スタジオ15 バカとあほと◯◯と③
そこへちょうど、佐倉が戻ってきた。
今日はフェイシャルコースだって言ってた。
顔はシュッとしている。
あの子さんは、佐倉が山吹さくらだってことを知らない。
社長に多少なりとも評価されて、浮かれていた。
反射的に佐倉に挨拶した。
「あら、おはようございますっ!」
「おっ、おはようございます」
「私は、あの子。あほの子あの子よ。貴女は?」
「はいっ。朝倉プロに所属しております、佐倉菜花と言います」
「奇遇です。私も今日から朝倉プロなの。ねぇ、一緒にユニット組まない?」
「は、はぁ……。」
このボケは、今来たばかりの佐倉には返しづらい。
俺は、援護射撃を試みた。
「佐倉、現場で会って、俺が連れてきたんだ。ほら、卒業したばかりの……。」
「現場からですって! じゃあ、坂本くんとあの子さん、したの?」
「しっ、してないよっ……。」
「はい。しましたよっ!」
あっ、あの子さん、なんてことを! したって、何と勘違いしてるの?
「さくらん、私もしたのよ。坂本くんと。歩きながら!」
「あっ、歩きながらって……サイテーっ!」
ですよね。本当に歩きながらしてたら、AVだってひくよ。
でも違うんだ佐倉。俺たち、してないって。信じてくれ!
俺はなるべくおどけて言った。
「えっ、何したっけ。俺たちって、何したんだっけーっ!」
「坂本くんって、あほなのね。こうやって肌を合わせたじゃない!」
あの子さんは言ったそばから俺を捕まえて、左腕にしがみついた。
おっぱいが、気持ち良い!
「私もこうやって歩いたわっ!」
今度は右腕がやわらかいものに包まれた。
まりなさんのおっぱい。
俺は、2人がかりの羽交い締めをされているみたいになった。
おっぱいに。
「なっ、なるほどーっ! 坂本くん、いいなーっ!」
誤解は晴れた。
それどころか、佐倉の悪ノリモードがはじまろうとしていた。
「どう? さくらん。こういうのも、いいものよっ!」
「奇遇です。前の事務所では男性に触れることさえ禁止されていたので新鮮!」
バカあほコンビが、うれしそうに言った。
俺は、佐倉を見た。
楽しそう。なんか、新しいおもちゃを見つけた子供みたいに。
「腕をホールドするなんて、私もやってみたいわーっ!」
佐倉、何あおってるんだよ。
佐倉はいつも腕組み以上のことしてるのに。
あおられたバカとあほのすることは同じ。
案の定というか、俺の腕のホールドはかなりキツくなった。
問題なのは、痛くないこと。気持ちいいこと!
「ダメよ。ここは私の指定席にするからっ!」
「奇遇です。私もここがお気に入りなんです」
バカやあほが、賢いフリなんてできない。
けど、賢い人がバカやあほの真似をしたら、最強。
「そうですか。じゃあ、私も指定席に収まるわっ!」
「さっ、佐倉。辞めろぉーっ! こんな体勢じゃ……。」
俺の願いが聞き届けられるはずはない。
佐倉は佐倉の指定席、俺の唇を奪った。それ自体は地味だった。
けど、大人たちが使うハイブリッドというやつ。
気持ちいい感触が、身体のあちこちを襲った。
「さくらん。さすがねーっ!」
「あーっ! 私も私もーっ!」
キスが終わった。
あの子さんが驚かなかったはずはない。
山吹さくらが現れたんだから。
「あっ、えっえーあっあっ、あわわわわわわーっ!」
「……。」
俺も絶句。いや、悶絶。
俺が何も言えないのを確認して、さくらが言った。
「あの子さん、これからよろしく。一緒にライブしよう!」
「はいっ!」
「それから2人とも、私の前では坂本くんに触れるの禁止だよっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「あと、坂本くんとのキスは、絶対に、ダメ! ビジネスでもダメだからねっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
こうして3人で新ユニットを結成しようってことになった。
新ユニットのメンバーは、まりなさん、あの子さん、そしてさくら。
バカとあほと派手。
俺には、何故か違和感しかなかった。
もともと俺はさくら単推し。
それが理由だって思ってた。
社長は違う理由で大大大反対。
それは、収益性の問題。
「バカとあほ。お前らさくらの商品価値が分かってるのか?」
大剣幕。
まりなさんとあの子さんが怯んだのは言うまでもない。
「はっ、はいっ。申し訳ありません……。」
「つい、はしゃいでしまいました……。」
2人は土下座の勢いだった。
社長は怖いから、無理もない。
ただ独り、立ち向かったのは佐倉だった。
もう山吹っていないのに、社長に対して全く怯んでいなかった。
それだけライブに対する想いが強いんだろうなって思った。
「社長、お願いです。私、ライブに出たいっ!」
「サクラ! こんなところで足踏みか?」
社長も負けてない。食い気味に一喝した。
社長は、佐倉が何を言えば響くかってことを全部知っている感じ。
超絶人気アイドル山吹さくらの母親みたいなもの。
生みの親でもあり育ての親でもあるんだ。
「うっ……。」
佐倉が黙り込む。
新ユニットを結成してもしなくても、多分さくらはライブができる。
ひじり84があるからね。
何も落ち目の2人と組む必要はない。
ソロでの活躍だって可能だろう。
でも、そのためには社長と俺のサポートが必要。
あれ? 俺ってこのはなしのポイントを握っているのかな……。
俺がふとそう思ったとき、社長が爆弾発言をした。
「今月末、生誕ライブで山吹さくらはソロデビューする」
その一言に、全員の目がハートになった。両眼がね。
俺もその1人。
もう、心臓が飛び出てきそう。胸からも背中からも。
じいちゃんのところから東京へ出てきたのだって、それが目的。
バカとあほも、同じ気持ちなんだと思う。
いや、俺以上なのかもしれない。
表現者として山吹さくらを高く評価しているんだから。
そんな2人の気持ちを逆撫でするように、社長が言った。
「ライブは単独。ひじりメンバーも客席だ」
山吹さくらが単独ライブを行う。
これだけでもファンはついてくるだろう。
俺なんかは言うまでもない。
チケットは値段も倍率も高いだろうけど。
気になるのはひじりメンバーを客席にってこと。
どう言う意味かは、俺には分からなかった。
ただ、あまりいい意味ではなさそう。
胸騒ぎが止まらない。
俺は、ちらりとバカあほコンビを見た。
2人とも真顔。社長の次の言葉を受け止めようと必死だったんだと思う。
社長は俺を見ながら言った。
「お前ら2人じゃ、客席にも入れんがな」
予想通りと言った表情で、バカあほコンビがうなだれた。
社長は俺を見ているけど、俺は2人に入っていない。
俺はセーフっ! っていうか、どうなるんだろう。
「よろこべ少年。特等席を用意してやるぞ!」
とっ、特等席! すごい。すごいじゃないか!
山吹さくらの単独ライブに、特等席を用意してもらえるなんて!
良かった。東京へ出てきて良かった。
あの日、山吹さくらと出会ってから、ずっと思っていた夢が叶うんだから。
これは、間違いなくすごいこと!
けど。何故か全然、うれしくない。
夢が叶うというのに。
======== キ リ ト リ ========
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