第22話

その事件から1週間ほどして、薬草店に一通の手紙が届いた。送り主はアナスタシアさんの父母。内容は、彼女の訃報だった。

手紙によればあの事件が起こった次の日から直ぐに体調が悪化し、病院に搬送されたが、そこで間もなく息を引き取ったらしい。恐らく薬の副作用によるものだろう。きっとダイアンさんに迷惑をかけまいと考え、薬のことは医者にも言わなかったのだと思う。まあ言ったところで病状の悪化は止められなかっただろうが。

その訃報が届くと、ダイアンさんは手紙を握りつぶしながら悔し涙を流した。頼りないながらも俺はダイアンさんに寄り添い、彼女について詳しく尋ねた。

ダイアンさんの話によれば、彼女は幼い頃から謙虚で美しい女性だったらしい。だが一方で家庭はとても貧しく、家族のためによく働きに出ていたりしていたという。まだ若かったので職場でこき使われたりと色々トラブルもありダイアンさんはよく助けに行っていたらしい。一方でダイアンさん自身も自分の研究の話などをよく聞いてもらっていたらしい。お互いに信頼し合っていたのだろう。

その頃まではダイアンさんがトラブルに対処していたためまだよかったのだが、彼女は25になった時、家族の勧めで成金(彼女が亡くなるまでの夫)と結婚することになった。貧しさを解消するために、娘を金持ちに嫁がせる選択をしたのだろう。成金は彼女の美しさに心酔していたのだが、勿論彼女は本心では賛成していなかった。そのことを察知したダイアンさんは、何とか対処しようとしたのだが彼女の両親を止めることは出来なかった。彼女は男のすむ豪邸に引っ越し、それ以降連絡が途絶えてしまったという。

そして、それから5年ほどが経ったある日、ダイアンさんのもとに彼女から連絡が届いた。内容はクラーケンの眼を飲ませてほしいというお願いだった。詳しく事情を尋ねると、ダイアンさんは彼女から、成金が彼女と結婚したのち若い妾を何人もとり、彼女を含めた気に入らない女達にひどい扱いをしていること、クラーケンの眼を飲んで美しさを保つことしか成金にすがる方法はないということを聞いた。ダイアンさんもすでに結婚していて家庭が忙しかったこともあり、初めは渋々了承したのだが、次第に彼女がやつれていくのを見て何とか彼女を止めようと思い立った。しかし、彼女はそれを受けいれず、結局止められぬままこうして亡くなってしまったのだ。

「アナスタシアさん」

俺は大きな勘違いをしていたお詫びも兼ねて、今彼女の墓の前に来ている。謙虚で真面目な彼女がどうしてこうなってしまったのだろう。俺には弔うことしかできないのが悔しい。

彼女がダイアンさんの提案を拒否し続けていたのは、彼女自身が両親の生活を思ってなのかそれともダイアンさんを思ってなのかはわからない。ただ一つ言えるのは、彼女自身がクラーケンよりも大きな魔物と戦っていたということだろう。両親の期待、成金の性欲、そしてもう誰にもすがることが出来ない現実。それらに比べれば薬の副作用なんて大したことではなかったに違いない。彼女を薬に向かわせたのは自身の美への執着ではなく、他者からの圧力だったのだ。

俺は墓の前で祈りを捧げ、不死の花と呼ばれるアスフォデルの花を添えてその場を去った。彼女の謙虚さが、もう浸食されることがないように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界薬草店の変わった日常 わをん @wtttwt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ