スタジオ15 バカとあほと◯◯と②

 山吹さくらのライブが観れるかもしれない!

 社長がライブをやる気になったなら、うれしい。


 そこでバカあほコンビを前座でも使ってもらえれば、もっとうれしい。

 俺が言い出しっぺみたいなものだし。

 AV出演を免れるための苦し紛れの発言だったけど。


 けど、焦りは禁物。

 じっくり準備して、最高のステージにしないと!


 山吹さくらを中心としたひじり84の華やかさ。

 バカあほコンビの老獪かつ猪突猛進さ。

 その対比がいい!


 あっ、これは俺の勝手な希望。


 ていうか、誰目線だよ。


 俺って朝倉プロの従業員ってわけでもないのに。




 あの子さんのライブします発言がきっかけで、俺は変な夢を見ている。


 然るべきステージというものが待ちどおしい。


 そのステージにさくらが立つんだったら、俺も貢献することになる。

 キスするだけなんだけどね。


 あの子さんは前のめりに言った。待てない勢い。


「そんなぁ。私、描き貯めた曲があるんです。使いたいんです!」

「へぇーっ! あのちゃん、曲、描くんだ。聴きたーい!」


 あの子さんの発言に1番に興味を表明したのは、まりなさんだった。

 俺も同感。聞いてみたい。

 

 けど、こういう気持ちをうまく表現することができない。


「本当ですか? うれしい! 坂本くんは聴きたいですか?」

「えっ?」


 あの子さんが真っ直ぐに俺を見つめた。




 かっ、かわいいっ!




 先月卒業したけど、まだまだ現役アイドルに負けない。

 ひじり84のメンバーになったとしても、おかしくないくらい。




 俺は視線を外して、気のない返事をした。


「あぁ、もちろんだよ」


 本当は、すごく聴きたいのに。

 これじゃまるで、興味がないみたい。


 あの子さんはそれがお気に召さなかったみたい。


「えーっ? 何その生返事。もっと目を輝かせて聴いてほしいのに」


 言われた俺は少し反省。

 こういうとき、真剣に受け容れてあげないと。


 言いながら、社長の顔をチラリ。

 怒っても呆れてもいない。




 あの子さんが何も気にしないで言った。


「スマホに音源ありますから。聴いてください」

「うわぁーっ。楽しみだね、坂本くん!」

「はっ、はいっ!」


 俺はがんばって、わくわくを表に出した。


 あの子さんもまりなさんも笑っていた。

 何で笑ったんだろう。


 社長はまだ沈黙していた。




 あの子さんが作った曲は、期待を裏切るものだった。


 いい意味で!


 少なくとも俺の期待のはるか上。


「すごくいい曲ですね!」


 俺はありきたりな感想を述べた。

 あの子さんはにこりとだけして応えてくれた。

 俺の反応レベルに合わせてくれているみたい。


 俺とは違い、まりなさんの感想は具体的。


「本当にすごい曲。『夏だー! 海だー! 水着だーっ!』て叫びたくなる」

「えっ、まりなさん、それはどうしてです?」


 具体的なまりなの感想に、作曲者のあの子さんが食いついた。

 まりなさんは、それに応えてるようにしてさらに詳しく感想を述べた。

 それが俺には、詩のような印象を受けた。


 あの子さんが黙って聞いていたのも印象的だった。




「夏! 用意したよ、刺激的でしょう!」

「……。」


「貴方はそれに気付かない……。」

「……。」


「海! ソース香るよ、香ばしいでしょう!」

「……。」


「私はそれに手を付けない……。」

「……。」


「だってお腹がぽっこりしちゃうから……。」

「……。」


「だって水着が悲鳴をあげちゃうから……って感じかしらっ!」 

「……。」




 聞いていてずっと考えていた。これって、やっぱり歌詞だって。

 まりなさん、すごい。某子供向け番組の歌うお姉さんは伊達じゃない。


 あの子さんのメロディーにまりなさんの歌詞。

 最高の組み合わせじゃないか。


 それを山吹さくらが熱く歌い、熱く踊る。

 ちょっと無理があるかな。なんかしっくりこない。


 といってもこれは、あくまで俺の個人的な感想。




 社長は芸能界のプロ。

 そんな社長の意見なら、的確に違いない。


 俺は、社長の考えていることが、何か分かんないかなって思った。

 だから俺は、まりなさんが言い終わるや、社長の顔をじっと見た。


 でも、完全に間が悪く、社長に睨み返された。怖い……。

 だから社長の感想は窺い知れなかった。




 反面、あの子さんは浮かれていた。

 感想を聞けたのがうれしかったみたい。


「あゆまりさん、さすがです。私が思ってたことそのままです」

「そう? 私は音に忠実に語ったまでよ」


 この2人、波長が合うと思ってたけど、想像以上だ。

 素人判断ではあるけど。


 いや、いちファンの勝手な感想に過ぎないかもしれない。

 プロが聞いてどうなのか、多くのファンがどう感じるのかは別。

 俺なんかには想像できない。




 そこはやっぱり、社長の意見を聞かないと。


 俺は、もう1度社長の顔を見た。

 そのときにはまりなさんもあの子さんも一緒だった。


 俺たちの圧に負けたってわけじゃないだろう。

 社長がおもむろに感想を述べた。




「悪くはないな」




「いや、いい曲だ!」




社長の言葉は短かった。


「あっ、ありがとうございますっ!」


 あの子さんがよろこんで、俺の左腕にしがみついた。

 俺もうれしかった。2つの意味で。


「だが、山吹さくらには合わない」

「そうですね。さくら様のことを意識して作ってないですから」

「さくらんにはもっと、激しくて華やかなかわいい楽曲が似合うわね!」


 聞いてて俺が抱いた違和感の正体が分かった。

 山吹さくらでは華やか過ぎるんだ。


 だったらもっと地味な人に提供すれば、形になるのかもしれない。

 そんな地味な人だなんて……。


 誰かいい人がいたような気がする。

 けど、このときは思い出せなかった。

 

======== キ リ ト リ ========


坂本くん、忘れちゃダメでしょう。


この作品・登場人物・作者を応援してやんよって方は、

♡や☆、コメントやレビューをお願いします。

励みになります。


更新、遅くなりました。お待たせして申し訳ございませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る