スタジオ11 柔道部一直線!
俺は、物凄いことに気付いてしまったかもしれない。
それは、佐倉とのキスのこと。
俺が思っている以上にビジネス色が強い。
俺への愛みたいなのは皆無だと言っていいだろう。
そう思ったのは、俺を襲った2つの拉致事件がきっかけだった。
校門を出る直前、1回目の拉致事件がおこった。
犯人は柔道部員3名。
俺は、佐倉と手を繋いだまま、柔道部の部室へと連れて行かれた。
男の汗の気持ち悪い臭いが立ち込めていた。
そして俺の左手には佐倉、右手には柔道部大将の桜庭先輩の手が握られていた。
いつの間に!
桜庭先輩といえば、この学校で知らない人のいない暴れん坊。
怖いっ!
柔道部員が俺と佐倉の前に緑色の紙を置いた。
いわゆる入部届だ。仮入部ではなく、正式なやつ。
「さぁ、ここに名前、ここにハンコよ。血判でもいいわっ!」
えーっ! 何で俺や佐倉が柔道部にスカウトされてるんだ?
意味わからない。
助けてーっ!
俺が混乱している隙に、佐倉は目の前の緑色の紙を破り捨てた。
地味に強気なやつだ。
よしっ、俺も破こう!
俺はまだ混乱していたのか、早速入部届を手に取り、
ビリビリと音をさせて破り捨てた。
どうだっ! えっへんっ!
けど、それを見た桜庭先輩は、表情を少しも変えずに言った。
「まぁ、いい音。さすが坂本くんね。替を持ってきてあげて」
俺の前に、部員がまた緑色の紙を置いた。
佐倉の前には何も置かなかった。
これで、桜庭先輩のターゲットが俺だけということが浮き彫りになった。
でも、どうして?
「まだまだたくさんあるのよ」
桜庭先輩はうっすらと笑みをこぼした。俺に向けて。
気持ち悪い。
完全に俺を狙っている。
俺は緑色の紙から目を背け、すがるような気持ちで佐倉を見た。
「全部、坂本くんが撒いた種よ。自分で何とかしてちょうだい!」
「おっ、俺は何も……。」
「言ったでしょう。歓迎会で、堂々と! 桜庭ふっキスするって!」
「えーっ! それは誤解だよ! 俺は佐倉と……。」
この続きは言えなかった。
恥ずかしすぎるもの。
「……じゃあ、そうやって説明すればいいじゃないの」
佐倉の言っていることが正しい。
誤解だって言うべきなんだ。
けど、そんなことしてもし桜庭先輩が暴れ出したらどうしよう。
佐倉に危害が及んだら……。
俺なんかには、佐倉を守ることができない……。
「できないよ、この状況じゃ。それより、さっきみたいに山吹って解決できない?」
「知らないわっ! 人を何でも屋みたいに言わないでよっ!」
ごもっともでございますっ……。
柔道部員の1人が、俺と佐倉の間から身を乗り出し、俺の正面に顔を置いた。
佐倉は地味にそれをよけていて、身体の接触はなかったみたい。
「いいから! 早く名前書け、ハンコ押せ!」
迫力満点の声だ。
しかも、もともと大きい顔が数センチのところに迫っていて、こちらも大迫力。
こんなところにいたら命がいくつあっても足りない。
怖い。逃げ出したい。
けど、1人で逃げるわけにもいかない……。
そう思っていると、ふっと柔道部員の顔が消えた。
そして、ババーンという音がした。
すごい迫力。ど迫力!
もう怖くて死にそう!
誰か、助けてくれーっ……。
でもその直後に、俺はさらなる恐怖を覚えた。
ババーンの正体が見えた。
「駄目じゃない。坂本くんに手荒なことをしたら!」
桜庭先輩が言った。
柔道部員を右手1本で投げ飛ばしたみたいだ。
左手は俺とつながったままだった。
あまりに速くって、見えなかった。
しかも部員は残り2人の部員に当たり、3人で伸びていた。
3人ともしばらくはおとなしくしていそうだ。
桜庭先輩、気持ち悪いくらいの怪力だ。
「そうだわっ、これ見てちょうだい! 練習メニューよっ! 理想的でしょう!」
そう言って桜庭先輩は、俺に気持ち悪いものを見せた。
佐倉がそれを見て地味に気持ち悪がった。
「朝練、上四方固。昼練、袈裟固め。夕練、縦四方固。夜恋、ハート……。」
「おっ、おかしいでしょう。寝技ばかり。夜恋って何ですか、気持ち悪い……。」
「言うわね。夜恋はね、心のオアシス、明日への活力なの。とっても重要なのよ!」
桜庭先輩は妙に優しく言った。
まるで、夢見る乙女のように。
気持ち悪い。
冗談じゃないよ。
何で俺が柔道部なんかに入らなきゃならないんだ。
もっとガタイのいいやつはいくらでもいるだろうに。
これは、俺の人生最大のピンチ。
どうしよう……。
「さっ、佐倉……。」
俺はもう1度、すがるような目で佐倉を見た。
佐倉は地味に何か考え事をしていた。
「佐倉? 佐倉、桜庭。佐倉ばふっ……まさか……貴方、佐倉っていうの?」
桜庭先輩が急に混乱しながら言った。
どうやら、俺がキスしたいと言った相手が自分ではなく、
佐倉のことだって気付いたみたい。
「佐倉……許さない……私の坂本くん……。」
やっ、やばい。
桜庭先輩、何だか分からない怒りを佐倉に向けようとしている。
このままじゃ、俺も佐倉も無事じゃ済まないよ。
どーしよう、どーしよう、どーしようっ!
俺が慌てていると、佐倉が言った。
「冗談じゃないわ! 決闘よっ」
「えっ?」
俺は唖然とした。
佐倉が地味に男らしく啖呵を切ったからだ。
桜庭先輩も売り言葉に買い言葉で、直ぐに決闘することになった。
どっ、どーしよう……。
この3人の中では、俺だけが非力……。
佐倉は、決闘に際して幾つもの注文をつけた。
桜庭先輩はそれを全て飲んだ。
「柔道3本勝負。それぞれ朝、夕、夜の坂本くんを賭けましょう」
えっ? 昼は……どうするの?
単純に俺はそう思った。
けど、俺に口を挟む権利はなかった。
2人は俺を奪い合うんだから。
俺のために争っているんだから。
佐倉が続けた。
「昼は、私に需要がないから桜庭先輩が好きにしてもらっていいわ……。」
佐倉、自分のためだけに闘ってる。
俺のためじゃない。
「それに、先輩じゃ4本も保たないでしょうからっ!」
佐倉、すごいあおり方するよ。桜庭先輩のためにだなんて。
つまり、俺はどうなってもいいんだ。
「ふーん。佐倉ちゃん言ってくれるわね! お友達ぐらいにはなってもいいわっ!」
「冗談。それより2つばかり、お願いがあるんだけど!」
「良いわ。言ってごらんなさい」
このお願いが勝負の行方を左右した。
それにしても佐倉、自分のためだと地味に凛々しい。
「1つ目は、代理人を認めて欲しいの。女子だけど」
「そうね。佐倉ちゃんじゃ勝てないでしょうからね。それで良いわ!」
「ありがとう。2つ目は、決闘前にそれぞれ5分だけ、坂本くんとキスをすること」
「今生の別れを告げるということね。良いわ。それも良いわよ」
「じゃあ、私はこれから仲間を呼んでくるから。先に5分間、2人きりでどうぞ」
「佐倉ちゃん、本当にいい子ね。グチャグチャにしたくなるわっ!」
こうして、佐倉の思惑通りことが運んだ。
俺という大いなる犠牲を払って。
桜庭先輩とのキス。
それについてどうこういうつもりはない。
気持ち悪いくらい気持ち悪かったっというに留めたい。
5分後、佐倉は柔道着を携えて戻ってきた。
それから、ペットボトル入りのお茶2本も持っていた。
そのうちの1本を俺に向かって投げた。
俺はしっかりキャッチした。
このお茶、たしか山吹さくらがTVCMをしている。
佐倉って、地味に義理堅いのかもしれない。
「これでよく口を雪いでちょうだい! 間接キスなんて、気持ち悪いから!」
佐倉の行動は、佐倉自身のためだった。
佐倉と2人きり。
佐倉が俺の前で着替えはじめた。
下着はもう、大丈夫!
山吹ってから決闘までの時間を、少しでも短くするため。
「佐倉、柔道なんかやったことあるの?」
「ないわ。あるわけないでしょう。でも、山吹ったら、大丈夫だから!」
すごい自信。
俺としては本当に心配。
今からでも謝れば許してくれるんじゃないかな。
「佐倉、やっぱり……。」
「……いいから、キスしてっ!」
キスの催促。
というよりは、キスの脅迫だった。
佐倉の目がイッている!
もう誰にも止められない!
俺は、何も文句を言わずに従った。
5分を少し過ぎてから、桜庭先輩がやってきた。
佐倉はそれでもキスを続けようとしていた。
俺はそれに従った。
だから、桜庭先輩はカンカンに怒っていた。
「おいっ、もう約束の時間を過ぎているぞ!」
「……。」
「……。」
マズイって。そろそろ辞めないとっ!
でも、佐倉は完全に桜庭先輩を無視していた。
だったら俺も!
調子に乗って、キスを楽しんだ。
「おいっ、いい加減にしなさいよっ! キーッ!」
「……。」
「……。」
もう限界。
俺がそう思ったときには、佐倉リップが離れていた。
そのときにはもう、先輩が業を煮やしていた。
「もうっ、直ぐに離れなさいよっ!」
「待たせてごめんねっ、桜庭くん!」
さくらスマイルが、はじめて俺以外の人に向けられた。
それを見るのって、結構きつい。
俺は何故か脚が震えた。
「まぁ、いいわよ。少しぐらいなら、仕方ないわ!」
桜庭先輩。意外に優しい。許してくれたみたい。
俺は呆気にとられ、キョトンとした顔をさくらに向けた。
さくらも俺の方を向いた。呆けた表情だった。
けど、俺とさくらでは、ポイントがズレていた。
俺は桜庭先輩の優しさに呆れた。
さくらは、さくらスマイルが通用しないことに困っていたみたい。
桜庭先輩がさくらの言うことを聞かないとすれば、さくらの作戦は崩壊する。
つまり、穏便にってわけにはいかなくなる。
これは、怪我ですめば御の字の展開だ。
どうしよう。でも、俺には何もできない。
「貴女、佐倉さんじゃないわね。助っ人? 強いのかしら?」
「当たり前でしょう、最強だよっ!」
かっ、かわいい。最強だよってセリフ、最高かよっ!
ここから先は、俺を賭けた2人の闘い。
俺にはもう、何も言えない。
「じゃあ、やろっか!」
「いいわよ。たっぷりかわいがってあげるから」
俺は、息を飲んだ。
勝負にならないって、こういうことなんだって思った。
最初の1本は、1秒かからなかった。
開始とほぼ同時に、畳に響いたドスンっという鈍い音。
柔道って、弧を描くように身体が動くイメージがある。
回転力というのか、てこの原理みたいなもの。
けど、今のは直線的だった。
最短コースを、最速であの巨体が動いた。
そして桜庭先輩は、そのままのびていた。
投げ飛ばしたのがさくら、投げられたのが桜庭先輩だった。
さくら自身は、あっけらかんとしていた。
俺には、驚きしかなかった。
驚きを通り越して、恐ろしくさえあった。
「じゃあ、2本目、やろっ!」
さくらはそう言いながら、先輩の胸ぐらを掴んで振りまわした。
それで桜庭先輩も気付いたみたい。
「えっ? えーっ?」
「ほらっ、次、はじめる、よっ!」
言い終わるより早く、さくらは桜庭先輩を放っていた。
今度は、かなり遠くへ投げ飛ばした。
桜庭先輩は角の壁に激突した。
桜庭先輩は、またも気を失った。
さっきよりは乾いた音ではあったが、俺を恐怖に陥れるには充分だった。
どういうこと?
何であの華奢な身体に、あれだけのことをするパワーがあるんだ?
いや、パワーだけじゃない。テクニックだってきっとある。
桁違いのパワーとテクニック。
その積は、さらに桁を跳ね上げている。
だから、一方的な蹂躙だった。
決闘というには、あまりにも一方的な。
見ていて恐ろしい。
「たっのしーっ!」
さくらスマイルがさくらボイスを奏でた。
本当に楽しそうだった。
さくらは柔道が相当気に入ったみたい。
桜庭先輩投げ飛ばし競技と勘違いしてはいたが。
のびている桜庭先輩を起こすとその場からまた投げ飛ばした。
柔道場の対角線上を、巨体が飛翔した。
ある意味では圧巻。ある意味ではホラー。
これで3本。
勝負あり。
俺はそう思っていたけど、さくらはまだ物足りなかったみたい。
ぐたーっとしてる桜庭先輩に近付いていき、起こすや否やすかさず投げ飛ばした。
今度は巨体がきれいな放物線を描いた。
投げ方をいろいろ変えているみたい。
さくら、調子に乗り過ぎだ。
このままじゃ、桜庭先輩が危ない。
でもさくら、なんだか怖い。
我を忘れて、暴れてるみたい。
目がイッちゃってる。赤くないのが救いだけど。
俺は、脚が震えるのを我慢して、さくらに言った。
「さくら。もう辞めにしよう。これ以上は無意味だからっ!」
声も震えた。
ちゃんと伝わったかどうかさえ、心配。
けど、さくらに俺の声は届いていた。
その証拠に、狐に摘まれたみたいな顔をして言った。
「あっ! えへへっ。つい夢中になっちゃった。坂本くんも、どう?」
どうって言われても、どうすればいいのさ。
投げる方も、投げられる方も、俺にはムリだよ。
戻ったあと、素早く着替えた佐倉。
他人のフリして、桜庭先輩を介抱した。
「先輩、お怪我はありませんか? ありませんよね!」
起きて直ぐの桜庭先輩は、佐倉を見てびびりまくっていた。
そのあとさくらと佐倉が他人だと思ったのか、
安堵のため息を吐いていた。
俺には何も言えない。
「……。」
「ということで、先輩の負け、ですねっ!」
「そうね。あんな強い子がいたんじゃ、勝ち目ないわ」
「……。」
「先輩もなかなかのものですよ。怪我ひとつないんですから」
「違うのよ。あの子、怪我のないように投げていたわ……。」
「……。」
「そうなんですか。山吹さくらって、すごいのね!」
そして佐倉は地味に笑った。
自分で言うなよって思った。
こうして俺は、山吹さくらの活躍で無事に入部を断ることができた。
昼練についても、なしになった。
さくらが4回投げてくれたから。
======== キ リ ト リ ========
いつもお読みいただいて、ありがとうございます。
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