テレビ通話で

とざきとおる

本編

 親友と会うのはかれこれ5年ぶりだろう。


 これでも間隔としては短い方ではないだろうか。若い頃故郷を出る時に分かれた


 残念ながら状況が状況なので画面越しになってしまう。やはり生で会う方が私としては好みなのだが、それは叶わないだろう。


「やあ」


「おお、とっくん。……老けたか?」


「まあ、お前と最後に会ってから5年も経てば、しわも増える。お互い、生きた年数はそれほど短くはないんだ。それを把握してもらいたいね」


「そうか。俺はそんな変わらないだろう」


「そうだな。老いを知らない体ってのは羨ましいよ」


 この挨拶も前にしたような気がするが、嘘偽りのない自分の考えなので、隠す必要も感じなかった。


 こうして親友と会うと、毎回尋ねるのは互いの近況だ。


 久しぶりの再会ということで、こちらもしっかりどんな話をするか考えてきてある。何しろずっと話をするわけにはいかない。向こうにも私にも都合と言うものがある。限られた時間、というほど限られては居ないが、まあ、居酒屋で夜に会って話すのと同じだ。


 いずれは終わりにして互いの生活に戻らなければならない。


 私はさっそく一番最初に訊きたいことを訊いた。


「私の息子はどうだ。この前久しぶりに会ったが、どうやら君のところで世話になっているそうじゃないか」


「ああ。いやあ驚いたな、立派になって。こっちに来たのは最近でまだ生活には慣れていないらしいから、大変だって言ってたよ」


「息子をよろしくな。あいつ、臆病ものだから自分が知っている世界でしか生きられないんだよ。向こうでいろいろ楽しいところ紹介してやってくれよ」


「それはもちろん。新年会は残念ながらできなかったが、これから仲良くやってくよ。……おいおい俺が話そうとしたネタ奪われたな。そっちはどうだ? 平和か?」


「なんだその質問はお前」


「俺はもうそっちに遊びに行けないからなぁ。やっぱり気になるわけよ」


 別になんてことはない毎日を過ごしている。


 世間では暗いことばかり起きて、最近はなかなか明るい気分にはなれない。


 様々なものが不足する現代で、物価やその他様々な費用が高騰し、貧乏な奴は生きるのも大変だ。行政も貧困者に手を差し伸べられるだけの人手と割ける時間とお金が足りないので、助ける人間は選ばなければならない状況だ。


 今すぐにまずいことにはならないだろうが、将来的に衰退は免れられないだろう。


「何とかお金をやりくりしてるよ。なあに、追い詰められる状況も意外と楽しいもんだ。まだ巻き返しができない状況じゃない」


「そうか」


「お前の方は、そんなことはないんだろう?」


「そうだな。病気もこっちにはないよ。みんな元気に暮らしてる。貧困問題もないしな」


「そうか。それはそれで生きるのが楽そうだな」


「追い詰められないのがいいね。そっちに居た頃は必死に働かないと生きていけなかったけど、こっちに来たらそんなこともない。なにせ、いろいろと保障されているからな」


「そうか。それはそれでいいな」


「……ならお前もこっちに来いよ。久しぶりに生で会いたいなぁ」


 その言葉を聞き、少し寂しく思う。


「ああ、いずれな」


 彼にはそう言うのだが、俺はもう彼と生で会うことはないだろう。その予感がある。


「そう言えば、僕から読んでおいてなんだが、今日は休みなのか?」


「とっくんに会えるから、休んできたんだよ。まあ、別にうちブラックじゃないしな」


「なんだ。そっちにもブラックあるのか?」


「まあ、こればっかりは商魂たくましい奴があくどいこと考えてるんだよ。別に無理して急ぐ必要はないってのに、たぶん、向こうでの考えが抜けてないんだろう」


「ははは。お前のところだったりしてな」


「そうだなー。あ、そうだ。何か飲み物あるか。久しぶりに、デン! こいつでいっぱいやりながら話そうや」


「お、いいな! そう思って」


 俺は秘蔵の高級麦酒をコップに注いであった。これはこいつと話すときの、いつものお供

だ。


「おつまみはなんだよ。俺すぐに同じ奴こっちで出すからさ」


「できるのか?」


「そりゃね。少し手続きすれば次の瞬間にはここに出るし」


「ああ。そうだったな。なら、ひとまず乾杯と行こうか」


 画面越しにコップとコップをぶつけ合い、一息に飲み干す。


 美味い。


 酒は1人で飲んでいても虚しいだけだが、こうして友と杯を交わすのは格別にうまい。


「久しぶりに飲んだが、いいもんだな」


「あああ。うまい。とっくん。久しぶりとか、後で倒れるなよ、こっちと違ってお前さんは酔うんだからさ」


「ああ。気を付ける。でもこうして誰かと飲むのも、もう3年ぶりだ」


「なんだよ、飲まないのか1人で。それに寂しいなら、他にも」


「他の奴らはもうみんないないよ。家族も、仕事仲間も、近所の気の合う人も、お前みたいな昔馴染みも、もうみんなそっちだ」


「へぇー知らなかったな……なら挨拶に言った方がいいか?」


「やめとけ。俺の母さんとかはガキの頃のお前のイメージだから、下手すると見知らぬ男に馴れ馴れしく話しかける変態と間違えられるぞ」


「マジかー。ならやめとこ」


「その方がいい。そっちにも警察居るんだろ?」


「その前に監視システムに見つかって施設に送られちゃうよ……」


「なんだ、物騒だな」


「いい子にしてる分は世話になることはないけどな」


 話は最近の趣味に移った。この話の流れでどうやってかというと、


「監視システムといえば、カメラカメラ」


「なんでそうなる」


 この強引さはこいつの持ち味と言うべきか、馬鹿っぽさというべきか。


「最近はどこ行ったんだよ。写真見せてくれ」


 私の趣味は写真を撮ってコンテストに応募するという微妙ながら奥深いものだ。こいつも意外とノリノリで私の写真を見てくれるので、1人でも見てくれる人がいると、モチベーションも高く維持できる。


 なんだかんだで、私もこれが見せるのが楽しみでこの日を待っていたのだが。


「この前は、大仏の近くで子供を見てね。珍しかったもんで、つい写真を撮らせてもらったんだよ」


「子供、珍しい?」


「最近は本当にね。でも家族連れは良いもんだ。楽しそうだよ。俺も30代前半の頃に子供2人を連れて遊びにいったもんさ。懐かしいなぁ」


 そのころを思うと、今の静かな持ち家が信じられない。当時はとにかくうるさいと思っていたが、今思えばにぎやかでよかったものだ。


「爺じゃねえかもう」


「老けたって言ったのはお前だぞ?」


「そりゃ、ちがいねえ。ははは。まあそうか。息子さんももう18歳だもんな。大人になってからこっちに来たところで会ったからびっくりしたよ。でかくなったなぁって」


「お前は、息子よりも変わらねえ。そうやってへらへらしてるのは、小学校の頃だったからか」


「おいおい。これでも立派なおじ様になってきてるんだぜ」


「おじさまは『だぜ』なんて語尾使わねえよ」


「はははは、それもそうか」


 こんなくだらない話だが、とても楽しい時間だ。PC越しとはいえ、こうして人と会うことができるのは嬉しいものだ。






「じゃあ、またな。次はいつ会える? お前が早く来てくれれば、毎日飲めるのにな」


「そしたら自堕落になるだろお前……なあに、また誘うよ。今度は近いうちにな。俺も寂しがりやだからな」


「おう、まってるぜー」


 通信が消え、画面が暗くなる。


 ……また寂しくなるな。


 あいつも暇じゃない。そうすぐに会えたたりはしないだろう。


 立ち上がって、郵便物を見る。


 その中には向こうへの招待状があった。


 多くの人々の命を保証できない22世紀の現代。政府もこの政策に加担していると思うと悲しい。


『あなたも、インターネット上に人格を転写して、電脳世界へと行きませんか?』


 その招待状をシュレッダーにかけて、ゴミ箱に捨てる。


 私は人間として生きて、最後に死ぬ。


 それが唯一のプライドだ。たとえひどい世の中になっても人間であることをやめたりしない。


 まあ、くだらない矜持だ。他の人みたいに命惜しさに人間の体を捨てることを軽蔑したりはしないさ。


 まあ、さすがに私以外の皆が向こうに行ってしまうとは思ってもいなかったが。


 もう寝よう。


 今日はこの久しぶりの楽しい会話を胸にいい夢を見ようと思う。 

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