スタジオ10 佐倉はさくら

 佐倉は地味にマイペースだった。早く帰りたいという一心のようだ。


「坂本くん、遅いよ。早く帰ろうよ!」

「やっ、やぁ。えっと……佐倉くん、だっけ……。」


 乱入に慌てたのが青木。


 俺の名前は覚えていたけど佐倉の名前はうろ覚えだったみたい。


 佐倉の自己紹介は地味だったからな。


 大枚叩いてファンクラブに入っておきながら、ご本人様の本名を知らないなんて。

 非公開だから仕方がないだろうけど。


 しかも全くご本人様だと気付いていないんだから、青木は本当に残念なやつだ。


「あぁ。青木くん、だっけ。ごめん。邪魔しちゃった?」

「いや。いいんだよ。それよりも、君もこのはなしに乗らないかい?」


「えっ?」


 佐倉に乱入された挙句にいぶかしげな表情を見せられた青木。

 怒りからか顔を引きつらせた。


 別の男子が代わりに状況を説明した。


 佐倉は、地味に真顔でそれを聞いてはいた。

 それでも最後にはまたいぶかしげな表情に戻して言った。


「果たして、うまくいくかしら……。」

「え?」


「高校生では経済的に厳しいんじゃないかなって思うの」


 佐倉も不思議なやつだ。


 自分のファンクラブに入会したっていうのによろこびもしない。


 それどころか、うまくいかないだなんて。


 でも、佐倉の正体を知っている俺だけが納得した。


 だって、山吹さくらは富裕層向けアイドルとも言われているから。




「だからこうして、みんなで団結してシェアしようって提案してるんだよ」


「そうだよ!」

「水を差すようなこと言いやがって!」

「佐倉さん、会員様に謝んなさいよ!」


 山吹さくらのファンクラブに入るのを辞めさせようとしている佐倉。

 クラスのみんなからはバッシングを受けていた。


 佐倉がさくらだって知ったら、みんな驚くだろうな。


 佐倉は地味に冷静だったけど、みんなは少し感情的になっていた。


 だから俺が間に入ることにした。


「まあまあ。みんな、落ち着いて!」


「誰が落ち着いていないんだよ!」

「そうだぞ、坂本」

「俺たちはみんなで応援したいんだよ!」

「そうよ。リア充は黙ってて!」


 全部俺が悪かった。火に油を注いでしまった。

 クラスのみんなは余計にヒートアップ。


 でも、その矛先を佐倉から俺に変えられただけでもよしとしよう。


 俺は爪弾きにされるのには慣れてるし、どんなに悪く言われてもいい。


 佐倉が無事ならそれでね。


 けど、そんな俺の気持ちは、佐倉には届かなかった。




「それは、おかしいでしょう!」


 佐倉がそう言った。


 折角俺に向けられた矛先をまた自分に戻してしまうなんて、呆れちゃうよ。


 けどその内容に、俺は佐倉のプライドを感じた。




 佐倉が言ったことを要約すると、ポイントは2つ。




 1つ目は、俺と佐倉は付き合っていないから、いわゆるリア充ではないということ。


 分かってはいたし、自分でもそう言ったつもりだけど、俺は普通に傷ついた。


 まぁ、事実というか、真理に近い。




 2つ目は、山吹さくらは非リアの教祖ではなく、リア充の権現だということ。


 つまり、山吹さくらに夢中になり追いかけるようになる。

 そのうちに現実に強く興味を持つようになる。

 そしてやがては生きているのが楽しくて仕方なくなるはずだということ。


 これは、佐倉にとっては山吹さくらとして活動する上でのモットーなのかもしれない。




 俺は、佐倉がさくらだって知っているからしっくりきたし、すこぶる感動した。


 クラスのみんなは、それを知らないとはいえ、多少は感動したみたいだ。




「まぁ、それは一理あるよ。だって俺、バイトすることにしたんだから!」


 青木が言った。


 入学祝いやお年玉や月の小遣いだけでは費用が捻出できない。

 青木はそれを見越して、バイトすることを決めたらしい。


 さくらをファンとして支えるために、自分の時間を売る覚悟なんだ。


「なるほど。ファンとして山吹さくらに愛されるために、何事にも一生懸命になる」

「当然、学業や仕事にも精を出し、自然に収入が増える」

「それだけじゃないぞ。恋活にも積極的にならないと!」

「山吹さくらは恋愛教の教祖でもあるもんな」

「うん。異性を強くひきつける魅力がすごい!」

「ちょっと待って。その点は違うわよ。同性の私たちだって魅きつけられるわ」




 要するに、山吹さくらはみんなの絶対的なアイドルだ。




「今は非リアでも、山吹さくらを追いかけることで……。」

「現実にいる異性にも興味を抱き、やがてリア充になる」

「そのために、ファンとして活動するのはありなんじゃないの!」

「うん。それは面白い。その方が面白い!」


 意外にも、クラスのみんなは、それでもファンクラブに入る派がほとんどだった。


「よし! じゃあ、それぞれ誕生日を待って、入会することにしよう!」


「賛成!」

「異議なーしっ!」

「わぁ、歳をとるのが楽しみだなぁ!」

「ようし! みんなでフルコンプを狙おう!」

「オォーッ!」


 これで落ち着いたと思ったのに、佐倉は黙っていなかった。反撃したんだ。


「違うでしょう! 決定的に経済力が不足していることを自覚しないと……。」


 それも、佐倉のプライドなんだろう。




 山吹さくらは富裕層向けのアイドル。


 ファンクラブの会費から公式グッズまで、どれも高額。


 ある経済評論家が高いから売れるという言い方をしていた。


 俺でも知っていることだ。


 でも、今それを言わなくってもいいのに。




「そっ、そんなことないぞ!」

「そうよ。山吹さくらは、ファン思いでも有名なんだからっ!」

「普通の高校生がファンだって聞いたら、きっと優遇してくれるよ!」

「山吹さくらは、性格も素晴らしいんだぞ!」

「そうだとも。君がまだその魅力に気付いていないだけなんだ!」


 なんだ? クラスのみんなのご都合主義は? 


 佐倉の言う通り、現実が分かっていないのかもしれない。


 だって仕切っているのは、あの怖いおばさん社長なんだから。


 佐倉がいくらファンのために頑張ったとしても、それは限定的。




 そもそも、山吹さくらは現在のファンにでさえ、充分に恩返しができていない。


 会員になってレアリティの低い画像を数枚買った程度の高校生がいたとする。

 それを相手にする暇があるはずはない。


 カメラを何台使ったとしてもね。




 だって、活動時間1日3分限定なんだから!




 みんなはそれを理解していない。


 俺には、みんなが勝手に夢見て、理想を押し付けようとしているように感じた。




 それに何より、佐倉はご本人様!


 その佐倉が否定的なんだから、絶望的なんだ。


 言いたい。俺、言いたいよ。

 みんなに、山吹さくらは佐倉菜花なんだって。


 でも、みんなに知れ渡ったら、色々と面倒だろうな。


 ここは、我慢だっ!


 俺はそう思っていたのに佐倉が俺に近付いてきた。


 なんとなく分かる。




 キスするつもりだって。




「坂本くん! お願い!」


 佐倉は佐倉リップに佐倉フィンガーをあてながら言った。


 完全にキスの催促だ。


 でも、こんなところでキスしたら、自らバラすようなもの。


 それは絶対に避けなくっちゃいけないって思ったんだ。


 だから俺は、佐倉リクエストを却下した。




「こんなときに、こんなところで、それはないだろう!」

「……分かったわっ! 坂本くん、行きましょう!」


 佐倉はそう言って、俺の手を引いて歩き出した。


 俺はみんなのことが気にはなったが佐倉について行った。


 このまま下校するものと思っていたからね。




 ところが、人気のないところに差し掛かったとき。


 俺はこのまま校舎を出ると思っていたから、完全に不意をつかれた。




 佐倉は俺にキスをした。


 1分くらいだと思う。


 佐倉のキスは気持ちがいい。


 そして、佐倉はさくらになると、教室へと駆けて行った。


「おっ、おいっ! 待ってよ!」

「いいから。行かせてっ」




 佐倉は、俺の言うことなんか最初から聞く気がない。


 こうと決めたらやり通す強い意志を持っている。


 それは、さくらと同じ瞳をしていることからも分かること。




 俺は、さくらを追った。


 さくらを止められないなら、せめてその活動を見届けようと思ったんだ。


 けど、さくらは素早くて差は開くばかりだった。




 このままじゃ、佐倉がさくらだってことが、バレてしまう。




 兎に角急がないと! 




 だが、もう手遅れだったのかも。




 俺が教室に着いたとき、教室内にはさくらスメルが立ち込めていた。


 かなり濃い。


 さくらは既にクラスの制圧を完了し、教室を出るところだった。


 さくらと入れ違いで教室に入った俺が見た光景は凄惨を極めていた。




 残っていたクラスのみんながひざまずいたり土下座したり、兎に角普通じゃない。


 そして、そんな姿勢で泣きじゃくったり、怯えたり、負の感情を露出していた。


 さくらは一体、何をしたんだろう。




 まずい。みんなを助けなきゃ。


 このままみんなを放っておいちゃダメだ。


 でも俺は、さくらのことが気になった。




 教室の入り口で俺とすれ違ったさくらの行方を追った。


 さくらは既に廊下の端まで移動していた。


 廊下には数名の学生がいた。


 みんな山吹さくらがいることに驚いていた。




 もしここで佐倉に戻ったら、全部バレる。




 それを佐倉が望んでいるならいいけど、そうでないなら避けないと。


 でも、俺にできることは何もなかった。そんなとき……。




「あーっ! みんな、あれ見てーっ。変なのーっ!」


 さくらが俺を指差して言った。


 廊下にいた全員が俺を見た。


 他の教室に残っていた学生も、ドアから出てきて俺を見た。


 わざわざ注目度を上げるなんて、どういうつもりなんだ。


 今、俺を見ていないのは俺だけ。


 みんなが俺を見ていた。




 そうか、そういうことか。




 さくらは、みんなの視線を俺に集めたんだ。


 そして、その隙にさくらは女子便所に駆け込んだ。




「なんだ、あいつ。変なのっ!」

「本当だ。普通だけど、確かに変なのだっ!」

「変なの、変なの、変なのーっ!」


 廊下にいたみんなが、一斉に俺を指差して、口々に言った。


 えっ? 俺、そんなに変なの?


 自分じゃ分からないよ。




 でも、みんなが俺のことを変なのって言うんだ。


 全てさくらの仕業。


 さくらの魅力のなせる技だ。


 さくらが黒といえば、白でも黒、金でも黒、無色でも黒になる。


 兎に角、俺が変なのと呼ばれるのと引き換えに、佐倉の秘密は守られた。




 佐倉は地味に悠然と女子便所から出てきた。


 そして、向かったのは教室だった。


「みんなっ! どうしたの? そんな風にひざまずいたりして?」


「さっ、佐倉じゃないか……。」

「今……山吹さくらが来たんだぜ……。」

「全部、あなたの言った通りだわ……。」


 全部知ってる俺からすれば、佐倉の白々しさは際立っていた。


 でも、みんなも佐倉がさくらだってことに、全く気付いていない。


 呆れるよ。とんだ茶番だ!




「山吹さくらは、俺たち高校生に手の出せる存在じゃないんだ……。」

「もっと頑張って、成功してからでないと……。」

「ファンクラブの会員にはなれはしない……。」

「はっきり言われて、目が覚めたよ……。」


「ファンになるためには……。」

「まずは成功することなんだ……。」

「月収1000万円を超えれば……。」

「ファンになってもいいってよ……。」


「……彼女が、そう言ったのね……。」


 佐倉のやつ、わざとらしい。


 彼女って、君自身じゃないか。




 でも、クラスのみんなは佐倉が地味過ぎて全く気付いていない。


 それがすごい。


「そうなんだ……。」

「全ては、俺たちの傲慢だった……。」

「今の俺たちは、ファンクラブの会員になることさえ許されないんだ……。」

「だけど、はっきり言ってもらってよかった!」


「…………そうさ。俺たちには未来がある!」

「心の中で山吹さくらを応援することは、今でもできる!」

「今は心の中で応援しつつ、しっかり勉強し、将来に備えよう!」

「そして、いつか必ず山吹さくらのファンクラブに入会するんだ!」


 クラスのみんなが、あわれでならない。




 山吹さくらに罵倒された末に、山吹さくらに今まで以上に夢中になっているのだから。


 その熱狂は、大合唱を興した。


「山吹さくら様、ありがとう!」

「山吹さくら様、ありがとう!」

「山吹さくら様、ありがとう!」

「山吹さくら様、ありがとう!」

 …………。




「……どういたしまして……。」


 佐倉が小声で言った。




 結局、青木はその場でファンクラブを退会。


 クーリングオフが認めれらたらしい。


 画像を見れなくなる代わりに、数万円を手に戻した。


「けど俺、バイトは辞めないぜ!」


「どうしてだ? それじゃあ学業が疎かになるんじゃないのか?」

「そうとも。明日のテストだって大変だろうに」


「いいや、両方頑張る! そんなの言い訳にしたら、山吹さくらに笑われちまうぜっ!」


「そうだな。俺は野球部と学業を頑張るぞ!」

「私は、恋と勉強!」

「うちは、部活と生徒会と勉強と家事手伝い。全部やるんやで!」


 何故か、丸く収まった。


 山吹さくらの魅力は侮れない。




 このあと青木は、『非会員様』と呼ばれるようになった。


 俺は『変なのーっ』。


 山吹さくらにもらった名前なんだからよろこべって、みんなに言われた。


 酷すぎるぜ。


 ちなみに、佐倉はというと『佐倉』のままだった。



======== キ リ ト リ ========


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、佐倉が本性をあらわすというのをテーマにしました。


ファンファーストな発言を繰り返していた佐倉は、決して献身的な天使ではありません。

その本性は自己中であり、KYであり、王様気質の持ち主なのです。


そんな佐倉の一面がほんの少しでもお伝えできればいいなと、思っています。


ここで本編は、横道に逸れます。


坂本くんの視点に固定して物語を楽しみたい方は、

お手数ですが、下のURLに飛んでください。


【スタジオ11 柔道部一直線】のURL

https://kakuyomu.jp/works/1177354054896587067/episodes/1177354054897845535

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