スタジオ16 俺は

 もう直ぐ、俺の夢が叶う。山吹さくらのライブを観ること。しかも特等席で!


 それが俺の夢。それが俺のエネルギー。




 でも、違う。何かが違う。




 俺の身体は、固まっていた。これまでいつも正直なのは身体だった。


 我慢したって気持ちいいときはイッちゃう。そんな身体だから、信じられる。


 全身が固まっていた。




 夢が叶おうというのに、全身が動かない。


 ちょっとした違和感じゃすまない。大きな違和感。




 それを知ってか知らずか、佐倉が一歩前へ出た。


 俺と社長のちょうど真ん中にいる感じ。そのまま社長に向かって言った。


「社長。私、やります! やらせてください!」


 力強かった。地味ではあるが。佐倉もうれしいんだなって思った。


 ライブがしたいって言ってたもの。


 うれしいに決まってる。でも、どうしてわざわざ前に出て言ったんだろう。


 これも違和感。




 佐倉の本気の訴え。何故か社長には響かない。


 その証拠に、社長は微動だにしない。


 これも違和感。




 他にも違和感がたくさん。


 さっきまで落ち込んでいたバカあほの2人。


 心配だったけど、すっかり立ち直っていた。


 おかしい。おかしすぎる。


 


「さくらんならきっと、最高のステージになるわっ!」


 まりなさん、それ本気?


「奇遇です。私もそう思う。私を1日で抜き去った超絶人気アイドルだもの!」


 あの子さん、それでいいの?


「2人とも、ありがとう!」


 佐倉は一瞬だけ2人を見遣って言いった。


 この言葉にさえ俺は違和感を覚えた。重症だ。俺、重症。何もかもがイヤになる。


 あのときと同じように。




 それでも、佐倉は強い。もう1度社長に向き直った。


「教えください。ライブの詳細を」


 夢に向かって、突き進んでいる。




 社長がゆっくりと歩き出した。


「ライブは、4月28日」


「私の、本当の誕生日。はじめて山吹った日でもある」


 社長の説明に、佐倉が呟いた。社長、粋な真似をする。


 でもこれ、佐倉にとっての本当の夢なんだろうか。


 俺の身体は固い。




「昼と夜、3時間を2公演。間にたっぷりキスの時間を設けよう」


「キッ、キス……。」


 俺の身体が一瞬だけ柔らかくなった。その隙について出た言葉がこれ。


 なんだ。俺、キスそのものはイヤじゃないみたい。


 ここに違和感はないってこと?




「完全なる単独。衣装を変える間も映像で繋ぐ」


「たったの1人で。私なんかには想像もできない。素敵!」


 半年前までトップにいたあの子さんが、身震いしながら言った。


 その身体の震えは何? 言葉にするとどうなるの?


 ただただ、うれしいだけ? 本当に、そうなの?


 あの子さんの曲、よかったじゃん。そういうの、捨てちゃうの?


 俺の身体は固いまま。

 




「会場は、埠頭競馬場。キャパは10万」


「10万人! 桁違いじゃない」


 まりなさん、喜んでる? たしかに規模が大きい。すごいライブになりそう。


 でも、まりなさんだってすごかったじゃん。


 あゆまりお姉さんとしての2年間で、数百万人の未就学児を魅了し続けた。


 それなのに、山吹さくらと並んじゃいけないの? 並ぶことを諦めちゃうの?


 俺の身体はやっぱり固い。




 社長が佐倉の前で止まることはなかった。


 歩き続けると、いつのまにか俺のそばに来ていた。




「頼むぞ、坂本!」




 えっ? 坂本! 今までは少年だったのに。


 社長が坂本って俺の名を呼んだ。これが、うれしくないはずがない。


 だから、一時的に俺の身体はやわらかくなった。


 俺は、笑顔で応えた。




 けどその直後に、直ぐにまた身体が固くなった。


「……。」


 俺には何も言えなかった。




「……わざわざ来たんだ。返事を聞かせろ。さ・か・も・と!」


 社長は返事を聞くためにわざわざ俺のところまで来たってこと。


 あんなにゆっくりと坂本って。何か返事をしなきゃ、失礼じゃん。


 でも、俺。動かない。期待されているのに動かないなんて。


 俺は、人から期待されるのが好きなんじゃないのか?


 頼まれているんだから、任せろって言えばいいじゃないか! 昔みたいに……。




 昔のこと。どうしてこのタイミングで思い出す?


 辛いことの方が多かった。思い出したくもない、心を閉ざした1年間。


 そんなものを思い出してどうする?




 いや。思い出したのは、それよりも前のこと。


 俺がまだ、人気者だったときのこと。俺がまだ、期待されていたときのこと。


 俺がまだ、みなに期待してたときのこと。俺がまだ、傍若無人なときのこと。




 いじめられていた頃のことは、今でも鮮明に刻まれている。


 あのころは、辛かった。あのころは、塞ぎ込んでた。


 あのころは、引きこもっていた。


 誰とも関わらずに、誰ともお喋りせずに。ただ作業だけしていた。




 俺がいじめられた原因は、俺にあった。


 俺が傍若無人に振る舞ったから。でも俺、そのころの俺が好きかも。


 ずっと忘れていただけ。




 ふと、まわりを見た。


 佐倉はもちろん、バカあほまでもが俺の背中を押していた。


 みんなが俺の協力を待ち望んでいるのが分かる。


 そのことは正直言ってうれしくていい気分。ヒーローになったような心地良さ。


 俺が協力するのなんて当たり前。だって俺は、山吹さくらの大ファンだもの。


 なのに全身が固くなる違和感。




 俺が協力しなければ、どうなるんだろう。


 さくらの出番はたったの3分になる。


 2公演行うことができなくなる。


 1度に10万人も呼べないだろう。




 山吹さくらにとっても、ライブは未知数。


 経験していないイベント。成功の保証はどこにも無い。




 成功の鍵が何だかなんて、素人の俺に分かるはずはない。


 けど、さくらが全力でライブに挑めば、大盛況間違いなしだと思う。


 推しの贔屓目かもしれないけど。だけど何かが引っかかっているんだ。


 何だか分からない。けど……。身体が解れてきた。




「やっ、やりませんからっ!」




 お、俺、今なんて言った?

 

 これが俺の答え、なの……?


======== キ リ ト リ ========

これは坂本くんの決断と言っていいものでしょうか?


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