第9話 高天原





 巨大な龍が台座につけられていた。龍は鈍い光を放つ翼を黒い胴体の左右に備えていた。金色に輝く八つの頭は其々それぞれ金属製らしい鱗が重なる長い首によって支えられていた。


 目は赤く輝いていてあたりを睥睨していた。


「ドラゴン、大蛇よ、神なる大蛇よ。永遠の神よ、我らに勝利をもたらせ」


 金髪の少女エバが呪いをかける様に静かに言った。傍そばにアンナが控えている。エバもアンナと全く同じ顔をしている。


「新たなるそして最後の戦いに。忌まわしいこの世界を破壊せよ。我らこそが新たなる世界を創つくるのだ。新たなる帝国、第三帝国を創生せよ。そしてその新たなる第三帝国の支配者こそが我らなのだ」


 エバに呼応する様にアンナの傍そばに控えていた美少女が指令を出した。


「ドラゴン発進」


 美少女の声が大蛇の司令室に響いた。バウっと爆音が響いてドラゴンの後部のロケット排気口から激しい噴射がおきた。凄まじい煙が立ち込めた。そしてドラゴンは線路に備え付けられたいた滑車に乗って動き出した。


 巨大な龍、八つの頭のある龍の形をした軍艦が滑るように線路を下っていった。速度が増し線路に火花が散った。ゴーっと耳を劈くような凄まじい音がして巨大な大蛇が闇の中を滑り降りていった。


 大蛇の前がいきなり明るくなった。


 大蛇がそれに呼応するかのように折りたたんでいた左右の翼が大きく広がった。


 そして黒い胴体の背後が割れて尾びれのような巨大な垂直尾翼が現れた。鈍い金属性の輝きがある。


「グワッ」


 叫びとも鳴き声とも言えない声が一頭の龍の口から発せられた。それに呼応するかのように他の七頭の龍の口から「グワッ」と言う雄たけびが放たれた。






「久美子。龍が来る」


 山本 久美子のスマホに山本の声が響いた。


「龍」


「そうだ。エバが氷の下のドラゴン、そう龍、八岐大蛇を動かし始めた」


「エバが」


 山本の声に死んだはずの山本 久美子が答えた。


「卑弥呼、スサノウに知らせるんだ」


「知らせるって」


「そうだ知らせるんだ」


「エバ達は龍を遂に完成させたのだ。そう龍。八岐大蛇があれば全ての歴史は塗り替えられる」


「塗り替えられる」


「そうさ、山本 久美子、卑弥呼。伝えるのだ」




「スサノウ君、今どこ。何処にいるの」


「美国だ。姉じゃ生きていたのだな」


 はっきりとスサノウの声が山本 久美子のスマホに響いた。


「時代は何時」


「西暦二千一年九月十一日午前七時五十八分三十五秒」


「スサノウ、詳しい場所を教えて」


「ニューヨーク。マンハッタンの国際貿易センタービルの七十七階」


「スサノウ、エバのドラゴン、龍が現れるわよ。そのビルに激突する。そして全てを破壊しようとする。アメリカは滅びるのよ」


「滅びる」


「そう、滅びる。それがアメリカの持っている運命なのよ。余りに奢り高ぶった美国の終わりの始まりなのよ。今日がその始まりの日なの。黒い石が告げる運命なの」


 山本 久美子は自らの声を聞き最後に気失った。




 その時ニューヨークの時空が歪んだ、西の空に黒い雲がいきなり現れた。巨大な雲だった。やがて物凄い雷が天空に閃いた。巨大な龍の首が黒い雲から現れた。


 龍の首は八つあった。


 生き物の様に見えたが首は金属で出来ている様な鈍い金色の光を放っていた。目は赤く輝いて口はそれぞれが開け放っている。金属製と思われる不気味な髭がそれぞれの口の周りに生えていた。


 八つの頭の持つ龍は大きく翼を広げると、八頭の龍に分離した。そしてそれぞれ翼を左右に大きく広げた。一頭の龍が真っ直ぐに大きく口を開きながら勢いをつけて跳んできた、そして貿易センターに真っ直ぐに激突した。




 忽ちセンタービルの南棟の中腹に爆発が起きた。龍は体内から火の玉を吐き出して南棟を更に破壊し尽くした。


 煙が出た。砂糖菓子が崩れるよう黒い巨大なビルが中腹から崩れ落ちていった。阿鼻叫喚あびきょうかんが起きた。


 神の怒りにふれたのだった。




 バベルの塔、奢おごり高ぶった人間達に神が怒りの鉄槌を下したのだった。


 そう、この地上に地獄が訪れたのだった。もう一頭の龍が北側の棟に向かって更に飛んできた。


 そして真っ直ぐに激突した。北の棟の中腹を破壊した。物凄い熱が煙とともに出た。溶ける肉の匂いが立ち込めた。焼ける肉壊は爆風とともに空中高く飛んでいった。


 この世の終わりが来たのだ。


 千切れた腕や首、ただれた肉壊が無数の白い紙吹雪と共に空に舞い上がった。


 それはA四サイズのコピー用紙だった。白いコピー用紙に空中で火がついて炭となって当たり一面を覆いつくした。そして爆風の中人間そのものが燃え上がりながら空中高く舞い上がっている。






 舞い上がった肉体は何百メートルもの上空から地上に叩きつけられたある者はニューヨーク名物の黄色いタクシーの屋根をへこまし、夥しい脳漿をフロントガラスに散らした。焼けて生焼けの屍しかばねになった肉体がその形のまま地上に落ちてきた。右手がコーヒーカップを持っていた。


 遺体が生前最後にやった仕草のまま黒く固まっていた。ドカンという爆音と共に遺体は道路に叩きつけられた。黒い炭素が粉々になって辺りにちらばった。


 地上でその景色を眺めていた人々は嘔吐を繰り返した。両手を合わせて神に祈る者達もいた。


 それぞれの目には溢れる涙があった。




 遠く離れたスクエアにメタリックブルーのアウディがあった。


 アウディの中から長い金髪の美少女が現れた。黒いサングラスをかけて崩れ去る二つのビルを眺めていた。そして呟いた。


「スサノウ、何処へ行った」


 美少女はアンナだった。


 同じ光景がスサノウの網膜上に再現された。




 遠く離れた卑弥呼はその身を起こした。傍そばに年老いた姿の山本がいた。


「お目覚めかな」


「山本か」


 高天原の「時の海」の中で卑弥呼が山本に尋ねた。


「わらわは年々寝ていたのか」


「百年いや、千年かも知れませんな」


「長い夢を見ていた」


「夢」


「大きな塔が二つ崩れた。二頭の龍がぶつかってきた」


「夢ではございません。現実に起きている。幾千、幾万もの無辜むこの命が殺されていく」


「殺されていく」


「左様」


「山本、ぬしに訊ねよう。何故この様な残酷な物語が続くのか」


「永遠に続きます。この世が続く限り。永遠に、それが」


「それが」


「それがパズル」


 山本が諭す様に卑弥呼に告げた。






 西暦二〇二二年二月十三日 十時十五分




 美国 アメリカ合衆国




 廃墟の前に大勢の人々が集まっている。


 群集の中で一人の黒人が白いトラックの荷台にこしらえた台座に乗り熱弁を奮ふるっている。


「憎しみの中からは未来は生まれない。民よ。再び、自ら考え直しなさい。憎しみは憎しみしか生まない。


 皆さんを深い悲しみの底に突き落としたここグランドゼロの悲劇を憎しみに変えて新たなる悲しい戦争をおこしても答えはでない。


 また新たなる悲しみと憎しみの連鎖しか生まない。あなた方が失った父母、兄弟、家族、恋人、友人達は悲しいことですが永遠に貴方の元には戻らない。


 幾ら貴方が復讐の炎を燃やし続けたとしても。復讐をする者はいずれ復讐される対象者に成り下がるだけなのです。それは歴史が証明している。今こそ我々は神が教える真理を学ぶべきなのです。


 学びこそが貴方を苦しみから解放する。悩みから開放する。神の法。そう教えを学ぶのです。


 神が教える法。真理こそが愛を失った貴方、貴方の人生を作る。


 かつてモーゼは十戒として神の戒いましめを民に諭した。


 憎しみを捨てなさい。


 隣人を愛しなさい。


 隣人の富を羨むのを止めなさい。


 隣人の妻を欲するのを止めなさい。


 人を殺すのを止めなさい。


 神を信じなさい。


 そして神に従いなさい。


 神の姿をした物を作るのを止めなさい。


 愛を知りなさい。そして残された家族、親兄弟そして恋人、友人を愛しなさい。


 祈りなさい。祈りこそが救いとなるのです。モーゼが唱えた十戒です。


 そしてそのお言葉と我々は歴史を知り、そこから学んだのです。


 愛を知りえているのです。


 愛を知ること。それが我々の追われた理想郷、エデンへの帰還なのです。憎しみを捨てましょう。殺すことをやめましょう。


 全てが悪魔によってコントロールされている物語なのです。悪魔の邪悪な物語に過ぎない。そんな幻想を捨てましょう」


 熱弁を奮っているのはジョナサン ハッセルドルフだった。スサノウの奴婢だった。


「嘘つき野郎」


 群集の中の一人の男が叫んだ。右手に茶色のウイスキーのビンを持っている。口からよだれが流れている。


 その叫び声に呼応するようにジョナサン ハッセルドルフが静かに目を閉じた。


 そして右手を垂直に上げた。そしてゆっくりと垂直に浮かんでいった。右手が何物かに引っ張られるように空中に浮かんだ。


 うおーっと言うどよめきが起きた。その騒ぎに辺りに更なる群集の輪が広がった。


 直ぐにPOLICEと書かれたパトロールカーがやって来た。パトロールカーから降りてきた警官が「ダウン、降りろ」と虚しく叫んだ。


 ジョナサン ハッセルドルフは数十メートルの高さに上っていった。


 そして空中で停止した。


 雲ひとつない青空がいきなり暗くなり暗雲が現れた。


 そして雷が鳴り響いて突然の激しい雨が地上に降り注いだ。


 ずぶ濡れになった黒人の老婆が跪いて天を仰いだ。


「おお、ゴッド、神よ。イエスよ」




「スサノウ、言われたとおりにした。言われた通りモーゼの十戒を人々の前で話した」


「グッドジョブ。ジョナサン ハッセルドルフ。我が忠実なる奴婢」


「ミスタースサノウ、この国をどうするのだ」


「どうする」


「この国、合衆国をどうする気だ」


「この国は滅びる」


「滅びる?」


「しかし民は滅ぼさない」


「滅ぼすってミスタースサノウが滅ぼすのか」


「ジョナサン ハッセルドルフ。ユーはこの合衆国が滅びるのが嫌なのか」


「嫌って、誰だって自分の国が滅びるのが嫌に決まっているぜ。マザーやブラザーの国だぜ」


「しかしユー、お前たちはこの国に奴隷として連れて来られた。この国は歴史上一番人を殺した国だ。お前たちも奴隷として使われそして殺されてきたのだ」


「しかし、それは遠い昔の話だ」


「昔、時間に昔も今もない。記憶があれば昨日の話だ。いや今の事だ」


「しかし」


「おまえたちを滅ぼした悪魔の手先の子供達が復讐の戦いを始めた」


「復讐」


「そうだ。最終戦争、ラストバタリオンだ。やつらはそう言っている」


「最終戦争」


「そうだ。神と悪魔とのだ」


「馬鹿な」


「神は物語、パズルを永遠に続けたがる。しかし悪魔は違う。物語の終わりを作りたがる。それが神と悪魔との違いだ」


 ジョナサン ハッセルドルフはスサノウの言葉に黙った。


 酒の飲めないジョナサン ハッセルドルフがダイエット・コーラをあおった。


「で、どうなるんだ」


「選ばれし奴婢ぬひ、おまえを含めて十三人の奴婢ぬひを集めるのだ」


「十三人」


「そうだ。十三人だ」


「その十三人の奴婢ぬひはどうなるのだ」


「新しい国へ行くのだ。新しい場所、新しい時間。新しい惑星」


「惑星」


「そう、高天原」


「タカマガハラ」


「そうだ高天原だ。エデンとも言うが神の教えの約束の地だ」


「それはどこにあるのだ」


「ユー、ジョナサン ハッセルドルフ、おまえが今立っている正にこの場所だ。ここが高天原だ」


「何」


 混乱するジョナサン ハッセルドルフを残してスサノウがモーテルに隣接しているスタンドバーから出て行った。




 網膜上のセンサーが感知した。黄色の光が点となって現れた。そしてその黄色の点から幾つ物の黄色の直線が此方に走ってくる。その黄色の線は橙色の線となったそして、その橙色の線が炎となって燃え尽きた時、前方に黒い塔が二つの塔が見えた。


 塔だ。二つの塔。そして今自分がその塔に真っ直ぐに飛んでいっていることに気が付いた。自分が空を飛んでいる。


 自分の目が塔を睨んでいる。はっきりと塔の中から此方を見つめている者がみえる。スサノウか、いや違う。スサノウではない。金髪の少女だ。その金髪の少女が自分を導いている。




 えもいわれぬ気持ちとなった時、腹の底から熱を感じた。熱さで己の体が燃え尽きそうな感覚が我が身を包んだ。たまらなくなって熱を吐き出そうと口を開いた。


 真っ直ぐな炎の帯が予期せぬ速度で我が身より先に塔の中腹に届いた。そして次の瞬間己の肉体が塔に激突していくことに気がついた。


 その瞬間龍 仇夢は覚醒した。自分が自動チェアに座っている事に気がついた。


 そして映像は龍 仇夢の網膜内でさらに続いた。八つの頭を持つ龍は地球の軌道上にその姿を現した。龍は八つの口から炎の玉を其々それぞれはなった。炎は白く凍った海に落ちた。凄まじい蒸気が上がりやがて海は煮えたぎり黒い雲を作った。雲は地上に毒を含んだ雨を大量に降らせた。


 龍は火を吐き続けた。その火は眠っていた火山を呼び起こした。


 地上、海底で凄まじい火山の連鎖爆発がおきた。そして溶けた氷により海が陸を越えて盛り上がり巨大な津波が地上を襲った。海辺で過ごす人々がその津波を最初に見たが、見た時は死ぬ時であった。最早どこにも人間の逃げる場所はなかった。男も女も老人も幼子も全ての人類が毒の水からは逃げられなかった。


 罪無き者も罪有る者も共に最後を迎える時がきたのだ。審判の日がおとずれたのだ。


 神の裁きの日が訪れたのだった。


 龍は神の定めた滅亡の日を知らせに来たのだった。愚かなる王達は最後に核兵器のボタンを押した。それは虚しいほど悲しく無意味な花火だった。溢あふれる水の中の花火だった。


 富める者、貧しき者も逃げ場所を失った。シェルターを作ってそこに非難する者もいた。それは僅かに己の命を永らえただけに過ぎなかった。


 地上の闇夜はそれから数百年続いた。光の無い世界で生き物は全て死に絶えた。


 全てが人類の罪だった。最初に龍 仇夢が二つの塔の一つを破壊した時に懺悔することに気がつくべきだった。


 そう思う人類は誰一人もいなかった。そして、神が定めた怒りの日を避ける事は出来なかった。




「奴婢ぬひは何人全て乗っているのだな」


「十三人全てです」


「選ばれた鳥も獣の雄雌も全て船に乗せたな」


「はい、全て乗せました」


「旅立つ時がきた。そして戦わねばならない」


「戦う」


 スサノウの言葉に山本が確認した。


「そう戦う。八岐大蛇は破壊せねばならない。八岐大蛇の破壊こそが耶麻やま台を作る。我が王国耶麻台を作る。そして卑弥呼が蘇る。耶麻台でなければ卑弥呼は蘇らない。


 そして全ての物語が最初に戻るのだ」




 脳内の映像はそこで切れた。


 そして眩い光、橙色の光が龍 仇夢の網膜上に現れた。


「覚醒したか。龍 仇夢」


 年老いた醜い山本が龍 仇夢の前に座っていた。


「山本か」


「そうだ。龍 仇夢、ラストバタリオンの始まりを見たか」


「見た。と言うよりおのれが龍だった。おのれの体が美国の塔に向かいそしてぶつかり破壊していった。おのれが龍となって、そしてその龍が全てを滅ぼす、この地上と生きとし生ける者を」




 帝國ホテルの山本の部屋で龍 仇夢は自分が龍であることに気がついていた。


 スサノウと口づけを交わした。その後意識が薄れて肉体を失った。失われていく意識の中で自らが卑弥呼になり、そして八岐大蛇が放った炎の中で二つの時間の中に同時に存在する二つの肉体を失った。


 しかしその物語の中で龍 仇夢が己を滅ぼした龍であることを悟った。


 どの手はずだろうか、別の人工皮膚の中に新たなる脳を備え付けた龍 仇夢とは全く別なはずの肉体で龍 仇夢は再び覚醒かくせいした。


「山本、スサノウはまた現れるのか」


 仇夢の質問に山本が一瞬のためらいを見せた。


「ああ」


「山本、スサノウとは俺なのだな。俺自身がスサノウなのだな」


「分ってきたな仇夢、左様スサノウは仇夢、お前自身なのだ」


 パズルは解けたのだろうか。いや、パズルが解けても何も分からない。全てはパズルだからだ」


「山本、おれは邪悪な蛇と戦わねばならないのだ。エデンの園でアダムとイブを唆した蛇と戦わねばならない」


「左様」


「そのエデンの園でアダムとイブを騙だましたのが山本の言う八岐大蛇だな」


「左様、邪悪な化身だ。そしてそれもぬしなのだ。仇夢。この山本が氷の下に隠して置いた悪魔がぬしだ」


「しかし、俺が俺とどう戦うのか。俺はその龍となって美国の塔へ飛んでいった。それと同時にバベルの塔に向かっていった奴の恐ろしい姿をこの眼、いやスサノウの目を使って見た。あれは化け物だ。そして巨大な軍艦だ。到底我々が敵う相手ではない」


「仇夢、いやスサノウ弱気な事を言うな」


 山本のその言葉を聞きながらスサノウとなった仇夢は自分の自動チェアにもたれかかった。




 そして再び仇夢にその姿を変えて新しい肉体で最初の眠りについた。そう、人工冬眠に入った。




 どのくらいの時間を人工冬眠ですごしたのだろうか。


 それが僅かほんの一秒の失神であることをスサノウとなった仇夢は気がついていなかった。




「大蛇が近づいてきます。上空四十五度方向です。十六秒後にモニター映像が出ます」


 相田 恵子の声が亀の司令室に響いた。


 相田 恵子の姿に古の面影はなかった。顔は同じだが巫女の様な和服を着ていて。司令室に備えられたバトルチェアに座ってモニターを凝視している。その姿はただの若い女子大生ではなく既に立派な女の軍人、戦人いくさびとだった。


「機関停止」


 仇夢の耳に、いや耳ではない魂に聞き覚えのある声が響いた。スサノウだった。スサノウは自分と同化したのではなかったのか自分の恋は成就したのではなかったか。


 そして仇夢は何度目かの覚醒をした。己の存在を自覚した。取り戻した筈の肉体は既に無い。


 己の肉体は黒く変色し硬質の石に変化していた。


 魂だけは確実にいや永遠の命を自ら感じていた。あの八岐大蛇が放った炎の中で失ったのは肉体だけでその炎の中で仇夢は自分が捜し求めていた黒い石、永遠の命そのものになったのだ。


 スサノウは己の魂から再びぬけて自らの存在に戻り、この軍艦、亀の司令室にいるのだ。



 そして黒い石、永遠の命となった自分はそのスサノウと亀にエネルギーを与えている。それは何という幸福なことなのだろうか。「献身」と言う深い感覚、人間が神に最も近くなれた時に到達出来る心境に龍 仇夢はなっていたのだった。その心境に至るまでどれほどの物を失ったのであろう。


 財産も息子たちもいや肉体すら失った。後悔はない。只時が流れただけだった。




「モニターに大蛇発見」


 相田 恵子の声が再び響いた。


「目標にロックオン」


「目標にロックオン」


 スサノウの声に相田 恵子が反応した。


 巨大な亀の先端が僅かに開いた。先端から鈍く光る金属の筒状の大砲がせり出してきた。ボウっと大砲ごと光ったと同時に眩い光の玉が発射された。光の玉は自らが意思を持つように弧を描き帯び状の光を残しながら向かってくる巨大な八岐大蛇へ飛んで行った。


「バトルシップタートルから攻撃です」


 アンナの声が大蛇おろちの司令室に響いた。


「スサノウめ待ち伏せしていたな」


 アンナの声が月面に浮かんでいる大蛇の司令室で呼応した。


「一頭をときはなて」


「一頭分離」


 アンナがエバの声に呼応した。


 グワッと闇夜の中に龍が叫んだ炎を口からさけびながら一頭の龍が八岐大蛇から分離して放たれた。宇宙空間で左右に羽を広げた。金色の金属の鱗が一瞬にして全身を覆った。


 その赤い目が真っ直ぐに己を目掛けて飛んでくる光の玉を確認したのが最後だった。闇夜が昼に変わるほどの光がおきた。


 一頭の龍の最後だった。


「命中しました」


「命中、しかし手応えが妙に小さい。全ては破壊できていない」


「スサノウ、エバは一頭を捨てたのだ。その囮おとりに命中しただけだ。本体は別にまだある。無事だ。


 七つ体になれば身軽になれる。逆にその速度は増す。身軽な体で耶麻やま台たいを目指す」


 語ったのは黒いぼろきれに包まった山本だった。


「追え、八岐大蛇を補足せよ」


 スサノウの声が司令室に鳴り響いた。しかし八岐大蛇は闇夜に消えた。


 スサノウ達が操る亀よりも遥かかなたへ時空を超えて飛び去って行った。しかし八岐大蛇は完全にスサノウの視界から消え去った。




 エバは机の前に座っていた。真っ白い肌をした十代の髪を束ねた少女だった。


 白いシャツの上にねずみ色の軍服の上着を重ねていた。鍵十字のマークが見える。ハーケンクロイツ、ナチスの象徴だった。


「アンナ、終にラストバタリオンになるのだな」


「エバ、その通りだ。予言者アドルフの予言の通りラストバタリオンが始まる。そこで我々は先ずアメリカの二つの塔を破壊した。あれこそがバベルの塔だ。神を恐れぬ愚かなアメリカ人の象徴だ。アメリカは見当違いの報復に出るだろう。馬鹿な話だ。その馬鹿な話がラストバタリオンにつながる。予定どおり我々が望んだ最終戦争、ラストバタリオンが始まる。


 人類から選ばれし人類が選別される。我らこそが選ばれる」


「そうか」


 エバは目を閉じた。


「予言者アドルフの死体を燃やした時も、例の黒い石が残った。その石は空中に浮かんでいた。


 その空中に浮かぶ石が現れた原因も理由もその石の成分も我々同志には分からなかった」


「そうだ」アンナの言葉にエバは目を閉じた。


「そして我々がこの氷の下に残された」


「そうだ。何十年もだ」


「そして氷の下にあのドラゴンがあった。ドラゴンは我ら人類が生まれるはるか昔からいたのだ。神が支配していた時代からこの地球に存在していたのだ。黒い石と」


「エバ、その通りだ。そしてドラゴンが言った」


「黒い石と」


「そう我に命を与えよ。命の石、黒い石を与えよ」


「黒い石」


「ドラゴンこそ神の意思なのだ」


 エバと呼ばれた少女の大きな目から涙がこぼれた。そして涙をぬぐって同じく泣いているアンナに尋ねた。


「アンナ、それより今は何時なんだ。何年なのだ」


「二〇〇一年九月だ」


「既に二十一世紀か」


「そうだ。ラストバタリオンの始まりの年なのだ」


「ラストバタリオンの始まりの年か。しかしラストバタリオンを始める黒い石。その黒い石を持っているのは我々だけではない妹卑弥呼も産むことが出来る」


「そう、エバ。卑弥呼を倒して真の女王になるのはエバ、貴方よ」


「女王か」


「そう、時と空間全て支配するのよ」


 アンナもエバと全く同じ服を着ていた。そしてその姿形、顔も全く両人とも瓜二つ同じだった。


 そしてアンナがゆっくりと答えた。


「アンナは神になりたいか」


「いや」


 アンナの答えにエバは悲しい表情を作って天を仰いだ。




「例の飛行物体か」


 小太り小柄で薄い緑色の人民服を着ている中年の男が尋ねた。


「そうです」


 薄緑色カーキいろの軍服姿の男が答えた。仰々しい軍帽を被っている。いくつもの勲章が胸に輝いていた。


「アメリカで戦闘機が追撃したものと同じなのか」


「はい、キム最高司令官同志」


「最新鋭のF二十二だったな。それでも追いつけないのか」


「全くです。最高同志閣下。ネバタの砂漠上空で追いかけましたが追跡が出来ません」


「我共和国を攻めてくるのか」


「最高同志、可能性は否定出来ません。」


 北の国の指導者が天を仰いだ。




 十字架にぼろきれの様な一人の痩せた男がくくられていた。


 黒く汚れたぼろきれを着ていた。鉄のよろいを着た男がぼろきれ男の両手を十字架に釘で打ちつけた。血が流れた。黒い血だった。それを見ていた人々は悲鳴を上げた。しかし不思議なことにぼろきれ男は表情を変えなかった。黒い血は溢あふれる様に流れた。


「まさか」


 男を十字架に貼り付けろと命じた王は叫んだ。


 鎧を着た男達も恐れおののいた。そして痩せたぼろきれの男の右手と左手、そして両足は釘で十字架に打ち付けられ、十字架は鉄の鎧の男達によって支えられ、あらかじめ掘られていた穴にすえられた。


 十字架が立ち上がった。鎧を着た兵隊達が梃子てこの様に持ち上げたのだった。更に黒い血は流れ出した。それは夥おびただしく、彼の処刑を見ていた群衆まで流れ出した。


 ぼろきれ男の処刑を見ていたゴルゴダ丘に集まった幾千の民の足元にも黒い血は及んできた。恐れおののいた王。処刑を命じた王は叫んだ。


「こ、殺せ」


 鎧よろいを着た男達が槍やりで十字架にくくりつけられているその、ぼろきれの痩せた男を槍やりで何度も何度も刺した。


 槍やりの先端は痩せた男の腹や胸に突き刺さった。男は表情を変えなかった。慈悲深い顔だった。そして槍やりでさした傷口から更なる黒い鮮血が流れ出した。黒い鮮血は海のごとく溢れた。そして鮮血にあたりにあった松明の炎から火がついた。そして爆発がおきた。爆風とともにあたり全てが燃え始めた。そこは丘だった。後にゴルゴダと呼ばれる丘だった。そのゴルゴダの丘にいた幾千幾万の民。ぼろきれの男を殺せと命じた王、そしてその愚かな王に従うその鎧姿の兵隊達、十字架に貼り付けられて殺された痩せた男を信じた罪無き人々。そして子供たち、女達、明日の命を作る女達が爆風ととも焼け死んで行った。


 炎は天空に達した。そして更に何度も爆発が起きた。十字架に貼り付けられた男の亡骸なきがら、燃え尽き炭となった亡骸なきがらは黒い石となって浮かんできた。黒い石は空中に浮いでいた。


 石は炎の中でその形を見る見る変えていった成長しているように見える。そして八つの頭のある龍にその姿を変えた。其々それぞれの口から火炎を放ち更に大地をそして人々を焼き尽くした。


 その光景をはるかな時空を超えてはっきりと見ていた初老の男がいた。鼻の下に髭をたくわえた男は極めて聡明な表情をしている。


 男の隣に悲しい表情を示している若い女性がいる。


「エバ」


 男が囁ささやいた。


「アドルフ」


「すまぬ」


「いいのよ。アドルフ」


「もう終わりだ」


「アドルフ。それは違うわ」


「え」


「何も終わらない」


「何故分かる」


「新たに始まるのよ」


「始まる」


「アドルフは今見たでしょ」


「見た」


「見た」


「ああ確かに見た。しかし何故見えた」


「命よ」


「命」


「一つ命を終えて新しい命を始める時に見えるのよ、その光景が」


「そうか」


「命は永遠。命とはあの黒い石なのよ」


 アドルフ、初老の男はエバと呼ばれた女の言葉に驚愕した。


「エバ、教えてくれ。何故おまえにそれが分かる」


 アドルフはエバの胸元を掴んだ。


「罪は私がエデンの園で邪悪な蛇にそそのかれたからよ」


 エバが息苦しそうに答えた。


 エバの奇妙な言葉にもアドルフは何の反応も示さなかった。


 憔悴しょうすいしきっていた。


 傍そばに佇たたずむエバは白いブラウスを着ている。白いブラウスからはち切れんばかりの乳房の輪郭がはっきりとうかがえた。


 遠くに爆発音が微かすかに聞こえる。天井から微かすかに埃が舞い落ちてきている。


 ベルリンのとある地下室であった。敵が来ている。


 忌まわしい敵、連合軍が傍そばまで来ている。アドルフと呼ばれた男、鼻の下に僅かな髭を蓄えた男の目の下には黒いくまがあった。


 その男の精神状態は既に臨界点に達している。顔色は土色でおよそ生命の輝きはなかった。死を覚悟していた。


 男は再びエバを見た。


 男は驚いた。エバ ブラウンは男に銃口を向けていた。


「何故だ」


「人類浄化を始めるのよ」


「エバ」


「そう私はエバよ。アドルフ」


「な、何故」


「パズルを解くためよ」


「パズル」


「そう永遠に続くはあよ」


「パズル。馬鹿な気でも違ったのか。エバは何処に行った。俺のエバは、エバ ブラウンは」


「予言者アドルフ、貴方の役目はもう終わったのよ」


「何」


 アドルフが上にあるワルサーPPKをエバに向けた、そして引き金を引いた。銃声と共に発射された弾丸は空中に止まり床にポトリと落ちた。


「あ、悪魔め」


 アドルフが叫んだ。エバが空中に浮かんだ。


「そうよ悪魔よ」




 爆発が起きて天井が吹っ飛んだ。




 アドルフはエバを追う様に空中に浮かんでいった。上空に奇妙な形の物体が浮かんでいた。二人は物体に引き寄せられるように地上から離れていった。


 更にすさまじい爆発が起きた。煙があがったと同時に地下室が吹っ飛んだ。


 焼け跡にナチスの軍服を着た少年が現れた。白い顔をしたスサノウだった。


 焼け野原で何かを探している様だった。スサノウは焼け野原の中で呟いた。


「姉じゃ」




 亀は時の海を深く進行していた。


「エバを見失ったか」


 山本がスサノウの脳に尋ねた。


「見失った。恐らく氷の世界に逃げた」


「氷の世界か」


「エバも永遠に生き続ける氷の世界で、そしてエバもスサノウを見つけられない」


「氷の世界」


「氷の世界」


 山本が呟くとスサノウはその姿を仇夢に変えていた。


「仇夢」


 仇夢に姿を変えていたスサノウの言葉に山本が冷静に答えた。山本も少年の姿だった。


「パズルは解かねばならない」


「左様。仇夢」


「だから黒い石が必要なのだろう、しかし山本、美国の民は愚かなのだろうか」


「いや、違う。愚かでも賢いのでもない」


「賢いのでもない」


「黒い石の秘密を求めたが奴らは分からなかった」


「確かに」


「黒い石とは奴らが消費している水にすぎない。燃える石の水」


「左様」


「その水によって無駄な戦争がおき人が死ぬ。虫けらの様に幼い子供たちが焼き殺される」


「左様」


「それを奴らは分からない」


「分かっているのはわらわだけじゃ」


 気がつくと仇夢は更に己の姿を卑弥呼の姿を変えていた。


「ひ、卑弥呼様」


「何を驚いている」


「スサノウは、スサノウは何処に行かれたのです」


「山本、ぬし、何年このわらわに仕えておる」


「何年」


「そうよ。何年仕えておる」


「卑弥呼様、山本は永遠に卑弥呼様に仕えております」


「そうよ。最初から仇夢もスサノウもいない」


「スサノウがいない」


「スサノウもわらわもいないのだ」


「いない」


「左様、いない。もとから誰もいないのだ」


 山本は目を閉じた。


 そして暫く瞑想めいそうした。目を開けると目の前に長身の若い男性がたっていた。仇夢だった。


 山本は木の椅子に座っていた。


「教えてくれ山本」


「何をだ」


「エバのオリジナルは何処にある」


 山本は天を指さなかった。


「仇夢、新しい、そして永遠のパズルを解いてみよう」


「新しいパズル」


「そうだパズルだ」


「パズルって何を山本は言っているのだ」


「エバのオリジナルは冷たい世界にある」


「冷たい世界」


「そうだ、冷たい世界だ。氷の世界」


「氷の世界、それは北か南か」


「ぬしが思えば南だし、ぬしが思えば北だ」


 山本の言葉に仇夢は踵を返した帝國ホテルの山本の部屋を後にして愛機イリューシンに戻った。


 透明のミニスカートを穿いたエバがありったけの笑顔で仇夢の自動チェアにやって来た。紫に染められているエバの陰毛を掻き分けて荒々しくペニスをヴァギナに挿入した。性交の時間は僅かだった。エバの膣内に仇夢の精液が放たれた。


 そしてエバが顔をゆがめたとたんに仇夢はエバをイリューシンの床に投げ下ろした。軽い振動と痙攣けいれんを起こしてエバが失神した。エバの頭は北を指していた。


 ゆっくりとイリューシンは羽田を離れていった。埃ほこりが舞い上がった。


「北。北に何がある」


 仇夢は 考えた。ほんの僅かな時間しかたっていない山本とあってから、しかし何故かひどく疲れた。山本は間違いなくゲームを続けている。一つのゲームが終わり、またひとつのゲームが始まったのだ。


 それは間違いない。しかし今度のゲームが分からない。いや分かっている黒い石だ。黒い石の謎は解けたのだ。黒い石とは命だ。永遠の命だ。それは我々の事だ。


 仇夢から龍一族が延々と産まれ続けることだ。黒い石とは物語のことだ。永遠に続く物語の事だ。それは己の事だ。


 仇夢あはそんな事を考えていた。


 失神から目を覚ましたエバが透明のショーツを穿きなおした。そしてイリューシンに戻ってきた。エバと仇夢を乗せたイリューシンは機体からヘリウムで膨らんだ離陸用補助飛行船を出して自らの機体を空中へと押し上げていった。




 程なくして真っ白い世界が見えてきた。吹雪が外を舞っている。用意された様に自動チェアがイリューシンから氷の世界に降り立った。ほんの僅か先も肉眼では見えない状態の吹雪が続いた。


 センサーに操られる様に自動チェアが進んだ。


 吹雪の中に赤い物が見える。赤い鳥居だ。氷の中に赤い鳥居が立っている。


 自動チェアは真っ直ぐに進んだ。赤い鳥居を見てから百メーターほど進んだろうか急に吹雪がやんだ。龍 仇夢あだむの自動チェアが止まった。急に温度が上がっている。ふと気がつくと辺りは海だった。自動チェアは海に浮いているのだ。


「時の海」


 そこは間違いなく時の海だった。紛れも無い時の海に仇夢は戻っていた。


 赤い鳥居が見える。その岸に見覚えのある美しい女がいた。


「卑弥呼」


 仇夢は思わずつぶやいた。



 岸辺から亀の様な、いや金属状の筒の様なものが流れてきた。細い針金の様な棒が無数に生えている。


 仇夢は既に知っていた。スサノウが眠っている。スサノウが時の海を経て再び、いや無限に蘇るのだ。


 そして仇夢は自動チェアから小さな小舟に自分が乗り移っている事に気がついた。小舟はゆっくりと岸辺に引きよこされた。


「仇夢。待ちかねたぞ」


「卑弥呼様」


 そばに美しい少女がいた。壱与いよだった。壱与いよは白い着物に赤い袴はかまを穿はいていた。


「エバが美国を滅ぼさせねばならない。それがゲームだ。しかしパズルはそこまでだ」


「そこまで」


「エバはわらわの姉じゃ」


「姉」


「そうじゃ。エバに奢り果てた美国を今度こそ滅ぼしてもらわねばならない。しかしそれ以上はならぬ」


「それ以上はならぬ、とにかく美国を滅ぼすのじゃ」


 己の呟く美国と言う言葉を繰り返しながら再び仇夢は人工冬眠に落ちた。




 網膜上のセンサーに光が起きた。日立製の映像確認装置が自動チェアから映像を正確に脳に送り返してきた。映像には金髪の美少女が現れていた。


「エバ」


 エバは仇夢に話しかけた。


「アダムか」


「そうだ」


「久しぶりだな」


「新しい肉体を用意したな」


「中国製のか」


 仇夢は己の役割をもはや疑わなかった。気が付くと自動チェアは機体の中にいる。丸い機体の中に自動チェアがセットされている。


「これが龍か」


 仇夢は妻エバに尋ねた。


「そうだ。ラストバタリオンを制する最強の兵器だ」


「スサノウに葬りさられるのではないか」


「スサノウも山本もいない。パズルだけが残る」


「パズルだけが」


「アダム、そう永遠のパズルだ。パズルがあればそれで十分だ。先ずはアメリカが滅びようが滅びまいが、全てがパズルなんだ。そしてパズルは存在し続けて、そしてそれを解かねならない」


「何故だ。何故パズル続けなければならないのだ」


「お前の意思だからだ」


「俺の」


「そうだ、おまえが神だからだ。神なのだ。ゴルゴダの丘の上でイエスが葬り去られようとも、炎の中で幾多の人間が殺されようとも神であるお前の意思なのだ」


 エバの言葉、いや山本の言葉、最早、どちらでもいいと思えてくる。


 アダムは静かに頷うなずきながら深い眠りについた。己の体温が急激に下がってきているのを感じた。


 龍、己が龍になり、全てを支配するのだ。龍になることこそ、それこそが己が真の神になることなのだ。


 最初から歴史を書き換えるのだ。意識は完全に途絶えた。仇夢は人工冬眠についた。


 再び目が覚めた。龍 仇夢あだむは木にまとわりついている自分の体を感じた。霧がかかっている。


 白く靄もやっている向こうから影が見える。凹凸が確認できる。




 若い女性の裸体である。 


 輪郭が段々はっきりしてくる。白い裸体と茶色の長い髪が確認出来た。


 エバだった。えもいわれぬ笑顔を浮かべている。


 髪の毛と同色の栗色の逆三角形の陰毛が見える。


 仇夢は自分の体が黒い細かなうろこによって覆われれいることに気がついた。


 そして蛇である自分がエデンの園にいることに気がついた。


 エデンの園の知恵の木にまとわりついている邪悪な蛇であることに気がついた。


 アダムを欺あざむき、いや神の教えにそむいたエバ。知恵の木の林檎を齧かじってしまうエバ。


 そのエバが近づいてくる。その顔はおぼろげながら残る記憶の卑弥呼と同じ顔だった。それは自分、そうスサノウと瓜二つの顔であった。ゲームは又振り出しに戻ったのだ。



 邪悪な蛇となった仇夢は思った。


 ほどなく網膜上に微かな光を感じ再び人工冬眠に入った。             


                    








                                       了

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