らしいツインテールで少女趣味の服。

 これも男の感覚で選んでいた。


 生後半年の娘の鳴き声が響く。

「あらあら大変。おむつかしら? ミルクかしら?」

 まるで母親のような顔でいそいそと世話をしに行く琢磨。その背中を見てひなげしは

(ま、別人のように優しくなったからしばらくは「女同士」でもいいかしら?)

 苦笑とも微笑ともつかない笑みを浮かべていた。












あとがき


 性転換ものの中に「憑依」というのがあります。さらに細かく「乗っ取り」というのもあるようです。

「憑依」は女性の肉体の主導権を奪うけど「乗っ取り」は女性の魂も追い出すと解釈してます。

 それを城弾流にやったのが本作です。

 任意で入れ替わり「借りた肉体」をそのまま借りパクと

 メインタイトルはそこからです。

 まあ途中の下ネタのためのフリもありますが(笑)


 最初は生理で音を上げ元に戻るはずでした。

 しかしもう少し進めて出産でとして。

 そこまでずっと女でいたら、しばらく「女らしさ」抜けないよなと思ってのオチです。

 ひなげしが入れ替わったときにしばらく女のままだったのが布石というか。


 ネーミング。

 琢磨は男性的に「たくましい」から。

 ひなげしは女性的なイメージで「けなげ」に似た音からこの名に。


 お読みいただきまして、ありがとうございます。


城弾

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