魔物退治で病気を治します!

剣とペン

魔物出現

「大変申し上げにくいことなのですが、あと二、三日の命かと思われます」


「……え?」


 太陽が眩しく照り付ける、夏至のことである。地方の大病院の個人病室。カーテンの隙間から煌々と光が差し込む。空いた窓から暖かい風が気分を落ち着かせていた中、ベッドに横たわっていた俺――竜也は余命宣告を告げられたのだった。


「どういうことですか? あと二、三日の命って……」


「言葉の通りです。もうかなり、病状が悪化しています。我々もできる限りの手を尽くしましたが、もう……」


 ベッドの横で主治医は俯き、決まり文句であろう言葉を発する。どこかやるせないような感じが、表情から見て取れた。


 俺がこんな状態になったのは最近のことである。

 学校に行く途中、急に腹痛に襲われて、病院に搬送された。まるで腹の中で悪い蟲でも暴れているかのような痛みだった。救急車の中でひたすら激痛に耐えていたのを覚えている。


 ここに入院してから暫くは安定していた。このまま行けば退院できると思っていた矢先の出来事である。


 まあ、退院しようがここで死のうが、俺にとってあまり関係のない出来事だが。


「はあ、そうですか。先生、死ぬ前にひとつ、お聞きしたいことがあります」


「何かね?」


「この病気の原因って、何なんですか?」


「実は、この病気の原因が未だに不明なのです。なんせ、今までに見たことのない病気でして」


「見たことがないって……ただの胃腸炎ではないんですか?」


「それが、原因となる細菌が体の何処を探しても見つからないのです。唯一分かることは、罹患者には体のどこかに特有の痣がでることくらいです」


 言われてふと自分の左腕を見つめると、手の甲から前腕にかけて、ドス黒い痣が染み込むように広がっていた。


「申し訳ありませんが、我々にできることはもうございません。残りの時間をどうか、有意義に過ごして下さい」


 主治医は申しなさそうにしながら、部屋を出て行った。そこまで悲しそうな顔をしなくてもいいのに。どのみち、行く当てもないのだから。


 俺の両親は、この病気が発覚した後、連絡が途絶えた。もはや俺の命に価値などない。どちらにせよ、生きていても苦しむだけだ。だったら、ここで綺麗に息を引き取ることを選択する。


 カーテンの隙間から僅かに見える空を眺めていた、その時だった。


「こんにちは」


「うわぁっ?!」


 病院の窓から音も立てず八階の病室に一人の女が入ってきた。突然のことで、驚きを通り越して言葉も出ない。普通の人間では到底ありえない方法で来た突然の来客に、思わず声を上げてしまった。


 青い長髪に整った顔。学生だろうか、制服を着ている。白いシャツの上に黄色のブラウス。下は茶色のスカートを履いており、いかにも典型的な学生という感じだった。


 ……いやいや、何平然とした顔で入ってくるんだよ。ここ何階だと思ってるんだ?


「あ、私、唯っていいます。あなたが今回の依頼主ですね。」


「……?」


「あら、ごめんなさい。何せ重症患者なものですから面会禁止と言われてしまって。だから、外から入ってきたんですよ」


 さらに困惑が止まらなくなる。いや、そんなことくらいわかってる。問題はどうやってここに入ってきたかだ。


「……どうかしましたか?」


 理解しがたい顔をしていると、彼女が俺の顔を微笑みながらのぞき込んでくる。

 まぁいい。どうせ僕はこの病院で朽ち果てる定め。理由を聞いたところで、あまり関係のないものだろうからな。


「いや、なんでもない。それで? 僕になんの用ですか?」


「実は私……その病気の治し方、知ってます」


「?!」


 思わず膝をベッドの上の机にぶつけてしまった。何かの悪徳業者か? どうせ、あれこれ話をつけて、怪しい壺とかを買わせる気だろう。


 わざわざ病室の窓から入ってまで商売をしようとするその姿勢には感心するが。


「気になりますか? 気になりますよね。自分の命がかかった問題ですからね」


 煽り口調で言葉を並べてくる。もうこの態度が胡散臭いが、一応話は聞いておこう。


「勿体ぶらずに早く教えてくれませんか?」


「あなたの病気の正体はなんと! 身体の中に、魔物が住み着いているからなんです!」


「今すぐお引き取り願いたい」


 話を少しでも聞こうとした俺が馬鹿だった。いきなり押しかけてきて最初の第一声がこれかよ。


 こんなの、余程の奴じゃない限り騙されんぞ。下手だな、こいつ。


「ちょちょちょ、待ってくださいよぉ! 本当の話です、何も怪しくありませんから。ささ、こんなところもなんですから、廊下に出てお話しましょう!」


 彼女は僕の手を掴んでベッドから引きずり出し、無理矢理連れ出す。


「おいおい、放せよっ」


 呼びかけるも、返事はなく僕を病室から引きずりだす。


 ……だめだこりゃ。話を聞かないタイプの人間だ。





「さて、と。いろいろ説明しなきゃね」


「待て待て。何か勘違いをしているようだが、俺は信用したわけじゃないんですけど」


「お願いします、信じて下さい! 騙そうとするような人間が、最初にあんなことを言うと思いますか?」


 病室の廊下、長椅子に座った彼女は勢いのあまりだったのか、室内全体に響きわたる声を上げた。


「うるさいって! ここ、病院ですよ?!」


「大丈夫です。私の姿は、依頼主にしか見えませんから。声もあなた以外には聞こえませんよ」


 もはやこの人が信用していいか否かの以前に、人間かどうか怪しくなってきたんですが。


 僕以外にしか見えないって、それもう、間違いなく普通の人間じゃありませんよね、あなた。


「何者ですか? あなた」


「ふふふ。それは秘密です♪ 聞きたければ、まずは私のお話に耳を傾けて下さい。あなたにとっても、決して悪い話ではないですから」


 むぅ、仕方ない。先程の言い訳にも一理あるし、決めるのは話を聞いてからでも遅くはないだろう。


「やっと話を聞く気になったようですね。依頼というのは建前の話で、私は、人の内に棲みつく魔物を退治することを生業としています」


「僕の身体の中に、ですか。……言っておきますけど僕、お金ありませんからね」


「安心して下さい。対価なんていりません。こちらはボランティアでやってますから。今は何より、あなたの身体のことが心配です」


 まぁ、こんな仕事かどうかわからないものに金を払うやつはいない。正直、他の奴に話を持ちかけても信じてくれる奴はそうはいないだろう。


 しかし、こんな話を無意識に受け入れてしまっている自分がいる。


 僕がその魔物とやらに侵されていて判断能力も落ちてしまっているのかもしれないが。


「それで、僕は何をすればいいんでしょうか」


「あなたにやってもらうことはたった一つです。人に棲みついた魔物を除去する方法はたった一つ、宿主の夢の中だけなのです」


「つまり、寝ろと」


「話が早いですね。その通りです。夢の世界が形成されたら、魔物を退治するので、わたしが来るまで待機しておいてください」


 さっきからこいつが言っていることは俄かには信じ難い。だが、何故かこの話に興味を持ってしまっている。根底では、死にたくないと感じているからだろうか。


 彼女も、それを分かっているのだろう。疑いながらも、まんまと口車に載せられてしまっている自分が不愉快極まりない。


「さて、早速。もう夜も遅いことですし、病室に戻って寝ましょう」


「……あ」


 窓から見上げると、空は既に闇の衣に包まれていた。話をしている間に、随分と時間が過ぎてしまったんだな。


 彼女は病室へ少し進んだあと、こちらに振り返り手招きをした。もう、覚悟を決めるしかない。


 俺は静かにベッドへと向かった。






「……ここは」


 気が付くと、僕は学校の教室の中にいた。窓からは夕日が見える。見慣れた机、窓から見える景色。僕の記憶にある校舎と一致する。


「ここは……僕の学校」


 先程、彼女に促され、眠りについたはず。ということは、夢の中なのか。不思議な感覚だが、体はいつもと変わらず動かすことができる。


「そういえば、あいつ、どこにいるんだ?」


 あたりを見渡すが、彼女の姿はどこにも見当たらず。人の気配すらしなかった。


「くそっ。まさか騙したんじゃないだろうな」


 僕は文句を言いながら、彼女を探しに教室をでた。あたりには、広い空間が広がっている。普通の学校でいう、廊下というやつだ。


 僕の通っている学校はすこし違っていて、通路とフリースペースが一体化している。

 なんでも、のんびりと羽を伸ばしてほしいという、関係者からの粋な計らいだそうだ。


 まあ、僕は休み時間の殆どを教室で過ごしていたので、そこまで恩恵を感じられなかったが。


「……ん?」


 広い廊下を歩きながら彼女を探していると、奥の曲がり角から奇妙な音が聞こえた。まるで何かが這っているような音だ。少しずつ、こちらへと迫ってきている。


「こっちに来る……!」


 危険を感じ、隠れようとしたが、遅かった。音の主の姿を、この目で捉えてしまったからである。


 その形相を見て、僕は恐怖した。色は赤。体は球体。身からは、おびただしいほどの眼球が露出している。足はなく、側面からは四つの腕が生えていた。


 あの話は、本当だった。奴こそが、僕を死に至らしめようとしている元凶。こいつが、彼女が話していた人に棲みつく魔物だとでもいうのか……?


「くそっ、逃げないと」


 しかし、魔物はしかし、高速で腕を伸ばし、逃げようとする僕を捕らえた。そのまま上に持ち上げると、魔物は体から大きな口を出現させる。


 掴まれた手の中でもがくが、抜け出せない。僕を食べる気か。それにしても、あいつどこで道草食ってるんだ。このままじゃ死んじまう。


 そのとき、一筋の剣撃が奴の腕を切り裂いた。腕が地面に転がり、僕は地面に叩きつけられる。


「お待たせ。この学校広いから、迷ってしまって」


 僕の前に立つ、剣を持った少女。現実で会った服装とは違う、白色の袴を着ている。雰囲気もあのおどけた感じとは打って代わって真剣だ。



「ありがとう、助かった」


「こいつ、かなり大きい。あなた、相当拗らせてるみたいね」


「……え?」


「魔物は人間の負の感情から生まれるの。それが大きければ大きいほど、体の大きさや狂暴性も増すのよ」


 魔物が彼女へと矛先を変えた。四本の手がホーミングミサイルのように彼女に追従する。


 しかし彼女は迫りくる手を大きく円を描いて躱し、腕を切り捨てていく。魔物の側面から回り込み、一撃を加えた。


「魔物は一つとして同じ形、種類はないの。あなたの抱えている負の感情が姿に反映される。たとえここで倒したとしても、その感情が心に残っている限り、また復活するわ」


 僕は何もできないまま、その場に立ち尽くす。嫌なことをおもいだしてしまったじゃないか。夢の中の世界があの忌まわしき学校なのも、そのせいだろう。


 そうだ。俺は一人ぼっちだった。学校という小さな集団の中に溶け込むことができなかったのである。いじめではない。特に何か危害を加えられるというわけでもなかった。


 ただ、孤独だったのだ。もう二度と、あの空間には行きたくなかった。この病気によって、綺麗に生涯を終えるはずだったのに。


 俺の醜い感情が、こんな怪物を生み出してしまったというのか。自業自得だ。まさか、自分で自分を苦しめていたなんてな。


 うなだれていると、僕の足元に一本の剣が突き立てられた。


「あ、あの……これは?」


「自分に刺さった心の棘は、自らの手で引き抜くしかない。言ったでしょ、あれはあなたの負の感情が具現化したもの。自分で倒さない限り、永遠に治らない。

 わたしは、そのお手伝いをするだけ」


「まさか、あいつと戦えっていうんですか?!」


「安心して。攻撃はわたしが全て捌くから。あなたは私の後ろについて、剣を一振りするだけよ。お願い、無茶なこといってるかもしれないけど、協力して」


 このままぐずぐずしていても、問題は解決しない。拒否権はないのである。俺は剣を手に取った。


「わかりました。……やります」


「ありがとう。それじゃ、行くわよ!」


 唯は一直線に怪物に向かって走りこんだ。俺はその後ろに張り付いていく。怖いはずなのに一歩を踏み出してしまったのは、この人のおかげなのだろうか。俺は自分の問題から逃げ続けていただけなのかもしれない。その結果がこれだ。


 もう、逃げない。ちゃんと向き合って、この問題を解決するんだ。


「グアオオオオッ!」


 大きな口を開けて咆哮。威嚇態勢を取った。体からさらに多くの腕が生え、俺達を襲う。


 だが、唯は四方から飛んでくる手を次々と切り、前へ進んでいく。これだけの数をたった一人で捌くなんて。この人がかなりの腕前だということは、素人の俺でもわかった。


「大丈夫?! ついてきてる?」


「はい……なんとか」


 ……剣を持つ手が震える。俺は当然、刀を振るった経験などない。もし、ここで死んでしまったら? こいつを倒せるのは俺だけだ。俺がいなくなれば、唯は一人で倒せるはずのない敵と戦うことになる。


 もうこの命は俺だけのものではないのだ。唯もそのことを承知で助けにきてくれているのだろう。震える手をもう片方の手で握りしめ、平静を保とうとする。


「はあっ!」


 彼女は攻撃から俺を守りつつ、距離を詰めていく。完璧な動作だ。床や壁などの死角からの攻撃を予測して潰す。さらに、常に俺の周囲に体を預け、いつでも俺を防御できるようにしているのだ。


 こんなこと、並の人間ができる芸当ではない。


「グオオ……」


 切られた腕を即座に再生していたが、流石に限界があるようだ。徐々に回復力は失われていき、彼女と怪物の距離、残り数歩。もう力はなく、腕の断面が露出しているのみとなってしまった。


「今よ!」


 俺は言われるがままに前線に躍り出て、剣を両手に持ち、そのまま振るおうとした。

 だが、その時俺は気づいてしまった。


 ――奴にはまだ反撃手段が残されているということに。


「危ないっ!」


 だが、そのことを脳が判断してから筋肉が稼働するまでが遅すぎた。俺は唯に押しのけられ、床に倒れ伏す。次に目に入ってきた光景は、今にも怪物の口に呑まれんとしている彼女の姿だった。魔物の口からは血が溢れ、床に滴っている。


「……あ……あ」


「早くっ……止めを刺しなさい。私を喰っている今がチャンスよ」


「唯さん……でもっ」


 こいつの体の殆どは口で覆われている。つまり、止めを刺そうとすると必然的に唯が巻き添えとなってしまうのだ。どうする? 二人ともまとめて斬るなんて、到底俺にできる話ではない。どうにかして、助ける方法を見つけないと。迷っていると、唯が今にも潰れそうな声で、言葉を発した。


「いいから、早くしなさい。……私を信じて」


 剣を握りしめる手が無意識に強くなる。俺には迷っている時間も残されていないということか。もう取る行動は一つしか残されていない。拒む心を強引に押しのけながら、俺は刃を振るった。


「グアアアアアアアアッ!」


 振り下ろされた剣はいとも簡単に怪物の肉を断った。一刀両断された体は、黒い粒子となって空中に消えていく。同時に、視界が光に包まれ、俺は意識を失った。






 目を覚ますと俺は病院の中にいた。あれほど動いたのに、体に全く怠さを感じない。あれは本当に夢の中だったということか。これで、俺の病気は治ったのだろうか?


「竜也さーん、起きてますかー? 入りますよー」


「ええ、どうぞ」


 病室のドアを開けて、看護師が部屋に入ってきた。


「調子はどうですか……って、あれ? 腕の痣が消えてる……」


「あれ……本当だ。もしかして病気、治ってたりします?」


 俺がそう聞くと、青ざめたような顔をして、


「た、大変です! 直ぐに先生をお呼びします!」


 血相を変えて病室から飛び出していった。病気が治ったことは良かった。良かったのだが。


「………」


 俺はあの時、本当にあの選択をして正しかったのだろうか。何か別の方法があったのではないか? そもそも、俺があの怪物を生みだしてなければ? いくら自問自答しても、もはや後の祭りである。最後の最後で、とんだ爆弾を残していきやがったな。


 これじゃ、俺は罪悪感という新しい魔物と戦わなくてはならないじゃないか。何も解決なんてしてない。この先、どうやって生きていけばいい? こんな代償を残すなんて、やっぱり悪徳業者じゃないか。


「こんにちは。病気、治ったみたいでよかったですねっ」


「うわぁっ?!」


 ベッドの横から、唯がひょこっと顔を出して現れた。


「な、なんで……? 幽霊?」


「幽霊とは失礼な。言い忘れてましたけど、本人が夢の世界で命を落とした場合、その世界に入り込んでいるものは現実世界に帰ってこれなくなります。私だけが死んでもあなたが生きていれば、こうして帰ってこれるというわけです!」


「……何故そんな重要なことを早く言わないんですか……あの時、俺が止めを刺してなかったら、どうするつもりだったんですか?」


「そのときはそのときです。私の目的は、魔物を倒すことで人の悩みを消し、良い方向へ導いてあげることなのですから。あなたが自らの命に価値を見出し、私のことを心配して頂けただけで、わたしは本望です」


 ……ん? 待てよ? こいつ、なんで心配してたなんてこと知ってるんだ? いや、そもそも、いつから隣にいたんだ?


「あの、もしかして、起きたときから部屋にいましたか?」


「もちろんです! 依頼主の経過を観察するまでが仕事ですからね。あ、私のことを死んだと思ってひたすら悩んでいた竜也さん、ちょっと可愛かったです」


 頭の中が羞恥心で埋め尽くされる。やはり見られていた。俺が真剣に悩む様を見て、こいつは面白がっていたというわけか。


「おやおや~顔が赤くなってますよ? 一体何を考えていたんですかね?」


 俺の反応を見るや否や、盛大に煽りだす。最悪だ。こういうタイプに一度目をつけられると、生涯に渡っていじり倒される。こいつ、本当に悩みを解決するのが目的なのか?


「まあ、嬉しかったのは本当ですけどね。それより、私と一緒に来ない? どうせ行く当てもないんでしょ」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。行く当てがないのは確かだが。


「あの怪物が他の魔物を遥かに凌駕していたことが気になって。あそこまで追いつめられるとは思ってなかったわ。それだけ深い負の感情のエネルギーだったとしても、限度がある。あれほどの個体は、異常としか言いようがない」


「つまり、まだ完全には治ってないと?」


「そういうこと。一筋縄ではいかなそうね。なので、監視の意味も込めて、私の仕事に同行することを命じます」


「はぁ……仕方ないか」


 俺は、渋々ながらもその提案を承諾するしかなかった。









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