スタジオ15 バカとあほと◯◯と①

 この日、主役を演じたかなり有名な人とそこそこ有名な人。

 2人揃って俺のところへ来た。


「坂本くん。ありがとう!」

「私たちは私たちで、頑張れるから」

「はい。俺、お2人のことを末永く見届けますよっ!」


 あっ、AVを見るってわけじゃない。

 それもあるかもしれないけど、

2人が今後どうやって権藤作品と関わるのか、それを見届けたかった。


 その意図は通じたはずなのに、2人の言動はアダルトだった。


「私たちの戦闘服、しっかり見届けてねっ!」

「うん。坂本くんも困ったことがあったら、私たちを呼んでちょうだいね」


 言いながら2人は、戦闘服で俺に密着してきた。

 2人の戦闘服、それは素裸だった。


「あっ、ありがとうございます。早速、少し離れてください……。」


 俺は困り顔で必死にそう言った。


「そうね!」

「あまり近いと、見えないものね」


 2人が俺から離れた。

 戦闘服の2人は、俺には眩し過ぎた。




 別れを惜しみつつも、15階を離れた。




 いつものホテル。

 俺は、まりなさんとあの子さんを連れて、地下駐車場に向かった。


 今度は33階を使わせてもらい、建物から出ることもなくて快適。


 地下駐車場に社長はいたけど、佐倉はもうエステに行ってしまい、ここにはいない。


 会いたかったな。




 俺の修行は大失敗。


 だって撮影に選ばれておきながら辞退したんだから。


 けど心は晴れ晴れ!


 だって俺にとって大切なのは佐倉だって気付いたから。




 社長の反応は、意外に淡白だった。


「それが貴様の答えか、少年!」

「はい。俺は、佐倉としかキスはしませんっ!」


 俺はキッパリと噛まずにいった。


「よくよく考えてのことだろうな?」


 社長がギッと俺をにらんだ。こっ、怖い。

 ガミガミと叱り付けられるより、淡々としている方が100倍。


 でも、俺には本当に迷いがなかった。

 だから、堂々と言い返した。


「もちのろんですっ!」

「ならば、よし」


 社長はそう言うと、今度は俺の隣にいたまりなさんに向き合った。




 まりなさんはヘビににらまれたカエルのように固まっていた。


「で、経理の仕事はどうするつもりだ」

「やっ、ややっ、やめますっ! アイドル1本で活動します」


 今度は社長が固まった。

 予想とは違う答えだったのか、あえての間か。分からない。


 かと思うと、眼球だけを鋭く動かし、俺を見た。怖い……。


 そしてそのまま、まりなさんにはなしかけた。


「厳しいぞ。収入がない!」

「はっ、はいっ。ライブで稼ぎます!」


 まりなさん、年齢を考えるとこれがラストチャンスってところ。

 それだけに俺なんかとは気合が違う。違い過ぎる。


「ほう。今どき、ひじり84以外のアイドルにお金が落ちるのか?」

「地下で。1000円でも、100円でも、自分で稼ぎます!」


 社長は目を閉じた。


「FCはどうする。辞めるのか?」

「もっ、もちのろん、です……。」


「そうか。それは残念だ。折角、フルコンプ直前だったのになぁ」


 社長は言い終わるとまぶたを開いた。

 視線はもう、別に移っていた。




 社長の視線の先には、あの子さんがいた。

 表情は穏やか。


「会員番号17番。あの子さん、いつもありがとうございますっ!」

「あっ、あのぉ。どちら様ですか?」


 あの子さん、あほだから分からなかったみたい。

 普通の人は、雰囲気で察するものだろうけど。


 社長は呆れた表情を見せた。

 いつも俺を見ているときみたいに。


 そのあとで、社長は自己紹介をした。

 あの子さんは物怖じしなかった。


「さくら様のところの、お偉いさんでしたか」

「ええっ。で、こんなところに何の用ですか?」


 知っててきたのと知らずにきたのとでははなしは別。

 社長はそう言いたげだった。




 返答次第では追い出されかねない局面。

 あの子さんは、ひじり84にとって、結成当初のライバル。

 社長にしてみれば感慨もあろう。


 あの子さんにはその認識がない。そういうことには疎い、天才肌。


「はい。これまで、お世話になりました」

「えっ?」


 社長の驚く顔、はじめてみた。

 あの子さんには驚かす意図はなかったみたい。

 単純に、感謝の意を口にしただけのようだ。


「あっ、いや。これからもよろしくお願いいたします」

「はぁ……。」


 今度は社長が呆けた顔を見せた。

 これほどまでに見事な呆け顔、はじめて見るよ。


 それだけ、あの子さんが天然だってこと。


 社長の気持ちも分からなくない。

 まともに相手をすれば、どっと疲れるもの。




「今までは、いちファンとして。これからは所属アイドルとして、です!」


 えっ? 所属ってそんなに簡単に変えられるものなの?

 芸能界のことはよく分からないけど、揉めてるのが記事になることもある案件。


 けど、あの子さんもトップアイドルを経験しているだけあって、圧が半端ない。


 それに、あの子さんは社長でも喉から手が出るほどの逸材に違いない。

 山吹さくらの袖を飾るためではあるけど。


「かっ、勝手に……。」


 社長が狼狽えた。

 物怖じせずに突き進むあの子さんに、社長が押されていた。


「こう見えても私、そこそこの訴求力あると思いますが……。」

 

 あの子さん言うなぁ。

 言いっぷりからはあほの要素がない。


「まぁ、いいだろう……。」


 社長は渋々といった感じで、首を縦に振った。

 これであの子さんも朝倉プロ所属アイドルってこと。




 おもいのほか簡単に承諾した社長。

 あの子さんは大喜び!


「あっ。ありがとうございます。早速、ライブします!」

「ライブだと?」


 社長にはしっくりこなかったみたい。


 朝倉プロの強みはCMやグラビア。

 ライブはほとんどやらない。

 さくら抜きのひじり84だけが例外。


 けどあの子さんははっきりとライブしたいって言ったわけだ。

 俺が、山吹さくらと同じステージに立とうなんて言ったから。


 社長が困惑するのも無理はない。


「まぁ待て。然るべきステージを用意する」


 然るべきステージだって!

 もしかしたら、佐倉の生誕ライブ?


「それまではライブ活動は認めない!」


 社長が思わせぶりに言った。

 言いながら、俺を睨みつけた。


 社長、ついにやる気になってくれたのか!


 だったらうれしい!


 さくらがやりたがっていたライブができるなら、うれしい。


 俺が山吹さくらのライブを観れるなら、うれしい。




 汗や熱量が直に伝わるような激しいダンスが観れる。




 高音を響かせる楽器のような華やかな歌声が聴ける。




 人の心に簡単に触れるような清らかな笑顔が拝める。




 うれしい。




======== キ リ ト リ ========


浮かれっぱなしの坂本くんでした。


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