第8話 八岐大蛇
「泳がせておくのか」
「大臣、現状泳がせるしかないのです」
防衛大臣 山本 未来は事務次官の島田 秋春に更に質問した。
「泳がせるしか。それしかないのか」
「例の容器はアメリカ軍が摂取したままです」
「しかし。しかしスサノウだけでも捕まえたい。第一あいつはどう見ても日本人ではないか。アメリカに渡す訳にはいかない。なんとか捕獲だけでも出来ないのか」
「大臣、何度もやってます。うちも奴らもアメリカも」
「奴らって、アメリカのどこだ」
「アメリカ陸軍の特殊部隊。イラクから戻った精鋭部隊です。アメリカ軍最強の精鋭です。
武器が無くとも遠距離から念力で人を殺すことも出来る。特殊部隊。超能力を操るサイキックアミーです。UFOのダミーを飛ばしている連中の仲間です」
「そのサイキック何とかも手も足もでないのですか」
「手どころか。近づくことすら出来ない。今自分と大臣が話していることもスサノウには筒抜けです。歴代の防衛大臣がしか知らない最高機密事項です」
「山本のおじさん。秘密最高機密事項」
山本 未来事務次官の島田 秋春の後ろからいきなり小柄な少年が防衛大臣 山本 未来の前に現れた。
「だ、誰だ。お、おまえ」
「おまえって」
「ど、どうやって入ってきた」
「入り口からさ。おまえはないんじゃない。山本さん、今、おたくらが話していた、そう巷で噂のスサノウでっせ。あんたは俺の仲間の山本の祖先だぜ。知らないだろうけど」
「な、何しに来た。おまえは誰だ」
「だからスサノウだって言ってるじゃん。それに何しに来たって。ご挨拶ですよ。悪魔の。そうです、あなたがたの知っている言葉で言うところの悪魔の」
「悪魔、悪魔だとお、ば、馬鹿なことを言うな。冗談としても、悪魔とやら、おまえ何しにきた」
「ご挨拶ですよ。お嬢さんを頂く前の」
「娘のって。く、久美子に何かしたのか」
山本 未来の隣の事務次官の島田 秋春が写真の様に止まっている。
少年は紛れも無いスサノウだった。長髪の小柄な少年だった。
白い顔だった。女の様な顔をしている。
その時山本 未来は感じた。空気が動かない。いや全てが固まっている。時間だ。時間そのものが止まっている。
いやこの少年。先ほど事務次官の島田から写真を見せられたスサノウと言う少年。このスサノウが時間を止めている。間違いなくこの防衛省の大臣室の時間を止めている。
「防衛大臣の山本 未来さん。俺は遊んでいる暇はないんだ。そう暇はない貴方にも。貴方の運命を今申し上げよう我が亀に乗るのだ。そして我が奴婢となるのだ。お宅の部下の沢木 松見さん。沢木 松見 統幕と一緒にな」
スサノウはそう言いながらふわりとと浮かんだ。そして空を飛んで山本 未来へ飛んできた。そして山本 未来の唇をスサノウの唇が塞いだ。濡れた冷たい唇の感触を感じた。山本 未来の体に快感が走った。山本 未来のペニスは勃起した。そしてカウパー腺液が発射されるのと同時に亀頭の先端から精液が発射された。
そして山本 未来は腰から砕けるように大臣の椅子にへたり込んだ。気がつくとスサノウは消えていた。
八岐大蛇
西暦一九四七年七月四日 米国ネバタ州
上空にオレンジ色に輝く物体が現れた。物体は丸く円盤状だった。
その円盤状の物体は物凄いスピードで飛んできた。オレンジ色の炎に包まれていた。その丸い翼の無い飛行物体が突然バランスを崩して上空から落下して来た。
辺りの草や木をなぎ倒して飛行物体は滑るように落ちてきた。
丁度牧場で干草を積み上げる仕事をしていた男達がその物体の落下を見ていた。
三度の爆発音が響いてその飛行物体は墜落してきた。
誰がどうみてもそれは事故だった。
地上に長くえぐれた痕跡が残された。地平線が見えるほど広大な牧場に墜落の痕跡が残された。
爆発は数回続きその飛行物体は地上でやっとのことで止まった。もうもうと煙と水蒸気がたちこめた。
そして軽い火花が起きた内部に炎が生じた様だったが物体その物の外見には破損は殆ど無い様に見えた。
物体の地肌が銀色に輝く金属製であることは冷えてくる空気の中で分かった。
飛行物体の上部のハッチが開いた。中からヘルメットと戦闘機を操る時に着ているねずみ色の軍服の小柄で痩せた男が安全ベルトらしきベルトを引きちぎる様に出てきた。
頭を覆い隠すヘルメットには黒く光る樹脂製のゴーグルがあった。
小柄な男はそのヘルメットを脱ぎ捨てた。そして金色の長い髪がほどけた。
男ではなかった。それは金髪の少女だった。どうみても十四五にしか見えない少女だった。少女はゲホッと吐血してその場に倒れた。
ねずみ色の軍服の右腕に鍵十字のハーケンクロイツの紋章があった。辺りにいた数人の牧童達がやってきた。
その「円盤」の中に鼻の下に髭を蓄えた男がいた。目をつぶっていた。微かだが確実に息をしていた。
粉々になった気体の中に幾重にも重なった衝撃吸収材の中にいた。
男は明らかに生きていた。
男はアドルフ ヒットラーだった。
直ぐに米軍がかけつけた。辺りには金属片がまき散らされていた。そしてダミーの三体の一メートル少々の身長のゴム製で精巧に作られた鼠色の宇宙人の遺体が円盤の中と外に置かれた。
丸い金属製の物体が空中に浮かんでいる。微かすかに揺れているのが肉眼でも確認出来る。
「サム、右に動かせ」
「イエッサー」
オドリー・ジョナサン中将の命令にサムと呼ばれた男が応えた。
「右に舵を取れ、デビット」
金属製の物体の中で飛行服に身を固めたデビット マッケラン中尉が舵を取った。金属製の物体は右に音も無く進んでいった。
「原理を説明してくれ、簡単にだ。簡単に素人の私にも分かるように」
オドリー・ジョナサン中将が興奮しながらサミー・リー・マクラマン博士に尋ねた。
「原理は極めて簡単です。引力除去装置です。地球が、いや全ての惑星にある引力を消し去る力がこの飛行物体の中にあるのです」
「その力とは例の奴ら飛行機を作っている素材の石のことか」
「ええ、ナチスの兵器に黒く光る石でこの機体には出来ています」
「それでブラックストーンの成分は分析出来たのか」
「無機質ではなく、ある種の生命であると考えます」
「生命」
オドリー・ジョナサン中将がサミー・リー・マクラマン博士の前で絶句している。
「何らかの活動を自分の意思をもってしている。現在の判断ではそれしか分かりません。只、間違いないのは終戦後、少女達三人が乗っていた飛行物体と最近日本から持ってきた緑色の物体。例の基地から逃げ去った物体とは何らかの共通性があると言うことです」
「石に生命が宿るのか」
「宿るとも宿らないとも」
「理解不能だ」
「ゼネラル、こう考えて下さい。我々生命が何故生命として存在するのか。細胞として其々それぞれに生命が存在する。しかし何故生命が存在し、生まれそして成長し新たなる生命を作り、老いて死んでいく。本質的なことを言えば、これを現在の科学では説明が出来ないのです」
「馬鹿な。その説明とあのブラックストーンとがどうつながるのだ」
「あのブラックストーンは我々人類が現れる前から存在している」
「何故わかる」
「ブラック ストーンが私にそう告げました」
サミー・リー・マクラマン博士の冷静な説明にオドリー・ジョナサンが笑い出した。
「冗談だろう。馬鹿も休み休み言え。全く、クレイジーだ。どうかしてるんじゃないか。全くクレイジーだ。とにかく説明となっていないじゃないか」
黒人のジョナサン ハッセルドルフは敬虔なクリスチャンだ。
日曜日は必ず教会に行く。そして帰りは教会のそばの叔母の処で必ず叔母の焼いた焦げたクッキーを食べる。
叔母のクッキーよりもセブンイレブンで買うクッキーの方が遥かに美味いとい思っている。しかしそれは叔母には決して話さない。いや、話せない。
全てがオーダー、即ち神の導いた秩序なのだ。秩序と調和が彼の全てだった。目に見たものだけと、CNNで流される映像に何ら疑問を持たない典型的なブラックアメリカンだった。仕事は軍の委託のランドリーのデリバリー、洗濯物の配達の仕事だ。
週に五日ほど働いて月に千五百ドルちょっとの稼ぎになる。金はもっと欲しい。しかし金に振り回されるのはもっと嫌だ。
フロリダ沖にクルーザーを浮かべてドンペリを飲んでいる白人達を羨ましいと思ったことは三十五年の人生の中で一度もない。
三年ほど前にクリスと別れた。ジョナサン ハッセルドルフの再婚時にクリスが連れていた血のつながらない今年十一歳の娘のアイリーンとは時々電話で話す。出きればクリスと復縁をしたいと心密かに願っている。それ以上何も望まない。
それがジョナサン ハッセルドルフの全てだった。いや今日までの全てだった。人生とはあきらめだ。あきらめこそが悟りなのだ。
生まれてきただけでも自分はラッキーだったんだ。
特に病気も怪我もしなかった。大学に無理して行こうとして奨学金欲しさに志願兵となって遠い異国に行って全く縁の無い異教徒の子供達を殺すことも望まなかった。
そんな欲もスピリッツも無かった。只無事に過ごし毎週日曜日の教会の後の不味い叔母の焦げたクッキーがあればそれで良かった。
そう、その日までは。
サミーの雑貨屋の角、斜交いに幼馴染のケリーの父親が経営するガソリンスタンドがある。
その十字路のトラフィック・シグナル(信号)の下にそいつはいた。洗いざらしのジーンズを穿き白いシャツを着ている。黒い長い髪を後ろに束ねている。
それは十代のアジア系の少年だった。アジア系にしては珍しく抜けるような白い氷の様な肌をしている。
少年はにこりと白い歯をジョナサン ハッセルドルフに見せた。顔立ちは女の様だった。
「何か用かい」
面倒臭そうにジョナサン ハッセルドルフが少年に尋ねた。
「ジョナサン、ユーはタートルに乗るべきだ」
綺麗な英語で少年は切り出した。
「タートル」
ジョナサン ハッセルドルフはこの白いアジア系の少年の言葉に「わざと」分からない振りをした。それは自分の人生が何であるかを覚っているジョナサン ハッセルドルフの知恵からだった。
「いいんだ。俺の言う質問が分からなくとも。恐れているのだなジョナサン ハッセルドルフ。おまえが恐れるのも無理はない。災いも幸福も予期せぬ時に訪れる。それは計算出来ない、誰にも。ましてユーにもジョナサン ハッセルドルフ」
美しい少年だった。ジョナサン ハッセルドルフは決して少年愛でもゲイでもなかった。街のフッカーを買う程の余裕も情熱も無いだけの普通の性的な嗜好の持ち主だったが、このアジア系の少年にはえもいわれぬ性的な衝動を感じた。そして少年はすかさず口を開いた。
「ジョナサン ハッセルドルフ、おまえは俺の奴婢ぬひとなるのだ」
「ヌヒ」
「そうだ奴婢」
「奴婢、何なんだ。いきなり」
「そう、いきなり」
と、言った瞬間に少年が宙に浮いた。
そして少年はジョナサン ハッセルドルフに飛んできた。空中に自分の体を浮かせながら少年は自分の唇でジョナサン ハッセルドルフの唇を塞いだ。
生暖かい唾液がジョナサン ハッセルドルフの中に注ぎ込まれた。
一瞬にしてジョナサン ハッセルドルフは少年に吸い込まれた様な気持ちになった。砕けるような劣情がおき激しく勃起したペニスから激しく射精がおきた。
美少年は諭す様にジョナサン ハッセルドルフに囁いた。
「おまえは奴婢だ。おれの奴婢だ、分かったな。ジョナサン ハッセルドルフ」
「分かりました」
覚りきった様にジョナサン ハッセルドルフは少年に応えた。そして路上にへたり込んだ。
「先ずはこの俺をスサノウと呼べ」
「で、私は何をすれば宜しいのでしょうか、ミスタースサノウ」
「お前の望む様にすれば良い。それが俺の命令であり、おまえの運命だ。そしてこの黒い石をもっていろ」
ジョナサン ハッセルドルフはもう一度目を凝らしてみた。近眼の焦点をシグナルの下に再度合わせてみた。スサノウと名乗った少年は消えていた。ジョナサン ハッセルドルフの首に小さな鎖でつながれた黒い石のペンダントが残された。
「結局何の分からないのか」
「ええ何も」
「物体の成分もか」
「ええ、とにかく硬く、破片を削り取ることも不可能です」
「例の物と同じなのか」
「ええ、同じ、全く同じと考えて構わないと思われます」
「思われますって」
NASAのジョセフ J ロドリゲスは部下のデイビット サムの電話に絶句した。
黒く、そして針金が無数にある。いや針金の数は千二百十二本ある。その不思議な容器が十八年前トーキョー郊外で発見された。中に胎児がいた。胎児は何処かに消え去ったと言う。
容器だけが残った。日本の研究機関が調べてもその容器の仕組みが分からなかった。そして日本政府は同盟国であるアメリカ合衆国にその容器を渡した。
しかしその容器の構造もそれを構成する物質の成分すら分からない。表面は黒みがかった緑色である。針が生えている。どの様な具合なのだろうか、それぞれの針が共鳴する様電流を放つ。電流は火花となる。
驚くべきことにその容器は言葉に反応する。
英語が分かるようだ。そして音楽に反応する。音楽が好きである。モーツアルトを聞かせた時、火花が収まって微かすかに震えた様であると同盟国日本から届けられたレポートにある。
しかしジョセフ J ロドリゲスには全く答えがなかった。
日本の担当者が何故か、この容器をタートルと呼んでいることすら理解出来なかった。これ以上は無理だ。インポッシブルだ。「人生は出来ないことにチャレンジするより、今出来ること続けることが全てなのだ」
敬虔なクリスチャンの父親の言葉をジョセフ J ロドリゲスは思い返した。
「で、物はどこに運んだ」
「例の場所です」
「例のって」
「ですから基地です」
デイビット サムの声がジョセフ J ロドリゲスのアップルのスマホに響いた。
「重量が増えています。当初持ち込んだ時の三倍以上の重さで大きさも倍になっています」
スマホの声はジョセフ J ロドリゲスの部下のレオン オオトモと言う日系人の声だった。
「せ、成長しているのかアレが」
「そ、そうゆうことです。間違いなく成長しています」
「間違なくだと」
「はい。間違いなく」
「委員会には報告したのか」
「いえ、未だです」
「分かった。とにかくそっちに行く」
そこは巨大な格納庫だった。広場の様な場所だった。但し天井がある。五十メートル以上の高さだ。
その巨大な格納庫に奥にエレベーターが見える。ゆっくりとエレベーターは降りてきた。中から数人に男たちが降りてきた。それぞれオレンジ色の防御服を着ている。細菌でも恐れているのだろうか。物々しい雰囲気が感じられた。
「こんなに大きくなったのか」
先頭に立っていた男がうめいた。ジョセフ J ロドリゲスだった。
「中央の委員会に報告したほうがいいでしょうか。長官」
脇にいた男がジョセフ J ロドリゲスに尋ねた。
「ああ、やむを得ない。ジミー、こいつはまだ大きくなるのか」
「ええ、まだ成長しています。この半年で倍の大きさになりました。間違いなく成長しているのです」
オレンジ色の防御服を着ている男達の中、一番奥の列に一人の黒人がいた。
黒人は網膜上にこの映像を焼き付けた。
ジョナサン ハッセルドルフだった。ジョナサン ハッセルドルフの網膜上に写る映像は遥かかなたニューヨークのホテルの地下のカフェにいたスサノウの網膜上に映像として再現された。
「山本、みつけたぞ」
スサノウの言葉は遠く離れた山本に伝達された。
「そうですか。早かったですね。それと例の話、本当にやるのですか」
「例のって」
「例のラスベガスで公演をやりたいって話」
「あはは、そうさ。イリュージョンを見せるのさ。愚かなる毛猿どもにな」
白い顔のスサノウが笑った。
「結局、やつらとは違うのか」
いらだつように国家国防委員長はジョセフ J ロドリゲスに確認した。
「違うとも違わないとも現状分かりません」
「大統領には報告をいれるべきでしょうか」
トーマス カール委員長の隣の男が質問した。椅子に座っている。二メートル近い巨漢であることが分かる。
「ビッグ ジム、共和党の猿どもに教えてどうするんだ。大統領選なんだぜ。今は、いらぬ混乱が起きるだけだ」
「じゃあお手上げってこって」
ビッグ ジムと呼ばれた大男が手を左右に広げておどけた。アメリカ人がよくやる仕草だった。
「何れにせよ中には何も無いのだな。ジョセフ」
「ええ、何も無いのです、完全な空洞です」
「分かった」
苦々しい顔でトーマス カール委員長が続けた。
「ジェントルメン。決を取りたい」
「保留で異議無いな」
「異議無い諸君は挙手を」
ビッグ ジムがトーマス カールに続けた。
部屋にいた十三人の男たちが全て挙手した。
「なあ、ビッグ ジム、またタイム ウィル テルだな」
「ええ、七十年前と結局全く変わりないですよ。我々には解決も理解も出来ない現象なんだから、やむを得ないよ。エシュロンを使って世界中の情報を盗んでも全くヒットしない。
なあ、トム。それより来週から休暇じゃないか。一緒にキャサリンとバカンスしようぜ」
「ビッグ ジム、おまえって本当にナイスガイだな」
トーマス カールがビッグ ジムの肩に手を回した。
小柄なトーマス カールがビッグ ジムに抱き上げられている様な無様な格好だった。
「ジョージ」
声が聞こえた。男は天井を見つめた。金髪の裸の娘が空中に浮かんでいた。
「エバ様」
「人類浄化計画は予定通りに進める」
「はい」
アメリカ大統領ジョージ ビッツはエバの前で跪いた。
「我がしもべよ」
「はい」
会話はそれだけだった。
その時、地底数十メートル深くに建設されていた格納庫の扉が開いた。辺りにいた防護服の男たちが慌しく動き始めた。その物体を床に支えていた何本もの金属のワイヤーに電流が走った。
バギっとなる凄まじい爆音がして辺りに煙が立ち込めた。
けたたましい警報音が鳴り響き、その物体、巨大に成長した亀の背後から武器を所持した兵隊達が現れた。
その騒ぎの中、ゆっくりと亀が空中に浮かんだ。その動きはあたかも飛行船が離陸するようだった。確かに誰の目にもそう映った。亀は無数の針金を生やした黒っぽい緑の飛行船の様な形だった。そしてその物体は明らかに自らの意思で動いていた。
その姿は格納庫の制御室のモニターにはっきりと映像になって現れた。
しかし誰もその亀を制御できなかった。亀は自らの意思を持って開かれた格納庫の扉を経て巨大空中に繋がる巨大なエレベーターの前に出て行った。そしてエレベーターが開かれその飛行船、亀はエレベーターに消えた。
少年が空中に浮かんだ。それはまるで天使のようだった。
その天使はピーターパンだった。
緑色の洋服、そう誰もが知っているピーターパンの洋服を着て同じ緑色の帽子を少年は被っていた。その少年が空中に浮かんだ。舞台には海賊船のオブジェが在った。
観客から歓声が上がった。
緑色の装束の少年は髪を金髪に染めたスサノウだった。スサノウは観客の真上、空中で止まって見せた。そして再び左右にそして上下に移動してみせた。スサノウが動く旅に怒濤の歓声が沸きあがった。
スサノウは空中の一点でまた止まってみせた。
観客が一瞬息を呑んだ。
「落ちてくるかもしれない」
観客一同、そう思った。
スサノウは空中で緑の帽子と衣装を脱ぎ捨てた。
ピンクの洋服を纏まとったブロンドの美少女が空中にいた。
それは妖精ティンカーベルだった。
ティンカーベルは器用に空中で髪をアップに纏まとめてみせた。
そして空中で何処から出したのだろうか口紅、リップスティックを、そうピンクのルージュをスサノウは自分の唇に塗って見せた。そのしぐさの愛らしさに観客は再び溜息をついた。
舞台にある海賊船に電流の様な火花が散った。
そしてゆっくりと海賊船は舞台から、そうラスベガスのホテルの大舞台から舞い上がった。
海賊船から凄まじい火花が散って煙が上がった。海賊船は眩い光に包まれた。観客から喚起の声が続いている。
ウオーと言う爆音に近い喚起の声がラスベガスのホテルの大舞台で沸きあがった。それは地鳴りの様だった。
スサノウは空中に浮かんでいた。白い衣装、そう、いつもの巫女の様な衣装に何時しか着替えていた。
そして眼下を見下ろしていた。脇にジョナサン ハッセルドルフがいた。子供が着る様な寝巻きを着ている。
「ユー。観客の中から奴婢を選べ」
「分かりましたミスター スサノウ」
ジョナサン ハッセルドルフは冷静に答えた。
悪魔の船
ある時偉大なる王は民にこう語りかけた。この星から一番近い星におまえ達の仲間を送る。
それには悪魔の力を借りねばならない。
そう、悪魔、サターンの力を。
その船は筒状の形だった。大きな国の都から離れた場所に鉄の塔が作られた。
鉄の塔に横にその長く大きな筒は置かれていたのだった。
筒の先端に小さな黒い箱が置かれた。その箱の中に三人の男達が縛られていた。
筒の底には莫大な量の花火が仕掛けられていた。
やがて花火に火がつけられた。
激しい爆音が起きた。花火の力で筒は鉄の塔を離れて空中に舞い上がった。
そして筒は更に空中を飛び続けた。そして地上一万キロ以上飛んでいった。
その姿を地上の人間たちが歓声をあげながら見ていた。
やがて鉄の筒、その白い筒は月に辿り着いた。そして月の軌道に乗った。数周月の軌道に乗って止まった。そして先端の小さな黒い箱から更に小さい船を出した。
船はゆっくりと月の表面に降りていった。
縛られてた男の一人が月面に降り立った。
男は偉大なる王、そう美国の都ダラスで龍に命じられたエバの銃で殺された王の家来だった。
月面から男は空を見上げた。暗闇だった。暗闇の中に小さな光の球が蠢いていた。
そしてそれらは前後上下に動いていた。男は驚いて月面に立ち止まった。
「やつらは既にここに来ている」
電気信号を遠く離れた地上、偉大なる王の国美国に向けて発した。
月面上空の暗闇に光る物。
それは紛れも無い八岐大蛇の十六の目だった。
「アンナ」
「提督」
「スサノウを見失ったな」
「申し訳ございません。自分のミスです。後一息の処で取り逃がしました」
「よい。アンナが敵う様な相手ではない。スサノウは既に気がついている。我々の人類浄化計画を」
「はい」
「アメリカは破滅に向かう。野蛮な文明と独占欲がこの地上を滅ぼすのだ。やがて人類浄化を始めるのだ。ゆっくりとゆっくりと」
響くようにエバはアンナに語りかけた。エバとアンナの乗る大蛇おろちが月面の豊饒の海の上空に浮かんだ。再び合体した八つの龍の頭は其々それぞれが動きあい月面を睥睨していた。
「アンナ、発進だ」
エバが司令室で声を上げた。
目を閉じていた卑弥呼の網膜上に映像が飛んできた。それは紛れも無い八岐大蛇の映像だった。
「電気龍、八岐大蛇」
叫びながら卑弥呼が寝所の寝床で身を起こした。
「卑弥呼、我々は戦いを望んでいない」
龍の体内からエバの声が卑弥呼の脳に届いた。
「では何故、美国の高い塔を破壊した。時空が離れていてもわらわには分ることぞ」
「奴らは邪悪なる悪魔が支配を始めた。魔女卑弥呼よ。あの塔はアメリカが自惚れた象徴だ。あれこそが旧約聖書に書かれたバベルの塔だ。欺瞞と自惚れの象徴だ。自分たちが使う言葉と自分たちが管理するコンピューターのネットワークによって全ての世界中の人民を奴らの奴隷にしか過ぎない存在にしようとしている。
やつらこそユダの末裔だ。神を裏切ったユダの、末裔の奴らが神に背いた悪魔としてこの地上を支配始めたのだ。我々こそが奴ら、ユダの末裔の悪魔どもを浄化し滅ぼさねばならない。魔女卑弥呼、おまえたちは偽の黒い石で欺かれたのだぞ。よもやそれを知らぬはずがなかろう」
「エバ、それは違う。ぬしらこそが悪魔に騙されているのだ。その八岐大蛇に。ぬしらがドラゴンと呼ぶ。そしてわらわたちを滅ぼしたとて、何が残ろう。憎しみは憎しみしか生まぬ。永遠の傷を造り続ける」
「ならば、我らを阻むのか」
「阻む。時と場合によって我が弟スサノウがぬしらを阻むだろう、ぬしらを滅ぼすだろう」
「笑止。スサノウとてこの大蛇の敵ではない、考え直してくれ卑弥呼、自分は妹の卑弥呼を殺したくない」
「姉じゃがわらわを殺す。無理じゃ。わらわも姉じゃを誰も殺すことが出来ぬ。それゆえわらわは姉じゃも恨まぬ。そしてわらわは誰も殺さぬ。わらわたちは永遠に滅びぬ。さりとてわらわを殺そうとすると毛唐のごとき悪魔となるぞ、姉じゃ」
卑弥呼の声と同時にエバの三半規管に甲高い卑弥呼の笑い声が脳の中に鳴り響いた。
そして卑弥呼は続けた。
「悪魔、卑弥呼である私が悪魔なのか、それともエバが悪魔なのか」
「そんな問答はどうでも良い。このエバは愚かではないぞ」
エバが叫んだ。
八頭の龍の口から水平に火の玉が放たれた。時空を超え八つの炎は高天原を覆いつくして高天原と卑弥呼、そしてそれに使える壱与いよ以下全ての女官たち、生きとし生ける者を焼き殺した。
闇の宇宙空間で小さな爆発が起きた。
「姉じゃ」
スサノウは自分の横で眠る山本 久美子の異変に気がついた。一瞬に布団に焦げ臭い匂いが立ちこめた。久美子が寝ているシーツが焦げていた。焼けるような熱を久美子が発した。物凄い熱と光を放ち山本 久美子が炎に包まれて燃え尽きた。そして真っ黒い炭となて息絶えた。
「姉じゃ、姉じゃ」
スサノウは炎の中で泣き叫んだ。あたり全てが恐ろしい熱を放って焼け焦げていった。スサノウが暮らす小さなマンションは炎に包まれた。スサノウとてこの場は逃げることしかなかった。
闇の中に声が響いた。偉大なる王は全ての民を従える。そんな王が遠く離れた異国に現れる。その王は自らが使う言葉を全ての民に話す様に自らの力を持って強制するだろう。そして偉大なる王は乾きを知るだろう。
その渇きによって王は空を見上げる。見上げた空には母なる星、月がある。そう、月こそが母なのだ。
この地上、そうこの星、地球は月の子供なのだ。
そして汝らは乾いた王の喉を湿らせる為に汝らの山羊の乳をその王に飲ませるのだ。
しかし汝が幾ら飲ませようとしても王は山羊の乳を飲まないだろう。
王は龍によって殺されるだろう。
青い服に身を纏まとうマリアの声をルシア、ジャシンタ、フランシスコははっきり聞いた。
網膜上に何回も火花が散った。火花はやがて収まっていった。
ルシア、ジャシンタ、フランシスコの姿を網膜上にかんじながら龍 仇夢あだむは自分がまだ人工冬眠を続けている事に気がついた。そしてまた自らのセンサーで更なる時間を人口冬眠に落ちるようにセットした。
「教えに従うのだ、やがておまえ達を乗せる船がくる。その船はタートル、今のおまえには記憶の中にもその存在が薄れてしまっているだろうが。母なるおまえ達の船がくる。その母なる船は亀の形をしている。巨大な船だ。その船に乗るのだ。そしてドラゴンから逃れるのだ。ドラゴンは八つの頭を持ち、火と水を吐く。ドラゴンによってこの街も滅びる。そして全ての文明は滅びる。貿易センタービルが崩壊したように」
スサノウの声がジョナサン ハッセルドルフの脳内に響いた。
そしてジョナサン ハッセルドルフが又しても群集の中で演説を始めた。
「聖母マリアはスペインの牧童達の子供、がルシア、ジャシンタ、フランシスコに最後にドラゴンの話をした。そうドラゴンが現れることを予言した。
これがファティマ第三の預言なのです。聖母マリアは無垢なる三人の子供たちにこう諭した。
人々は罪を重ねるだろう。そして何万いや何百万と言う罪無き子供たちが命を落とすだろう。しかし誰もその罪を裁くことが出来ない。新たなる世紀の始めの年に裁きの日が訪れる。
裁きの日が訪れた時にドラゴンが現れる。誰もドラゴンの出現を止めることが出来ない。ドラゴンはその口から火を吹く。罪ある人も罪無き人も全てを焼き尽くす。そうドラゴンがこの世界を焼き尽くす。ドラゴンが吹く火によって海は水蒸気をあげて雲をつくるだろうと」
演説の最中、ジョナサン ハッセルドルフの意識は遥か彼方にに飛んだ。そして意識は再び覚醒された。牧場の中にいることを気がついた。そして三人のみすぼらしい子供たちだけがジョナサン ハッセルドルフの話を聞いていることに気がついた。
「そして龍の口から放たれた毒をもった雨が地上に降り注ぐだろう。その雨は全ての罪無き子供たちの命を奪うだろう」
時空を超えてジョナサン ハッセルドルフの声は三人の無垢なるスペインの牧童の子供たちルシア、ジャシンタ、フランシスコにジョナサン ハッセルドルフに届いた。
「いつか必ずその景色をあなた方は自らの目でみることになる、ドラゴンの出現を。
その日こそ最後が始まるの日なのだ。そうだ神の裁きの日が来る、最後の日がこの地上に訪れる。やがてそしてこの地上はその毒を含んだ雨水で覆われるだろう。
そうなのだ。予言の通りに物語は進むのだ。何人もの罪深き者、罪無き者もこの地上から生命を失うだろう」
ルシア、ジャシンタ、フランシスコの三人の無垢の子供たちがマリアの声を聞いた。
その後何人もの大人たちがルシア、ジャシンタ、そしてフランシスコに導かれるようにその丘に集うようになった。
その後聖母マリアは予定通り現れていつも語った。そしてある時にこう語った。
「世界で一番栄えている都に二つの高い塔が出来ます。その国の民は黒い石を独占しようとします。そして龍の怒りをかい、その塔は龍の火で燃えて壊されます。それが全ての始まりです。世界の終わりの始まりです」
その言葉はファティマ第三の預言としてルシアによって永遠に封印された。
意識の薄れと覚醒でジョナサン ハッセルドルフは再びニューヨーク・マジソンスクエアガーデンにいる自分に気がついた。雨が降っていた。
「いんちき野郎、あれはジェット旅客機。そう飛行機だった」
「馬鹿野郎」
雨の中演説に罵声が飛んだ。
雨がその声を消した。
多くの民がジョナサン ハッセルドルフに祈りを捧げている。
ジョナサン ハッセルドルフは再び目を閉じて空中に浮かび上がった。空中に浮かぶジョナサン ハッセルドルフにもはや誰も驚かなかった。
祈りを捧げる群衆が更にニューヨーク・マジソンスクエアガーデンに何万と集まってきた。
ジョナサン ハッセルドルフは雨が降り注ぐ空中から群集に両手をかざしてみた。
外の時、ジョナサン ハッセルドルフの耳の中に別の声が響いた。
「我がしもべの奴婢ぬひよ、わが民よ」
その時スサノウの声がジョナサンの耳に届いた。
「新しい黒い石、永遠の命を手に入れたぞ」
それは焼けこげたスサノウのマンションの部屋の中で鈍く光る黒い石だった。
黒く光る石は部屋の中の空中に浮いていた。スサノウと山本 久美子が寝ていたベッドの位地の丁度上に浮かんでいた。消防車から放たれた水であたり一面は破壊されて家具も蔵書も全て焦げ無残な姿をさらしていた。
山本 久美子は消えていた。
その中に微かすかに光る黒い石、それは紛れも無い卑弥呼が生んだ新しい黒い石、永遠の命だった。
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